第225話 観劇の感想と本好き少女

 あらすじ:3時間という長編の劇を見た。


 途中で休憩が入る程の、長丁場とは思わなかった。映画ならまだしも、ずっと演じている役者とか、バックミュージックを演奏している奏者は凄いな。ソフィアリーセ様の解説によると、姫のパートと青年達のパートで分かれているので、交互に休憩しているらしい。


 内容の方は恋愛物かと思いきや、姫と妖精のコミカルなシーンで笑わせ、青年達の戦闘パートで魔物(着ぐるみ)との殺陣たてを魅せ、宝具が出た辺りからシリアスになり、最後は感動物になっていた。

 俺も、少し涙ぐむ程に楽しめた。


 ……ほぼ、全滅エンドなのは、殺り過ぎな気もしたけどね。


 劇が終わった後の個室で、お茶をしながら感想を交わしていると、ソフィアリーセ様の爆弾発言にむせてしまった。


「ゴホッ! ゴホッ! ゴホッ……いや、ちょっと待って下さい。今日の劇が史実にあったとか、王都が滅んでいませんか?!」


「クスクス……大丈夫ですよ。歴史の教科書にも載っている事ですし、講義では皆が驚くところですもの。

 まぁ、演劇向けに脚色はされていると思いますわ」


 ドラゴンが攻めてきて、王都に壊滅的な被害を受けたのは事実だそうだ。生き残りの直系は姫と幼い弟しか居らず、王都復興後に成長した弟へ王位を譲ったらしい。


 そして、脚色というのは、妖精の場面だ。一般的に妖精や精霊はおとぎ話だ。子供の頃ならば、宝石髪は妖精や精霊とお話出来ると信じる子もいるだろうけれど、17歳で成人済みのソフィアリーセ様からすれば、脚色としか見えないらしい。


 ……精霊っぽい声を3回も聞いている俺は、何なんだろうね? 宝石髪でもないのに。


「あの妖精……子役がくるくる踊るのは楽しかった場面なんで、俺は好きですけどね。緑の子が転んでいましたけど、それすらコミカルな曲で笑えました」


 姫様はゆったりとした踊りだったけど、妖精はバレエのように激しいダンスで表現しているようだった。それが、俺には面白く感じた。


「わたくしも好きな場面ですわ。流石は、踊りが好きなビルイーヌ族です。

 そうそう、次の新年祭には、王都の劇団を招致する事に成功したのです。ザックスが今日の劇を気に入ったのなら、一緒に見に行きませんこと? 今からこの部屋を予約しておきますわ」


 流石は経営者、領主一族内でかち合わなければ、最優先で取れるそうだ。今日の劇を十分に楽しめた俺は、二つ返事でOKした。


「では、日時が決まれば連絡致しますね。恐らく、公演初日はお母様が取るので、その次か次くらいに取れると思いますわ。

 王都の劇団『妖精の剣舞』は、その名の通りソードダンスが有名なのですよ。実戦さながらの剣戟に、ハラハラドキドキする劇と聞きます。今から楽しみですわ」


 嬉しそうに笑うソフィアリーセ様は、本当に楽しみなようだ。まだ2ヶ月もあるけど、わざわざ水を指すような事は言わない。その頃までには、レベル40を超えて、大手を振って隣に並べるように成っておかないと……



 その後も、感想を言い合い、楽しいデートが終わった。

 帰り際の事である。劇場の個室を出て、出口へ向かっている途中で、他の扉から出てきた貴族とかち合った。この場ではソフィアリーセ様が最上位なのか、向こうの貴婦人と軽く挨拶して道を譲られた。


 俺も会釈だけして、通り過ぎようとしたところ、貴婦人の後ろにいた女の子に目を奪われた。

 いや、浮気とか、露出に目が行ったとかでは無い。

 ドレス姿なのに、立ったまま分厚い本を読んでいる司書がいたからだ。


 ……劇場の廊下で、本を立ち読みするな!


