第230話 休憩所の紅茶売りとレシピ調合

 20層のボスを撃破した事で、ベルンヴァルトの鬼足軽がレベル20に追いついた。新スキルは覚えていないが、敏捷値の補正がCに上がっている。耐久値が上がらない弱点はあるが、回避型のアタッカーという事なのだろう。



【鬼人族】【名称:ベルンヴァルト、18歳】【基礎Lv21、鬼足軽Lv20】

 HP  C □□□□□

 MP  F □□□□□

 筋力値B

 耐久値F

 知力値F

 精神力F

 敏捷値C【NEW】

 器用値E

 幸運値C


 ボス討伐証:AL077ダンジョン20層●、KM284ダンジョン20層●

 所持スキル

 ・集魂玉

 ・二段斬り

 ・二連撃

 ・肉切骨断

 ・旋風撃



 しかし、弱点を放置しても良い訳ではない。防具があるとは言え、隙間を抜かれただけで大ダメージだからな。

 一応、打開策はある。手持ちの付与の輝石を使い、〈スキルエンチャント初級〉で〈付与術・耐久〉を永続付与するのだ。ジャケットアーマーなら長く使える筈なので、そちらに付与する事を提案してみたのだが、固辞された。


「本業は戦士からの騎士ジョブだからな。レスミアみたいに、魔物との相性を考えて変えればいい。レア種から取れた貴重品なんだろ。取っとくか、自分に使えよ」


 どうやら、付与の輝石を手に入れた俺とレスミアを差し置いているようで、使う気が起きないらしい。俺はジョブの組み合わせで、ステータスの穴は埋められる。レスミアも闇猫なら戦闘向きでステータスには問題が無い。結局のところ、付与の輝石は新しい付与術を覚えるまで保留となった。



 ボス部屋の転移魔法陣で、21層の休憩所へ移動した。見慣れた休憩所ではあるが、非常に混雑していた。テーブルの席は全て埋まっているどころか、宿泊用の部屋まで使われ、空いた場所に座り込んでいる人もいる。

 テオ達の姿はないので、周回に行ったようだ。


「温めの紅茶1杯200円ですよ~、甘いミルク入りは300え~ん。只の水より疲れが取れる事、請け合いで~す。自前のコップがあれば10円引き~。

「甘いのくれ」はーい、ありがとうございまーす」


 炊事場の辺では、簡易テーブルを広げた若い女性が紅茶を売っていた。それなりに売れているようで、周囲の人達が水筒竹のコップで紅茶を飲んでいた。

 ダンジョン内価格にしては安い。お客が空くのを待ってから、俺達も購入してみる。


「はい、甘いの2つに、普通の1つお待ちどう! お貴族様の口に合うか分からないけどね~」


 オレンジ色の三つ編みお姉さんは、ケラケラと笑う。俺達のジャケットアーマーを見て、貴族に勘違いしているが、それに近い料理を食べているので、あながち間違いでもない。ウチのメイドトリオのお陰で舌が肥えただけだ。確かに紅茶の香りが薄いが、それは後入れでミルクを追加したせいだろう。まぁ、甘いので不味くはない。


「ところで、なんでこんなに混んでいるんですか? いえ、混んでいるから商売には打って付けなのでしょうけど……」

「あははっ、見覚えないと思ったら、新人さんか~。紅茶買ってくれたし、おねーさんが少し教えてあげましょー」


 紅茶を買った事が功を奏したようだ。紅茶売りのお姉さんは、人差し指をピンと振ると、話し始めた。

 21層は19層と同じく、火事多発エリアだそうだ。夕焼けに染まるのも同じだが、植生が変わっている。大きな木が無くなった代わりに、一面に枯れ草が生えており、オリーヴァルソンが放火すると階層全域に火が回るらしい。


「地図は持ってる? 一番外側に幾つかある部屋は、ここと同じで火が入ってこないからね。探査中に夕焼けが見えたら、そこに逃げ込むと良いよー。大体30分くらいで、消えるからね」


 面倒な階層だ。ここに居る人達は、火事で足止めを喰らっている……だけではないらしい。


「鎮火した後は、ドロップ品が落ちているだけなので、魔物と戦わなくても良いんですよ~。早いもの勝ち!

