第248話 牡丹は牡丹でも緋牡丹

 宝箱部屋を出て、俺達は階段を目指して進む。

 向こうのパーティーの姿が見てなくなって暫くしてから、レスミアが腕にくっ付いてきた。


「それにしても、最後の『ベリーを摘め』って、言っても良かったんですか? まだ秘密ですよね?」

「条件を言ったわけでも無いし、大丈夫だよ。

 生で食べる物が無い24層以下だと怪しいけどさ、『甘い物が好きな女の子』が『甘いベリー』を採取して、摘まみ食いしないわけがないだろ? ホラ、レスミアだって、初めてプラスベリーを見つけた時、モリモリ食べてたじゃん?」


 村の21層を見付けた時の話をすると、顔を赤らめて頬を膨らませた。


「あ、あれは、ラズベリーが懐かしかっただけですよ! ザックス様だって、帰り道にパクパク食べましたよね!」


 可愛いので猫耳を撫でると、むーむー唸りながらも、頭を押し付けてきた。すると、今度は呆れ顔のベルンヴァルトに、逆の肩を叩かれる。


「暑い、暑い。俺が居ることも忘れんなよ。

 そういやリーダー、あいつらに『情報が』って色々言ってたが、水筒竹はまだ取れんのか? 庭師の爺さんに聞いてから気になってんだけどよ」

「ああ、それなら28層に沢山生えているらしいよ。雨が振る階層で、竹がよく育つってさ」


 雨後の竹の子と言った感じだろうか? 実際に見た事は無いので、知らんけど。

 まぁ、庭師から聞いた〈グロウプラント〉による熟成は出来ないが、通常でもエール竹は取れるだろう。お酒類はベルンヴァルトが優先権を持っているので、食材と同じく採取した分の半分は渡す予定だ。エールだけでなくワインや蒸留酒なども、自前で樽買いした物が有るのに、酒が好き過ぎる。


 ともあれ、水筒竹の前に砂漠フィールド、更に前に25層がある。セカンドクラスが間近に見えて来て、急ぎたくなる気持ちも、分からないでもない。でも、それで足元を掬われたケースを目撃したばかりだ。24層の残り半分は、最短ルートを歩きながらも、油断大敵と己を律して、足を進めた。




 25層へ降りてきた。周囲の様相が、また少し変わってきている。植物……枯れ草も減り、剥き出しの地面には小石が転がっている。荒野と言う言葉が似合う光景だった。


 入口の階段部屋で小休止を挟み、新たに出る魔物について再確認する。名前は分からないが、大きな緑色のサボテンと、真っ赤な小さなサボテンらしい。どの書物も大小か、緑赤で区別された。それぞれの特徴は以下の通り。


●大緑サボテン

・デカいが地面に生えており、移動はしない。

・腕も長く、棘の付いた手で攻撃するフィジカルタイプ。

・手が届かない所から攻撃を受けると、爆発する頭の実を投げてくる。


●小赤サボテン

・地面に生えているが、一回攻撃を喰らうと走り出す。

・腕の針を飛ばし、単体魔法を撃つ遠距離タイプ。

・よくわからない攻撃を受けると、武具を取り落とす。



「どっちも食材を落とすらしいよ。特に小さくて赤い方は、愉快な果物だってさ」

「果物は楽しみですけど、愉快?」

「デカい方は俺向きだな。戦士に変えてくれ、真正面から戦うには、耐久値が高くないとな」


 ベルンヴァルトは戦士、レスミアは弓を使うのでスカウト。そして俺は魔道士、スカウト、修行者、錬金術師の4ジョブに、経験値増も4倍と修行者の〈獲得経験値中アップ〉まで付けた欲張りセットだ。まとめ上げてしまいたい。

 そして、この階層には採取地が2つある。プラスベリーも取れるので、レベル上げも兼ねて両方回る事にした。




 最初のT字路を曲がった先に、いきなりサボテンを発見した。慌てて角の陰に隠れ、観察する。下だけ見ると、大木の如きサボテンが3本生えているのかと思いきや、上で繋がっていた。そして、一番上には赤くて丸いサボテンが乗っかっている。頭かな? 確かに、腕の長い人型の上半身だ。

 そして、数は少ないが、周囲には芍薬の花が咲いているので、灼躍も隠れて居るはず。


「やっぱり、植物型は大っきいですね。ヴァルトよりも大きいですよ。一人で大丈夫?」

「へッ、任せとけって。丸太切りにしてやるぜ!」

「ちょっと待て、〈詳細鑑定〉!」



【魔物】【名称:暴れ緋牡丹ひぼたん】【Lv25】

・大型のサボテンに寄生する植物魔物。本体は赤く丸いサボテンであり、円柱上の緑色のサボテンにくっ付き、手のように動かす。

 主に肉弾戦を好むが、手が届かない位置から攻撃された場合、本体に生る破裂の実を投擲する。飛び散る棘に注意。

・属性:火

・耐属性:風

・弱点属性:水

【ドロップ:ニードルフルーツ】【レアドロップ:破裂の実】



「……だってさ。緑色のサボテン部分を切り倒して、上の赤い部分を攻撃しないと駄目だな」

「破裂音は苦手です……あの赤いのを、弓か魔法で撃った方が早く無いですか? 隠れ灼躍を倒したら、狙ってみましょう」

「待て、待て、先ずは俺にヤらせろよ! 魔法や遠距離から倒したら、つまらんだろ?」


 つまる、つまらんの話ではないが、近接のみのデータが欲しいのも事実。ベルンヴァルトに任せる事にした。


「こっちの準備は出来た! 投げるぞ!」


 魔法陣の充填が完了してから、合図の声を上げた。煙キノコを投げるのと同時に、ベルンヴァルトが前に出る。隠れ灼躍の索敵ラインを超えた事で、地面から魔法陣付きの花が這い出てくるが、照準を合わせる合間に煙キノコが着弾した。


