第239話 採取地での臨時販売

 あらすじ:野焼きによる死亡事故を防げ!


 草をかき分け、炎上する大部屋へ急ぐ。その部屋の前で立ち往生している人達が、水筒を掲げるのが見えた。水を被る為だと気付き、ワンドを掲げて魔法陣を展開し、声を張り上げた。


「魔法を使うぞ!! 全員壁際に寄れ!!!」


 俺の声が届き、大部屋前の人達が振り向く。そして、魔法陣の光が見えたのか、慌てて壁際に逃げた。


「〈ウォーターフォール〉!」


 燃え盛る大部屋の中に、滝を召喚した。大量の水と炎がぶつかり、煙を上げる。先程の通路よりも派手に燃えていたせいか、中が煙で見えなくなる程だ。

 その間も草をかき分けて、大部屋の入口に辿り着くと、そこも水浸しになっていた。少し目測が、近かったか?


「魔法使い殿、ありがとうよ!」「助かったぜ」「後で紅茶を奢るよ~」


 壁際に避難していた人達から、感謝の声が届く。急いだ甲斐があったというものだ。


「ザックス様、まだ奥の方が燃えている音がしますよ?」

「手前過ぎたか? 〈ブロアー〉!」


 風の魔法で煙を吹き飛ばすと、奥に赤い炎がチラついて見える。念の為、特殊スキルを〈充填短縮〉に入れ替えて、再度魔法陣を出した。



 2度目の〈ウォーターフォール〉を部屋の奥に撃ち込み、完全に消化する。それで、ようやく採取地兼、退避部屋に入ることが出来た。



 採取地の部屋も広く、ザフランケの木や初めて見る真っ黒な木が立ち並んでいた。しかし、どの木にも樽が横付けされているので、樹液の採取のようだ。

 一緒に入ってきた人達の数人が採取に駆けていくが、半数は休憩するようだ。その中の一人は、アイテムボックスからテーブルを取り出していた。


「あ~、ここは殆ど採取が終わっているみたいね。

 そっちのお兄さん、お嬢ちゃん、紅茶どーお? さっきの、お礼よー」

「わ~、ありがとうございます。甘いミルク入りを下さいな」


 一昨日も会った紅茶売りのお姉さんだ。偶然ではあるが、顔見知りを助けられて良かった。

 一番に俺達へ紅茶を配ると、呼び込みを始める。


「温かい紅茶、如何ですか~。1杯200円ですよ~、甘いミルク入りは300え~ん。只の水より疲れが取れる事、請け合いで~す。自前のコップがあれば10円引き~」


 そんな声を聞いていたら、ピンっと思いついた。紅茶にお菓子は付き物だよな?

 レスミアに耳打ちして相談すると「あ、今朝のお菓子納品の時みたいに、宣伝する良い機会ですね!」と賛同を得られた。そのままこっそりと、ストレージから昨日のお菓子を取り出す。

 そして、紅茶売りのお姉さんに交渉する。


「すみません、そのテーブルの端を借りて俺達も販売させてもらえませんか?」

「私が作ったお菓子です。紅茶にも合いますし、場所代として、お一つどうぞ」


 レスミアが棒状のフロランタンを差し出すと、目を瞬いて驚いていたお姉さんだったが、直ぐに破顔して受け取った。


「あら~、悪いわね。良いわ、好きに使って~」


 長く作られたフロランタンは販売用だ。食べ歩きが出来るように、三分の一を色紙で包み、持ち手にしてある。テーマパークで見かけるチュロスみたいな感じだな。


「甘~い、お菓子は如何ですか~。料理人が作ったスタミナ回復効果付きですよ〜。1本300円! 紅茶にも合いますよ~」


 レスミアが声を張り上げると、採取をしていた女性が一斉に振り向く。そして、採取の手を止めると、数人が買いに来てくれた。


「美味しいわ!」「甘くて身体に染み渡るわね~」「蜂蜜より癖が無くて甘いわね、ナッツも香ばしい……ねぇ、お砂糖を使っているの?」

「いいえ、蜜りんごとスタミナッツ、松の実等ですよ。食べるとスタミナ回復小が5分間付きますから、疲れた時程効きますよ~」


 最初のお客さんが喜びの声を上げると、様子見をしていた人達もこぞって買いに来てくれた。その中には、先程助けた人達もいて、大いに繁盛する。そして、大方売りさばいて、反応の良さも実感できた。宣伝には良いタイミングだ。


「次の休日に、お菓子屋を開店します! 東の貴族街への勝手口近くの小さい店ですが、料理人が作るお菓子の味には、自身があります! 『お菓子屋 白銀にゃんこ』です! 是非、皆様お越し下さい!」


 俺の声が、お客さん達に届いたのが、よく分かった。何故なら、皆の視線がレスミアの方に向いたからだ。銀髪の猫耳少女が呼び込みしていたら、そりゃ命名理由も直ぐに分かるよな。



