第232話 甘味欲求と承認欲求

 玄関まで見送り戻ってくると、応接間ではなくリビングに皆が集まっていた。レスミアとプリメルちゃんが、手土産の箱を開けている。


「お菓子の材料を集めてきた。使って」

「小麦粉に蜂蜜、卵、レーズン、オリーブオイル……あら?松膨栗まつぼうくりも沢山ありますね」

「松の木は〈ファイアボール〉で楽勝。時々にオヤツ用に狩りに行ってる」


 ダブルピースしてウサミミを、みょんみょん揺らす。思わず撫でたくなる光景だ。無表情だけど。


「それなら、こちらの新作クッキーをどうぞ。松の実を混ぜたクッキーでマロンクリームを挟みました。更に料理人のバフ料理で身体強化、状態異常緩和の効果があるお菓子ですよ」


 お茶の準備を整えたベアトリスちゃんが、スッと差し出したのは、俺達が味見をしていた物だ。好物だと言うなら、グッドタイミングだろう。



【食品】【名称:マロンクリームクッキー】【レア度:E】

・風味豊かなマロンクリームを挟み込んだナッツクッキー。効果も相まって、子供のおやつに最適。

・バフ効果:身体強化極小アップ、状態異常緩和 極小

・効果時間:5分



「美味しい!」

「効果付きなんて初めて……うん! 美味しいし、心なしか身体がポカポカしたような?」


 ……まぁ、バフ効果は極小だから、誤差みたいな物だけどね。多分。ステータス補正でなく『身体強化』と、良く分からない効果ではあるが、筋力値や耐久値辺りが上がっているのだと思われる。

 なんいせよ、好評なようで何より。


「あの、ザックス様、午後出掛けるのでしたら、先にお願いしてもいいですか?」

「ああ、お安い御用だけど、これからお茶会じゃないのか?」

「いえいえ、まだお昼食べたばかりですからね。皆でお菓子作りをしようと、ヴィナとトリクシーと話していたんです。松の実が好物なら、折角持ってきてくれた材料を使いたいじゃないですか」


 そう言うことかと振り返ると、フロヴィナちゃんがテーブルの端に松膨栗を並べてくれていた。複数ジョブに熟練職人を追加して、そこに〈エアリング〉を使う。

 すると、緑色の半透明の膜に包まれ、内側で風に吹かれた松膨栗が徐々に開いていく



 巨大な松ぼっくりである松膨栗は、乾燥すると笠が開くのも同じ。天日干しの他、早く乾燥させたい場合は、暖炉やコンロの近くに置くのが良いらしい。ただし、それでも時間は掛かる。そこで、本来服を乾かす〈エアリング〉で、時短するというわけだ。

 同じく乾燥させる〈フォースドライジング〉は火魔法の亜種なせいか、急速に乾燥し過ぎて弾け飛んで中の種を撒き散らす結果となった。『衣服を優しく乾かす』程度の〈エアリング〉の方が良かったという訳だ。


 笠が完全に開くと、イガグリのようにまん丸になる。この状態で、逆さまにして叩いてやると、ポロポロと茶色い種が落ちるのだ。この種をナッツクラッシャーとかで割ると、ようやく中の松の実が取れる。


 更に、ダンジョン産食材である松膨栗は、ここで終わらない。開いた笠をバキバキと折り取り除くと、その中心部には黄色っぽい巨大栗が入っている。

 1粒で2度美味しい食材だ。ただ、日本のような茶色い殻が無いので、栗には見えないのが難点か。大きさが数倍あるので、量が取れるのは嬉しいけどね。



 最初は、松の実の取り出す作業をしながら、おしゃべりするそうだ。メイドさんはこういう雑用をしながらおしゃべりして、仲良くなるのだとか。


「孤児院でも食事当番は、こんな感じだったね。まぁ、懐かしいといえば、懐かしいけど……アタシ、お菓子を買いに来たのになぁ」

「ピリナ、ぶつくさ言わない。力持ちだから、殻壊して」

「へーい」

「まあまあ、お菓子は用意してありますし、皆で作った分は山分けしましょう。気になる人に上げても良いですよ!」


 ペンチのようなナッツクラッシャーを受け取り、渋々といった様子で作業を始めたピリナさんだったが、恋バナが始まると、直ぐに顔を赤くした。


 女性陣は、キャッキャと楽しくおしゃべりを始めたが、俺がまだいる事を、忘れないで欲しい。居た堪れない雰囲気になってきたので、俺も出掛けることにした。


「それじゃ、俺も行ってくるよ。

 ああ、そうだ。2人にも、店で何が売れそうか聞いておいてくれないか?」


 情報は多い方が良い。その程度の気持ちでレスミアに声を掛けたところ、斜め上に聞き違えたウサミミがいた。


「え? レスミア、お店ひらくの?! お菓子屋さんだよね、開店はいつ? ダンジョン行かない日は、毎日買いに来るよ!」


 ウサミミをピンッと立てて、捲し立てる。

 お菓子屋じゃなくて、魔道具屋と訂正しようとした矢先、ベアトリスちゃんが勢いよく立ち上がった。


「それです、足りなかったのは!!

 別に売るのは魔道具だけでなくても良いですよね?!

