第243話 黒い樹液の採取

 23層に降りてきた。風景はあまり変わらないが、叢が小規模になってきている。火事による延焼が減るので良い事だと思おう。そして、火事と言えば放火魔のオリーヴァルソンについて、分かったことがある。隠れ灼躍より、格下っぽいのだ。


 こいつら一種類のみの編成だと、盛大に叢を燃やして自爆するが、隠れ灼躍が混ざっているとおとなしい。むしろ、燃やされて、隠れ灼躍をパワーアップさせるキャンプファイヤーになろうとしている気がする。

 まぁ、勝手に頭数が減るので楽でいいが、これも魔物の連携の内なのだろうか?



 煙キノコのお陰で、楽に進めるようになった。

 一応、灼躍が姿を表すのと同時に〈ウオーターフォール〉で押し潰すのも有効だった。こちらもびしょ濡れになるが……

 魔法使いが居ないパーティーだと、初撃の〈ファイアボール〉を避けたあとに、槍とか大剣等の長さのある武器で戦うのがセオリーか?

 どちらにせよ、煙キノコと弓矢の方が、楽に終わるけどな。


 23層ではキノコ補給とお金稼ぎのために、採取地に寄ることにした。


 辿り着いたのは植物系採取地。先客は居ないので、(半分ルール内で)取り放題だ。

 先ずは時間の掛かる樹液の採取から始める。ザフキエルの木は木登りしないといけないので、レスミアに任せた。その間に俺は、樽の設置と固定用ロープを用意する。〈ウォーター〉で水やりも忘れずに。


 そして、21層でも見た、黒い木……魔絶木からも樹液を取れる。噂に聞いていた、錬金素材だ。幹や枝が真っ黒なだけで、円錐状に広がっている葉は普通に緑色だ。ダンジョン内でも光源はあるが、光合成しているのだろうか?



【植物】【名称:魔絶木】【レア度:D】

・ダンジョンのマナで変質したゴムの木。変質し過ぎたせいで、マナを通し難くなるという変わった性質を持つ。樹液、樹木共にマナを通さないため、魔道具の材料として使われる。

 火に弱いため、火事が起こると危険を察知して、樹液の内蔵量を増やして対抗しようとする。



 確か、錬金術師のランハートから、採取して送れと要求されていたな。やり方は売店のお姉さんから聞いているので、手順を思い出しながら設置する。

 手順はそれほど複雑でもない。1m程の低い位置に生えている枝、その先端を切ると、ポタポタと黒い樹液が溢れてくる。これを漏斗で受けて樽に集めるのだ。


 まぁ、例によって採取を早める方法がある。それは、幹の近くで焚火をする事……いや、燃やすわけじゃないよ。幹ごと樹液を温めて、粘性を下げるらしい。一応、21層でも他の人がやっていたので、嘘ではないと思うが、鑑定文だと理由が違う……恐らく、俗説が広まったのが粘性の話で、多分、真実なのが〈詳細鑑定〉の方か? 誰も木自身が危険を察知するとは思うまい。ネタにはなるな。


 熱源ならば〈フレイムウォール〉と行きたいところだが、壁魔法は3mもあるので、木が燃える。〈フレイムシールド〉なら行けるかも知れないが、掛けられた人が加熱役で採取作業が出来なくなる。普通に焚火を起こす事にした。


 乾燥した丸太に、聖剣で米印に切れ込みを入れて、ラードを詰めてから着火。簡易丸太キャンドルを、採取している枝の根本、幹の近くに設置した。


 他の木にも、樽と焚火を設置して回り、最初の魔絶木に戻って来ると、黒い樹液の出が良くなっていた。そして、樹液が樽に貯まるに連れて、黒い幹に変化が出てきている。上の方から色が抜けて半透明になってきているのだ。

 一見すると、ガラス製なのかと思うほど。触ると樹木っぽさはあるので、木に間違いはないが、インク瓶のような木だ。


「ザックス様~、こっちの樽がいっぱいになりました~」

「今いくよ!」


 最初に設置したザフランケの樹液が貯まったようだ。レスミアを料理人ジョブに替えて、〈ウォーター〉で水やりをしてもらったので早く終わったのだろう。

 向かう途中で、ザフランケの木の天辺から霧が散布された。レスミアはこれを見るのが好きで、楽しそうに上を眺めている。そして、俺はそんなレスミアを見るのが好きだった。キラキラと乱反射する光が銀髪も照らし、とても絵になる光景になるからだ。俺に気が付いて、笑顔を見せてくれるのは、もっと良い。