「あうぅ……『魔道具店ザックス工房』も、同じお店で薬や魔道具も販売します! 小麦粉交換とか、香り付きの石鹸やシャンプーも有るので、宜しくお願いします!」


 顔を赤くしたレスミアが、半ば早口気味に宣伝した。しかし、お姉さんや奥様方は何かを悟ったように、優しい目になった。


「まぁまぁ、若々しくて良いわね~」「分かるわぁ、ウチの近所の鍛冶屋さんも、店名に奥さんの名前付けてたのよ。仕事も夫婦仲も熱々でねぇ」「新婚さんなら、浮かれてもしょうがないわよ~」


「いえ、あの、まだ結婚は……」

「あら? でも一緒にお店を開くくらいなら、婚約中かしら?」「この辺で稼ぐなら、耐火付きのアクセサリーでもおねだりしなよ」「ホラ、アタシの指輪もね、旦那から……」



 顔を赤くしたレスミアをさかなに、井戸端会議が始まった。こうなると、男では太刀打ち出来ない。事前に取り出したお菓子が売り切れたところで、俺はそっと離れた。




 壁際で助けたオジさん達と雑談していると、扉の外の様子をうかがっていた人が声を上げた。


「夕焼けが消え始めた、そろそろ行けるぞ!」


 その言葉で、部屋の中の人達が一斉に動き始めた。荷物をまとめ、背負い、入口に殺到する。勿論、アイテムボックス持ちのジョブの人は、手ぶらなのでもっと早い。紅茶売りのお姉さんも、こちらに手を振って足早に出ていった。


「お疲れさん」

「なんか、普通におしゃべりしただけになっちゃいました。宣伝になったのかなぁ?」

「まぁ、突発的にやっただけだからな。1人、2人でも来てくれればいいさ」

「おーい、俺達も行こうぜ」


 別段ドロップ品の取り合いする気はないが、下草が短い間に距離を稼いだほうが良い。空が青空の元、足早に階段を目指した。




 途中の火事は〈ウォーターフォール〉を連打して消火し、叢を〈エアカッター〉で伐採し、無理矢理気味に階段部屋に辿り着いた。魔物と戦ってもいないのに、盛大にMPを消費してしまったのは痛い。

 この階段部屋は扉付きの退避場所にもなっており、俺達以外に探索者は居ない。半減したMPを回復させるため、少し早いがお昼休憩することにした。

 お昼の間の話題は、先程の奥様方から得た情報だ。


「ここの皆さん、半数くらいは火耐性が付与されたアクセサリーを持っているそうですよ。旦那さんに貰ったとか……まぁ、私も回復効果付きのペンダントを自慢仕返しましたけど」


 ……いや、張り合わんでも。と、思ったが婚約者から贈られるアクセサリーには意味がある。見せびらかしたくなったのだろう。多分。それはさて置き、問題なのは火耐性の方だ。


「俺達も助けたおじさんに聞いたけど、持っていれば装備品や服も火に強くなるらしい。あの大部屋の火事くらいなら、火傷程度で抜けられるってね」

「まぁ、火傷から助けられたんだ。無駄じゃ無かったと思うぜ。それよりも、この先も火を使う魔物なんだってな?」


 次の22層から新しい魔物が登場するが、そいつは火属性魔法を使うらしい。その情報は、既に図書室の本から得ている。そして、対処法も自分なりにアレンジしたものを考えてきた。それらを情報展開する。


・植物型で、名前は灼躍しゃくやく、火魔法を使い、飛び跳ねて移動する。

・最初は隠れているが、近付くと出てくる。

・隠れている間は魔法が効かない。

・弱点は水属性っぽい、植物なのに……


「……と、いう訳で、2パターン考えてきた。特殊武器で蹴散らす方と、俺が盾になっている間に2人が攻撃する方。どっちが良いと思う?」

「ん~、聖剣は強いですけど、光る剣はMP消費が多いって、言ってませんでした? それに、レベルアップが遅くなるって……」

「ん? いや、今回はブレイズナックルの方だよ。付与スキルで〈熱無効〉が付いているから、火属性魔法も効かない筈」


 特殊アビリティ設定を変更し、真っ赤なガントレットを取り出す。2人に片方ずつ渡してみたところ、


「俺には小さくて入らんな」

「私はぶかぶかです」


 俺も人族としては大柄だけど、鬼人族は更に大きい。俺にフィットするサイズなので、大きな手は入らなかったようだ。小柄なレスミアは言うまでもない。

 武器や盾なら兎も角、ブレイズナックルやミスリルフルプレートは、ゲームの様に使い回しは出来ないようだ。


「そうなると、交代でって訳にもいかないか。

 簡単に言うと、〈熱無効〉の力で魔物の火属性魔法とオリーヴァルソンの炎上も無視して、戦うだけさ」


「それだと、リーダーだけで戦う事になるじゃねぇか。もう一つの方にしようぜ」

「私は弓で援護は出来ますけど、ザックス様の負担が大きいと思います。パーティーを組んでいる意味がありませんよ」


 2人に反対され、もう一方の作戦で行くことにした。打ち合わせを入念にしてから、階段を降りた。

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