第240話 隠れる放火魔その2
22層も乾いた草原、ステップのような光景の場所だ。ただし、21層に比べると
少し歩くと、遠くに樹が生えているのが見えた。通路のど真ん中に木が立ち、周囲が赤い花畑になっている。
そのまま歩くと〈敵影感知〉にも引っ掛った。樹の魔物なら、オリーヴァルソンに違いない。しかし、見えるのは1本のみ。つまり、残り2匹が新種のはず。姿は見えないが……
「植物型なんですよね? あの花畑の赤い花じゃないですか? 数は多いですけど……」
「隠れているらしいから、あのどれかに擬態しているんだろうな。多分。〈敵影感知〉に反応が無いとは書いてなかったぞ」
図書室の本からは情報は得ているが、著者によって情報が偏る。弱点は水属性だが、隠れている間は魔法も効かないらしい。どうして効か無いとか、もうちょっと詳しく書いてほしいところだ。
取り敢えず、魔法を使うことは分かっているので、魔法ダメージを減らす為、〈付与術・精神力〉を全員に掛けた。
そして、ある程度近付いたが、動く気配もない。放火魔のオリーヴァルソンも動かないのは可怪しい。花畑の外には枯れた叢があるからだ。
念の為、花畑の花を鑑定してみると、
【植物】【名称:
・ボタン科に属する多年草で、多数の花弁が重なる
普通の花だった。花の知識が皆無な俺からすると、艶やかな花弁は真っ赤な薔薇にも見えるが、有名な
そう言えば、歩く百合(リーリゲン)なら居たなぁ。
近付きつつ、周囲を警戒していると、視界の端に赤い光が急に現れた。花畑に目を向けると、既に充填済みの赤い魔法陣……それを認識した瞬間に「散開!」と指示を出した。
魔法陣の向きで、誰が狙われているのか分かる。〈ファイアボール〉なら、直線にしか飛ばないので、躱しやすいはず。俺の方は魔法陣を充填中なので、回避して反撃を……
花畑の2箇所から魔法陣が赤く光り、火の玉が撃ち出された。が、しかし、
「え?!」「おいおい、正気か?」
予想外の展開に、左右から驚きの声が上がる。〈ファイアボール〉の1つはオリーヴァルソンの幹に直撃し、もう1つは直ぐ近くの花畑に着弾したからだ。
オリーヴァルソンは瞬く間に炎上し、頭を振って燃えるオリーブの実を撒き散らす。周囲の芍薬の花にも引火して燃え始める。
そんな中、燃えていない2本の赤い花が、飛び跳ねた。根っこの脚で、ぴょんぴょんとウサギ跳びを始め、燃えるオリーヴァルソンの周りを、2本の赤い花が飛び跳ねて回る。燃えていなければメルヘンな光景なのに、キャンプファイヤーを囲んでいるせいで奇祭にしか見えない。
【魔物】【名称:隠れ灼躍】【Lv22】
・狡猾な小型の植物型魔物。花畑に隠れて潜み、近づく者を燃やす。また、周囲に引火物がある場合、燃やして自身が火の中に入る。火に晒される事でパワーアップし、魔法の充填速度が飛躍的に早まり、〈フレイムスロワー〉を使う事が可能になる。
・属性:火
・耐属性:風
・弱点属性:水
【ドロップ:芍薬の根】【レアドロップ:灼躍花チャーム】
リーリゲンの火属性版か!
〈アクアニードル〉を連射された覚えがある。あっちと違って小さいけどな。
……火に入る前に、1匹でも先に倒さないと。
遅れて俺の魔法陣が完成するが、流石に走りながら当てる自信はないので、急停止した。2人に追い抜かれながらも、射線が合わないように調整し、魔法を撃った。
「〈アクアジャベリン〉!」
水の槍が打ち下ろす様に飛んでいき、奥の灼躍の花を貫いた。
……先ずは1匹!
しかし、その間に、もう1匹の灼躍が炎上する花畑に入られた。その途端に、茎がグインと伸びる。ひまわりの如く急激に成長し、オリーヴァルソンの倍程の高さに伸びた灼躍は、魔法陣を展開。ものの数秒で完成させ、〈ファイアボール〉が撃ち降ろした。
「うおっ、あっぶねぇ!」
「当たりません!」
前に出た2人が狙われたが、なんとか回避している。しかし、行く手を阻むように〈ファイアボール〉が連打され、爆発するので、前に進めない。
それに、精神力を強化したと言っても、元々が低いので当たれば大火傷になりかねない。当初の予定通り、俺が引き付けなくては。
「馬鹿みたいに伸びやがって、向日葵になって出直してこい!」
〈挑発〉で注意を引くと、灼躍の花弁がこちらへ向いた。何故か大きな魔法陣付きで……つまり、範囲魔法〈フレイムスロワー〉か!