「あっちの黒い木にも、水やりしてきましょうか?」


 樽に栓がされていることを確認し、ストレージにしまっていると、レスミアが魔絶木の方を指して提案してきた。普段、料理以外で、魔法を使う機会が少ないため、使いたいそうだ。しかし、


「いや、魔絶木は水よりも、ザフランケの樹液をあげた方が良いらしいよ。そうだな……あそこの木から蔦を取ってきてくれないか?」

「はーい、闇猫に変えて下さいね」


 ジョブを変更してあげると、軽やかに木を駆け登っていった。そして、十秒もしない内に、頂上から飛び降り、宙返りをしながら着地した。タイムアタックをしている訳でもないのに、徐々に手慣れていくというか、洗練されていく。まぁ、ドヤ顔も可愛いので、お礼を言って蔦を受け取った。


 蔦の先端を採取ハサミで切れば、樹液が溢れ出す。これを魔絶木の根本に撒いてやる。ザフランケの樹液には、植物の育成を促進させる効果があるので、魔絶木の樹液を回復させる事が出来るらしい。


 ただ、樹液の出が悪くなるので、ザフランケに〈ウォーター〉で水やりし、増えた樹液を魔絶木に撒くという手間はある。その分だけ、高く売れるそうだ。

 手持ちの樽は全部で4個。半分ルールに則り、3本の魔絶木から採取しているが、樽を買い足してもいいかなぁ。


 樹液の方はこれくらいで、放置する。貯まるのを待つ間に、レスミアのジョブを植物採取師に変えて、2人で〈自動収穫〉した。薬草に群れキャベツ、スヤスヤベンダー等のハーブ類等は、一人でも早いのに2人でやれば、あっという間だ。


「あ、新しいハーブがありますよ……これはタイムかなぁ? 〈初級鑑定〉! 名前しか分からないですけど、やっぱりタイムですよ!」


 レスミアがスヤスヤベンダーの隣に生えている草を手に取り、匂いを嗅いでいた。タイムと言われても、俺には雑草にしか見えないので、〈詳細鑑定〉する。



【素材】【名称:お喋りタイム】【レア度:D】

・タイムの亜種。ダンジョンのマナで変質し、強い殺菌力と軽い興奮作用をもたらす。服用すると鼻と喉の通りが良くなり、ついついお喋りをしたくなってしまう。



 名前を見た覚えがあると思えば、売店で買った饒舌じょうぜつ飴の材料の一つだ。レスミアにも鑑定結果を教えてあげると、料理に使えるハーブと喜んで〈自動収穫〉始めた。


「普通のタイムなら、幸運の尻尾亭の魚料理に使われていましたよ。お肉とかお魚の臭みを取るのに良いのです。

 あ! このお喋りタイムでハーブティーを入れたら、楽しそうですよね」


 女性陣は、こんなの無くてもお喋り好きなのに、もっと喋りたいのだろうか? むしろ、口数が少ない男性陣にこそ必要なお茶だろうに……



 因みに、口数の少ない方なベルンヴァルトは、〈自動収穫〉出来ない重いものを担当してもらっている。高い所に生るプリンセス・エンドウや、意外と力のいる大根(解毒草の根)等だ。背負籠に満載する姿は、農家のお兄さんに……見えないな。ジャケット姿だし。



 キノコ類は手作業なので、最後にチマチマと採取する。元気に踊り、手に絡み付こうとする踊りえのきを切り取り、暴発する危険性のある煙きのこを、優しくそっと切り取った。そう言えば、ここでは毒キノコを見ていないな。そんな話題をレスミアに振ると、食材が少ないと嘆かれた。


