第220話 ファンタジーな冒険譚と緑の料理

 カウンターに座る図書委員……もとい、司書らしき少女は、読書に淫しており、こちらに気付いた様子はない。


「すみません」と声を掛けても、微動だにしない。

「おい、寝てんのか!」と、ベルンヴァルトが声を掛けても動じない。本のページを捲っていたので、起きてはいるようだが……


「カウンターの紙に何か書いてあるぜ。『職員不在の場合はベルを鳴らして下さい』、このベルか」


 カウンターに乗っていたハンドベルを、チリンチリンと鳴らすが効果はない。まぁ、話し掛けるのと音量は大差ないからな。


「ん? その横にも注意書きがある『読書バカがサボっていたら、このライトを付けて!』だとさ、この卓上ランプかな?」


 魔道具らしきランプのスイッチを押すと赤い光が点った。そして、少女の手元の本も赤く染まり、「キャッ!」と小さな悲鳴と共に本を取り落とした。

 ようやく、俺達が居ることに気が付いたみたいだけど、非難がましい目で睨まれる。


「あー、お客さん? 何か用? 無いなら、読書の邪魔しないで」


 そう言ってライトを切り、再び読書に戻ろうと本を手にする。その本を開く前に、要件を伝えた。


「待ってくれ、ここを初めて使うのだけど、勝手に本を読んでいいのかい? 何かルール的なものはあるよね?」


「あー、持ち出し禁止、この部屋で読むだけにして。それと、新人でしょ? 20層ボスの書かれた本なら、あっちの本棚。細かいルールは、そこの壁に貼ってあるから勝手に読んで守って。以上よ!」


 あっち、そっちと指差す方を確認しているうちに、少女は読書に戻ってしまった。仕方がないので、入口横の『ご利用案内』と書かれた張り紙を読み、利用時間や簡単なルールを確認してから、教えられた本棚へ向かった。


「愛想の無い女だなぁ。シュミカの方が、もう少しマシだぞ」

「俺はシュミカさんとは面識が無いから、何とも言えないな。ウチのパーティーの女性陣の方が、愛想が良いのは確かだけど………あった、『第2ダンジョン、魔物大全集』これだな」


 本棚にあった大きめの1冊、その木製の表紙には、分かりやすいタイトルが書かれていた。手に取ってみるが、本と言うより木製のバインダーのようだ。


「お? こっちにもあるぜ。『激闘! 20層ボスゴーレム!!』だってよ。

 ゴーレムが相手みたいだぞ」

「手分けして読んでみるか」


 部屋の真ん中にある閲覧机を借りて、読み始める。木の表紙を捲ると、色紙(藁半紙)が紐で閉じられていた。

 更に捲ると、藁人形のラフ画が書かれている。変に思いながらも次のページへ行くが、そこもラフ画のみ……いや、ページの端に『ストロードール:藁で出来たゴーレム。剣で切れ』とメモ書き程度の情報が書かれているだけ。


 パラパラと順に見ていくけれども、魔物のラフ画ばかりで大した情報が書かれていない。ロックアントなんて、鉄のヘルメット等の強化部位毎に10枚ほどラフ画になっている。しかも、フルアーマー状態のラフ画には『全身が鉄で覆われ、攻撃が効かない。見付けたら逃げるべし』なんて、書かれていた。


 ……魔物大全集と言う名の画集じゃないか! しかも、ラフ画ばかりで、お世辞にも綺麗とは言い難い。実物を知っていれば、こんな感じだなと分かるレベル。

 念の為、20層のボスの外観……角張ったマッチョな人形のゴーレム……だけ確認し、画集を閉じた。


「ヴァルト、そっちはどう?」


 隣の机に目を向けると、うつらうつらと船を漕いでいる姿が目に入った。額の角が本に刺さりそうで、慌てて肩を引き戻す。


「……くぁぁぁぁ、寝ちまったわ。すまねぇ、この本つまんねぇよ」


 ベルンヴァルトが読んでいた『激闘! 20層ボスゴーレム!!』を借りて、軽く目を通す。4層の芋虫……グリーンステアーズに苦戦して、粘液まみれになった仲間への愚痴がつづられていた。

 パラパラと斜め読みしていくが、大抵は『こんな強敵の魔物を倒せる俺、スゲェだろ!』って感じの自伝……いや、妄想日記レベルかな?

