第226話 影も形も見えない魔物、見る目が無い者
引き絞られた弓から、矢が放たれる。矢鳴りと共に飛んだ矢は、1m程の高さにある松ぼっくりを射抜いた。その衝撃で松ぼっくりが赤く変色し、矢と下のナデルキーファー諸共に自爆炎上した。
燃え盛る魔物を見て、レスミアは弓を下ろして胸を張る。
「ふぅ、これで10発必中! 良い調子ですよ~」
「ああ、うん、おめでとー」
現在18層。今朝は17層から攻略し始め、午前中いっぱい掛かって、18層の階段近くといった進捗だ。
錬金釜が手に入ったので使ってみたい欲求に駆られたが、約600万つかったせいで所持金が70万を切っている。つまり、仲間のお給料分(79万円)を考えると、マイナスなのだ。
それに、店を開く事にするなら、色々と準備するのにもお金が掛かる。今日中には、20層を突破したいところだ。
そして、この街に来てから初めて、レスミアがスカウト用の弓矢装備で出陣である。そのためズボンスタイルではなく、キュロットスカート。胸のプロテクターのせいで弓道の袴にも見えるが、赤ピンク色なので大学の卒業式か? どちらにせよ可愛い。
ただ、弓も新調してからの初実戦だったので、最初の何戦かは外すこともあった。まぁ、ナデルキーファーは動かないし、カブトムシも木にへばり付いて動かない。リハビリの的にするのには良い相手だった。
カブトムシことライノメタルビートルのお尻側、甲殻の合わせ目に隙間があり、そこを射貫くと楽に倒せるのだ。木の真下から狙わないといけないので、中々に難易度は高いと思う。レスミアも〈弓術の心得〉があっても、何度も外したからな。
そこを射貫くと、木から落下して仰向けに倒れるので、後はお腹を切り刻むだけ。2匹出た時は〈ウインドジャベリン〉で標本にし、もう一匹のお尻を射るだけ。
練習はしたものの、それ程苦戦もせずに、18層の階段に到着した。特筆することも、特に無い。敢えて書くなら、採取地でザフランケの木に登ろうとたレスミアが、キュロットスカートを枝に引っ掛けたくらいか。
普通のスカートなら、眼福だったかもしれないけど、キュロットなので、
階段部屋で昼食を取ってから19層へ降りる。
そこは夕暮れ時の、赤と青が入り混じる空だった。直上は少し暗めの青だけど、部屋の向こうは赤く染まっている。いや、現時刻は昼過ぎなので、照明で演出されているのだろう。
部屋や、通路に生えているクヌギの木や下草はそのままなので、夕暮れシチュエーションなった以外には変わりがない。
そして、ここからはナデルキーファーの代わりに、新しい魔物が登場する。図書室で得た情報によると、
・名前、オリーヴァルソン
・植物型で火属性が弱点
・仲間が火達磨にされた
いや、最後のは『激闘、20層ボスゴーレム』の記述だから、過剰に書かれている可能性もあるけどね。なにせ、火属性が弱点なのに、火達磨になる状況が良く分からん。流石に、仲間諸共に燃やしたとかでは、無いと思いたい。
これらの情報は昼食時に展開済み。いつものように最短ルートを進み始めた。
しかし、いきなり1戦目からおかしな状況に遭遇した。
木にへばり付いていたライノメタルビートルは、レスミアが撃ち落とし、ベルンヴァルトが大剣で腹を斬り裂いた。
その間、俺は姿が見えないもう一匹を探していた。〈敵影感知〉には、反応がない。周囲に姿も見えない。木の上にでも隠れているのかと思って目を凝らすが、見当たらない。
