第237話 お菓子屋のバックヤード

235話、236話は外伝の『神対窮まるユグドラシル』を公開していましたが、現在では削除して、専用ページに移しました。興味のある方はそちらもどうぞ。

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 ギルドを出て帰り道、幌馬車に追い越された。と、思ったら、減速して止まる。御者台で手綱を握るのはヴォラートさんだった。


「丁度、迎えに行くところだ。君も、乗っていくか?」

「ええ、ありがとうございます」


 そこまで距離がある訳ではないが、お言葉に甘えて乗せてもらった。ただ、荷台ではなく、御者台の隣を空けられた。

 隣に座り、間近で見ても、ドーベルマンの様な精悍な顔は格好良い。表情は読みにくいので、何を話そうかと話題を考えたところ、1人足りない事を思い出した。


「そう言えば、テオはどうしたんですか? 今日は休みと聞きましたけど、1人だけ見ていないので……」

「ああ、テオ坊なら、27層攻略の準備のために、ギルドに行った筈だ。その後は知らんが、酒場にでも繰り出しておるだろ」


「ああ、やっぱり27層は、大変ですよね。俺もつい先程、ギルド3階のショップで見てきたところです。魔道具類が高くて、暫くはお金稼ぎになりそうです」

「それで良い。冷たい風が出る魔道具は必須だぞ。揃うまで、27層に行くべきじゃない。

 ウチのパーティーも、人数分揃えるのに採取地を巡ったもんだ」


 ヴォラートさんはサードクラス、つまり27層は大昔に突破済みだそうだ。砂漠フィールドの話を色々と聞かせてもらった。砂の中を泳ぐ魔物と、砂に埋もれて潜む魔物、どちらも面倒そうな敵だ。


「一番の敵は暑さだがな。万が一、水が足りなくなった時は、サボテンに生っている赤い実を食べると良い。緑の部分は駄目だぞ、青臭い上に腹を壊す」


 そんなアドバイスを受けていると、赤と緑のストライプの目立つ家が見えてきた。こうして見ると、お店の目印としては丁度よい庭木になったな。


「君のパーティーには感謝している。最近はダンジョンに通い詰めで、体力の少ないプリメルが疲れ気味だったからな。今日のお茶会は、良い息抜きになっただろう」

「いえ、ウチの女性陣も楽しそうでしたから、お互い様ですよ。まだ引っ越してきて間もないので、友人も少ないですし。

 あ、門を開けるので、馬車ごと入って下さい」


 そう言い返して、先に降りる。門の鍵を開けて、招き入れた。玄関前で停めてもらい、一緒に家に入る。


「ただいま~、って誰もいない?」


 玄関近くの応接間は空、リビングにも姿がない……

 犬鼻をヒクヒクさせたヴォラートさんが、奥の扉を指差した。


「妙に甘ったるいな。向こうで、お茶会中ではないか?」

「あっちはキッチンですね。お菓子作りをしているのかも?」


 扉を閉めれば殆ど匂いが漏れない筈なのに、流石は犬族。

 キッチンへの扉を開けると、甘ったるい匂いが充満していた。中では5人のメイドが、おしゃべりしながら、お菓子作りをしている。

 いや、キッチン台に積まれた木箱や、せっせと袋詰めと箱詰めしている様子は、既にお菓子屋のバックヤードのようだ。


「その娘ったら、剃っちゃてね~」

「アハハッ、メイドこえーな。アタシらなんて、そのまんまだよ。ねぇ、プリメル?」

「うん、必要無い」

「それも、どうかと思うけど……はい! 次の焼けたよ!」

「プリメルちゃん、そっちのドーナッツも冷めてきたから、キャラメル塗ってね。

 あ! ザックス様、お帰りなさい!」


 おしゃべりしながらも、最初に気付いてくれるのは、やはりレスミアだ。天ぷら鍋でドーナッツを揚げているのか、小気味よい音も聞こえる。早速使ってくれているようで、油切りトレイの上には、リングドーナッツと小さな丸いドーナッツが並んでいた。

 そして、キッチン台の奥ではプリメルちゃんが刷毛はけを持って、ペタペタとリングドーナッツにキャラメルをデコレートしている。合間に粉砂糖で白くなっている一口ドーナッツに手を伸ばして、つまみ食い。もぐもぐしながら、顔を綻ばせた。


「以前はラードで作りましたけど、今日はピュアオイルで揚げてみました。軽い食感で美味しく出来ましたので、味見して下さい。はい、あ~ん」


 白い一口ドーナッツを摘んで差し出して来るので、気恥ずかしいが、頂いた。カリッと揚がった表面に、サクホロと崩れる内側も、程よい甘さで美味しい。


「うん、サクサク感が良いね。美味しいよ。

 っと、プリメルちゃんとピリナさん、迎えが来ましたよ」


 キッチンの入口で待っている、ヴォラートさんを指で指し示すと、2人はがっくりと肩とウサミミを降ろす。


「えー、ボラ爺、もう来たの?」

「久し振りに女の子っぽい半日だったなぁ」


「もうすぐ5の鐘が鳴る。着替えてこい」

「あ、着替えなら応接間を使ってね~。案内するよ~」


 お菓子作りのため、服が汚れてもいいように、メイド服の予備を貸し出したらしい。体格差から、プリメルちゃんはぶかぶかで可愛らしい。

 フロヴィナちゃんが2人を連れて出ていくと、お菓子作りは終了となった。コンロの火を止めたレスミアが、ひと抱えもある木箱……差し入れが入っていた物を持ってくる。


「ザックス様、レアチーズケーキと、ベリータルトのホールを出して下さい。プリメルちゃん達に売る分です」


 そう言って、大銅貨を数枚手渡してくる。『友人同士なので材料費のみで譲った』らしい。

 ホールケーキを潰れないよう小さい木箱に入れ、それを大きい木箱に詰める。更に、キッチン台に積まれていたドーナッツの箱や、フロランタンの箱、瓶詰めのクッキー等も次々と詰められていく。

