第222話 レシピの登録と販売とセンシティブな話題

 記入が終わる頃には、代金を裏に持っていった店員が戻ってくる。その手には、木箱を抱えていた。


「記入内容は……問題ありません。もし、引っ越しされる場合や、弟子やお子さんに譲られる場合は、協会まで連絡下さい。登録し直しますので。

 そして、この箱はヴィントシャフト家より支給品です。この街で錬金釜を購入した全ての方に、『上質な小麦粉』のレシピを進呈致します」


 テーブルに置かれた木箱の蓋を開けると、少し青っぽい紙と沢山のビニール袋が詰まっていた。紙を先に読ませてもらうと、そこにはビニール袋の絵と共に『中身は小麦粉』等と注意書きや寸法が書かれ、右下には材料名『全粒粉×14個』と記載されている。そして左下には『上質な小麦粉×10個のレシピ』と書かれている。


 ……これが錬金釜に登録すると言う、レシピか! 

 確かに図面っぽい。俺が書いたボールペンの図面が、そのまま流用できると言われたのも納得だ。レシピを確認していると、ソフィアリーセ様が支給品の意味を教えてくれた。


「このレシピ配布は、食料改善の政策の一つなのですよ。

 この街の食料自給率が足りていない事は、ご存知かしら? 前線であるジゲングラーブ砦も支えている為、他の街からの輸入を含めても、主食である小麦は街全体を賄う事は出来ません。

 その穴を埋める為に、ダンジョンでの食料採取を推奨しています。第2ダンジョンの低層から、穀物が取れるのは喜ばしいのですが、少し匂いや食感が気になる全粒粉です。

 そこで、このレシピです。量は減りますが、質の良い小麦粉に調合するのですわ」


「しかし、支給に対して義務もあります。錬金術師は住民が全粒粉を持ち込んだ場合、上質な小麦粉と交換しなければなりません。全粒粉2袋に対して、上質な小麦粉1袋です」


 ホウホウと説明を聞いていたが、交換義務とか面倒そう……あ! 昨日フロヴィナちゃんが聞いてきた『小麦粉交換』とはこの事か!

 そして、レシピの内容にも違和感を覚えた。


「あの、全粒粉14袋で調合して、完成するのは小麦粉10袋。住民の交換では2対1。小麦粉が3袋余りませんか?」

「ハハハッ、それは調合の手間賃ですな。錬金術師の取り分となります。実際はスキル〈量産の手際〉の効果で1袋増えて、4袋が取り分と言ったところです」


「他にも、駆け出し錬金術師の収入源になったり、お店を開いている所では客寄せになったりするそうよ。交換のついでに、買い物もしてくれるらしいわ」


 ……コンビニでトイレを借りた時、何か買わないと悪い気がするようなものだろうか?

 それはそれとして、気になっていた事を聞く。


「このレシピは、どうやって錬金釜に登録するのですか?」

「わたくしが教えて差し上げましょう。授業で習いましたからね。結構簡単ですのよ」


 そう言って、レシピを手に取り、錬金釜の中に投入した。


「錬金釜の底にレシピを敷、その上に完成品を全て置く。ザックス、小麦粉を袋のまま入れて下さいませ」


 木箱に入っていた小麦粉10袋を、錬金釜に詰め替える。


「最後に錬金釜のコアに触れて、スキル〈初級錬金調合〉を使えば登録完了です」


 錬金釜の外側に付いている宝石、コアに触れて〈錬金調合初級〉を使うと、内側が光りだした。中に入っていた小麦粉が霧散して、錬金釜に吸収されていく。そして最後にコアが光り、視界にウィンドウが開いた。

 そこには、Fランク『上質な小麦粉×10(全粒粉)』が追加されていた。


「はい、成功ですね。補足致しますと、レシピに不備がある場合や、中に入れた物が違うと登録出来ません。今回のように完成品が複数の場合、記載された数だけ入れる必要があります。そして、重要なのが……」

「中に入れる完成品は、ですわ」

「はい、その通りで御座います。ご注意頂きたいのは、創造調合であれレシピ調合であれ、完成後に少しでも手を加えると、その時点で登録には使えません。

 偶にある話ですが、創造調合で作った後に気に入らない部分を手直し、登録しようとしたら出来ない。錬金釜が壊れたと、協会に駆け込んでくるお客様もいらっしゃるのです」


 何故か説明の途中で割り込んだソフィアリーセ様は、得意気に微笑んだ。授業で上手く回答できた、みたいな感じだろうか。実際に授業みたいなものだったので、二人にお礼を言っておいた。


「最後に教えて下さい。登録に使ったレシピも消えてしまったのですけど……もしかして、先にメモしておかないと、材料が分からなくなるのでは?」


 錬金釜のウィンドウには、完成品のリストしか表示されない。思い起こすのは、村で初めてのレシピ調合を試した時の事だ。坑麻痺剤を作ろうとしたとき、フルナさんがレシピを見直して、材料を確認していた。


 ……まさか、消えてなくなるとは思わなかったよ!