 私もお客さんの反応見たい!」


 普段は真面目なベアトリスちゃんの熱いパッションが弾けた……と思ったら、顔を真っ赤にしてしゃがみ込み、テーブルの下に隠れてしまった。

 呆気に取られて、微妙な空気に包まれる。いや、テーブルの下から、うめき声が漏れているけど……

 それを破ったのは、テーブルの下に手を伸ばしたフロヴィナちゃんだった。


「あ~もう、泣かない、泣かない。「……泣いてない」

 一応フォローしとくとね、トリクシーってば、自分の料理で喜んで貰えるのが好きでね。最近はパーティーの皆に美味しいって食べて貰えて、物凄く喜んでたの。偶にキッチンでニヤニヤ「してない」

 あ~それでね、ギルドの納品でも良い評価が貰えているみたいで、もっと褒めて欲しいっていう欲が出たんじゃないかな~」「……そんなとこ」


 テーブルの下から、赤い顔を半分だけ覗かせて、自分の口から語った。

 ベアトリスちゃんは実家が料理屋らしく、貴族料理を覚えたいと料理修行も兼ねてメイドになったそうだ。

 しかし、下働きのメイドだと、料理を覚えても他の人に食べてもらう機会がない。そんな時、俺の担当になり、後輩(レスミア)が出来、パーティーメンバーが増え、食べてもらえる機会が増えた。そして、ギルドの納品依頼で受付嬢の皆さんから良い評価を受けたせいで、もっと沢山の人に食べて欲しいという欲求が募ったらしい。


 ……所謂、承認欲求って奴か。


「ここのお店は小さいから、料理の販売は無理だと思っていました。でも、お菓子なら小分けにして販売出来ますよね?」

「いいね。クッキーにアップルパイ、マドレーヌ、シュネーバル、ケイジャータとか食べたい」

「プリメル、アタシらはお客さんでしょ、黙ってて」


 視界の隅で、ピリナさんがプリメルちゃんに抱き付くように、口とウサミミを押さえた。それでも、ウサミミの上の方がぴょこぴょこ動いていて和む。可愛いの暴力と言うか、キュートアグレッションの衝動に駆られそう。


 それはさておき、料理でもお惣菜屋さんなら出来そうだけど、ややこしくなるので黙っておく。そして、お菓子屋と魔道具店を開けるかどうか、一考してみる。


 ……お店を開く利点は、ダンジョン以外での資金稼ぎが出来るから。魔道具が作れるようになったから、商品は簡単に用意できる。ただ、ウチ独自の目玉商品は無い。そうなると、客寄せパンダとして、お菓子が使えるか? 実際、貴族出身の受付嬢から評価されているのは、宣伝文句に使える。後は……


「フロヴィナ、貴族街への勝手口を使う人で、女性の割合は分かる?」

「うん、門番の人に聞いたよ。大体7割が女性らしいよ~。大抵はメイドとかの下働きだって」


「それなら、お菓子も売れそうだな。メイドさん達がおやつに出来るような気軽なお菓子とか、貴族向けに近いお菓子で特別感……プチ贅沢を出すとか、受付嬢から人気だったスタミナッツを使った疲れを癒すお菓子とか」

「それいいですね。折角、トリクシーも料理人になりましたし、バフ料理を目玉にしても良いんじゃありませんか?」


「ああ、それも良いな。ただし、お持ち帰りか、食べ歩き出来る物に限定してくれ」


 そう言うと、女性陣はキャッキャと何が良いか話し始めた。ここまで乗り気だと、この流れは止められそうにもない。


 「……よし! やるか、店!」


 そんな訳で、魔道具店兼お菓子屋さん開店計画が始動した。女性陣はこのままお菓子作りしながら、何を売るのか案を出し合うそうだ。お客さん2名は、既に常連になってくれそうな感じであるし、幸先が良い。




 当初の予定通り、ダンジョンギルドの図書室へ向かう途中、フォルコ君に出会った。今日は商業ギルドで税金の流れとかを確認すると言っていたが、アドラシャフトと同じだったので、早く終わったそうだ。

 ついでに、お菓子屋も兼業する事と話しておく。


「店長が居ないところで決めて、ごめん」

「いえ、オーナーはザックス様ですから、お構いなく。

 お菓子と言うと、お茶会を想像してしまいますから、盲点でしたね。確かに、持ち帰り前提のお菓子なら、対面販売でも売れそうですよ」


 連れ立って歩きながら、商業ギルドの説明を聞く。税金回りの計算は面倒そうだが、材料費や作業費の出し方も後で教えてもらうことにした。魔道具担当の俺だけでなく、お菓子を作る料理人コンビも必要な事だからな。


「では、このまま商業ギルドにもう一度行き、登録してきます。お店の名前は何にしますか? 工房名のままでも良いそうですが……」


「あー、工房は適当なのが思いつかなくて、名前のまんまにしたからなぁ。お菓子屋にザックス工房じゃ合わないだろ?

 そうなると……女の子向けな、ファンシーな……あ!? 『白銀にゃんこ』で良いんじゃないか? パーティー名の次点だったし」


「了解しました。ついでに看板も発注してきましょう。商業ギルドには、店舗改装を請け負う部署もあるそうなので、丁度良いかと存じます」


 確かに看板は必要だ。デザイン等も請け負ってくれるそうなので、プロに任せる事にした。登録費用と看板発注費用を合わせて20万円程渡し、フォルコ君と別れた。




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小ネタ

キュートアグレッションとは

 赤ちゃんやペット等を可愛いと思った時に、頬を突いたり、ムニムニしたり、ギュッと抱きしめたりしたくなる事。可愛いものに対する攻撃的な衝動。人間は感情が振り切れると、逆の行動を取って大き過ぎる感情を調整するそうです(悲しすぎると、逆に笑ってしまうとか)。


 可愛すぎて辛いとか、可愛いの暴力とか、カワイスギクライシスとか、面白い表現が多いですよね。(ステマ

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