第245話 コミュ2回目と大昔のジョブ
赤ランプのスイッチを、呼び鈴代わりに押す。いつものように、可愛らしい悲鳴を上げて、本を取り落とした。恨めしい目で見られるのも同じだ。
「あー、お客さん? 何か用? 無いなら、読書の邪魔しないで」
前と同じ文句を言われた。もしかして、俺の顔を覚えていないのか? 資料の貸し借りまでしているのに!
流石に、ちょっとだけ腹が立ち、指でカウンターをノックして言葉を遮った。
「一昨日、資料を貸したザックスだ。『赤毛頭のアンタ、明後日また来なさい』と言ったのは、君だろう?」
俺の言葉に、リプレリーアの目線が上がる。ようやく気付いたのか、アッと口を開けた。
「あ~……アナタだったのね、赤毛。最初に言いなさい、赤毛が来ましたって」
「ザックスだって名乗ったろ。
リプレリーアこそ、変わった趣味を持っているようだけど、公衆の面前で首輪プレイとか……人目に付かないとこでやりなよ」
首輪を指摘すると、不満気に頬を膨らませて反論してきた。
「趣味じゃない! これは、横暴な職員のせいよ! 私は資料を読んでただけなのに『司書の仕事をサボるな』って、縛られたの! 酷くない?!」
「いや、仕事サボるなよ」
どうやら、資料を貸したあと、奥の部屋に引き籠もったのがバレたもよう。因果応報としか思えないが、彼女の中では違うようだ。
……社会に適応させるの無理じゃね?
「そんなことより、貸した資料は仕事をサボってまで読むほどに、面白かったんだよな?
対価として、精霊に関する情報を貰おうか」
「その前に、この資料の内容は本当の事なの? それとも、アナタの創作? 他の本には書かれていない事が、かなりあるんだけど?」
バサリと広げられた資料には、赤字で書き込みが追加されていた。わざわざ、他の本の情報と見比べて、違う点が指摘されている。
ロックアントのところには、『仲間を呼ぶなんて、他の本に記載無し』なんて、書かれていた。改めて、調べる手間が省けたというものだけど……
「鑑定と実体験からの情報を、まとめただけだ。俺の鑑定は特殊だから、詳細に分かるんだよ。
あと、下書きだからといって、勝手に人の資料に書き込むな……」
「下書きなら良いじゃない。それに、文法が可笑しな所も添削したのだから、感謝しても良いのよ?」
よくよく見ると、所々に赤字の二重線が引かれ、訂正されている。沢山本を読んでいるからこそ、文脈が可笑しいと気になるらしい。
「それにしても、特殊な鑑定……もしかして〈上級鑑定〉?
でも、そんな歳には見えないし……いえ、ビルイーヌ族ならありえる?」
ここら辺はエヴァルトさんに習っている。俺の〈詳細鑑定〉が詳しすぎると話題になったからだ。
〈上級鑑定〉は商人のサードクラスで覚える。 〈初級鑑定〉では名前しか見えないが、中級、上級に上がるに連れて、解説が増えるらしい。
ただし、覚えるのは非戦闘職のため、ダンジョンでは(50層以降の魔境なので)レベル上げもままならない。パーティーに非戦闘職がいると、戦力が低下するどころか護衛するために戦力が割かれる。更に言うなら、サードクラスに至る商人なら大抵は大店の店主なので堅実志向が多く、わざわざ命の危険を冒してまでレベル上げに励む人は殆どいない。商売で地道に上げる人が多い為、使い手は少なく、使い手は年配にしか居ないそうだ。
そして、ビルイーヌは村の商人ムッツさんの種族だ。成長が遅いので、歳をとっても若く見える。まぁ、とどのつまり、『若く見えるけど、中身オッサン?』と、言われているわけだ。
「いや、16歳で、只の人族だよ。それに、細かい部分は教えられない、領主様案件だからね……」
「え?! なら、ココは? 『罠術の〈トリモチの罠〉で拘束する』罠術って、大昔の狩人にしか成れないってジョブよね?」
魔物の倒し方として、紹介した一節だ。少ない情報から、良く推測すると、少し感心した。
そして、エヴァルトさんが話してくれた、『卓越した狩人のみが得られるレアなジョブ』という事。やはり、王都の文献を読んでいるのは確かなようだ。
「ジョブ関連は、領主案件なので教えられないよ。
これくらいでいいだろう。報酬として、精霊の情報を教えてくれ」
「フンッ、仕方がないわね……
精霊や妖精が書かれた本なんて、御伽か眉唾な怪しい本くらいしかないわよ」
不服そうに眉を吊り上げながらも、前置きをしてから話し始めた。
光の女神フィーア様の眷属とも云われるのが精霊だ。姿形は目撃情報や、御伽でもバラバラで、人型なのが妖精と呼ばれるが、区別は曖昧らしい。
ダンジョン内での目撃情報は無く、主に地上のみ。それも、子供か宝石髪の乙女が、命の危機に瀕した場合に現れるが、大抵は属性が感じられるような僻地だ。
「雪山、奥深い森の中、ずっと風が吹いている渓谷、大きな滝壺とかの伝承があるみたいな感じね。雷に打たれた子供が見たなんて話もあるけど、普通死んでないかしら?
