第233話 コミュニケーション1回目とレア物ショップ

 第2ギルドの図書室に入ると、カウンターにはバイト司書がいた。名前は確かリプレリーア嬢。ピンッと背筋を伸ばし読書に熱中する様は、スナップ写真にでもすれば文学少女と名を打てそうだ。

 多分気付かないだろうけど、一応礼儀として声を掛ける。


「すみません、司書さん! ちょっといいですか!!」


 案の定、うんともすんともしないので、無慈悲に赤い卓上ライトをONにする。すると、可愛らしい悲鳴と共に本を取り落とした。デジャブ……


「あー、お客さん? 何か用? 無いなら、読書の邪魔しないで」


 以前も聞いた台詞だ。もしかしなくても、顔を覚えられていないのだろう。スイッチを切ろうとする彼女の手を遮り、要件を言う。


「この図書室の蔵書に、精霊か妖精に関する本はありませんか?」

「ありません」


「では、王都の学園の図書館で読んだ覚えはありませんか?

 ソフィアリーセ様から、聡慧そうけいな貴女ならと、紹介を受けて来たのですよ」

「……ソフィア……リーセ? 誰??」


 思わずズッコケ掛けた。主家のお嬢様を忘れるな!

 しかし、顎に人差し指を当てて考え込む姿から、本気なようだ。


「ここの領主様の娘ですよ! 幼年学校では同学年だったと聞きましたし、一昨日、劇場で顔を合わせたでしょうが!」

「………………あ!? 青い髪が綺麗な子? だったような……?

 一昨日は、劇を見たけど、誰にも会っていない」


 そう言えば、歩きながら本を読む書痴娘だった。でも、取っ掛かりは得た。


「ミューストラ姫の劇でも、妖精が出ていましたよね?

 ああいった妖精や精霊の情報が欲しいのです。特に目撃情報、どこに行ったら出会えるのか?

 詳細に覚えていなくても、構いません。王都に情報が在るのかだけでも知りたいです」


 王都にはエヴァルトさんが行っている。手紙で質問を送っているが、調べる取っ掛かりがあるに越したことはない。

そんな思惑で聞き込みをしたのだが、ぷっと笑われた


「アハハ、見掛けに依らず、子供っぽい人ね。

 確かに、妖精や精霊の事が書かれた蔵書は覚えているけど、只の創作か、おとぎ話でしょ。

 それに、一昨日の劇の脚本も、妖精が水鏡の盾を準備するとか、子供向けって感じよね。昔観たのは……」


 そこまで話したところで、ハッと口を押さえた。

 脚色されていると聞いてはいたけれど、途中で止められると続きが気になる。しかし、リプレリーア嬢は人差し指でバッテンを作り、悪い微笑みを見せた。


「喋りすぎたわ。ここからは有料よ」

「有料かよ!? ちゃっかりしてるな……いや、情報料くらいは払うけど、幾らだ?」


 今度はバッテンを解いた指を、「チッチッチッ」と振る。

 どうでもいいけど、仕草がお嬢様っぽくない娘だな。


「お金には困ってないから、違う物を要求するわ。

 ズバリ、私が読んだことのない本よ!

 あ! そうそう。街の本屋で売っている本は全て購入済みだし、新刊があれば家に届くように手配しているの。

 だから、この街では出回っていない本で宜しくね」


 ……無茶振りが来た。お前が読んだことがあるかどうかなんて、知らんがな!

 それに、本屋まで封じられるとは……暇とお金に余裕が出来たら、見に行こうと思っていたのに。


「ジャンルは物語でも、歴史書、図鑑、専門書でも、なんでも構わないわ。

ただし、面白いと感じる内容、もしくは私が知らない事が書かれている事が前提ね」


 条件が更に付け足されたが、途中の言葉でピンッときた。アレがあるじゃないか!

 ストレージから、紐で閉じただけの紙束を取り出し、リプレリーア嬢へ見せる。


「これでは駄目か? アドラシャフトの村と、ヴィントシャフトの第2ダンジョンの魔物情報と、アイテムの鑑定結果を纏めた物だ。ゆくゆくは、図鑑にしようと考えて、書き留めている。

 ここの蔵書よりは、詳しい内容だから、珍しいんじゃないか?」


 勿論、ジョブデータは領主案件なので入っていない。しかし、曖昧な情報の本が多い中で、〈詳細鑑定〉の確定情報は珍しいはず。


「ほぅ~…………ほー……へ~」


 パラパラとページを捲り、ふくろうのように鳴くと、最初のページに戻って真剣に読み始める。その様子に、喰い付いたと確信し、釣り上げ……もとい、赤ライトスイッチを入れて邪魔をする。

