第223話 付与術師の扱いと猫の尻尾
席に戻ると、マルガネーテさんがソフィアリーセ様に耳打ちしている。心なしか頬を染めているようにも見えたが、俺が近付くと、いつもの微笑みに戻った。さすがお嬢様、取り繕いが上手い。
「お帰りなさいませ。何のお話しでしたの? 顔が少し赤くてよ」
「ああ、錠剤の説明をね……」
「女性の必需品ではありますが、男の子には無縁ですもの、仕方ありませんわ。わたくしもダンジョンに入る時は使っていますし、レスミアも持っている筈ですよ」
センシティブな内容だけに、触れたことは無かったが、持っていたとは!? ふと、気になってストレージのウィンドウを開く。村を出る前に、レスミアから預かった大量の化粧品、その箱の中身(フォルダ)を開いてみる。すると確かに、朧月錠剤も入っていた。
……これはダンジョン用だからな! 勘違いしないように!
「お待たせしました。ご注文のレシピと、登録用の商品です。ご確認下さい」
カウンターに商品が並べられた。レシピを書き写したいので、登録は帰ってからで良い。レシピと完成品が間違いない事を確認して、ストレージに格納する。
今回買ったレシピは8つ。全部で90万円程。液体シャンプーだけ、高めのお値段だった。
・ポーション×10
・解毒薬(甘) ×10
・ガラス瓶(薬品用) ×20
・白紙×100
・インク×10
・ガラス瓶(インク用) ×10
・固形石鹸(セージの香り)×10
・液体シャンプー(花の香り) ×10
調合数を全部10個以上にしたのは〈量産の手際〉を期待しての事だ。そして、店で売れそうなだけでなく、自分達も使える物が多い。特に白紙とかな。花の香り付きのシャンプーも、女性陣が話していたので使えるだろう。
まぁ、ガラスの素材は手持ちに無いので、協会の売店で買うしかないけれど、この街で手に入らない素材もあるので仕方が無い。
レシピを確認していると、大体の傾向は掴めた。三面図に材料一覧、それと作成方法が大まかに書かれているだけだ。創造調合では、作成過程もイメージする必要があるため、レシピの情報だけでは足りない。
ただ、図面は書ける。自分で創造調合した物なら行けそうな気がした。
「このレシピが書かれた青い紙、これのレシピは無いのですか?」
「レシピ用のマナ紙、及び専用のマナインクは、中級からで御座います。先ずは初級の調合でレベルを上げるか、護衛を雇ってダンジョンに行かれると良いですよ」
……ん? ああそうか。普通の錬金術師はそうなんだ。今日は貴族服なので、只のお客としてレシピを買っていたら、錬金術師と勘違いするよな。
「一応、素材販売カウンターの方に売ってはいますが、少々お高くなっております。レシピを書き慣れるまでは、書き損じが多くなるので、自前で調合出来るようになってからの方が良いと存じます」
「助言して頂き、ありがとうございました」
取り敢えず、素材販売を見てから決めよう。予算に都合が付けば購入も検討できるかも?
レシピ販売カウンターを離れ、ロビーの一番奥にある素材販売カウンターに足を向けた。人通りが多い場所なので、分かりやすい。そして、すれ違うお客の殆どが、手ぶらでちょっと面白い。普通、買い物したら袋や手荷物が増えるけれど、商人や錬金術師だとアイテムボックスが使えるからな。
不意に左手がくいくいっと、引っ張られた。腕を組んでいるソフィアリーセ様が、少し羨まし気に口を開いた。
「先程の狐人族の職員、ザックスを錬金術師と勘違いしていましたわね」
「今は錬金術師も装備しているので合っていますよ。正確には、村の英雄と魔道士、戦士、遊び人、錬金術師ですけど」
「やっぱりズルいですわ。わたくしも錬金術師を一緒に付けたいです。色々準備しているザックスは楽しそうですもの……学園の授業も座学で覚えるだけですし」
ダンジョン講習がある学園の
「複数ジョブは無理ですけど、錬金術師なら取るのを手伝いましょうか? 職人レベル15なら、半日も掛かりませんよ。先日、ウチのサポートメンバーのレベルを上げて料理人にしましたから」
ジョブの変更も、教会行かずに俺が変更するよ。と、アピールしたものの、首を振られた。
「いえ、昼食のレストランと、午後の予定は予約してあります。それに、お父様からパーティーを組むのは禁止されていますからね。レベル40を超えるまで待っていますよ」
なんて、話している内に素材販売カウンターへ辿り着いた。そこそこ混んで入るが、カウンター自体が大きく、販売担当の職員も多い。丁度、端の人が空いたので、そこへ向かったところ、見覚えのある男性職員だった。
「あれ? 一昨日、ミスリルフルプレートの付与スキルを見てくれた、付与術師さん?」
「え?!…………ああ! あの凄い槍の持ち主? っと、いらっしゃいませ」
ひょろっとして、ちょっと頼りない風貌の青年が、錬金術師協会の制服を着て接客をしていた。いや、錬金術師協会なのだから錬金術師以外がいるとしても、商売が関わる商人くらいだろと言う、先入観があったせいで驚いた。
「付与術師のクランツです。先日は良い物を見せて頂きありがとうございます。
ああ、付与術師は錬金導師が調合する『付与の輝石』がないと、仕事がありませんからね。僕も普段は売り子です」
武具にスキルを付与出来るのに、肝心の触媒『付与の輝石』が錬金術師頼みなんだそうだ(ボスの宝箱からも出るが低確率)。しかも、素材がミスリルなので、武具と取り合いになり生産自体も少ないらしい。
そのため、付与術師は錬金術師の下請けみたいな扱いで、普段は職員として働いているそうだ。
「付与導師にまで成れば、属性付与を使えるようになって儲かるらしいですけど……僕には遠い話ですよ」
そもそも、魔法使いの生まれなのに、属性の適正不足で魔法使いに成れず。お金がないので錬金釜が買えず、錬金術師にも成れない。でも、平民と一緒に熟練職人になるのもちょっと……なんて人が、付与術師になるそうだ。
……なんて言うか、不憫だ。いや、熟練職人や商人にでも成れば良い気がするけど。
「ええと、僕の作ったエンチャントストーンなんてどうでしょう? お手軽に各種ステータスを強化できるので、ダンジョンのお供に如何ですか?