 俺の懸念を聞いて小さく、ァッ!と口元を押さえたソフィアリーセ様とは対象的に、店員は営業スマイルを深めた。


「はい、その通りで御座います。慎重な方ですと、レシピを買ったら他の紙に書き写し、ご自身のレシピ本としてまとめますね。

 もし、今回のようにレシピの内容が分からなくなった際には、もう一度レシピをお買い求めください。上質な小麦粉であれば、小回りの効く1袋を買っておくのも手ですよ」


 まるで商人のようなセールスだった。錬金術師協会の職員で錬金術にも詳しいので、油断していたよ。



 上質な小麦粉のレシピは、内容は単純なので自分でも掛けるはず。そう判断して、お断りしたものの、他のレシピは欲しい。レシピ販売は1階らしいので、移動する事にした。


 階段を降りる際、手を差し出してエスコートする。レスミアと違って、ヒールを履き慣れた様子。俺の補助など要らないのだろうけど、せめて釣り合うように格好くらいは付けたい。

 そんな俺の心中を知ってか知らずか、ソフィアリーセ様がクスリと笑った。


「ザックスは、何を緊張しているのかしら?」

「こんな綺麗なお嬢さんをエスコートするのは初めてで、集中しているだけですよ」

「あら、只のお買い物なのだから、肩肘を張る必要は無くてよ。一昨日、あの痴れ者から庇ってくれた時のように、堂々としていなさい……凛々しく格好良かったのですから」


 そう、柔らかな笑みを見せられると、照れる。あの時は咄嗟に身体が動いたが、良い印象になったようだ。


「午後からは、わたくしお気に入りの場所に連れて行ってあげます。わたくし達の初めてのデートですもの、楽しみましょう」


 そう言えば、今日の予定を確認していなかった。てっきり錬金術師協会だけで終わり、午後からは錬金釜を試そうと思っていたのだが……

 楽しそうに笑う顔を見ていれば、付き合うしかないな。




 1階はロビー他に、レシピ販売カウンター、素材販売カウンター、魔道具買い取りカウンターと、大きなブースが3つ並んでいる。そのうちのレシピ販売カウンターの席にエスコートした後、俺も座る前にフォルコ君がコッソリと囁いてきた。


「ザックス様、協会内で聞き込みしたところ、平民街では消耗品がよく売れるそうです。薬以外では、紙やインク、石鹸、湧き水竹、避妊薬だそうです。レシピの購入も検討して下さい」


 従者として付いていたのに、いつの間に聞き込みをしていたのか。と、感心したのも束の間、最後に危険物が混じっている事に気が付いた。カウンターを少し離れて密談する。


「(ちょっと待て。隣にソフィアリーセ様がいる状態で、避妊薬とか聞くのか……不味いだろ)」


 恋人未満の女性とのデート中に、避妊薬を準備しようとしているとか、アウトな気がする。それを指摘すると、フォルコ君も顔を赤くした。


「(あ、いや、そんなつもりはなくてですね! 純粋に商品として……)」

「ザックス様、どうかなされましたか?」


 声を掛けられて振り向くと、マルガネーテさんが静々と近付いて来ている。その向こうでは、カウンター席のソフィアリーセ様がこちらに目を向けていた。これ以上の密談は危険だ。


「ッ! 何でもないですよ。店をどうするか、相談していただけですから」


 その場を誤魔化し、カウンターへ戻る。そこでふと気が付いた。


 ……別に今聞く必要はないよな? ただ、別の日に改めてこればいいだけの話だ。


 カウンター席に戻り、ソフィアリーセ様に「お待たせしました」と笑いかける。笑顔を返された所で、店員のお姉さんが分厚い本を差し出してきた。


「レシピ販売担当のフィナフィクスと申します。お見知りおき下さいませ。

 さて、お客様は初めてのレシピ購入と、お嬢様から聞きました。こちらが初級向けのレシピカタログで御座います。先ずは、基本となる薬瓶と、ポーションか解毒薬のどちらかを購入することをお勧め致します」