「村のダンジョンと違って、甘い物が少ないですよね~。採取しながら摘める物があると、楽しいのに……

 あ! プリメルちゃんから聞いたんですけど、25層からは緑色のプラスベリーが取れるそうですよ」


「そりゃ助かるな。在庫はまだまだ在るけれど、お菓子屋で沢山消費すると危ないからね。それまでに代替品か、入手手段が欲しいところだ」


 特に蜜りんごとスタミナッツが問題だ。蜜りんごは蜂蜜よりも上品な甘さが売りで、殆どのお菓子に使っている。スタミナッツはバフ料理のスタミナ回復効果が人気なのだ……受付嬢から。お菓子の納品依頼の時に「スタミナッツを使った物でお願いしますね」と、催促されるくらいには。

 糖分とスタミナ回復のダブルパンチで、効いたらしい。受付嬢も大変だ。



「そうそう、クノレさん……紅茶売りのお姉さんも、レベル20なのに採取師のままなんですって。多分ですけど、気軽に食べられる採取物が無いのも、植物採取師が少ない原因じゃないですか?」


 秘密にするのが心苦しかった、と言うレスミアだった。ジョブの解放条件は、貴族案件となっているので、パーティーメンバーには口止めしてある。


 植物採取師の条件は『植物系採取地で多く採取する。採取物をその場で食べる』だ。

 確かに、ここで取れる物を見返してみても、そのまま食べようとするのは……薬草くらいか? ポーションを持っていない時くらいだろうけど。

 キャベツや大根も、そのまま食べられるが、実際に生で口にする人は少ないだろう。ハーブ類も同じく、普通は料理する。

 かと言って、採取地で火を起こして、料理する人はもっと少ない。と言うか、見たことない。普通の人は弁当や、携帯食料を持ち込むそうなので。


「なるほど、確かにダンジョンの植生が悪いな。情報を知らないと、採取地で食べようとは思わないか……

 まだ、こちらに来て10日程だからな。騎士団とか、貴族の間で試している途中だろうけど、民間への開示はいつになるか、エディング伯爵に手紙を出して聞いておくよ」


「ありがとうございます」


 ホッと、胸のつかえが下りたように笑った。

 まぁ、食料自給率が低いヴィントシャフトの街だ。植物採取師が増えれば改善されるから、そう遠くないと思うけどね。



 魔絶木の樹液を満タンまで集めた後、最後の仕事がある。それは、この半透明な幹自体も採取対象だからだ。幹も魔力を遮断する素材なので、調合品の保管とか魔道具に使われるらしい。

 先ずは根本から聖剣で伐採、即座にストレージに格納した。ノコギリでギコギコ切ると、幹に残っていた黒い樹液が溢れ出して、周囲を黒く汚すらしいが、俺には関係ない。


 捨てるのも勿体ないので、たらいに出して確保しておいた。木を持ち上げるくらいなら、俺とベルンヴァルトに〈付与術・筋力値〉を掛ければ余裕だ。

 買い取ってもらえるのは、太い幹だけなので、枝を伐採する。半透明な丸太を3本ゲット。

 そのついでに、太めな枝も回収する。葉っぱと、細い枝を落とせば、何かに使えるかも? そのまま、ワンドとして使えないかと思ったが、そもそも魔力が流れないので無駄だった。まぁ、見た目が綺麗なので、木工細工を作るのも良い。



 採取を終えた後、蟻退治で鉱石を稼いでから、今日の探索は終了とした。

 買い取り所では、成果物を売り払い全部で約100万円を手に入れた。魔絶木の樹液は一樽5万円で売れ、木材も、1本5万円。3つずつで30万、鉱石依頼程ではないけれど、戦闘無しで稼ぐなら十分だ。


 こうなると、ランハートに送るのを躊躇ってしまうな。送ればバイクの開発が進むかもしれないけど、こちらも砂漠対策にお金がいる。


 なんて、頭の中で天秤を揺らしたが、一先ず売店で樽を買い足そうと決める。取れる量を増やせばいいからな。

 貴族用のエリアからは一旦外に出ないと、一般エリアにある売店に行けない。受付の前を通り過ぎようとしたとき、カウンターから呼び止める声があった。


「そこの『夜空に咲く極光』の皆さん、ちょっといいですか?」


 声の方へ目を向けると、アメリーさんが手招きしていた。

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