第244話 割引券と開店準備

 受付カウンターから、受付嬢のアメリーさんが笑顔で手招きしている。


 ……今朝の宣伝の件か? 

 今朝、お菓子依頼を出した時に、お菓子屋の宣伝をしておいたのだ。それは、第2ギルドの受付嬢の中で広まっているらしい。先程、鉱石依頼を処理してくれた受付嬢や、植物系買い取り所でも『開店したら買いに行きますよ』と、嬉しい言葉を貰った。


「こんにちは、アメリーさん。お菓子屋の宣伝を展開して頂き、ありがとうございます」

「あらあら、構いませんよ。私達も、近くで美味しいお菓子が買えるには助かります。

 ええと、要件はそれではなく、こちらです」


 そう言って、手渡されたのは、はがきサイズの白紙……ちょっと厚めなので、メッセージカードか?

 そこには『ツヴェルグ工房、割引券。どれでも1品、20%引き!!』と、書かれており、裏面にもメッセージが綴られていた。


『この度は、銀鉱石不足の中、当工房の納品依頼を何度も請けて頂き、ありがとうございます。

 当店の割引券を同封致しますので、武具やアクセサリーが入用の際は、ご利用下さい』


 100個単位でしか納品出来ない、手間の掛かる依頼だったが、こういう特典もあるのか。割増で買い取ってもらえるだけでも十分なのに、得した気分になるな。


 因みに、刃物専門というフェッツラーミナ工房にも鉄鉱石は納めているが、そちらからは何も無い。ただ、小さい工房はそれが普通らしい。大きな販売店を抱えているツヴェルグ工房だからこそ、こういった営業努力がされているのだとか。


「ああいった納品依頼は、本来専門の業者用なのですけど……多分、ツヴェルグ工房の営業担当の人は、夜空に咲く極光パーティーの事を、新しい採取専門パーティーと勘違いしていますね」


 アメリーさんは、少し呆れたように言った。この6日間で300個、チタンも合わせて600個も納めれば、立派な(規模の大きい)採取パーティーらしい。


「(実働3人で集められる数ではありませんよ。ヴィントシャフト家の後援が無ければ、アレコレと詮索されていたでしょうね。ギルマスから職員に対して、『領主案件の為、詮索無用』と指示が出ていますから……)」


 周囲に目がない事を確認してから、小声で教えてくれた。色々と情報の集まるギルドからすると、相当な不審者なのだろうな。図書室の本にも、ロックアントの仲間呼びに関する記述は無かった。先に進んで、俺達には必要なくなったら、エディング伯爵経由で公開するもの手かな? 

 こちらも、小声でお礼を言っておいた。


「いえいえ、この調子で依頼を受けてくださいね。第1ダンジョンよりも、ここの砂漠素材や30層のボス素材の方が、稼げますよ!」


 ようは、なるだけ長く第2ギルドに居てくださいって、事らしい。セカンド証を得た人は、直ぐに第1ダンジョンへ行ってしまう事が多いと聞くからな。

 俺としても30層は気になっているので、吝かでもない。

 その後、売店で樽等を買い足してから帰宅した。



 今日1日のレベル変動は以下の通り。

・基礎レベル28

・戦士レベル22→23  ・魔道士レベル22→23 

・僧侶レベル21→22  ・スカウトレベル22→23

・錬金術師レベル22→23





「右側は、もうちょっと、上です。あ、ストップ! これで真っ直ぐですよ」

「わ~! 看板が掛かると、お店っぽくなったね~」

「うん、猫の形した看板も、可愛いよね?」


 下からの姦しい声がする。取り敢えず、位置は決まったようなので、釘を打ち込んで固定した。反対側で押さえているベルンヴァルトへ金槌を渡し、そちらも固定。落ちないことを確認してから、足場にしていた丸太から降りる。


 朝一に、お菓子屋の看板が届いたので、早速取り付けたという訳だ。横長の看板には、白い猫が横に寝転んだ姿が描かれており、そのお腹に店名が大きく書かれていた。

 ちょっと可愛過ぎるかも知れないが、女性向けのファンシーなお菓子屋なら、こんなものだろうか?


 多分、俺の錬金術工房の店なら似合わないが、レスミアがモチーフのお菓子屋なのでセーフ。

 そして、女性陣の言うように、看板が取り付けられた事で、グッとお店らしくなった。商品陳列棚のガラスは磨かれ、内側には空のトレイが並んでいる。商品が並ぶのを待っているかのようだ。


 ……日本のお店と比べると、もっとアピールしてもいいかな? オススメのポップとか有ったほうが良いだろう。この後、フロヴィナちゃんが、配るお菓子に付属させるチラシを書くそうなので、一緒に作ってもらうか。



