第238話 燃える階層

「〈トリモチの罠〉〈トリモチの罠〉〈トリモチの罠〉!」


 20層のボス、ソディウムゴーレムが登場前に仕掛けたトリモチに引っ掛かり、派手に転んだ。そこにお替わりを進呈。胴体とバンザイした両腕を拘束した。


 腕も脚も関節が伸び切っているので、立ち上がるどころか、動くことすらままならない様子だ。

 まぁ、ここで腕とか切り離すと、新しい腕が生えてきてしまう。なので、接地面はそのままに、背中側を削ぎ落とす事にした。斜めに贅肉を切り落とし、スリムアップしていく。


「もう! キリがありませんね!」


 反対側では、腕を切り落としたレスミアが、生えてくる腕を次々と切っていた。時折、首や胴体も斬り付けているが、当たりは引いていない。


 順調に質量が減っていき、お相撲さんから一般人体型になった頃、お供のオリーヴァルソンの相手をしていたベルンヴァルトが合流した。


「ん? そこに怪しいのが見えてんじゃねぇか。オラァ!」


 オリーブオイル塗れの大剣が、肝臓辺りにあったゴーレムコア当たりを破壊し、終了となった。


 


 今日は朝から20層に入っていた。21層から入ることも出来たが、転移ゲートの出口の部屋が火事になっていることもあるらしい。『火事だったら、無理してでも休憩所に駆け込め』なんて、書かれていたので、用心して20層から始めたのだった。ドロップ品はナトロンの塊、錬金術でも使うので旨々だ。


 アッサリ風味でボスも倒せたので、ベルンヴァルトを〈ライトクリーニング〉してから、休憩所へ転移した。




「出遅れた! 急げ急げ! 他の奴に拾われちまうぞ!」


 混雑しているかと思いきや、休憩所に人は少ない。大半は出ていった後のようで、残っているのは宿泊部屋から出てくるパーティーのみ。休憩中に居眠りでもしていたのだろうか? 背負子を背負いながら、21層への扉を潜っていくところだった。


「ああ、外の火事が収まったのか」

「どうします? あまり疲れていませんし、私達も急ぎますか?」


「そうしよう。また、いつ火事になるか分からないし、距離を稼いでおくか」


 地図を出して、事前に決めたルートを共有する。最短ルートは階層の中央を通るので、火事に会うと逃げられない。かといって、退避部屋がある最外部を回っていくと、遠回り過ぎる。

 折衷案として、最短ルートから少し外側、万が一には退避部屋に逃げられるようにした。まぁ、保険として〈無充填無詠唱〉の特殊スキルはセットしておく。



 21層に入るが、そこは青空の広がる草原……生えている草は枯れているのでステップといったところか。しかし、それも壁に映る映像、部屋と通路には芝生のような緑に覆われている。一昨日、チラッと見た時は、腰くらいの高さの枯れ草が燃えていたので、再生中なのだろう。

 進行方向が青空な事を確認して進んだ。




「何もありませんねぇ、ドロップ品。人の足音は先の方で聞こえるので、先に拾われたのかなぁ?」


 レスミアが猫耳をピコピコ動かし〈猫耳探知術〉で探ってくれた。暫く早足で進み、何本か分かれ道を通ったが、本当に何もない。偶にあるのは……


「ヴァルト、そこに【油壺の罠】だ」

「おう、またかよ」


 通路の端には、草に隠れて罠が仕掛けられている。しかし、〈罠看破初級〉でポップアップが表示されるので見逃すはずもない。パーティーの中で唯一〈罠看破初級〉を持っていないベルンヴァルトに、口頭で注意する必要はあるけどな。



【罠】【名称:油壺の罠】【アクティブ】

・スイッチを踏むと天井から油壺が降ってくる罠。割れ物注意。



 水が落ちてくるだけの【落水の罠】とは違い、こちらは壺が落ちてくる。それも、薄い脆い壺なので、頭に当たれば勿論、手で受け止めようとしても割れて油塗れになる。厄介な罠だ。


