第221話 魔道具店計画と錬金釜

 食後のお茶では、ベアトリスちゃんが料理人になった事が拍手で迎え入れられた。


「おめでと~、トリクシー。

 その様子だと、怖い目には会わなかったのかな~」

「うん、驚く事はあったけど、ダンジョンを歩く時も、魔物との戦闘中も、皆が守ってくれていたからね。それに、魔物をあっと言う間に倒しちゃうくらい強かったし……

 強いて言うなら、ミーアの背中に乗った時が一番怖かったなぁ」


「怖くないよー。落ちたのは、トリクシーが暴れたせいだし……」

「普通の人は高い所が怖いの! ミーアみたいに、木の天辺から飛び降りるなんて、無理なのよ!」

「ミーアは猫だったかにゃ~」


 ひとしきり、メイドトリオでキャッキャとじゃれ合った後、フォルコ君とフロヴィナちゃんの報告を受ける。ダンジョンに行かなかった2人は、近所の家に引っ越しの挨拶をしてきてくれた。


 今朝方、予定を聞いたときは、家主である俺も行くべきかと思ったが、必要無いらしい。それというのも、この辺は平民街の中でも一等地(貴族街に近いので)。ある程度の富豪なら、使用人同士で挨拶すれば良いそうだ。その上で、縁を結びたい人はホームパーティーなどに招いて、仲良くなれば良い。


 ……ホームパーティーってなんだ?

 庭でバーベキューでもやればいいのだろうか? 

 日本だと誕生日パーティーくらいしかやった覚えがないのだけど。取り敢えず、フォルコ君にお任せした次第だ。


「はい、滞りなく終わりました。手土産に持っていったお菓子も喜んで下さり、友好的な関係を築けると思います。

 それと、ナールング商会にも、挨拶してきました。レスミア様のお姉さんが帰られた際は、ここに連絡してくれるそうです」


 ナールング商会は、防壁が間にあるとはいえ、お隣さんだからな。レスミアの事もあるし、面会予約の返事の届け先を変更してもらったのだ。


「あっ! そういえば、近所のお婆ちゃんに『また、小麦粉の交換や、魔道具やポーションの販売はするのかい?』って、聞かれましたよ~」

「交換?販売? ……ああ、前の住人が販売していたって、マルガネーテさんが言ってたな。こんな町外れで需要があるのか? 大通りか、ダンジョンギルドに行けば売っているだろうに」


「あ~、歳だから足が痛むときに使うんだって。大通りまで歩くのが大変なんじゃないかな? 後は、小さいお孫さんがいるみたいだし」


 子供ははしゃぎ回って、すぐ怪我をする。それに、不意に熱を出すことも多いので、近場で薬が買えると嬉しいらしい。

 自分が子供の頃はどうだったかと、記憶を探ってみるが、朧気で思い出せない。まぁ、現地の人達が言うのなら、そうなのだろう。小麦粉の交換とやらは良く分からないが……

 ガワは既にあるので、資金稼ぎに店を開くのは吝かではない。それに、本格的なお店でなく、タバコ屋みたいな対面販売なら、それほど準備も掛からないだろう。ただし、


「ポーションや解毒薬は俺でも作れるし、明日買う予定の錬金釜があればもっと楽に作れる。

 ただ、販売まではやっている時間はないな。仮に店を開くなら、ダンジョンに行かない3人に、お願いすることになるよ」


「……私は、朝昼晩の料理を作る以外の時間なら手伝えますけど、長時間は無理ですね。売り子はヴィナがメインになると思います」

「あ~、確かに。ザックス君が魔法で浄化しちゃうから、掃除の手間が殆ど無いんだよね~。暇な時間はメイド服を改良しているよ」

「装備品や服もなんですよね。洗いもせず、明日もそのまま着られるくらいですから。たまにはお日様に干したほうが、良い気がしますけど……」


 つい先程の食事後にも、テーブル上の汚れた食器をまとめて〈ライトクリーニング〉したからな。洗う手間を省いて、食器棚に仕舞うだけ。ベアトリスちゃんが、のんびりお茶しているのも、そのお陰……断じて仕事を奪っている訳ではない。


「後は、商売するなら、商業ギルドに登録が必要とアメリーさんから聞いたな。売上から税金を払うとか。そうなると、お金を管理しているフォルコ君に店長をしてもらうとか?」

「はい、売り上げ管理から納税の流れは知っていますが、アドラシャフトと同じか確認が必要ですね。

 それと、この街では何に需要があるのか、調査が必要です」


 至極最もな意見だ。ポーションと解毒薬だけじゃ、大した儲けにはならない。そもそも、村の雑貨屋しか知らないので、何を売るべきか分からない。メイドトリオは平民出身だけど、あまり魔道具店には行っていなかったらしい。


「どうだったかなぁ。街中だと香り付きのシャンプーが流行ってるって友達から聞いた覚えがあるような~?