〈敵影感知〉は万能では無く、隠密系で隠れる魔物には反応しないと鑑定文にはあった。その類いなのかと思い始めたとき、ライノメタルビートルが霧散化し始めた。
「誰か、もう一匹倒したか? 霧散化したって事は、倒したんだよな?」
「いや、俺は知らんぜ」
「わたしもです……アレ? あっちの方にもマナの煙が出てますよ」
テッテッテと、小さな足音を立てて、壁際の木に近付いて行く。そして、ビニール袋を拾って帰ってきた。
「ドロップ品が落ちてましたけど、倒したって事ですよね?」
誰も見ていないのに、ドロップ品が落ちているとは、コレ如何に? 取り敢えず、〈詳細鑑定〉する。
【素材】【名称:ピュアオイル】【レア度:E】
・オリーブから取れる油。既に精製済みなので、癖のないスッキリとした油になっている。オリーブの香りは殆ど無いため、どんな料理にも合い、炒め物だけでなくドレッシングのベースにもよく使われる。
「ピュアオイルと言うオリーブオイルらしい。オリーヴァルソンだから、オリーブなのか? つまり、植物型、オリーブの木か?」
「わー良いですね! ピュアオイルは色々と使えますよ!」
レスミアの目がビニール袋をロックオンした。その目が、もっと数欲しいと言っているような気がする。
「考えても分からんなら先行こうぜ。他の探索者が、1匹だけ倒して逃げただけかも知れんしな」
ベルンヴァルトの言葉に頷き返し、先に進むことにした。
しかし、次のエンカウントも、その次もライノメタルビートル1匹編成のみ。
「あ、今度は違うのが落ちてましたよ。この色、オリーブの実かなぁ?」
そう言って、姿見えぬオリーヴァルソンのドロップ品(仮)を拾ってくるレスミアだった。確かに、ビニール袋いっぱいに黒い実が入っている。
【素材】【名称:完熟オリーブの実】【レア度:E】
・緑色のオリーブが熟す毎に、赤、紫、黒へと色が変わる。真っ黒なのは完熟の証。実を絞れば香り高いオイルが取れる。
ダンジョン産は渋味が無いため、そのまま食べることも可能。お好みでシロップ漬けやワイン漬けにしても良い。
鑑定文を読み聞かせている途中で思い出した。幸運の尻尾亭で食べたパスタやオイル煮に入っていたな。黒い実が何か知らずに食べ、オリーブと教えてもらった時は驚いた。オリーブって、緑色の実だと思っていたからな……オリーブオイルは、黄緑色だから勘違いはしょうがない。
試食したそうなレスミアを「帰ってから」と、止めて先に進んだ。
通路が徐々に赤く照らされる。空を見上げると、夕焼けになっている空が近くなっていた。丁度、進行方向に向かうほど赤くなっているようだ。
そんな折、十字路で他の探索者パーティーと出くわした。これまでも何度もあったことなので、なるだけ距離を取りつつ、挨拶を交わしてすれ違う……筈が、途中で静止の声が掛かった。
「うおいっ! お前ら、そっちは火事だぞ!」
「え?! 火事?」
思いもよらぬ声に、驚き振り返る。すると、向こうのパーティーの最後尾にいた、背負子を背負ったオジさんがこちらを向いている、そして、顎髭をなぞり、納得がいったように頷いた。
「なんだ、ここは初めてか? 身綺麗な装備に若いオナゴ付きとは、貴族崩れだな……
エエことを教えてやろう。ここの空が赤い所じゃ火事が起こっとる。近寄れば火に巻かれておっ死ぬぞ、ひゃひゃひゃ!」
品の無い笑い声を上げ、手に持っていたスキットルを
山火事で空の雲や煙が赤くなるのは、聞いたことがあるけど、ここは空自体が赤いんだが?