 この罠に関しては、図書室の本に21層の歩き方として書かれていた。


 ポップアップの指す辺りを踏み、上を見ながら歩く。草のせいでスイッチを踏んだ感触も無いが、何もない青空にパッと壺が出現した。野球のフライでも取る気分で、落下地点を予測し、野球グローブ代わりにストレージの黒枠を掲げた。


「ナイスキャッチっと」


 いや、キャッチした感触も無いけどね。そのお陰でストレージに直で格納すれば、割れる事もなく回収できる。

 壺の中身は、『火精樹の油』だ。【火吹きの罠】でも使われている引火性の高い油である。爆弾の威力を高める事が出来るので回収して損は無いだろう。



【素材】【名称:火精樹の油】【レア度:D】

・揮発性の高い油で、専用の瓶でなければ保管できない。爆弾系の素材にすると威力が上がる。

 火精樹の実を絞るだけでも油は取れるが、非常に危険。錬金術で作成する方がよい。

※不純物が多く、効果及びレア度が低下している。密閉性の無い容器のため、容量が減っていきます。



 この罠は、踏んだ者の進行方向に落ちてくるそうだ。歩いていると、丁度頭に当たる位置らしい。

 そのためか、スカウトが居ない時の対処法として、盾を掲げるとか、フード付きマントを被っておくとか、走れと書かれていた。走っていれば、油壺の落下より早く通り抜けられる。


 今までの階層と比べると、変な所だ。罠は油壺しかないし、魔物もオリーヴァルソンしか出ず、炎上自殺した場合は火が消えるまで、ドロップ品は出ないらしい。(探索者が倒した場合は普通にドロップする)

 受付嬢が情報収集しろと、忠告する訳だ。



 そんなわけで、油壺を回収したり、誰かが駆け抜けた油溜まり(割れた跡)を避けたりして進んでいくと、地面の草がだいぶ伸びてきた。膝丈でも密集して生えているので、歩き難い。掻き分けながら進んでいくと、他の探索者とすれ違うようになってきた。


「おっと、この道は先客がいるか、別の道に……」

「待て。そろそろ、オリーブが出るぞ。休憩行こうぜ」


 そんな会話をして方向転換すると、草を掻き分けて最外部の方へ走って行った。向こうも3人パーティーなのに、全員縦一列で歩いているのが面白い。RPGかな?


「草が伸び切ると、今度は枯れ草になる。その後にオリーヴァルソンがリポップするって本にあったが、あの人達の反応からすると、そろそろかな?」

「えーっと、さっきの人達の行った道が、退避部屋に一番近いですね。でも、このまま真っ直ぐ行けば、採取地のある待避所がありますよ」


 レスミアの持っている地図を覗き込んでみると、まだちょっと距離がある。当初は行けると思って組んだルートではあるが、くさむらの歩き難さは考慮されていない。


「真っ直ぐ採取地を目指そう。万が一のときは魔法を使うから、大丈夫。最悪〈ゲート〉で逃げられるからね。

 ヴァルト、交代しよう」

「おお、頼むぜ。しっかし、まるで山んなか歩いてるみてぇだ」


 俺達も一列に並んで、草を掻き分けながら先を急いだ。



 周囲が枯れ草に変わる頃、前方で煙が吹き出すのが見えた。

 魔物の出現の兆候だ


「オリーヴァルソンが出るぞ! 先ずは草刈りだ〈ストームカッター〉!」


 特殊スキルの効果で、即座に魔法を発動させた。念じるだけでも発動できるが、魔法名を口にしたのは、仲間に聞かせる為である。

 出現した3本のオリーヴァルソンを風の刃が襲う。枯れ草を伐採し、オリーブの実や、細い枝葉を斬り刻む。風属性のオリーヴァルソンに、風属性魔法を使ってもダメージは半減する。そのため、本体の幹は浅く切り傷が残る程度ではあったが、十分だ。