「右のを狙い打ちます!」

「左のに〈アクアニードル〉!」


 煙の向こうの赤い魔法陣を狙い撃ちする。何度となく戦ってきたので、魔法陣から弱点の位置は丸わかりだ。矢と5本の水針が飛んでいくと、直ぐに2つの魔法陣の光は消え去った。


 しかし、喜んだのも束の間、煙から上半身を出している暴れ緋牡丹が動き出す。右腕のサボテンを頭に持っていくと、そのまま振り下ろした。その動作で、何かが飛んでくる。

 赤く丸いそれが何か、情報でも鑑定文で知っていた。


「レスミア、爆発するぞ! いや、猫耳じゃなく、顔を守れ!」


 大きな音が苦手なレスミアは、直ぐ様猫耳を押さえた。しかし、針が飛び散るともあったので、注意する。すると、「いえ、逃げます!」と、そのまま飛び退って逃げるのが、視界の端に映った。


 俺はそれとは逆に、その場から動かない。威力を確かめるために、甘んじて受けるつもりだったからだ。頭上で破裂音が響く。両腕を掲げて、顔をガードする…………が、予想以上に衝撃が無い。ジャケットの硬革じゃない部分に当たったような感触はあるが、それだけだった。周囲の地面を見ると、疎らに白っぽい針が落ちている。範囲は俺を中心に5mくらいなので、範囲魔法と同じかな。

 落ちている針を拾ってみると、裁縫針程度のサイズで、指で曲げると簡単にへし折れた。ナデルキーファーの針より弱いな。


「ザックス様、大丈夫ですか~?!」


 顔を上げると、レスミアが走って戻って来るところだった。存外、遠くにまで逃げたようだ。手を振り返すと、破顔して駆けてくる。


「平気だよ。大した威力でもなかったからね。そっちは?」

「私は避けきりましたよ~」


 因みに、破裂音も大した事がなかったらしい。〈猫耳探知術〉を付けていなければ大丈夫っぽい。

 改めて拾った針をジャケットの裾に刺してみると、貫通するどころか、針が先に折れた。更に、自分の頬を針で突いてみるが、これも大して痛くない。耐久値がDの俺なら、我慢できそうだ。

 針は脆く、破裂音も小さい=爆発で飛び散る速度も遅いのだろう。ちゃんと着込んだ前衛なら、無視して良い威力だ……と、そこまで考えて気が付いた。


 あの爆弾を投げるのは、『サボテンの手が届かない位置から、攻撃された時』つまり、後衛狙いなのだ。俺とレスミアは前衛も後衛も出来るように、動きやすい雷玉鹿の革で全身を固めているが、普通の後衛は違う。僧侶は法衣、魔法使いはローブっぽい服であることが多い。弓を使うスカウトも部分鎧で、隙間は普通の服だ。サポートメンバーに至っては、部分鎧すら無く、普段着の人も居た(特に21層で見た採取専門の人達)


 ……なるほど、前衛の戦士が〈挑発〉で守ってくれているからと、油断している後衛には脅威となる一手だな。24層で助けた村パーティーにも刺さりそうだ。


 考察はこれくらいにして、ベルンヴァルトの方へ観戦に向かう。丁度、戦いも佳境に入っていた。

 暴れ緋牡丹が腕のサボテンを振り上げ、大上段から叩き下ろす。それを、真っ正面から大盾を掲げて受け止めていた。大盾への打撃音と、針が金切り音を奏で、威力の高さが聞こえるようだ。しかし、


「ハハッ、そんなもんじゃ、効かねぇぞ!!」


 楽しそうに高揚した声は〈挑発〉だろうか? お返しとばかりに、右腕一本でツヴァイハンダーを切り上げ、腕サボテンの先端を輪切りにした。

 普段は両手持ちで扱っているのに、大盾を使う為、片手で長大なツヴァイハンダーを振り回している。俺のホーンソードを貸そうと言ったのだが「デカブツには、デカい剣の方が良いだよ!」と譲らなかったので、戦闘開始前に〈付与術・筋力値〉を掛けておいた。


 確かに、大盾と大剣を振り回す姿は、ゲームやファンタジーの挿絵に出来そうなほど様になっている。重戦士とか、ドラゴンスレイヤーとかな。


 両者の殴り合いは、長くは続かなかった。腕サボテンが切られる毎にリーチが短くなり、ベルンヴァルトが前に出る。そして、胴体サボテンが剣の間合いに入ると、大きく前に出た。


「〈二段斬り〉だぁぁ!!」


 一撃目で大きく切り込みを入れ、二撃目で完全に両断した。

 崩れ倒れる暴れ緋牡丹は、横に落ちたあと腕サボテンで倒れないように踏ん張っている。しかし、それは悪足掻きでしかなかった。

 半分に切られた暴れ緋牡丹は、既にベルンヴァルトの間合いの内側だ。スキルの硬直が解けると同時に、長大なツヴァイハンダーを突き出し、赤くて丸い本体サボテンを串刺しにした。

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