第218話 鉄甲虫

 ボス部屋前の休憩所に着く頃には、ぐったりしていたベアトリスちゃんだったが、ボスの順番待ちをしている間に復活した。カンガルーの首を斬った後は15層に戻り、蟻退治に勤しんだついでに、採取地で農業体験をさせてみる。これが中々に受けが良く、喜んでくれた。料理人だから、食材を喜ぶのはレスミアと同じだな。


「わぁ、ダンジョンのキャベツって、こんな風に生るんですね。通りで沢山取ってくるわけね」


 パンペルコールの木に鈴生りの、群れキャベツで感嘆の声を洩らし、〈自動収穫〉を見せると、驚いてくれる。


「レスミア、コレがザフランケの木で、樹液が採取出来るんだ。天辺の蔦を取ってきてくれないか?」

「この間、話していた奴ですね? お任せあれ!」


 頼むや否や、真下から枝振りをチラリと見ただけで、幹を蹴って登り始める。いや、登るというより駆け上がっているな。そして、頂上から空中にダイビング! 

 〈猫着地術〉でストンと帰ってきた時には、手に蔦が握られていた。ものの10秒も掛かっていない。


「はい、取ってきましたよ」

「おお、サンキュ。っと、ちょっと待ってて。固定用のロープを結んでいない」


「ミーア、凄ーい。猫みたい!」

「えへへ、猫人族だからね! この猫耳と尻尾は伊達じゃないよ!」


 パチパチと拍手で褒められ、自慢気に尻尾を揺らすレスミアだった。


 樹液採取の樽を設置した後は、プリンセス・エンドウを始めとした〈自動収穫〉出来ないものを、皆で採取する。もちろん〈アイテムボックス小〉を持つベアトリスちゃんも一緒だ。レスミアと二人で献立のレシピを話し合いながら、楽しそうに採取していた。



 そして、樹液が貯まるのを待ちながら、ランチを取り終えると、女性陣は一足先に帰る事となった。


「ありがとうございます。お陰で念願の料理人に成れました。

 今日のお夕飯は御馳走を作っておきますから、お早いお帰りをお待ちしております」

「私もトリクシーと一緒に帰りますね。1人で帰すのは危ないかもしれません。なにより、私の引っ越し作業が終わってませんから……午後は部屋の整理と、お料理してますよ」


 レスミアは昨日帰ってくるのが遅かったうえ、部屋が広いからしょうがない。更に、夜はレスミアの部屋で女子会していたみたいだしな。部屋が宝物庫のままだそうだ。


 先に帰る二人を〈ライトクリーニング〉した後、〈ゲート〉を開いて地上へ送り届ける。俺とベルンヴァルトは、そのまま15層の攻略に取り掛かった。とは言え、ナデルキーファーさえ〈ファイアボール〉で燃やせば、苦戦することも無い。然程時間も掛からずに、階段へ到着した。


 稼ぎのために虐殺していたロックアントも、この階層でお別れだ。まぁ、鉱石欲しさに、また来るだろうけど。


 16層へ降りた。ここからは、新魔物が登場する筈。情報がないので、先ず〈詳細鑑定〉するまでは、慎重に行きたい。そして、階層自体は、部屋の外周部と通路に木が生えていた。村のダンジョンと似たような光景だけど、木が大きい気がする。種類が違うのかと鑑定してみると、



【植物】【名称:クヌギ】【レア度:E】

・落葉広葉樹。森を形成する主要な樹木で樹高が高く、良い薪や炭として利用される。昆虫や蝶が好む樹液を出す事でも有名。傷付けられて出た樹液が発酵する事で、強烈な臭いを発し、虫が集まる木となる。ダンジョン内においては、虫型魔物がいる場合も……

 なお、地上では大型のどんぐりを実らせるが、ダンジョン内に季節は無いので紅葉したり、どんぐりを落としたりはしない。



 テレビで見たことがあるような……クワガタとかカブトムシ、蝶々が群がっている木か? 別段、臭いはしないが、虫型魔物がいると言う事は、覚えておこう。

 木のせいで、少し見通しが悪くなった通路を、警戒しながら進んだ。


 ナデルキーファーの2本セットは、地面から動かないので、〈敵影感知〉で見分けるのも容易。つまり、それ以外は新種だと推測して進んでいると、斜め上から圧力を感じた。それも2つ。


「ヴァルト、ストップ! 上に魔物がいる」

「…………おー、アレはカブトムシか?」


 クヌギの木の上の方、へばり付いているカブトムシを発見した。若干だけど、甘酸っぱいような発酵臭が辺りを漂っている気がする。樹液でも舐めているのだろうか? 