 仲間戦士をプレートアーマーごと、串刺しにする松の木とか、仲間ごと木を薙ぎ倒す巨大カブトムシとか、仲間を火達磨にする木とか、吹かし過ぎだ。途中を飛ばしてクライマックスを見ると、仲間を殴り殺されて覚醒した主人公が、ボスゴーレムを乱れ斬りで百分割していた。


 ……これは、ファンタジー小説かな?

 置く本棚を間違えていそうだけど、司書は読書に夢中で動きもしていない。そっと本棚へ戻した。



 その後も、本棚から気になるタイトルを取り、パラ読みしていくと、5冊目に当たりを引いた。魔法使いが書いた本のようで、各魔物に初級属性魔法を使った検証が書かれていた。明確に弱点属性が書かれていないので、『一発で倒せた』とか『効きが悪い』程度ではあるけど……

 20層のボスゴーレムには、『魔法は使うな! 毒で反撃される。仲間の前衛に任せて、バラバラにしろ』


 ようやく、役立ちそうな情報が手に入った。その先の21層以上の情報も得ようと、ページを読み進めていたところで鐘の音が鳴り響く。5の鐘だ。鐘の音が鳴り終わる頃、いきなり視界が赤く染まった。

 これには驚き、本から顔を上げてしまう。手を翳して上を見ると、閲覧机の上の照明が赤く光っている。カウンターにあった卓上ランプと同じ物のようだ。ふとカウンターの方を見ると、あっちも赤く染まっている。


「利用時間は終了です! 本を戻して、退室して下さい!」


 司書の少女が声を張り上げ、片付けを始めた。俺も寝ているベルンヴァルトを起こして、出口へ向かう。その途中で、礼儀として司書に声を掛けておいた。


「参考になりました。また来ますね」

「……そっちの大きい人は、もう来なくていいですよ」


 扉を出た途端に、鍵を掛けられた。最後の最後まで愛想のない娘さんだったな。


「ハッハッハ、出禁になっちまったから、しょうがねぇ。俺は図書室には来れねぇな。いやぁ、残念だ!」


 少しも残念そうにせず、楽しそうに笑うベルンヴァルトだった。まぁ、途中で寝始めた時から、人選ミスだとは思ったけど……次来る時は、レスミアかフォルコ君を連れて来るとしよう。




 その日の夕飯は、ベアトリスちゃんとレスミアが張り切ったようで、豪華なだけでなく、バフ料理も多く用意されていた。その中でも驚いたのが、緑色のスープだ。



【食品】【名称:プリンセス・ポタージュスープ】【レア度:E】

・プリンセス・エンドウを丁寧に磨り潰し、蜘蛛脚コンソメベースで煮込んだポタージュスープ。

 野菜の柔らかな甘みと、旨味が詰まっている。

・バフ効果:耐久値小アップ

・効果時間:10分


 あのグレープフルーツサイズのデカいグリーンピースが、ポタージュになっていた。グリーンピースの使い道なんて、丸のまましか、知らなかったので意外だった。

 実際に頂くと、豆の香りと味がまろやかで、少しも青臭くない。野菜の甘味の奥に、ちょっぴりカニ風味が香る美味しいスープだった。

 幸運の尻尾亭で教わった、ご当地グルメらしい。



 そして、メインディッシュはロールキャベツのピラミッド。1つでも、拳大に大きいのにそれが9個で組体操をしていた。



【食品】【名称:焼きロールキャベツ】【レア度:E】

・豚肉をキャベツで包み、香ばしく焼き上げてから、コンソメで煮込んだ一品。豚肉が多目にアレンジしてあるが、サワークリームで仕上げてあるため、爽やかな酸味で食べやすい。