 おねーさんも本業は採取師ですから、楽に採取部屋まで行ける、この階層は良く来るの。待ち時間に紅茶を売れば、お小遣い程度にはなるのからね。お昼時にはサンドイッチも販売しているから、宜しく~」


 中々逞しいお姉さんだ。ただ、ストレージにお昼用の料理が入っているので、利用する事は無いだろう。レスミアの料理の方が美味しいだろうからな。


 教えてくれたお姉さんにお礼を言い、空いている壁際へ移動する。

 紅茶を飲みながら、この後どうするか話していると、外の扉(21層方向)が開かれ、人が駆け込んできた。3人連れの探索者で、背負子には小樽が積まれている。


「ハア、ハア……ギリギリセーフだったぜ~」

「火の中を突っ切るハメになるとはなぁ。痛つつ、火傷で済んで、良かったわ。

 おーい、クノレさん、ポーション売ってくれ」


 紅茶売りのお姉さんはアイテムボックスを開き、ポーションの薬瓶を取り出すと、それを振りながら笑顔で接客した。


「はーい、ポーションは1本3千円ですよ~」

「たっけぇな。ギルドじゃ2千円だろ?」


「ダンジョンまでの運搬費が掛かっているからねー。嫌ならギルドの売店まで行きなさいな。それに、樹液3樽も取ってきて稼いでいるんでしょ。ケチなこと言わない言わない!」

「チッ、しゃーねーな。ホラよ」

「毎度あり~」


 ダンジョン価格の売買を横目で見ながら、俺は少し迷っていた。先程、扉が開いたときに、21層の様子がちらりと見えたからだ。

 19層でも火事現場は酷かったが、主に燃えていたのは木の方で、下草はそれほど延焼していなかった。


 しかし、21層は逆。木が無く乾燥した下草のみ。しかも、下草は腰辺りにまで伸び、燃え盛っているのだ。扉の向こうは、文字通り火の海になっていた。


「あの燃える中を突っ切る気にはなれんなぁ。大人しく待つか、今日は上がるか?」

「ん~プリメルちゃん達みたいに、もう一回ボス戦とかどうです?」

「……そうだなぁ。待つにしても30分後じゃ、21層を抜けるのは時間的に厳しい。20層のボス周回はテオ達と被るしなぁ……15層でアリンコから鉱石集めにしないか? 1回やったら今日は帰ろう」


 稼ぎつつ、買い取り所が込まない内に帰ろうという提案に、賛成多数で決まった。混み合っている休憩所の隅にある、赤い鳥居型転移ゲートで一旦外に出た。

 今日は鉱石集め、売却して終了。ボスドロップの『ナトロンの塊』は1個2万円で買い取って貰えた。お値段的には高いけれど、あの重量と大きさでは、アイテムボックス無しで持ち帰るのは大変だ。ナトロンは錬金調合にも使うので、売店で買った分が無くなる前には、もう一度取りに行きたい。100kgもあると、使い切るのに何年掛かるか分からんけどな。




 翌日、朝食後に自分のアトリエにやってきた。

 今日は休みにしたので、他のメンバーも思い思いに過ごしているはずだ。料理人コンビは、午後の女子会に向けてお菓子作りに精を出すそうだし、ベルンヴァルトは街をぶらつきに行った。呑み歩き……ではなく、実際はシュミカさんへ手紙を出しに行ったみたいだ。


 何故知っているかというと、昨晩フロヴィナちゃんが「添削しといたから、これで書き直しね~」と、手紙を渡していたのを、偶然に目撃したからだ。家政婦メイド見たってね。未だに女心を掴むというレッスンが続いているらしい。