 貴族街だとお貴族様向けの化粧品とかも買えるから、平民街に行くのって実家に顔を出すか、あっちの友達と会う時くらいなんだよね~」

「そもそも、化粧品もメイドになってから覚えたのよね。料理する時には落としますけど」

「フルナさんの雑貨屋だと、普通に売っていましたよ。香り付きのシャンプーくらい欲しいですよね」


 化粧品は錬金術師の領分らしいし、領主夫人が錬金術師だからな。派閥で独占している貴族レシピで出回っている筈。平民に広める時は錬金術師協会にレシピを売るそうだから、そのレシピを買うのも良いかもしれない。

 ただ、レスミアの言うシャンプーは売れるか微妙な気もする。何故なら、第2ダンジョンでソープワートが採取出来るからだ。『煮込むと液体石鹸やシャンプーになる』と鑑定文にあり、自作する人もいるだろう。

 まぁ、実際のところは分からないので、情報収集するしかない。


「店を開くか否か。判断材料を集めよう。ご近所さんや、通行人……近くに貴族街への勝手口があるから、そこを通る人も潜在的な顧客のはず。

 その上で、開くなら準備しなければならない事も検討してくれ。離れには何も無かったからね。

 フォルコ君を中心に頼む」


「「はい」」「は~い」


 フォルコ君が店長なら、俺はお金と方針を出すオーナーってところかな? 商品作成もするので、製造部と商品開発部も兼任する事になると思う。

 いきなり降って湧いた店の経営だけど、ダンジョン以外での稼ぎ方法を探していたので、丁度良いのかもな。




 貴族街の中心を東西南北に走る大通り、その西通りに錬金術師協会はあった。まるで海外の美術館のような外観で、柱には人型の彫刻が彫られ、壁には装飾付きのガラス窓が整然と並んでいる。

 領主の館よりも豪華に見えるのは、富が集まっているがある証拠だろうか。


「ザックス様、こちらへ」


 隣のゴーレム馬車からマルガネーテさんに声を掛けられ向かうと、馬車の入り口に居たソフィアリーセ様から手を差し出される。マナー本にあったシチュエーションだと気付き、白い手袋に包まれたたおやかな手を取った。今日もドレス姿なので、優雅に馬車を降りるにはエスコートが必要なのだ。今日は光沢のある紺色のドレスに、薄い水色の花が描かれており、サファイアの宝石髪がよく映える。


 それに合わせてか、俺も貴族服を着てくるように指定されたので、いつものジャケットアーマーではない。まぁ、刺繍やフリルが付いたスーツみたいな物なので、特に抵抗はない……いや、フリルは少なめの服にしてもらったから、抵抗はしているな。


「どうかしまして?」

「いえ、今日のドレスもお似合いだと、見惚れていただけですよ」


 ……特に、二の腕がシースルーで目を引かれる。という事は黙っておこう。透けて見えるだけで、エロく感じるのは何でだろうね?


「うふふ、ありがとう存じます。さあ、参りましょう」


 褒められて気を良くしたのか、柔らかく微笑んだソフィアリーセ様は、俺の腕に手を絡め歩き出した。

 今日は休日なので、『近すぎます』とインターセプトしてくるルティルト姫騎士さんも居ない。代わりの女性騎士は1名居るけど護衛に徹しているし、マルガネーテさんは微笑んでいるだけで後ろに控えている。ついでに、俺の従者兼御者として付いてきたフォルコ君も同じだ。


 錬金術師協会の大きな扉を潜ると、豪華なロビーが目に入った。3階までの吹き抜けで天井が高い。一角にはガラスケースで商品が販売されているようで、デパートを思い起こされる。


 受付で予約があることを告げると、2階の大部屋に通された。入口付近に大小様々な錬金釜が並び、その奥には等間隔で様々な魔道具も並べられている。壁際にあるのは、冷蔵の魔道具だろうか? 他のお客さんも店員に付き添われて、魔道具を見ている。なんか、家電量販店に来たような気分だな。


 その中の商談スペースのテーブルに案内される。ミスすることなく席にエスコートし、ホッと一息ついてから俺も席に付く。

 そして、店員のおじさんがソフィアリーセ様に挨拶した後、セールスし始めた。


「領主夫人ではなく、末のお嬢様がいらっしゃるとは………やはり、結婚の準備で御座いますか?