・バフ効果:HP小アップ、耐久値小アップ、整腸作用小アップ

・効果時間:10分




「美味いなこれ! キャベツばっかりかと思ったが、中に塊肉が入っているじゃねぇか!」


 豚肉が好物のベルンヴァルトが絶賛した。フォークに刺して、そのまま一口でバクバク食べている。

 その様子に心惹かれ、俺も一番上のロールキャベツを、ナイフで半分にした。中に入っているのは、本当に四角い豚肉の塊……しかし、実際に口にすると、蕩けるように解れていく。煮込まれたキャベツと同じくらいに柔らかい。洋風の角煮かな?


「蜘蛛脚を煮込む際に、一緒に煮込んでおいたのです。キャベツで包んだ後も煮込むので、柔らかいでしょう? 他にも色々入っていますよ!」


 得意げに胸を張るレスミアへ、美味しいと称賛を送る。次のロールキャベツを切ると、定番の挽き肉。そして、3つ目は緑色の塊だった。真ん中にはチーズが挟み込んであるようで、切り口からトロリと流れ出しており、美味しそうではあるが……繁々と見ている俺に気がついたのか、今度はベアトリスちゃんが解説してくれた。


「それは、プリンセス・エンドウを四角く切ったものです。アドラシャフトのチーズを挟んであるので、美味しいですよ」


 実際に頂くと、ハンペンのように柔らかく、噛むとスープが溢れ出す。周りのキャベツだけでなく、中のグリーンピースにまでスープが染み込んでいた。口いっぱいに豆の味とサワークリームの酸味が広がり、そこに濃厚なチーズの酷も加わる。野菜とは思えないほど、美味しかった。


 口休めに、何気なくパンに手を伸ばす。2つに千切ったところで、また驚いた。緑色のパンだと?!



【食品】【名称:プリンセス・グリーンパン】【レア度:F】

・グリーンピースのペーストを牛乳と共に練り込み、焼き上げたパン。全粒粉が使われているため、栄養価が高い。そのうえ、豆の甘さで全粒粉の匂いが抑えられている。

・バフ効果:耐久値微小アップ、HP微小アップ

・効果時間:10分



「アハハッ、お昼前の採取で沢山グリーンピースが取れましたからね。色々アレンジして料理してたら、緑一色になっちゃいました」

「ポタージュも、ロールキャベツも、材料は沢山あったので、沢山作ったんですよ。効果付きなので、ダンジョンでも食べてくださいね」


 食事後に、余った料理を回収しに行ったところ、寸胴鍋いっぱいにロールキャベツが残っていた。俺とベルンヴァルトが沢山食べた筈なのに、鍋の7割程詰まっている。

 更にポタージュスープは、大鍋2つと来たもんだ。


「同じ味だと飽きが来るかも、知れませんからね。こっちは魚ベースのポタージュスープですよ」


 寸胴鍋や大鍋はよく使うらしいので、小さ目の鍋に移し替えて、ストレージに保管した。小さ目(6人分)の鍋は沢山用意してきたけど、このペースだと足りなくなりそう。買い足しか、いっそのこと錬金調合で作ってもいいかな?






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 小ネタ

 冒頭の『読書に淫して……』は、エッチな意味ではありませんよ。


 淫する:1、度を越して物事に熱中する事、溺れるとも。 2、みだらな事をする。


 この1番の意味になるので、読書に熱中しているだけです。ビブリオマニアとか、書痴と同じですね。

 2番を思い浮かべた人は挙手。

 因みに『書淫』って熟語は、『読書に淫する』と同じく読書に夢中って意味だけど、字を逆にした『淫書』はエロ本になる。

「書淫の少女」「淫書の少女」一字間違えれば大惨事w

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