 魔法の効果が終了し、伐採された物が落ちてくる。枝などが落ちた後、風の影響で舞い散る枯れ草が、通路を覆い隠す。


「行くぜ! 右の2本頂きだ!」


 ベルンヴァルトが、大剣を構えて踏み込んだ。それに続くように、俺も左の1本へ向かう。枯れ草を押し退け、肉薄し、敵が枝を振るうよりも前にスキルを放つ。


「〈ブレイブスラッシュ〉!」「〈フルスイング〉!!」


 光る剣閃が幹を輪切りにし、更にノックバック効果で吹き飛ばした。

 戦士ジョブのベルンヴァルトも同じく、ノックバック効果のスキルで2本まとめて伐採し、吹き飛ばす。

 奥の叢に残骸がバラ撒かれ、オリーブオイルを噴き出して辺りをオイル漬けにした。


 ……火気厳禁。マッチ一本火事の元。

 そんな標語を思い出す光景ではあるが、少しすると霧散していった。ドロップ品も、オリーブオイル3つゲット。

 さて、先に進むかと思ったとき、奥の叢を見ているベルンヴァルトが顎を摩りながら疑問を口にした。


「なぁ? 魔法で……なんつったか、真っ直ぐ飛ぶアレだ、〈エアカッター〉? で草を切り飛ばせば、早く行けねぇか?」

「あーそれは考えたんだけど、この階層は人が多いだろう。間違えて当たったら、洒落にならん」

「それなら私の〈猫耳探知術〉で聴き分け出来ますよ。皆さん、草を掻き分けて居るので、ガサガサ音を立てて分かりやすいです!」


 そんな訳で、レスミアを先頭に、人が居ない事を確認してから〈エアカッター〉で直線に伐採した。根本近くで撃てば、歩きやすい。少し移動速度が上がった。



 しかし、10分もしないうちに、アチラコチラの空が夕焼けに染まり始めた。そして、進行方向でも……


「採取地は直ぐそこだ。魔法で突っ切るぞ! 〈エアカッター〉!」

「はい!」「おう!」


 夕焼けに染まる通路を進むと、火事現場が見えてきた。放火魔は、既に火に巻かれて踊り狂っている。手当り次第にヘドバンして、燃えるオリーブの実を撒き散らして、延焼を広げていた。


「止まれ!足元に〈ストーンウォール〉!」

「わわわっ」

「次は消火する! 〈ウォーターフォール〉!」

 足元から石壁が生えて、俺達を持ち上げる。俺の腰にレスミアが抱きついてきたので、空いた手で腕を握り返す。そして、退避が完了してから、火事現場の真上に直径5mの滝を生み出した。通路を埋め尽くす勢いの大瀑布が、火事を消し止める。

 当然、行き場のない水が、前後に流れて川となるが……


「思ったより水位が低い、叢のせいか? もうちょっと距離を取れば〈ストーンウォール〉は要らなかったな」

「事前に聞いていても、いきなり上に持ち上げられるのは、びっくりしますよー」


 文句を言う猫耳を、撫でて誤魔化していると、石壁の上からベルンヴァルトが飛び降りた。水音を立てて着地するが、水位はくるぶしにも満たない。


「大丈夫そうだぜ。ブーツが汚れるくらいだな」

「それなら、後で〈ライトクリーニング〉すれば、問題ないな。よっと……」


 レスミアを横抱きにして、下に降りる。周囲の水は、草に吸収されているかのように、急速に引いていく。距離さえある程度取れば、〈ウォーターフォール〉による2次災害は、あまり心配しないでも良いか。


 首に抱き付いてくるレスミアを降ろした時、猫耳がピコピコ動き始めた。


「お姫様抱っこして貰えるなら、石壁の上に上がるのも……っと、通路の奥、人の声がします…………採取地前の部屋が炎上?」


 〈猫耳探知術〉で拾ったのは、立ち往生する人達の声だった。俺達も消火現場を後にして先を進むと、炎上している大部屋が見えてきた。その手前に10人ほどの人影が見える


「迂回するか、部屋を突っ切るかで揉めて……いえ、突っ切る事にしたようです。水を被って進むとか……」


 ……自殺行為だ! 無茶がすぎる!

 いくらポーションで回復出来るとはいえ、体育館くらいある大部屋を突っ切るのは無理だろう。見ず知らずの他パーティーだが、見過ごすのは寝覚めが悪い!

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