第224話 優柔不断なミューストラ姫

 色々買った素材よりも銀のマドラーの方が高くついたが、必要経費なのでしょうがない。素材を買うついでに、レシピ用の紙とインクも少しだけ買っておいた。25層に行く前に、量産したくなるかもしれないからな。



【魔道具】【名称:マナ紙】【レア度:C】

・魔力を含んだ紙。スキルに使用する紙は、マナを含んだ物でなければ、発動出来ない。また、普通のインクでは書き込む事は出来ても、効果は発揮しない。マナを含んだインクで書こう。

 高レベルのスキルでは、レア度も影響するため、材料のレア度も厳選する必要がある。

・錬金術で作成(レシピ:幽魂桜+ナトロン+マナ樹脂+調合液)



【魔道具】【名称:マナインク】【レア度:D】

・魔力を含んだインク。紙に書き込むと、文字を力ある物へと変える。普通の紙に書き込んでも、スキルの発動には紙が耐えられない。マナを含んだ紙を用意しよう。

 高レベルのスキルでは、レア度も影響するため、材料のレア度も厳選する必要がある。

・錬金術で作成(レシピ:錬金炭+マナ樹脂+インク瓶)



 マナインク一瓶1万円は、まだ良い。マナ紙1枚1万円は高すぎる。A3サイズなのに……素材が高いのか、暴利なのかと、思ったが、そうではないらしい。

 職員のクランツさんが溜息混じりに教えてくれた。


「あぁ~、それは申し訳ありません。

 初心者が基礎である薬品調合(薬草を煮込むやつ)を疎かにしないようにするために、少し高くなっています。錬金術師の同僚は『マナ紙くらい、自分で調合出来るようになってから』と言っていましたね。

 まぁ、『普通の紙に、練習で書くのは飽きた』なんて言って、こっそり買っていくお弟子さんも居ますけど……高い高いと、文句を言われても、どうしようもないのです」


 付与術師なのに、錬金術師の内情に詳しいな。ついでに、俺も高いと苦情を言っているように思われたのだろうか? 申し訳なさそうにペコペコするクランツさんだった。



「ねぇ、ザックス。貴方はレシピの書き方を習っていないのでしょう?

 わたくしが教えて差し上げましょうか?」

「それは助かります。購入したレシピを真似て書こうと思っていましたから。

 でも、この後は何かを予約をしていると、言っていませんでした?」


「ええ、今日の午後ではなく、来週の休日にしましょう。貴方の工房で教えて差し上げるので、予定を開けておいて下さいな」


 そんな訳で、来週の予定も決まった。レシピを書くのに必要な長い定規や、三角定規、テンプレートなどを追加で購入し、錬金術師協会を後にした。




 貴族街の大通りにあるレストランの2階で昼食を取った後、すぐ隣の建物に連れて行かれた。そこは、錬金術師協会と同様に豪華な装飾が施された建物で、何故かレストランの2階と渡り廊下で繋がっている。

 そこを渡りながら、ご機嫌なソフィアリーセ様に何の建物か聞いてみたが、はぐらかされた。


「それは、入ってからのお楽しみですわ。直ぐに分かりますわよ」


 腕を引かれて中にはいると、すぐ横に受付カウンターがある。がしかし、ソフィアリーセ様は受付嬢に手を振るだけで、素通りした。


 ……顔パスってやつか? 伯爵家のお嬢様なのだから、これくらいは普通なのだろうか?


 ロビーというか、幅の広い廊下には絨毯が引かれ奥に続いている。絨毯に沿って歩いていくと、等間隔に扉があり、その前にはメイドが1人ずつ立っていた。


 4部屋目くらいだろうか……中程まで進んだ頃、こちらを見たメイドが扉を開けて、恭しく一礼する。


「お待ちしておりました、ソフィアリーセ様。間もなく開演で御座います。お席へどうぞ」


 通されたのは応接室のような豪華な個室……いや、正面の壁がなく、手摺りが付いているのみ。

 部屋の中ほどまで進むと、手摺の向こうに幕の掛かったステージが見えた。


 ……映画館じゃないよな? もしかして劇場か? つまり、


「観劇ってヤツですか?」

「正解です。やはりデートなら、観劇やコンサートは定番ですわ。今日はザックスのために、分かりやすい歌劇にしましたのよ」

「映画なら兎も角、劇を見るなんて、文化祭以来だ。

 楽しみですね」


 手摺りの近くに、ステージの方を向いたソファーがあり、そこへエスコートし、自分も隣に座る。

 成程、立ったままだと低く見えた手摺りは、ソファーに座ったまま、優雅に観劇するためか。


 劇場と言う物珍しさから、一言断って手摺りの下の1階を覗かせてもらう。ステージ近くの席は、ここと同じくソファーが等間隔に並び、ゆったりと座った人達が談笑している。そして、後ろに行くごとに狭くなっていき、映画館のようなスシ詰め状態に席が作られていた。


 どう見ても、前に近くて見やすく、ゆったりした席は高いのだろう。ランクを付けるならS席というやつだ。

 そこまで考えて、ハッと気付いた。


 ……2階、ステージ正面で個室とか、SS席じゃね?