 それならば、あちらの錬金釜は如何でしょう? 中型サイズですので、女性でも扱いやすく、大量生産も可能です。お値段も3千万円と、非常にお手頃となっております」


 店員が手で指し示したのは、フルナさんのアトリエにもあった、1,5m程の高さの物だ。小型の値段から、大きいサイズは高いと思っていたが、お手頃価格とはいったい???

 値段に俺が驚く横で、少しだけ頬を染めたソフィアリーセ様が、答える。


「わたくしには、学園が1年残っています。結婚準備には早くてよ。

 今日は、ヴィントシャフト家が後援する探索者、ザックスが錬金釜を購入しに来ましたの。ザックスは誰にも師事していないので、先ずは小型の物から考えているそうです」


「ほう、後援を受けるほどの錬金術師ですか……しかも、誰にも師事することなくとは……」


 値踏みするような目で見られたが、直ぐに営業スマイルに戻る。

 そして、近くの展示品から3つの錬金釜を持ってきてくれた。一番小さい物から、片手鍋サイズ、大きめのカレー鍋サイズ、そしてフルナさんの所で借りた事もある寸胴鍋サイズだ。


「初めて買われるのなら、この3種がお勧めです。お値段は、小さい物から順に150万円、300万円、500万円となっております」

「この大きいサイズを借りたことがありますけど、大きさによって違いはあるのですか?」


「ええ、勿論で御座います。小さい錬金釜は持ち運びしやすく、場所も取りません。アイテムボックスに入れておけば、好きな時、好きな場所で調合が出来ます。このサイズをダンジョン内に持ち込む人も多いですね。その反面、容量が少ないので、大量生産や大きい物を調合するのには不向きです。そして、レア度が高い素材が調合し難くなります」


 最後のデメリットは初耳だった。なんでも、マナを大量に内包する高レア素材は、分解するのにも大量のMPが必要になるそうだ。その為、時間がや集中力が多く掛かる。


「これ以上の大きさの錬金釜ですと、地面に直置きするサイズになります。もし、大型の錬金釜を購入される際は、お客様のアトリエの設置場所を確認下さい。

 何故なら、地面に置くことで、地面の下を流れるマナを吸い上げ、調合のMP負担を軽くする機能が設けられているからです。大量生産をするなら、断然大型の方が良いでしょう」


 アトリエの囲炉裏みたいな所は、そういう事か。フルナさんのアトリエの頃から気になっていた疑問が氷解した。もちろん、俺のアトリエでも囲炉裏はあるので、大型を買っても設置できるが……説明ついでに、最初の3千万円の錬金釜を勧められたので、予算的に無理とお断りした。



「小型でも、こちらの500万円の錬金釜であれば、レア度Bでも楽に調合出来ます。創造調合で商品開発をするなら、お勧めの商品ですね」


 大型は無理とお断りしたら、小型の中でも一番高いのを勧められたでござる。

 因みに、値段交渉を試みたが、全国で統一価格らしく、ビタ一文負からないそうだ。それについてはソフィアリーセ様も、フォローしてくれた。


「錬金釜は全て、王都の錬金術師協会で作られていて、各領地の支部に分配されているそうよ」


 学園の授業で習ったそうだ。錬金釜のレシピが入った大型錬金釜。それは、統一国家時代の遺産であり、登録された錬金釜しか流通していない。学園の先生方が研究している分野ではあるが、劣化はしても改良は実現していないらしい。



 結局のところ、500万円の錬金釜を購入した。元々、これに決めていたので悔いはないが、手元の金貨や大銀貨が支払いに消えていった。


「……はい、500万円丁度です。毎度ありがとうございます。それでは、この錬金釜の登録致しますので、こちらの用紙にご記入下さい。工房名は後で変更も出来ますので、ご自身の名前でも結構ですよ。店を開かなければ、そのままの人も多いですね」


 住所や氏名に、工房名か。それと、毒物の販売有無等々。

 今のところ、対面販売のお店を開くとしても、毒物は置かないよなぁ。自分でダンジョン攻略に使うかもしれないが……

 取り敢えず、『ザックスのアトリエ』とするのは不味い気がしたので、ザックス工房にしておいた。日和ったとも言う。

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