「こっちで引き付ける! レスミア、行け!」
「はい!」
敏捷値の高いレスミアに任せ、俺は逆に距離を取った。範囲魔法の効果範囲は直径5m。他の2人を巻き込まない位置に移動しなければならない。
灼躍の充填速度はかなり早い。俺の〈充填短縮〉に匹敵する早さで、10秒もしないうちに完成した。
そして、魔法陣が赤く光ると同時に、ダッシュした。
範囲魔法は位置を指定するか、対象を指定したところに効果が発揮される。ただ、対象が移動している場合は、発動時に居た所から直径5mで、追従はしない。
つまり、突っ立っているより、移動したほうがダメージは減る!
足元から熱気が噴き上がる。呼吸を止め、腕を曲げて顔を隠しながら、前にジャンプした。
全身に熱い衝撃が伝わる。痛みはするが、熱気は数瞬で抜けていった。着地して膝を突くと、視界に写るHPバーは2割減っていた。
……いや、まだ戦闘中だ!
顔を上げて、戦況を確認した。ベルンヴァルトが大剣を抱えながら走っている背中が見える。そして、上の方では再度、赤い魔法陣が充填されている。
レスミアは?と、視線を巡らせると、空を駆けていた。
否、透明の壁を、斜めに駆け上がっているのだ。そして、壁を蹴って大ジャンプ。長く伸びる灼躍の茎へ飛び掛かり、手にしたテイルサーベルで一閃した。
レスミアは炎上する花畑を跳び越し、宙返りをして華麗に着地する。おそらく、炎の中に落ちないよう飛び上がったのだろう。
一方、斬られた灼躍は、花畑の外に倒れ落ちた。花弁の方が本体なのか、茎を縮めて、根っ子の脚を再生する。そして、立ち上がると、ぴょんぴょん跳ねて炎上する花畑に戻ろうとしていた。
「止めは、もらったぁ!」
そこに、追いついたベルンヴァルトの大剣が振り降ろされる。地面にめり込む程の威力で、花弁が両断された。
最初に燃やされたオリーヴァルソンは、燃えたままだが、もう動いていない。〈敵影感知〉に引っ掛る感覚も無いので、戦闘終了と判断した。改めて、ワンドの先に〈ヒール〉の魔法陣を出して充填していると、レスミアが走って戻ってくる。
「ザックス様! 大丈夫ですか?!」
「〈ヒール〉! 何とか無事だよ。ヒール1回で回復出来る程度だしな」
元気な事をアピールして、立ち上がるが、全身隈なくチェックされた。全身を火炎放射器に晒されたので、心配なのだろう。
しかし、雷玉鹿の革で作った装備は、燃えるどころか焦げ一つ無かった。優秀な装備で良かった。
まぁ、範囲魔法の属性ダメージは、精神力ステータスでしか軽減出来ないけどな。
「お~い、ドロップ品を拾ってきたぜ」
ベルンヴァルトが拾ってきてくれたのは、ピュアオイル1袋に、タコ足のような木の根っ子が2つ。
【素材】【名称:芍薬の根】【レア度:D】
・薬の素材として使われる根。血液に滋養を与えるため、冷え性や、女性向けの強壮剤として扱われる。
ふむ、女性向けか。そう言えば、薬膳とか聞いた覚えもあるし、レスミアに必要か聞いてみたところ、
「お料理では使いませんよ。
えーっと、確か朧月錠剤に使われていたような?」
単体では使い道は無さそうだが、レシピを買えば必要になる。それまでは貯めておくか。強壮剤の材料なんて、素人が扱っては怖いからな。
中々面倒そうな魔物だったので、一旦小休止にして、白紙に情報をまとめる。
・最初は隠れていて、近付くと充填完了の魔法陣を向けてくる(魔法が効かないかは、未確認)
・最初は炎上目的で、オリーヴァルソンはキャンプファイヤー。
・火に入ると背が伸び、魔法の充填が3倍速。赤いせいか?
・火の中に居るときのみ、範囲魔法。
・本体は花の部分っぽい。
「出てきた後に、こっちも濡れるのを覚悟して〈ウォーターフォール〉か?」
「先に花畑を風の魔法で、伐採したらどうだ? 剣じゃ近づく前に気付かれるが、魔法なら行けるだろ?」
「あ、それなら、姿を消す〈潜伏迷彩〉で近付くのはどうです?」
そんな感じに、作戦会議をしながら先へ進んだ。
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