 まぁ何にせよ、遠距離なのだから、筆まめな方が良いだろう。電話もメールもSNSも無い世界だからな。

 いや、固定電話は領主クラスなら持っているらしいけど、一般人からしたら無いのと同じだ。



 それはさておき、錬金術に取り掛かる。先ずはレシピのコピーからだ。〈マニュリプト〉を使えば、半自動コピーといったところではあるが、レシピを読みながら抜けなく写してくれるのはありがたい。ただ、枠線だとか三面図は対象外なので、自力で書く必要があり、結構手間が掛かった。


 それが書けたら、ようやく錬金釜の登場だ。寸胴鍋サイズの錬金釜を調合台に置き、レシピと完成品を入れて登録していく。全て登録し終えた後のリストが以下の通り。


●レア度F

・上質な小麦粉(全粒粉)


●レア度E

・ポーション×10(薬草、踊りエノキ、薬瓶)

・解毒薬(甘)×10(解毒草、解毒草の根、ステビア、薬瓶)

・薬瓶×20(珪砂、コルク)

・インク瓶×10(珪砂、コルク)

・インク×10(木炭、亜麻仁油、インク瓶)

・白紙×100(木材(杉)、ナトロン、蒸留水)

・固形石鹸(セージの香り)×10(オリーブオイル+ナトロン+パララセージ)

・液体シャンプー(花の香り)×10(ソープワート、蒸留水、ラベンダー、コルク、木材(コナラ))



 先ずは、作成経験のあるポーションからと思ったが、材料が足りない。先にガラスの薬瓶から作らなくては。

 材料は真っ白な砂の珪砂と、蓋用のコルクの2つだけ。


 ……ガラスの材料って、もっと色々入れると習ったような? うろ覚えだけど、大昔は植物の灰を混ぜたとか?


 取り敢えず、覚えていない事を考えてもしょうがない。疑問を放り投げて、レシピ通りに作ることにした。

 水に魔力を加え混ぜて『純水』、更に魔力を加えて『調合液』。そこに、30kg入りの砂袋から必要分を計量して、珪砂を投入する。コルクは、既に10本分の大きさのシートに切り分けられているので、そのまま投入。

 準備が整ったら、コアを触り〈初級錬金調合〉で起動、リストから『薬瓶×20』を選択する。後は魔力を流しながら混ぜるだけ!


 数分後には、青い光と少しの青い煙を上げて完成した。錬金釜の底には、コルクで栓をされた空の薬瓶が20本転がっている。知ってはいたけど、イメージに集中しなくても良いのは楽過ぎる!



【道具】【名称:薬瓶】【レア度:E】

・薬品を入れるためのガラス製品。どんな薬品でも、十分な効果が発揮する分量を入れられる。

・錬金術で作成(レシピ:珪砂、コルク)



 それに、新しい混ぜ棒も混ぜやすいし、魔力の通りも良い。何より形も猫型で可愛い。長く伸ばされた尻尾の先端は、カギしっぽ状に曲がっている。選んでいる時には気付かなかったが、これは尻尾で釣りをする猫に見えなくもない。

 いや、リアルに釣りをする猫がいるのか知らないが、創作では偶にある。


 それから登録したレシピを順に作っていった。

 ポーションの薬瓶ごと調合する事に感心し、解毒薬(甘)の甘さに驚いた。苦い筈の解毒薬が、子供用風邪シロップになっていたからだ。これは、材料に追加された『ステビア』と言うハーブのお陰だ。



【薬品】【名称:ポーション】【レア度:E】

・服用するか、患部にかける事で傷の治りを早める。HP+18%(5分)

 徐々に回復するため、複数服用しても治りが早くなる訳ではない。

 事前に服用しても、効果時間内に怪我をすれば効果は出る。

・錬金術で作成(レシピ:薬草+踊りエノキ)


【薬品】【名称:解毒薬(甘)】【レア度:E】

・有害物質を無毒化する薬。人体に影響を及ぼす毒ならば、どのような毒にも効果はあるが、強力過ぎる猛毒には症状を遅らせる程度。

 調合する素材をリンゴからステビアに変えているため、猛烈に甘くなっている。

・錬金術で作成(レシピ:解毒草+解毒草の根+ステビア)



 ベアトリスちゃん曰く、乾燥した葉を煮出すと物凄く甘味が出る。砂糖はおろか、蜜りんごの数十倍以上甘いそうだ。ただし、輸入品なので高価で使い難いらしい。実際購入したのも、小さな瓶一つで結構したからな。


 インク瓶は形状が違うだけで、薬瓶と材料は一緒。インクの材料と一緒に混ぜるだけで、充填されて完成するので助かる。インク汚れは落ち難い……〈ライトクリーニング〉があるので今更の話だけど。



【道具】【名称:インク】【レア度:E】

・文字を書くための黒い染料を含んだ液体。

・錬金術で作成(レシピ:木炭+亜麻仁油+インク瓶)



 インクは素材別で何種類もあったが、一番ポピュラーな物にした。木炭は村でパペット君から大量に手に入れているし、亜麻仁油はこの街で生産されているので、安く手に入った。



【道具】【名称:白紙】【レア度:E】

・文字を書くための白い紙。木材を繊維状にまで煮込み、薄く平らに成型されている。錬金調合により、不純物が一切無く、真っ白に作る事が可能となった。

・錬金術で作成(レシピ:木材(杉)+ナトロン+蒸留水)



 白紙も同じく、木材別に何種類もあったが、村のダンジョンで沢山手に入れた杉製にした。それにしても、調合液をぐるぐる掻き混ぜて、ポンッと乾いた紙束が出来るのは奇っ怪で慣れない。いや、瓶詰めされて完成するポーションとかも大概だけどさ。

 まぁ、これで好き放題紙が使えるのは良い。



【薬品】【名称:固形石鹸(セージの香り)】【レア度:E】

・手や体を洗うための石鹸。オリーブオイルが主成分のため、肌に優しい。また、パララセージの効能により、手足の痺れを緩和し、気分を和らげる香りが立つ。

・錬金術で作成(レシピ:オリーブオイル+ナトロン+パララセージ)



 肌に優しいので女性に人気がある石鹸と、キツネ耳のフィナフィクスさんに勧められた物だ。材料もダンジョンで手に入って、お手軽なうえ効果付き。ただ、素材は単純だけれど、自作しようとすると熟成に1カ月以上掛かるので、錬金調合製が出回っているそうだ。



【薬品】【名称:液体シャンプー(花の香り)】【レア度:E】

・頭髪や頭皮を洗浄する洗剤。心を落ち着かせるラベンダーの香りが特徴で、髪を洗うだけでリラックス出来る。更に、スヤスヤベンダーの効能により、安眠をもたらす。

 注:即効性の睡眠効果ではありませんが、徹夜後など既に眠い場合には使用をお控えください。

・錬金術で作成(レシピ:ソープワート+蒸留水+スヤスヤベンダー+コルク+木材(コナラ))



 こちらも効果付きの売れ筋商品らしい。素材の木材はボトル容器になる。ポーションとかと同じだな。昔は貴族レシピだったらしいが、新製品が貴族間で出回ったので、平民向けに開放されたパターンらしい。

 木製のボトルには商品名の『液体シャンプー(花の香り)』と焼き印が押されている。レシピ開発者が焼き印まで想像して作ったようだ。確かに焦がすイメージだけなら、インクとかは必要がない。ただ、鑑定文の注意事項が書かれていないので、売る場合はポップとか付けた方が良いかな?



 取り敢えず、各々30個、白紙は5セット(500枚)、調合した。後は、手持ちの全粒粉も、全て良質な小麦粉に。

 どれだけの需要があるか分からないから、様子見だな。





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小ネタ

 オリーブオイルと重曹と水だけで作られた固形石鹼はパレスチナの特産ですね。1000年前から、使われているそうです。普通の石鹸は他の作品でも自作したりしているので、少し変わった石鹸にしました。あ、リアルの方はパララセージは入っていないので、麻痺緩和効果はありませんよw

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