兎も角、そういった僻地の村だからこそ、精霊信仰として残っているのかもね」
語っているリプレリーア自身は信じていないのか、眉を潜めていた。街だと大きな教会で、光と昼の女神フィーア様と、闇と夜の神トーヤ様の夫婦神が祀られているので、その配下である精霊の信仰には至らなそうだ。
「なるほど、精霊に会いたいなら、自然豊かな所へ行けって事か。まぁ、人が多い街よりはらしいよな。
この辺なら、郊外にある風車とか?」
街のど真ん中にある転移ゲートで見たことは、黙っておく。銀色の属性は無いので、本当に精霊であったかも分からないし、沢山の利用者が居る中で、俺だけが見える精霊とか、頭が可笑しいと思われかねない。
「風車? 読んだ覚えはないから、分からないけど、本当に精霊を探してるのね……変な人。
あぁ、眉唾な情報なら、まだ有るよ。そのもの、ズバリ! 精霊使い!」
「……定番といえば定番か?
それはジョブの一つと考えていいのか? 精霊を呼び出して戦わせるとか?」
定番?と、首を傾げたリプレリーアを見て、慌てて質問を重ねた。ゲームやファンタジーで、定番とは言えないからな。
思い出すように虚空を見上げていたが、考えが纏まると指をピンッと立てた。
「詳しくは書いていなかったけど、精霊を使役するらしいよ。フィロゾーフ・カントの著書ね。王国が出来た頃の研究者、というか御伽作家かな?
私が王都の図書館で読んだのは、写本の写本で、かなりのボロボロの本だったけど……統一国家時代を研究した結果が書かれていたの」
リプレリーアは、物語を全部話すのは面倒くさいと、掻い摘んで話してくれた。ただ、詳細な情報ではなく、ある程度の特徴が分かる程度。要約すると、以下のような感じになる。
・竜を使役する騎士
・時を操る魔法使い
・転移ゲートを作る錬金術師
・残像を残す程の高速剣で敵を斬り裂き、凍り付かせる戦士
・騒がしく、目立つのが好きな暗殺者
・他者を癒やし、悪霊をも跳ね除ける光の騎士
・何本もの剣を同時に操る剣士
・他国からの侵略軍を眠らせ死者0で守った猫族の英雄
・革命に大量の白虎を引き連れてきた虎人族の王
・竜に変身する蜥蜴族の族長
・精霊を使役する魔法使い
何処かで聞いた覚えのある話もあるが、確かにジョブっぽい。現代では作れない転移ゲートも、統一国家時代なら作れたのだろうし、猫族は今でも似たような事をしているらしい。
どうすればなれるのか、解放条件のヒントになると良いのだが……虎人族の王とか、種族専用ジョブも混じってそうだ。
「良いね、面白い。けどさ、もうちょっと詳しく書かれた本はなかったの?」
「あー、統一国家時代の本は、本当に貴重なのよ。ホラ、大昔に王都が壊滅したでしょ?」
「…………あ! ミューストラ姫の劇で攻めてきたドラゴンか!?」
「そーそー、それそれ。図書館も王宮の蔵書も焼けてしまったってさー。ドラゴン、許すまじ!」
王都の被害よりも、本が燃えた事に憤慨しているようだ。まぁ、何百年も前の話だから、歴史をどう捉えるかは、その人次第だろう。人より本を優先しそうな書痴っぷりには同意出来ないが。
それは兎も角、王都が復興される際に地方の書物を写本して集めたのが、王都の図書館。そして、運良く焼けずに残った書物は、地下書庫に厳重にしまわれたそうだ。万が一、建物が焼けても、地下は無事なように……
「多分、地下書庫になら、もっと詳しい本があるかも? そもそも、一般人の私は入れてくれなかったし……」
授業は疎か、人並みの生活を捨てて図書館に引き籠もり、本を読み漁ったが、地下書庫へは結界に阻まれて入れなかったそうだ。
……確か、エヴァルトさんは『エメラルドの封結界石』を調べに行った。博識な人が聞いたこともないアイテムなので、恐らく地下書庫で調べているのだろう。
しばし、考え込む。
『始まりの地』に関しては手紙を出したが、返事を待ったほうが良いか? 精霊に関しては、一度相談済みであるからな。リプレリーアから仕入れた情報は、俺にとっては面白かったが、一般書庫で手に入る情報でもある。エヴァルトさんも知っている可能性は高い。
「ああ、念の為聞くけど、『始まりの地』って言葉に覚えはあるか?」
「……無いけど、何の始まり?」
「それが分からないから、聞いているんだよ。本の中に似たようなフレーズがあれば良かったんだけど……」
「ん~、知らないわねぇ。人族の歴史なら王都から、この大陸なら統一国家の首都じゃない? 統一国家時代の本は地下書庫で読めない……
そうだわ! アナタ、伯爵家の縁者なのでしょう? 地下書庫への許可証をくれたら、私が調べてくるわ!