 金髪というより、小麦色の髪をした狐耳のフィナフィクスさんが教えてくれた。

 薬品を入れる薬瓶は、効果が発揮する丁度良い分量が入るよう設計されている。初級の間ならどんな薬品も、これに詰めて置けば良い。

 それと、ポーションと解毒薬は一番良く使われる薬なので、市販するなら薬瓶は統一して欲しいそうだ。レシピを買えば分量も記載されているので、自分でレシピを書く際も真似れば良い。


 説明を聞きながら、本を捲る。基本というだけあって、最初のページにポーションのレシピが載っていた。


『No1 ポーション10本分 HP18%回復、5分。薬草+踊りエノキ』

『No2 ポーション×1本 HP18%回復、5分。薬草+踊りエノキ+薬瓶』

『No3 ポーション×10本 HP18%回復、5分。薬草+踊りエノキ+薬瓶』


 小さな試験管の絵と、その概略と材料が書かれている。そして、その下にはズラリとポーションのバリエーションが並んでいた。回復量が多い物や、効果時間が短い物、解毒効果付きの物、本数違いなどが数ページに渡って並んでいる。前の方が、この街で揃えやすい素材で、後ろに行くと別の街でしか手に入らない素材が必要になるそうだ。

 まるでアイテム図鑑の一覧のようだ。詳細な事は書かれていないが、実際にレシピを買わないといけないのだろう。


 解毒薬もポーション程ではないが数が多い。バリエーションの中で気になるのは、甘く調整された解毒薬だろうか。材料にステビアと言うハーブが必要になるが、売店で売っているそうだ。これも注文しておく。


 そして、ガラス製品のページで、試験管型の薬瓶を注文した際、フィナフィクスさんから別のガラス製品も勧められた。


「インクの販売をお考えでしたら、こちらのインク瓶もご一緒に購入されては如何でしょう。平民街ならば、実用性重視のこの形が、よく売れていますね」


 指差されたのは凸の形をしたインク瓶。貴族街ではインテリアにも見えるインク瓶が流行っているが、平民街では頑丈さが売りの従来品のほうが良いとか……


「……あれ? 販売? 商売をするとは言ってませんよね?」


 俺が内緒話をしている間に、ソフィアリーセ様が話したのかと思い隣を見るが、首を振られた。


「わたくしは話していませんわ。ザックスが検討中と言っていたので、心内が決まるまで話しませんよ」

「先ほど、従者の方と話していたのを聞いただけですよ。平民街で売れ筋の物をアドバイス致しましょう」


 そう言って、フィナフィクスさんは、得意気にをピコピコ動かした。


 ……レスミアの〈猫耳探知術〉の亜種か!

 おちおち内緒話も出来ないな。ケモ耳の人がいる時は気を付けよう。


 その後は、この街で取れる木材から作れる白紙を教えてもらい、香り付きの石鹸やシャンプー等のレシピを注文した。

 インゴット等も気になったが保留中。青銅や黄銅、白銅なんてのもあったが使い道が分からん。鉄のインゴットは作れるので、暫くは自作で良いや。


「後は……湧き水竹や朧月錠は、中級からでしか調合出来ません。レベルを上げてからお越し下さい」

「中級ならしょうがないか……朧月錠ってのは何です?」


 その途端にフィナフィクスさんは、面白いものでも見つけたようにニンマリと笑う。

「お嬢様、彼氏さんの耳を借りますよ~」とカウンターの端に連れて行かれ、耳打ちされた。


「(従者と話していた避妊薬の名前ですよ。女性の月物を遅らせる効果と、痛みを和らげる効果があるので、エッチな用途以外に使っている女性は多いのです。特に探索者の女性は大抵持っているので、売れ筋商品になりますよ。

 男の子だからしょうがないけど、エッチ事ばかり考えてないで、彼女のアクセサリーを交換できるように頑張りなさい!)」


 最後に背中をパシンッと叩かれた。勘違いしていたのは本当だけど、エロ男呼ばわりは止めて欲しい。ただ、フィナフィクスさんのニンマリとした笑みを見るに、今後も揶揄からかわれそうだ。

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