 すると、「読書の邪魔をするなら帰れ」と言わんばかりに睨まれた。


「面白そうな資料だろ? なら、そいつを貸すから、情報を教えてくれないか?」

「ん~、駄目です。面白いかどうかは、全部読んでから判断します! 〈アイテムボックス〉」


 リプレリーア嬢は自分の〈アイテムボックス〉に資料を格納すると、カウンターから出て、本棚の本も数冊格納した。そして、カウンター奥の『関係者以外立入禁止』と書かれた扉に入っていく。扉が閉まる直前に振り返り、俺を指差す。


「赤髪の貴方、明後日、また来なさい。それまでに読んでおきます」


「……いや、あんた仕事中じゃないの?」


 パタンっと扉が閉じられる。俺の言葉は誰もいない図書室に虚しく響いた。



 ……コミュニケーション失敗か? 仕事をサボらせる事になるとは。

 流石に『関係者以外立入禁止』の扉に押し入る気も起きないので、情報収集に本を読むことにした。




 3時間程、資料を読み続け、21層以降の情報を得ることが出来た。噂の27層は『砂漠フィールド』で、夜の来ない永遠の昼の砂漠。炎天下の中、階段を探してさまよい歩かないといけないらしい。地図を確認すると、注意事項が書かれていた。一定時間ごと、4箇所ある候補地のどれかに、階下への転移魔法陣が出るそうだ。そりゃ、準備してないと干からびるわな。


 そう云う訳で、準備のためにレア物を取り扱う売店へ行くことにした。他の本棚も気になるが、貸し出し出来ないなら後回しにするしかない。


 因みにリプレリーアは、あれから出てきていない。他の利用者も数人来て、本を読んだり、呼び出しのハンドベルを鳴らしたりしていたが、無反応だった。

 管理者不在で本の盗難とか気になるところだが、2階に上がれる=セカンド証持ちで、ギルドから認められた人達だ。罪科システムもあることだし、セコい真似はしないだろう、多分。



 3階へ上がると、壁に看板が架かっている。その誘導に従い、少し歩くと、突き当りには窓が並んでいた。窓からは大通りが見下ろせる。つまり、ここは平民向けの受付の真上らしい。

 そして、西日が差し込む先に、レア物ショップがあった。


 下の売店よりも広く、こちらは武具類も展示されている。お客はそれ程多くはないが、それぞれに店員らしきギルド制服の人が接客していた。それに加えて、端の方には緑色の鎧を着た騎士が立哨している。防犯対策が必要な店という事か……


 一番手前の壁際に、剣が数本立て掛けられた樽が置かれている。その中の黒い剣が気になり、手に取りこっそり〈詳細鑑定〉してみると、



【武具】【名称:知力のショートソード】【レア度:D】

・黑魔鉄製のショートソード。素材の特性により、魔力の通りが良く、スキルが使いやすくなる。

・付与スキル〈知力増加 小〉


 剣なのに知力値アップ? 値札には30万円と書かれているが、前衛の知力値を上げてもなぁ。俺ならいざ知らず。変なスキルを付与するもんだと、首を傾げていると、店の奥からやってきた女性店員が話し掛けてきた。


「いらっしゃいませ。武器をお探しですか?

 あら、貴方は確か……お菓子依頼の猫人族の彼氏さん?」


 その大きなが溢れそうな、女性に見覚えがあった。買い取り所に居た受付嬢だ。手を握られたから、覚えている。


「彼女さんのお菓子、皆に評判ですよ。これからもお願いしますねぇ。

 ところで、そちらの樽の中の武器は、付与スキルが今一つな分、お求め易くなっております。お一つ如何ですか?」


 付与スキル付きなのに、雑な展示だと感じていたが、これはハズレ品だそうだ。

 詳しく聞いてみると、ダンジョンの宝箱から産出された武器には、スキルが付いている事もある。しかし、何のスキルが付与されているかは運。なので、ハズレのスキルが付いたものは、買い取り所で売却され、ここに流れてくるそうだ。

 隣にあった、軽量化が売りのチタン製の剣を手に取ると、鉄製よりも重い。鑑定してみると〈重量化〉という、重くなりそうなスキルが付いていた。


 ……長所を殺してどうする。いや、強度的には鉄剣よりは良いかもしれないけど。


「武器よりも先に、27層の砂漠フィールドで必要な物が欲しいです。受付のアメリーさんから、ここのレア物ショップを見に行けと教えて貰いましたから」

「あら、あの啓蒙活動も効果があったのね。他の人も、貴方みたいに慎重になってくれれば、未帰還も減ってくれるのに……」


 しみじみと言われた言葉に、思わず息を呑んだ。未帰還が多い、つまり死者が出ているという事だろう。アメリーさんの言葉は脅しでもなかった?