「あの、この個室、物凄く高いのでは? デート代として俺も払ったほうが……」

「うふふ、それにはお呼びませんことよ。この劇場は、ヴィントシャフト家が経営していますの。

 そんなことより、そろそろ開演ですわ。座りなさいな」


 照明が徐々に消え始めた。ソファーをポンポンと叩くのに従い座ると、スッとソフィアリーセ様が幅寄せしてくる。触れるか触れないか、ギリギリのところで、耳打ちされた。


「(劇の最中で、分からない所があれば、小声で相談しなさいね)」


 間近で微笑まれると、見惚れてしまう。そのせいか、つい手を握ってしまった。照明が消えていき、相手の顔も見えなくなる中、手が握り返される。



 ステージから音楽が流れ始め、幕が開く。ステージと客席の間には、様々な楽器を持った集団……オーケストラが伴奏を奏でる。


 ナレーション役の吟遊詩人が、歌うようにプロローグを語ったあと、主役らしきお姫様が現れた。





 ●歌劇『優柔不断なミューストラ姫』(ダイジェスト版)



 とある国に宝石のように輝く髪を持った、美しい姫がいました。数多の求婚者が現れるが、国による審査の末、2人に絞られます。

 1人は幼馴染でもある公爵家の青年魔道士。

 1人は新進気鋭の伯爵家の青年騎士。

 どちらも音に聞こえた男達であり、決めかねた国王は姫に好きな方を選ぶよう命じました。最後は娘の気持ちを汲もうという親心でもあったのです。

 しかし、その一方で姫も決めかねていました。どちらと交流をしても心惹かれるものがあり、心の天秤がゆらゆらと揺れるばかりで完全に傾くことがありません。


 ある晩、姫の夢の中に3人の妖精が現れました。羽が生えた子供のような赤青緑の妖精達。姫の周りをくるくると舞い踊りながら助言をくれます。

『どちらが、より姫を愛しているか知るために、試練を与えよう!』


 姫はその助言に従い、2人の婚約者候補へアクセサリーを要求しました。しかし、両方から見事なアクセサリーを贈られ、決めかねる自体になり、姫は頭を悩ませます。

 次は、ダンジョンでしか手に入らないレアアイテムを要求しました。しかし、これも決めかねる結果に……


 3度目の試練は、先にダンジョンを討伐した方を婚約者にすると、試練を出しました。速さを競うならば、迷う必要が無い……しかし、青年達を見送った姫は、不安になります。ダンジョン討伐という困難に対して、速さを競うと無理をして怪我をするのではないかと。


 その夜、姫は夢の中で妖精達に相談しました。妖精達は頭を突き合わせて相談しますが、途中で赤と青の妖精が喧嘩し始めます。

『怪我をしないように防具が良い!』

『いや、先に倒せるよう、武器の方が良い!』


 そして、そのまま喧嘩別れとなり、赤と青の妖精は別々に飛び去っていきました。残された姫と緑の妖精は、頭を抱えてしまいます。


 とあるダンジョンでは、青年魔道士が宝箱から、炎を模した赤い宝玉の杖を手に入れました。宝箱の影で、赤い妖精がガッツポーズをして消えていきます。


 別のダンジョンでは、青年騎士が宝箱から、水面のように青い宝玉の盾を手に入れました。宝箱の影で、青い妖精がうんうんと頷きながら消えていきます。


 宝具を手に入れた2人の青年は、瞬く間にダンジョンを攻略してしまいます。そして、同日、同時に姫に報告し、手に入れた宝具も献上しました。

 これに驚いた姫は、勝敗を決めることも出来ず、献上品も断ってしまいます。それなら次の試練は何かと、問う青年達を、追い返してしまいました。


 姫と緑の妖精が考えても、良い案は浮かびません。


 数日が経過した頃、青年魔導師が妙案を思いつきます。より強い魔物を倒して、その証を献上すれば良いではないかと。そして、一方的に青年騎士へ宣戦布告をした後、魔物の領域へ攻め込みました。


 炎の杖の威力は凄まじく、魔物達を蹴散らして進みます。宝具の力に酔った青年魔導師は、より強い魔物を求めて中心部へ向かいました。

 中心部に居たのは、城の如き巨大なドラゴン。寝ていたところ、翼に炎の魔法を浴びせ掛けられたドラゴンは怒り、戦いの末に青年魔導師を喰い殺してしまいました。

 しかし、翼を焼かれたドラゴンの怒りは納まりません。人間の街へと進行を開始しました。



 ドラゴンの進行を察知した街では、騎士団だけでなく、貴族達も総出で迎撃に当たります。その最前列には水鏡の盾を持った青年騎士の姿もありました。


 宝具の盾は幾度となくドラゴンの攻撃を防ぎ、街への侵入を阻止しますが、盾以外の防具は普通の物です。徐々に怪我を負い、動きが鈍ったところを、ドラゴンにひと飲みされてしまいました。


 その後も死闘は続き、街の大半を破壊したところで、ようやくドラゴンが討伐されました。

 しかし、それを喜ぶものはいません。騎士団や貴族達は壊滅状態、国王も戦死していたからです。


 町外れの避難所で、姫は悲しみに囚われていました。生き残った騎士から、青年魔導師が魔物の領域へ攻め入った事を知ったからです。自分が優柔不断だったから、父も、青年達も、街の皆を巻き込んでしまったと、悲嘆に暮れました。



 泣き腫らして、動こうとしない姫に、生き残りの騎士団が献上品を持ってきます。それは、国王の王冠と、ドラゴンの腹から出てきた炎の杖、水鏡の盾でした。


 姫はハッと目を見張り、考えます。この宝具を献上された時が、最後のチャンスだったのかと……


『いえ、終わってはいません! わたくしも、ここの皆も生きています!』


 姫は王冠を被り、杖と盾を支えにして立ち上がりました。そして、杖を掲げて宣言します。


『わたくしが女王として、街を復興します! みんな、お願い、力を貸して!!』


 女王は2つの宝具に誓いを立てます。生涯独身を貫き、街を復興させると。


 誓いの後から、夢に妖精は現れなくなりました。

 王冠の緑色の宝玉が、女王を守るように輝いていました。

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