 すると、一抱えもあった木箱がお菓子で埋まった。達成感を感じているのか、良い笑顔のベアトリスちゃんが、ヴォラートさんに差し出した


「はい、これがプリメルちゃん達の分です。どうぞお持ち帰り下さい」

「おいおい、全部お菓子か? 流石に貰いすぎだ」

「いえいえ、差し入れの材料を頂きましたし、お菓子作りも手伝って頂きました。それに、宣伝も兼ねているんですよ」


 要は、向こうの家のメイドさんや下働きにお裾分けして、近いうちに開店するお菓子屋だと、宣伝してもらうそうだ。

 流石にこの量を2人で食べるわけではないと、安心したヴォラートさんは、アイテムボックスにしまってくれた。



「今日は世話になった。ウチの連中とも仲良くしてくれ」

「開店の日が決まったら教えて、買いに来る」

「アタシも孤児院仲間に宣伝しとくよ」


 三者三様に言うと、帰っていった。幌馬車の後ろからプリメルちゃんが、手とウサミミを振っているのを見送る。

 入れ違いにフォルコ君が帰って来た。今まで商人ギルドに行っていたのかと思いきや、途中で帰ってきていたらしい。


「ベアトリスさん、頼まれていた木箱と布袋を買ってきましたよ。

 これらも販売価格に加えるので、忘れないで下さいね」

「ありがとう! 原価計算もお願いします!」


 小分けにする容器を、買いに行っていたそうだ。確かに、販売するときの容器も値段の内だ。安価なビニール袋とか、ボール箱があればいいのだが、生憎と無い。


 ……ガラス瓶だけでなく、木箱もレシピ調合出来るようにした方がいいか?



 夕飯の揚げ物パーティーの後、店の事について報告しあった。日持ちがする焼き菓子を中心に、スタミナ回復効果付きのスタミナッツ系お菓子と珍しい揚げ物のドーナッツを目玉として売り出す。錬金術製の薬品や魔道具は、珍しい物は無いが手堅い消耗品ばかり。

 それと、フォルコ君が店長としてお店の登録と看板の発注も、滞りなく終えた。と、フォルコ君が報告したところで、フロヴィナちゃんが声を上げた。


「あ~、お店の名前! 決めてなかったじゃん! え?!何にしたの?」

「ザックス様と相談して決めました。オーナーと店長権限ということで……まぁ、前に出た名前ですよ。

 店名は『魔道具屋ザックス工房 & お菓子屋白銀にゃんこ』です」


「……何でにゃんこが復活したの?!」

「あ~、あれか~」「まぁ、可愛らしくて良いじゃない、ミーア」

「あれ? 俺の名前も入れたの?」


 俺はてっきり、『魔道具店&お菓子屋 白銀にゃんこ』と思っていたのに……こんなところで、すれ違いするとは。口頭で話しただけで、伝わった気がしていたよ。

 そして、一人不満げなレスミアだったが、


「むー、ザックス様の名前と並んでいるので、このままで良いです……」


 なんて、可愛らしく頬を膨らませながら、許してくれた。



「もう準備万端じゃない?! 明日にでも開店する? メイド服もフリフリにしたし、いつでも行けるよ~」

「まだ、値段も決まっていませんよ、フロヴィナさん。店の棚にどう配置するとか。値札とかも用意しないと」

「原価計算、めんどうー、ミーア~」「はいはい、手分けしましょう」


 フォルコ君が、準備不足として色々上げるが、俺も宣伝が足りない気がした。現状として店の事を知っているのは、門番の騎士と、プリメルちゃん達のみ。ギルドに行ったときに、巨乳のお姉さんに宣伝しておけばよかった。


 それは兎も角、宣伝といえば、広告を出すのはどうだろう?

 しかし、騎士団や各ギルドが、掲示板にニュースペーパーを貼ることはあるらしいが、新聞のように配達しているものはない。


「街の各所にある掲示板なら、広告を張り出せますよ。ただ、商人ギルドの管轄なので、掲示費を取られますが……」


 フォルコ君が商人ギルドに登録した際に、色々説明を受けたそうだ。勝手に掲示すると罰金らしい。貴族街への勝手口に掲示してもらえば良いかと思いきや、それも駄目だそうだ。

 すると、街頭で配るか? 貴族街の勝手口で配れば……


「そうだ、試供品も配ろう!」


 丁度、量産された一口ドーナッツがある。変わったお菓子と言うなら、実際に食べて貰ったほうが早い。小さい布袋に一口ドーナッツとクッキー数枚入れておけば、貰った人も職場で話題にしたり、分けたり出来る。


 門番の差し入れと同じく、タダで配るのには驚かれたが、開店の前日に一回だけならと、宣伝費として納得してもらえた。これも経費として、計上するそうだ。



 その後も話し合いは続き、開店は次の休日に決まった。ソフィアリーセ様が来る予定なので、お店も一緒に見てもらう事にした。ヴィントシャフト家が大家なので、報告は必要なのだ。

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