 ここまで、レア種との戦闘以外で、死を感じる事はなかったので、余計に驚く。


「そんなに未帰還は多いのですか?」

「……第2ダンジョンは少ない方よ。ひと月に1パーティー、有るか無いか、くらいだもの。それでも、21層を超えてからは魔法を使う敵も多くて、火傷じゃ済まない怪我を負う人も多いのよ。

 貴方もポーションは忘れずに。お金に余裕があるのなら、即効性のあるハイポーションをこの店で購入するのもおススメね。1本5万円と大変お買い得ですよぅ」


 そんなセールストークを聞きながら移動すると、黒い外套が並ぶコーナーに着いた。刺繍で色付きな部分もあるけれど、生地自体は一様に真っ黒な物ばかり。砂漠なら、光を吸収する黒より、反射する白の方が良いと思っていたが、そうではないらしい。


「27層の太陽光は尋常でなく強いのですよ。長時間、直接浴び続けると、火膨れが出来てしまうほどです。そんな日差しを遮るのには、黒色の方が良いそうですよ。それと重要なのは、ゆったりした服を着る事です。服の中に風を通して体温を下げるの」


 そう言って店員のお姉さんが、1着の外套を選び取る。フード付きのマントの様で、試着させられたところ、ジャケットアーマーの上から着たのに、確かにゆったりとしていた。フードだけでなく、口元を隠す布も付いており、前合わせも閉じれば完全防備だ。


「歴戦の戦士の様で、良くお似合いですよ~。魔物と戦う前衛の方は、動きやすい袖付きの方を好まれますので、お好みでどうぞ」


 なるほど、武器を振るうのなら、前合わせを閉じていては戦い難いので、袖付きコートの方が良いのか。逆に魔法使いなら、ワンドだけ隙間から出せばよさそうなので、後衛はマント型で良い。袖付きコートの方も試着してから、自分の分の購入を決めた。レスミアとベルンヴァルトの分は、サイズもあるので後日にしよう。

 コートを脱ごうとした時、店員のお姉さんがそっと腕を絡ませてきた。そして、その大きな胸を押し付けて、甘く囁く。


「実は、貴族の方におススメの特殊加工もあるんですの。ご一緒にいかがですかぁ~」

「……特殊加工?」


 レスミアよりも大きく、露出が多い。胸の谷間に目が吸い寄せられるのを、必死に堪えながら聞き返す。


「〈火属性耐性〉のスキルを付与するのです。火に強くなるので、暑さにも我慢強くなりますのよ」

「……それって、付与術の? 付与の輝石がいるなら高いのでは?」


「あら、ご存知でしたか。ええ、ほんの70万円程ですよ」


 余りの高さに思わず目を逸らした。

 キャバクラのお姉さんにおねだりされるのって、こんな感じなのだろうか?





―――――――――――――――――――――――――――――――――――

小ネタ

 砂漠では白い服ってイメージがあったのですが、いざ書こうとしたとき、イスラム教の女性は全身黒い服な事を思い出しました。それで、色々調べた結果、本編では黒いマントで行くことにしました。


 ゆったりとした服で服の中で空気が対流し、体を冷やす。その際、濃い色だと内外の温度差が大きいため、空気を対流させる効果が高くなるそうです。更に、黒だと紫外線防止出来る。まぁ、ゆったりした服なら、どんな色でも大差はないらしいけど、紫外線を遮る黒が選ばれやすいそうです。

 日本でも、日傘の外側か内側が黒いのも同じくUVカットですね。


 因みに日本だと湿度が高くて、汗で服が張り付くため、対流効果は余り見込めないとか。ちゃんとUVケアして、日傘差すのが良いですよ。日傘無しで炎天下に出るなら白っぽい服で。

 ん?男の場合? 日焼けなんて気にしないのだから、好きな色を着なせい。


 次回はこの続きで、冷やす魔道具とかの話です。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――

更に追記

『ツクール×カクヨム ゲーム原案小説オーディション2022』用の短編を書きました。

タイトルは「神退窮まるユグドラシル ~大天使のお仕事は摘果作業?!~」

https://kakuyomu.jp/works/16817139559102500628


シュピダンの前日譚にあたる話ですが、数千年前のため、殆ど接点はありません。とあるキャラが出る程度です。

全部で1万文字弱なので、サクッと読める内容となっております。是非、お読み下さいませ。


それと、今週末9/23(金)に、本件に関する外伝を上げる予定です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る