ダンジョン内で酒を飲むような人物の言動を信じてよいのか迷う。内心首を捻りながらも、忠告はありがたいので、お礼を言うが、
「ご忠告ありがとうございます。空も気を付けて見ますね」
「おう、恩に感じるなら、出すもんがあるだろう」
そう言って、指で輪っかを作り、ひらひらと振る。
……金を寄越せって事か。情報料程度ならしょうがない。
そう考えて、ジャケットのポケットに手を入れ、こっそりストレージから小銭を出そうとしたところ……
「金が無いなら素材でも……いや、なんなら、そっちの嬢ちゃんが相手してくれても、エエぞ。
貴族崩れが連れた女なんぞ、そういう要員だろ」
オッサンが手をワキワキし、下卑た目線をレスミアに向けた時点で、サイドステップ。レスミアを背中に隠し、カイトシールドを構えた。
そして隣では、ベルンヴァルトが背負っていたツヴァイハンダーを抜き、地面に突き立てた。
「酔っぱらいの戯言とは言え、仲間への侮辱は止めてもらおう。
それとも、ダンジョン内では偶にあると聞くが、強姦目的か? 元騎士見習いとしては、見逃せんなぁ」
「ヴァルト、この場合、ボコっても正当防衛だよな!」
「待て待て、それは相手が抜刀したらな。(落ち着け、相手の方は6人、数が多い)」
まだ、実害も無いので、威嚇して出方を見るそうだ。
話をしながら特殊アビリティ設定を変更、〈無充填無詠唱〉をセット。取り敢えず、こっそり〈トリモチの罠〉を前に仕掛ける。
流石に範囲魔法を叩き込むと、死者が出るかもしれないので自重する。俺も赤字ネームにはなりたくない。そこまで考えて、ふと気付いた。〈詳細鑑定〉で名前の色見ればいいじゃんと。
しかし、実行する前に、相手側が騒ぎ出した。
「おい、馬鹿野郎! 場末の酒場女じゃねぇんだぞ!」
「なんで飲んでんだよ! お前の酒癖が悪くて出禁になったんだ、自重しろ!」
「貴族かも知れん女の子に手を出したら、不味いって分かれよ! 受付嬢の時の二の舞になるだろうが!」
何故か、オッサンが仲間に殴られ始めた。その間に鑑定するが、全員黒字でレベル21以下。つまり、軽犯罪未満、犯罪者ではないようだ。少し警戒を解く。
「済まない、仲間が不躾な事を言った。こちらは交戦の意思などないので、剣を収めてくれないか?」
最初にオッサンを殴った青年採取師が、両手を上げて主張した。
「あー、いや、俺達も過剰反応だったな。
これは、情報料だ、取っといてくれ」
大銅貨を一枚、指で弾いて渡す。それを受け取った相手パーティーは、髭面のオッサンを引きずって、そそくさと別の道へ行った。
「鑑定したら全員黒字で、戦闘要因は半分しか居なかったよ。単なる採取パーティーだったみたいだな。
ちょっと警戒しすぎたか?」
「街中なら過剰かもしれんが、ダンジョン内ならこれくらいは良いと思うぜ。人数が多いと、強気に出て来る奴らもいるからな」
赤字ネームみたいなシステムがあっても、犯罪は無くならない。ましてや、目撃者が居ないダンジョンでは、注意するに越したことはない。どっちか分からんときの為に、鷲翼流で取り押さえるそうだけど、今回は出番がなくて良かった。
「さて、あの髭面のオッサンの情報が、正しいかも分からんし、この先の様子も少し見てこよう。本当に火事で通れそうにも無いなら、別の道に行くって事で。
取り敢えず、レスミアは離れてくれない?」
「ムフ~、嬉しかったので、もうちょっとこのままぁ。あ、ヴァルトもありがとうね」
背中に庇った後は、後ろから弓を番える音が聞こえて、気が気じゃなかったけど、終わってからは背中に抱きつかれていた。まぁ、庇ったかいがあったな。
イチャイチャしたくもあるけど、ベルンヴァルトもいるので、背中にレスミアがくっ付いたまま、先に進んだ。
少し進むだけで、夕焼けの光で通路が赤く染まる。両脇の木々も赤と、影の黒に彩られて別世界に入ったかのよう。
しかし、そんな幻想的な感傷を現実に引き戻す物が合った。
「あ、煙臭いような? 右奥からパチパチ、燃える音も聞こえますよ」
「上の方で、煙が流れてんな」
レスミアは猫耳で、そして身長差故に、背の高いベルンヴァルトは直ぐに分かったらしい。念の為、ハンカチで口元を押さえ、突き当りの角から手鏡で先を確認する。
角の少し奥からは、一面火の海になっていた。両脇のクヌギが燃え、燃えた枝が通路に落ちている。
その一番手前に変な物が居る。まだ燃えていないクヌギの木に向かって、ヘッドパット……ヘッドバンキングか?をしている木が居たのだ。
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