『これがあれば、付与術師要らねぇな』なんて、言われるくらいには使えますよ………」
自虐が悲しいが、俺も付与術が使えるので要らないなぁ。普通に、カタログから錬金調合の素材を主に、ガラス、白紙、インク素材を注文する。そして、クランツさんが奥の倉庫に取りに行っている間に、カタログを見させてもらった。一緒に見ていたソフィアリーセ様が、目次であるものを見付けた。
「調合に使う混ぜ棒は、買い替えなくて良いの? 魔力の扱いが楽になると習ったわ」
「あー、確かにそうですね。鉄鍋調合で大分慣れましたけど、只の木の棒ですから……フルナさんの持っていた黒い棒が良いかなぁ?」
使った事のある物の方が、習熟が早いだろう。そう思い、カタログから似たようなものを探す。地味に手書き、色付きの絵が入っていて分かりやすい。
隣で「木の棒で調合???」と、ソフィアリーセ様が困惑していたので、実物(ワンド兼用のプラスベリーの枝)を渡したら、更に驚かれた。目を何度パチパチ瞬いても、只の木の棒ですよ。
カタログの中にも木製の物は有るみたいだが、持ち手や柄に彫り込みがされ、先端も丸かったり、平たかったり、加工がされている。俺のように枝のまんまなのは、無かったよ。ナチュラル加工なのに……まぁ、ダンジョン産の木材なのは同じだったけどね。
それはさておき、黒魔鉄製の混ぜ棒のページを発見した。長さや先端形状、装飾等、色々な種類があり大体10万から20万円程。予算的には問題無い。
フルナさんのように、混ぜ棒兼ダンジョンでの魔法媒体というのも良い。ただ、俺の買った寸胴鍋サイズの錬金釜をかき混ぜるとなると微妙に長い。ワンドサイズでは短すぎるし、杖では長すぎる。
「あら、これは可愛いですわ! ザックスも猫好きですよね。これが良いと思いますよ」
持ち手に大きな肉球のマーク付きや、猫の形をしている物など、動物モチーフの混ぜ棒が載っていた。伸びをする猫の尻尾が長々と伸びて混ぜ棒となっている。錬金術師に貴族女性が多いせいだろうか? やたらとファンシーなページだ。ただ、黒魔鉄製のため、どれも黒猫かシルエットに見える。
「レスミアを彷彿とさせるなら、銀製の物が宜しくてよ。ホラ、こちらのページをご覧になって」
パラパラと捲られたページには、銀製の混ぜ棒が描かれており、こちらも動物モチーフのようだ。白銀にゃんこ的なら、こちらの方が良いだろう。ただ、混ぜ棒はアクセサリーではなく、実用品なのだ。
「確かに銀製の方がレスミアっぽいですけど、魔力の通り易さは黒魔鉄の方が上なんですよ。調合のし易さを考えると、ここは黒魔鉄製かな」
「それを言われると、仕方がありませんわ。では、わたくしが自分用に買う時は、可愛らしい道具に致しましょう」
ちょっと残念そうにしたソフィアリーセ様を見て、ふと思いついた。今日はデートなのだから、記念になる物があると良いよね?
「いえ、折角のデートですから、銀製の物を1本プレゼントしますよ。調合ではなく、普通にマドラーとして使えますよね?
ソフィアリーセ様がお好みの物はどれですか? 俺はこの尻尾が伸びたのが、可愛いと思います」
「まぁ! …………嬉しいですわ。ええと、迷ってしまいます」
「ええ、一緒に気に入るものを探しましょう」
二人でカタログを見ながら話し合い、候補があれば実物を持ってきて見せてもらった。悩みながら決めるのも楽しく、中々にデートっぽくなったと思う。
カタログを二人で見て悩み、実物も見せてもらうこと30分、ようやく決まった。俺はずっと気になっていた黒魔鉄製の猫の尻尾の混ぜ棒だ。持ち手がお座りした猫で、長い尻尾が下に伸びて混ぜる部分となっている。身長の何倍もある尻尾の猫なんて、猫又……は尻尾2本だったか。クァールは……ヒゲが長いだけか。まぁ、実際にいたら魔物だろう。サーベルスタールトのように尻尾で攻撃してくるに違いない。
それはそれとして、随分と迷っていたソフィアリーセ様は、銀製の猫2匹付きのマドラーだ。一番上に寝転んだ猫、持ち手の下部に何かに掴まっているような両手招き猫が付いている。下の方はグラスの縁に引っ掛ける事でマドラーを固定しつつ、ぶら下がる猫を楽しめるそうだ。
「大切に使いますね。ありがとう存じます。
はい、こちらは、わたくしからの贈り物ですわ」
「ありがとうございます。調合をするのが楽しくなりそうですよね」
結局のところ、お互いにプレゼント贈り合う事になった。銀のマドラーの方は細工が多いとはいえ、素材的に黒魔鉄の方が、値段が高い。
高い方を支払わせるのに抵抗があったが、錬金釜で散財した事を理由に押し切られた。
……まぁ、ソフィアリーセ様が嬉しそうなので良いけどね。
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