関係者でないといけないなら、婚約も吝かでもないわね!」
今日一番の弾けるような笑顔を見せた。見目は良いので騙される男もいそうではある。ただ、おねだり内容で台無しではあるが……多分、父親相手とかでやり慣れている気がした。
「ヴィントシャフト家から後援を受けているだけで、そんな権限は無いよ。只の平民の探索者だからね」
「……ふぅ、婚約の話は無かった事にしましょう。爵位とかどうでもいいけど、私と結婚したいなら、図書館の一つでも持参しなさい」
急に冷めたように、笑顔が反転して表情が消えた。しかも、俺から求婚したような物言いは、流石にちょっと……婚約関係でゴタゴタするのは、もうゴメンだ。
「求婚なんぞ、しとらんわ!」
手元にあった資料をくるりと巻き、筒にして、スカタンの頭を
「いったーい!! あんまり痛くないけど、暴力男なんて、こちらから願い下げよ!」
叩かれた頭を押さえ、カウンター奥の『関係者以外立入禁止』と書かれた扉にへ逃げていったが……途中で「グエッ!」っと、蛙のように鳴いて座り込んだ。
……首輪とロープでカウンターに繋がれているのを忘れていたのか。
軽く咳き込み、幽鬼のような足取りで戻って来ると、カウンターに突っ伏してしまった。自爆とはいえ少しやり過ぎたか?
仕方がないので〈無充填無詠唱〉をセットし、こちらを見ていない隙に〈ヒール〉を掛ける。一応、こんなのでも御令嬢だ。万が一、首に痣でも残ったら面倒事になる気がしたからだ。
「大丈夫か? 首輪を忘れてはしゃぎ過ぎだぞ」
「うぅぅ、痛みは無くなってきたけど、私を慰めたいなら、新しい本を寄こせ~」
既に面倒臭い奴だったわ。この期に及んで本を求める貪欲さは見習い……たくはないな。しかし、話を続けるのにへそを曲げられたままでは面倒だ。仕方無しに、1枚の紙を取り出しカウンターに置く。
「ほれ、昨日書いたばかりの資料だぞ」
「献上品があるなら、仕方ないわね! 許してあげるわ、寛大な私に感謝しなさい! って、キモッ。何?この目玉の絵は? 隣のくしゃくしゃに丸めた紙みたいな絵も意味不明だし」
隠れ灼躍のページだが、酷い言われようだ。丸めた紙ではなく、灼躍の花なのに……いや、自分でも絵は下手だと自覚しているのでダメージは無い。無いったらない。
自分に言い聞かせながらも、もう一枚取り出して、リプレリーアの前にひらひらと見せる。魔絶木のページだ。
一心不乱に読んでいたリプレリーアは、それに気が付くと当然の如く手を伸ばしてくるが、直前に高く持ち上げて取らせない。一本釣りだ。
「ちょっと、それも見たことないページでしょ! 読ませなさい!」
「まだ、話は途中なのに、読書に夢中になるなよ。終わってからな」
上の紙に手を伸ばした隙に、カウンター上の隠れ灼躍のページもストレージへ回収した。こうでもしないと、話が進まない。尤も、機嫌は損ねたようで「で、なによ?」と、睨まれた。
「一昨日、資料を貸す前の話で、ミューストラ姫の劇の脚本が変わったと言って、『これ以上は有料よ!』だったろ?
「そんなこと? 古い脚本は妖精が出ていないだけよ。姫の相談役のメイドが舞い踊っていたの」
これは、子供向けに改変された脚本、もしくは役者のビルイーヌ族を活かすためじゃないかと、推測を話してくれた。
確かに、妖精の方が子供は喜ぶだろう。踊りが好きで、小柄なビルイーヌ族が配役されるのも然り。
しかし、妖精が用意した宝具はどうするんだ? メイドさんがダンジョンに先回りして、宝箱を設置しに行くのは無理がある。
「ええと……水鏡の盾は騎士の実家、伯爵家の家宝を持ち出して、炎の杖は商人から献上されるのよ」
「ん? 炎の杖って宝具として扱われるくらいに、強力な武器なんだろ? 商人が手に入れられる物なのか?」
レア物ショップで、スキル付きの武具の高さは知っている。サードクラスが使い、ドラゴンと渡り合う程の炎の杖は、桁違いに高いに決まっている。
「まー、北の大公爵だからね。
聞き覚えのある公爵家という以前に、俺が知っている公爵は一つしかない。
アホぼんの領地の名前だった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
小ネタ
大昔のジョブは、一部を除き登場予定です。何のジョブか予想してみても、面白いかも?
今回ヒントが出たジョブ以外も、色々と取り揃えております(全ジョブのサードクラスまでは、スキルも構築済み)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます