第227話 放火犯

 〈敵影感知〉の反応がするので、ヘドバンする木が魔物に違いない。しかし、幹がグネグネ曲がってんだけど、ゴム製か着ぐるみなのか?

 鏡越しではスキルが使えないので、こっそり顔を出して〈詳細鑑定〉する。



【魔物】【名称:オリーヴァルソン】【Lv19】

・中型の植物型魔物。枝には着火しやすいオリーブの実を沢山実らせており、足代わりの根で歩き回る。放火をするのが好きで、引火しそうな物が有ると実らせたオリーブを撒き散らし、硬質化した枝で火花を散らして炎上させる。

 偶に自分自身も燃やしてしまうのはご愛嬌。

・属性:風

・耐属性:土

・弱点属性:火

【ドロップ:ピュアオイル】【レアドロップ:完熟オリーブの実】



 放火が好きな魔物???

 想像以上に変な魔物だ。鑑定文を2人に教えながら、観察を続行する。

 ヘドバンされていたクヌギの木には、沢山の黒いオリーブが潰れ、ベッタリと付着していた。そこにオリーヴァルソンが下枝を伸ばす。まるで両手に持ったムチのように振り回し、2本の枝を交差させ、一気に振り抜いた。金属を擦る音と共に火の粉が舞い散り、オリーブ塗れの幹に引火、燃え上がる。


 手慣れた放火現場だ。

 その放火犯は、通路の中央に逃げており、安全圏でゆらゆらと揺れていた。


「むー、オリーブが勿体ないですね」

「リーダー、どうする? 魔法で燃やすか」

「そりゃ、近付きたく無いさ。剣で伐採に行ったら、油塗れにされそうだ」


 あ、仲間が火達磨になったって、そういう事か?

 まぁ、近付かなければ、いい話だけだ。ワンドに魔法陣を出して、充填を開始しようとしたところで、中断した。


 何故なら、踊っていたオリーヴァイソンの頭上に燃えた枝が落ちてきて、引火したからだ。枝に実るオリーブの実に引火したようで、瞬く間に燃え上がる。

 更に、燃えたままヘドバンして、燃え盛るオリーブの実が火の玉となり周囲に撒き散らされて、地獄絵図と化す。


「クックックッ、なんだぁアイツ、アホな魔物だな」

「あー成程。ここまでライノメタルビートル1匹だったのは、ああやって焼身自殺したせいか。

 しかも、片方だけ生き残っているって事は、火事の中でも生存出来ると……飛んで逃げたのかな?」


 火属性が弱点だからか、火達磨になって踊っていたオリーヴァイソンは程なくして倒れた。元凶の放火魔が倒れても、周囲の火は燃え続けている。

 しかし、魔物が霧散化する際、燃えている木も、黒焦げの木も、一緒に霧散していった。


 それと同時に、空の夕焼けが暗い空へと変わっていく。まるで、日が落ちたかのように錯覚する光景だけど、夜ほどには暗くならない。

 ……一応オッサンの言っていた事は本当だったか。

 よく分からん現象だけど、やはりダンジョンに常識は通用しないな。


 火も燃えカスはおろか、煙さえも消えた通路に行ってみると、ドロップ品が落ちていた。ビニール袋のピュアオイルだ。


「ザックス様、こっちにも落ちていますよ!」


 木々が消えた一番奥、そこでレスミアがビニール袋を持った手を振った。つまり、放火犯は2本で、お互い別々の方向に放火して行き、両方焼身自殺で終わったと。

 よし、事件は解決した!




 まぁ、放火事件は、この階層の至る所で再発しているのだけどね。ナデルキーファーと同じく、近接では厄介なので、遠距離から燃やすのが一番だろう。

 グネグネ曲がる幹がどうなっているのか(攻略本のネタ的に)気にはなるけど、機会が有ったらでいいか。


 周囲を見ると、燃えて霧散した筈の下草が生え始めている。そのうちクヌギの木も生えてきて元に戻るのだろう。早回しに植物が生えてくる光景も面白いが、先を急ぐことにした。



 それから、空の様子も見上げるようになった。長い通路なら、〈敵影感知〉が反応しない距離でも、夕焼けが見える。放火現場である事は一目瞭然だ。

 そして、それを避けるように道を変えると、同じように避けてきた他のパーティーと遭遇するのだった。


 この階層には採取地が2つある。階段から遠く、端と端に分かれているので、俺は寄るつもりはなかったが、他の探索者はそうではないらしい。20層が近く、転移ゲートで簡単に脱出出来るせいだろう。


 恐らく、あのセクハラオヤジのパーティーも、その一つだったのだと思う。

 まぁ、犬に噛まれた程度のアクシデントだったが、今日くらいはレスミアが思い出さないように、他のパーティーと遭遇しないで火事現場を突っ切るよう提案した。


 ……余計なお節介かもしれないので、表向きは火事を消す方法は分かっているから先を急ごうってだけだ。

 それは、放火現場の魔物を全滅させること。



「〈ストームカッター〉!」


 燃え盛る木々を、風のミキサーが輪切りにしていく。焦げた丸太が落下する中に、黒光りするカブトムシの姿もあった。翅を広げて逃げようとするが、運悪く風の刃に当たりバラバラになる。

 そして、死体が霧散すると共に燃えた物も一緒に消えていった。魔法使いがパーティーに居ないと出来ない戦法だな。ライノメタルビートルが見えない位置に隠れた場合、〈敵影感知〉で大体の位置を割り出し、範囲魔法で切り刻む。偶に逃げられるけれど。

 大抵のパーティーにはスカウトが居るので、魔法使いに〈敵影感知〉の位置を指示すれば良い。攻略本のネタとしてメモっとこう。




 そして、長い階段を降りると、20層に到着した。ここも、土手道が九十九折になっており、高い天井や馬鹿デカいボス部屋の大扉も同じ。ある意味、実家のような安心を感じる。


 ……村では周回のために、ひたすらショートカットを走ったからなぁ。


 しかし、村の20層とは違うところもある。他の探索者がパーティーで狩りをしているのだ。肉狩り勢は普段着で来て、ボス戦時のみ適当にパーティーを組んでいた。

 それと比べると、ヴィントシャフトの街の人達はちゃんとした装備を着て、4人以上のパーティーで小部屋の上から狩りをしている。奥の方では、〈ファイアボール〉らしき火の玉が、撃たれていた。


 初めて来た階層なので、土手道を歩いていくが、小部屋には魔物が居ない。先行するパーティーに狩られてしまったようだ。

 周囲を見回してみると、折返しの反対側で戦闘……いや、狩りをしているのが見えた。土手の下、壁上から階下に向かって、松明を放り投げている。


 ……オリーヴァルソンに着火しようとしているのか?


 土手の上から見学させてもらうと、小部屋の真ん中辺りにいるオリーヴァルソンが2本立っている。少し距離があるので松明が外れ、3本目でようやく引火した。


「魔法使いが居ないと、ああやって倒すのか……火矢でも撃ち込んだ方が良くないか?」

「あー、どうだろうな。火矢だと高く付くんじゃねぇか?」

「ええ、ピュアオイルや、オリーブの実では赤字でしょうね」


 レアドロップの完熟オリーブの実は一袋で2千円だ。これでも赤字という言葉に疑問が生じた。


「ん? 火矢って松明と同じで、安いんじゃないのか?」


 俺が想像していたのは、やじり付近に布を巻き付けて油を塗布した物だ。火を点けて撃つと、火線を引いて飛んでいく……と、漫画や映画で見た覚えがある。

 そんな説明をしたところ、微妙な顔をされた。


「スカウトの実技で習いましたけど……矢に火を点けても、駄目だそうですよ。

 えーっと、属性攻撃はサードクラスまで無いので、錬金術で作った魔道具を使うか、素直に魔法使いを頼れって」

「火矢は魔道具だぜ。錬金術師が作るから高ぇんだ」


 何となく納得がいかないので、実験してみる事にした。土手道を歩きながら、火矢を作成する。鏃に端切れを巻き付け、念を入れて藁で縛り、ラードを塗り付けるだけなので、左程手間でもない。