 ベルンヴァルトが言うように、確かにカブトムシだと思う。木の幹と同サイズの大きさでなければねぇ……いつもの巨大昆虫シリーズだ。



【魔物】【名称:ライノメタルビートル】【Lv16】

・黒光りする甲殻が特徴の、大型昆虫魔物。名称の通り、前面、及び背中の甲殻が、金属の様に硬化しており、鉄製の武器を弾き返すほど。地上での動きは鈍いが、空中を飛ぶことも出来る。獲物目掛けて突撃し、自慢の角でかち上げる。ただし、突撃が壁に当たると、かち上げに失敗して、そのまま引っくり返る。攻撃のチャンス。

 また、敵に囲まれた場合、〈ストーンシールド〉を尻側に張り、防御を固める。

・属性:土

・耐属性:水

・弱点属性:風

【ドロップ:鉄甲虫の甲殻】【レアドロップ:鉄甲虫の角】



 見つからないうちに少し後ろに戻り、木の陰に隠れて鑑定結果をベルンヴァルトに話す。


「鉄と同程度か……なら、集魂玉で殴ればイケるか?」


 鋭い刃物だと厳しいだろうけど、金砕棒ならロックアントの鉄ヘルメットを叩き潰した実績があるからな。


「それも、試してみるしかない。俺は、突撃を壁に当てるとひっくり返るって部分が気になる。多分、盾でもイケると思う。

 ……1匹は〈エアカッター〉で倒す。もう1匹は、俺が〈挑発〉で誘き寄せるよ。隙が出来たら、ヴァルトが腹を攻撃。これでどうだ?」

「いいぜ。甲殻の硬さは倒した後でも試せるからな」


 範囲魔法の〈ストームカッター〉でも倒せるとは思うけれど、空を飛べる魔物だと逃げられそうな気もするので、先に単体魔法から試す事にした。

 剣ではなく、ワンドを右手に持ち充填する。そして、通路の端に生えているクヌギの木に隠れつつ、ソロリソロリと接近した。カブトムシの視界範囲なんて知らないが、上を向いて木にへばり付いているので、多分大丈夫。本当は〈潜伏迷彩〉が使えれば良いのだけど、あのスキルは魔法と併用が出来ないからな。融通が利かないとは思うけれど、併用出来たら出来たでバランスブレイカーになるから、仕方がない。


「〈エアカッター〉!」


 ワンドで狙いを定め、緑色の風の刃を撃ち放つ。それは、狙い違わず、ライノメタルビートルの背中に命中。背中の甲殻の半分を切り飛ばした。黒っぽい甲殻が宙に舞い、ライノメタルビートルも落下する。

 それと同時に、もう一匹のライノメタルビートルが背中の甲殻を開き、薄羽を広げて羽ばたき始めた。そこに、〈挑発〉の声を重ねる。


「お前のショボい角じゃ、俺の盾は貫けないぞ!!」


 ホバリングしていたライノメタルビートルが、こちらを向く。盾を斜め上に掲げると、上空の目と合った。その途端に、急降下を始めた。〈挑発〉の効果か、角を俺に向け、盾を貫かんばかりの勢いだ。

 突撃コースを見極め、掲げた盾に右手も添えたところで、ベルンヴァルトが前に走り出した。


「リーダー! 落ちたカブトムシがまだ生きてやがる! 俺が相手するぜ!」

「頼む!」


 ……弱点属性を当てたのに、倒せなかったのか。甲殻は切り飛ばしたけど、それで減衰したのか?

 疑問はあるけれど、こちらも突撃されて来ているので目が離せない。


 激突の衝撃は一瞬だった。

 盾の中心にズドンと衝撃を受け耐えると、嫌な金切り音を立てながら上に流れていく。

 そして、盾の上部から上に行くと、そのまま宙返りをした。空中で逆さまになったライノメタルビートルはそのまま落下。俺の目の前で腹を見せた状態で、ひっくり返った。


 ……思ったより衝突の威力が弱い? デカい図体の割に軽いのか?


 無様に脚をバタバタしているのを見て、盾を下ろして剣に手を伸ばした。ホーンソードを抜刀しながら、無防備な腹を逆袈裟で斬り付ける。そして、〈二段斬り〉も重ねて発動して、疑似三段切り!

 こちらも想像以上に柔らかい腹を斬り刻み、次いでワシャワシャと動くキモい脚も切断する。


 ……ロックアントよりも柔らかい!


 片側の脚をすべて切り落とし、胴体にホーンソードを突き入れると、動きが止まった。倒したようだ。

 鑑定文の通り、ひっくり返せば楽な魔物と言えるだろう。甲殻の強度も試したいが、もう一匹が残っている。ベルンヴァルトが向かった先に目を向けると、ライノメタルビートルと組み合って相撲を取っていた。


 角を左脇に抱え、右手で小さい方の角を握って組み合っている。何してんだ? と、疑問を持つと同時に雄叫びが上がった。


「うおぉぉりゃあああ!!」


 角を持ち手として、ライノメタルビートルを上に持ち上げたのだった。そして、前に出ながら身体を捻り、近くの木に叩きつけた。

 しかし、ライノメタルビートルは「シャーッ、シャーッ」と抗議の声を上げている。


 ……倒せていない?! 

 更にもう1度、木に叩きつけられるが、健在なまま……いや、木と甲殻がぶつかって、震えている?


「ヴァルト、逆側だ! 甲殻が無い方から叩きつけろ!」


 俺の言葉が届いたのか、ベルンヴァルトが身をよじる。そこから一気に逆回転。最初に〈エアカッター〉で切り取った、甲殻の無い部分が、幹に激突しへしゃげる。それで、ようやく動かなくなった。集魂玉が生成されたので、倒したのは確かだろう。

 ベルンヴァルトの元へ行くと、何故かバツの悪い顔をして、後頭部を掻いた。


「あーー、すまん。壊しちまった」


 そう言って、足元から拾い、差し出されたのは折れた金砕棒だった。なんで相撲を取っていたのかと思えば、武器が壊れたせいだったらしい。

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