 髪型を変え、化粧をして御令嬢に化けているが、あの書痴っぷりは図書室に居た司書に違いない。

 俺の視線の先に気付いた貴婦人が、スッと司書を背中に隠し、微笑んだ。特に親しいわけでもないので、俺も会釈をして、そのまま通り過ぎた。


 しばらく離れてから、ソフィアリーセ様が小さく溜息をつく。


「あの子は、相変わらずの様子ね」

「あの子って、本を読んでいた娘さんのことですか? 多分、第2ギルド図書室の司書ですよね?」

「…………以外と手が早いのね。あの子、リプレリーアは愛人でもオススメしないわよ」

「違いますよ! 図書室に行ったら『読書の邪魔をするな!』って、理不尽に怒られただけです」


 空いた方の手で口元を隠しながら、クスクスと笑う。どこか懐かしんでいるようにも見えた。

 劇場の外へ出ると、2階バルコニーから、下の駐車場への階段が続いている。夕焼けに色付く空を眺めながら、ソフィアリーセ様は目を細めた。


「リプレリーアは、わたくしと同い年で、幼年学校では一緒に勉強した仲なのよ。あの頃から勉強は出来るけれど、授業以外の時間は、ずっと本を読んでいる変わり者だったの。

 何度か、お節介でお茶に連れて行ったわね」


 そう言うと、組んでいた腕を離し、欄干へ寄り掛かった。少し待ってみたが、顔を伏せがちで、先を話すか迷っているようだ。


「ふむ? つまり、あの子と友達になりたい、とかですか?」

「……違います。それでは、幼年学校に通う子供の悩みですよ。ええと、話して良いのかしら?」 


 ソフィアリーセ様が目配せした先、マルガネーテさんが進み出て、恭しく一礼する。


「ご歓談中、失礼致します。わたくしは、話した方が良いと存じます。この件は、貴族の常識は通用致しません。ザックス様のお智慧ちえを借りるのも良いかと」

「……そうね。密談するのなら、レストランの個室でしましょう」


 バルコニーで話していては、他の人にも聞かれると、レストランへ移動した。



「ザックス様も御存知のようですが、生活に支障をきたすほどの読書好きの方です。

 リプレリーア様の母親であるメディウス子爵夫人から奥様に『人並みは諦めましたが、もう少し社交性を身に付ける方法はないか』と相談が寄せられているのです」


 マルガネーテさんから聞いた、赤裸々な話をまとめると、


 ・学園へ咲誇ショウココースで入学したが、図書館に入り浸る。

 ・寝食を忘れて本を読み続け、図書館で餓死し掛ける。

 ・呆れ果てた図書館の司書が、『資料整理を手伝うなら』と、軽食を出すようになると、本格的に入り浸る。

 ・当然、授業もテストも受けずに、半年で退学処分。

 ・無理矢理婚約を進めたが、問題児として知れ渡っていて、全て断られる。

 ・コネを使い、ダンジョンギルドの臨時雇いにした。資料整理と司書をしている。ただし、図書室に籠りがち。←今ココ。



「いや、どうしろと……それに、司書も臨時雇い(アルバイト)なんですね」

「ええ、接客態度以前の問題なので、受付業務などは無理だったそうです。

 取り敢えず、ザックス様は図書室に行き、接点を作るところから初めては如何ですか?」


「昔も、本の話題にしか反応しなかったのよ。話題には注意なさい。

 ……ああ、そうだわ! あの子、頭は良いから、読んだ本は殆ど覚えているの。昔の話だけどね。

 貴方が知りたがっていた、精霊に関する本の事を知っているかも知れないわ」


 面白い事を聞いた。王都に行っているエヴァルトさんへ質問の手紙は出したが、返事は帰って来ない。

 もし、リプレリーア嬢が覚えているなら、聞いてみる価値は有るかも?


「そういう話であれば、俺にも利点はありますね。

 書痴の更生なんて見当も付きませんけど、話してみるだけやってみますよ。どの道、情報収集で図書室には行きますから」

「関係者一同が諦めかけている案件です。もし、上手く行かなくとも、裕福な子爵家なので、娘一人養う事になっても問題はないでしょう。

 ザックス様も、お気楽にどうぞ」


 マルガネーテさんに、笑顔でサラリと言われたけど、地味に酷い。いや、擁護し難いレベルではあるけど……ミューストラ姫みたいに覚醒しないもんかねぇ。


「では、来週の休日は、貴方の工房でレシピを書く練習ですわね。楽しみにしていなさい」


 今日は日も暮れてきたので、デートは終了となった。丁度レストランなので、夕飯も一緒なのかと思いきや、あまり遅くなるのも醜聞が悪いらしい。



 別々の馬車に乗って帰ると、出迎えてくれたのはメイドトリオ。夕飯中から夜遅くまで、デート内容を根掘り葉掘り、質問攻めにあった。変にヤキモチを妬かれるよりは良いので、気の済むように付き合う。