 獲物を探して進んでいるが、余っているのはライノメタルビートル2匹編成のみ。他の探索者もピュアオイルが目当てなのか、オリーヴァルソンは狩られてしまっていた。


 そんな中、運良く出現リポップしたオリーヴァルソン2本を発見、レスミアに撃ってもらうよう頼む。

 弓に火矢を番え、引き絞ったところに、横合いから〈トーチ〉で火を点けた。

 引き絞っているので、弓を持つ手と火が近い。予想外に熱そうで、ちょっとハラハラするなか、矢が放たれる。


 しかし、射出された直ぐに火が消え、只の矢となって飛んでいってしまった。矢はオリーヴァルソンの幹に命中したが、燃える様子はない。


「成程、矢が飛んでいく風圧で消えてしまうのか。手は大丈夫?」

「グローブしているので大丈夫ですよー」


 雷玉鹿の革グローブを装備しているので大丈夫そうだ。手をヒラヒラと振って、無事をアピールしていた。火で炙っている状況だったのに、焦げ一つないらしい。

 結論として2人が言った通り、火を点けただけでは駄目なようだ。火が消えないような……導火線は火薬を使っているのだったか? 水中でも消えない松明とかニュースで見た覚えがある。錬金術師の領分と言うのは、そういう事なのだろう。


 ……火矢のレシピも探してみるか? パッと思い付くのは花火の応用で、燃石炭の粉末とか、火精樹の油とか? いや、魔法があるから急務でもないな。


 因みに、当たった方のオリーヴァルソンは、ヘドバンしてオリーブを撒き散らしているだけだった。小部屋内には燃やせる物が無いので、放火する気がないのだろうか? まぁ、燃やせるものは、探索者か自身しかないからな。



 ともあれ、オリーブ浸しになった所には危なくて行けないので、〈ファイアボール〉で燃やした。


 残るは、もう一本。こちらは、グネグネ曲がる幹が気になるので、接近戦を試す事にした。重い盾は格納し、雷のホーンソードのみ手に持つ。


「じゃあ、俺が先に攻撃するから、後宜しく」

「おう、任せとけ!」


 ベルンヴァルトのサムズアップを見届け、走り出す。土手を走り下り、壁の上を踏切版として大ジャンプした。

 着地と同時に前に出て、距離を詰める。こちらに気付いたオリーヴァルソンが、一番下の長い枝を振り上げた。それは、着火用の硬質化した枝。


 ……しなる枝は防御しても、背中を痛打される。村のリーリゲンで経験済みだ!


 横向きに振り回された枝を、前傾姿勢で潜り避け、転けそうになるところを前転する。そして、しゃがんだ状態から、〈二段斬り〉を使用した。自動で体が動き、斬り上げて枝を切断。返す刀で、幹を半分ほど斬り裂いた。


 ……柔らかい! 木の感触じゃないぞ!


 アクティブスキル使用後の硬直が解けると同時に、横へ逃げる。チラリと後ろを見れば、大上段に大剣を構えたベルンヴァルトが、追撃をするところだった。


「うおぉぉりゃぁぁぁ!!」


 長大なツヴァイハンダーが、幹を唐竹割にした。


 しかし、戦闘は終了したかに思えたその時、オリーヴァルソンの反撃が残っていた。

 割れた幹から液体が噴き出し、枝に実っていたオリーブが弾け、辺り一面をオリーブオイル塗れにした。その中心にいた俺とベルンヴァルトも、オリーブオイルを全身に浴びてしまった。物凄くオリーブ臭い。


「すまん、こう来るとは予想出来なかったよ。成程、火を点けりゃよく燃える訳だ」

「クックックッ、今後は接近戦禁止だな。まぁ、匂い的には、4層の芋虫よりマシじゃねぇか?」

「違いない!」


 伐採した木が霧散して消え、地面のオリーブオイルも一緒に消えていく。勿論、俺達はオリーブオイル塗れのままだ。レスミアも降りてきて、ドロップ品を拾い集めてくれるが、俺達には近付こうとしない。


「お二人共、オリーブオイルは革製品には良くないですし、お肌にも良くないので、早く浄化したほうが良いですよー」


 装備品が革なので、慌てて目立たない壁際に行き、〈ライトクリーニング〉で浄化した。革製品のお手入れに専用のオイルをセットで買っていたが、オリーブオイルが駄目とは知らなかった。


「女性の化粧品だと、オリーブオイルって一般的じゃないのか? どこかで聞いたような覚えがあるんだけど……」

「化粧品用のは、肌に良いように調整してあるそうですよ。村にいたとき、化粧品より安いからって、食用のオリーブオイルを使っていた友達が、フルナさんに怒られていましたから」


 ……高い化粧品を買わせる為じゃないよね? いや、疑い過ぎかな。



 その後は、他のパーティーと獲物を取り合いながら進んだ。この階層のオリーヴァルソンは、動かないので〈ファイアボール〉の的でしかない。鉱石の採取地も殆ど取りつくされた後だったので、時間を掛ける事も無く、ボス部屋前に辿り着いた。

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