「いやぁ、お昼だけでなく、お菓子まで悪いなぁ」

「全くだ。ここの立番は人気がなかったが、そのうち取り合いになるかもな!」

「いえいえ、ご家族や同僚の方にも宣伝を、お願いしますね」


 ベアトリスちゃんが、貴族街への勝手口担当の騎士達にお菓子の袋を配っていた。ここ数日の差し入れも効果的だったようで、明後日の試供品配りの許可も得たそうだ。


 フォルコ君は、商業ギルドに掲示板の利用申請をし、許可を貰って来た。利用料が少し掛かったが、宣伝費と思えば対したことはない。今はフロヴィナちゃんが描いたポスターを、貼りに行っている。


 サポートメンバーの皆も頑張ってくれているなぁ。俺の担当の錬金術は既に終えているので、他を手伝うことにした。




「〈マニュリプト〉!」


 お店の中は、テーブルや椅子が追加され、作業場となっている。そこで、自動模写のスキルを使い、チラシを描き写す。試供品に入れる小さな紙で、店名と場所、それに目玉のお菓子とシャンプー等の品揃えが書かれていた。

 それにしても、コピー機は偉大だったな。かなりの枚数を用意しないといけないのに、手書きでは死ぬ。〈マニュリプト〉で楽ができる俺は、マシな方。何十枚も手書きしていたフロヴィナちゃんは、手をプラプラと振りながら、愚痴ってきた。


「あ~、多過ぎ! タダで配るのに、数は少ない方がいいじゃん?」

「宣伝は大事だよ。それに、勝手口を通る人数分は、要るからね。

 〈マニュリプト〉!  は、熟練職人のレベル20だから、取りに行くって、手もあるけど? これだと疲れないよ」

「ん~、まだ踏ん切りがつかないよ~。それに、今はお店の準備が忙しいからね~」


 元々、ダンジョンには及び腰だったフロヴィナちゃんだが、料理人になったベアトリスちゃんの体験を聞いて、更に消極的になってしまった。


 ……あの話の怖いところって、ショートカットの壁上の綱渡りくらいなのにな。

 まぁ、25層に着いたら、セカンドジョブのレベル上げも兼ねて、サポートメンバーのレベル上げをするつもりだ。特に、フォルコ君の〈トランスポートゲート〉を覚えたいという、要望があるからね。

 アドラシャフトにお使いも行けるようになると、俺としても助かるのだ。差し当たっては、ボールペンの追加が欲しいとか、魔絶木の樹液をランハートへ納品するとか。


 取り敢えず、フロヴィナちゃんの手に〈ヒール〉を掛けて、続きを促していると、店の裏口が開いた。


「おう、頼まれた木箱が出来たぜ」


 ベルンヴァルトが抱えてきたのは、3種類のサイズ違いの蓋付き木箱。小売りの際、少数は布袋だけど、大量購入された場合は、木箱か瓶を用意している。ただ、『木箱のサイズは複数用意したほうが良いよね』という意見も出た。

 そんな折、ベルンヴァルトが「今日は暇だから、俺が作ってやろうか?」と、手伝いを申し出たのだった。


「へ~、ベル君、結構上手いじゃん!」

「ヘヘッ、まあな。幼年学校以来だが、上手く出来たろう!」


「丁寧にヤスリ掛けまでしてあるな。これでニスを塗布すれば、ほぼ店売りじゃないか?」

「それそれ、ニスがあれば塗っとくぜ」


 以前、村で下敷きを作った時のニスは余っているが……ふと、贈答用に使う木箱なのに、少し簡素過ぎるか?


「いや、ニス塗りの前にロゴを入れよう。

 フロヴィナ、看板の絵を書けるか? 寝転んだ猫と店名があれば、何処の店か一目瞭然だろ」

「あ~、描けなくはないと思うけど、本職の人程は上手くないよ~」


 少なくとも、字は上手いし、チラシの端っこに描かれた猫の絵は可愛い。なんて、お願いをしたところ、満更でもないない様子で「外の看板を見て、描き写して来る~」と、出ていった。


 そして、仕事がなくなったので、酒場に繰り出そうとするベルンヴァルトを捕まえて、別の頼み事をする。


「木工が得意なら、で何か作れないか? 立て看板とか、猫の置物があると、子供や女性客が喜びそうだろ?」

「おいおい、そいつ結構高い素材じゃなかったか?」


 ストレージから取り出したのは、半透明な魔絶木の枝だ。丸太なら兎も角、枝打ちした分は買い取り対象外なので、好きに使ってもらう事にした。上手くいけば、ガラスの工芸品みたいになるかも知れない。アイディアと共に工具を渡して、一任しておいた。


 後、使えそうなアイディアとして、ポイントカードもあるが、厚紙が欲しい。多分、想像調合で作れそうな気もするが、先ずは目の前の仕事を片付ける事にした。

 午前中いっぱい掛けて、ひたすら〈マニュリプト〉を連打した。




 昼食後、一人で図書室へ向かった。一応、予約?と言うか、一方的に告げられただけだが、こちらも書痴娘から原稿と、情報を回収しないといけない。


 図書室に入ると、カウンターにはリプレリーアの姿があった……が、何故か黒い首輪付きで、本を読んでいる。断じてチョーカーではない。首輪は鋲付きで太いし、縄がカウンターの下に延びているからだ。こんな趣味があるとは、人は見掛けに依らないな。

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