 貴族の趣味ともいえる観劇は羨ましがられた。特にフォルコ君が。


「あ~、個室から観劇とか羨ましすぎる~。私もメイドとして付いて行けば良かった~」

「『お嬢様の側使えがいるから、御者のフォルコ君だけで良いよね!』って言ったのは、ヴィナじゃない。押し付けておいて、それはお門違いよ」


「立ち見でしたが、十分に楽しめて役得でしたよ。

 羨ましいのならば、フロヴィナさんも馬車を動かす練習をしますか? 御者が出来ると仕事の幅も広がりますよ」

「御者はメイドの仕事じゃないから嫌~」

「俺も動かせるが、観劇とか堅苦しいのは勘弁だぜ」


 ベルンヴァルトは騎士団の仕事の一環で覚えたそうだ。俺が村に行く時の御者だったからな。一応、次の演目が剣舞と教えたものの、それでも興味が湧かないらしい。新年祭で屋台巡りしながら、酒を飲む方が良いそうだ。「新年なのだからシュミカさんのところに顔を出さないか」と聞いてみると、考え込んでしまった。


「あ!それなら、次回は私達もメイドとして連れて行ってもらいましょうよ。ソフィアリーセ様かマルガネーテさんにお願いすれば、多分行けます!」

「あ~、ミーアは気に入られているからね~。妹枠っぽいけど」

「いえ、ミーアはさっさと婚約を進めたら? 婚約者になれば一緒に行けるでしょう?」

「実家から手紙が来ませんからねぇ。多分、お父さんがオロオロしてるんだと思うけど……かと言って、実家に行くのには時間が掛かりますから、待つしかないのですよねー」


 なんて、ワイワイしていたが、結局のところ今の演目『優柔不断なミューストラ姫』も気になるそうで、おねだりされてしまった。俺も、もう一度見るのも良いと判断し、1階後ろの安い席ならという条件付きでOKした。



 そして、今日の同行を断っていたフロヴィナちゃんは、情報収集をしてきたそうだ。主に、近所のメイドや奥様と井戸端会議でおしゃべりしてきたらしい。本人曰く、もう何日か続けたいそうだけど、今日聞いた分に関しては、概ね好意的な反応だったそうだ。


 「後は~、門番の人達からの要望で『昼食も売って欲しい』なんてあったよ~」


 貴族街への勝手口では、お昼休憩は交代で取る。ただ、弁当を持ってくるのを忘れると、大通りまで行かないといけないので面倒だそうだ。

 ただ、勝手口って朝晩の人通りは多いけど、昼中は通る人は少ない。そうなると……


「昼食の販売はしない方が良いな。人通りが無く、門番の2人分しか売れないのでは準備するだけ手間だけが掛かる。

 その代わりに、門番には昼食を無料で振舞うのはどうだろう?」

「タダですか? 2人分売った方がお金になりますよ?」


「ああ、売るとなると、ちゃんとした商品を準備する必要があるけれど、差し入れなら片手間でいい。俺達の夕飯は多めに作って、余りをお昼用にストレージで保管しているだろう。その分から2食分だけ、抜くだけだよ。

 作り置き出来るサンドイッチか何かで良いんだ。豪華にする必要もない、只の善意による差し入れだからね」

「それくらいなら、簡単ですね。お任せ下さい、お料理をお昼用に詰め替えるついでに出来ますよ。

 でも、偶に差し入れするのではなく、毎日なのですか?」


 ベアトリスちゃんは苦でもないと胸を張るが、それをする理由までは思い至らず、首を傾げた。他のメンバーからも、視線が集まるのを感じて、俺はこう返す。


「なに、門番の人達を、お店の護衛代わりにするだけだよ。

 勝手口とウチの店(予定)は目と鼻の先だろう。厄介事が起きる可能性は低いとは思うけれど、商売をするなら揉め事は起こるだろうし、泥棒も警戒したい。そこで、昼食を差し入れして、店の印象を良くしておくのさ。

 何か揉め事が起きても、門番の人達がこちら側に付いてくれるようにね」


 アメリカのドーナッツチェーンが犯罪防止のために、『警察官が立ち寄れば、コーヒーとドーナッツ1個無料』を行っていると聞いた事がある。それと同じだな。ついでに可愛いメイドさんからの差し入れなら、喜ばない訳がない。

 それに、日中男性陣が居ない場合、メイドコンビだけでは防犯上心配なので、その保険にもなる。


 ベルンヴァルトに確認したが、門番が差し入れを貰うくらいは、特に問題も無いそうだ。取り敢えず、家の防犯にもなるという事で、直ぐにでも始める事となった。

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