第217話 耳元で騒ぐと危ないよ

「〈旋風撃〉ぃぃぃ!!」


 ベルンヴァルトの右手の集魂玉が光り、金砕棒をフルスイングする。すると、周囲に群がっていたクリスタルアーマーな蟻が、纏めて薙ぎ払われた。吹き飛んだ蟻が他の蟻にぶつかり、折り重なる。

 振り抜いた金砕棒を流れるように振りかぶり、その勢いに乗ったように前に跳躍した。〈旋風撃〉の追撃だ。着地と振り下ろしは同時、折り重なっていたロックアントは纏めて、金砕棒に叩き潰された。

 しかし、それで終わらない。魔物を倒した事により、右手には集魂玉が再装填されているからだ。スキル使用後の硬直が解けたあと、右手が光る。


「もう一丁ぉ! 〈旋風撃〉!!」


 ロックアントの山が吹き飛ばされた。

 俺の方に飛んできたロックアントを、左手の癒やしの盾で受け止め、落ちたところにミスリルソードを突き刺す。


「ザックス様! 左から来てますよ!」


 背後から聞こえたレスミアの声に従い、左から来ていたロックアントの頭を蹴り上げる。持ち上がった胴体を、ミスリルの具足を付けた回し蹴りで、蹴り飛ばした。

 クリスタルアーマーの破片をバラ撒きながら、転がっていき、その向こうのクリスタルな山に突っ込んで動かなくなった。


 ……思った以上に威力が出たな。〈緑閃光の揃え〉でパワーアップしたお陰か。


 今日の装備はミスリルセットだ。一式付けると全ステータスが大アップする。今やってみせたように、格闘技でクリスタルを蹴り砕ける程の威力だ。それでいて、蹴った足は痛くもない。ミスリルが硬いせいか、〈堅固〉で耐久値が上がっているせいか。


「吹き飛べぇ!〈旋風撃〉!!」


 おっと、のんびりはしていられない。今は蟻退治に専念しよう。


 ここは、15層の入口から、少しだけ奥に行った所の大部屋。以前やったロックアントの仲間呼びを利用した鉱石稼ぎをしている。今日は8匹を達磨状態召喚ジェネレーターにしたので、大忙しだ。


 ベルンヴァルトが〈旋風撃〉で暴れ回り、取りこぼしを俺が潰して回る。ただ、8匹は多かったので、〈緊急換装〉からミスリルセットを装備したのだった。いや、〈緑閃光の揃え〉を試す良い機会だったけど、逆に楽勝になってしまった。いつもの倍速で動けるうえ、ミスリルソードの一振りで数匹まとめて切れるし、相手の爪攻撃など効きもしない。HPバーが減るどころか、衝撃すら感じなかったからな。最初はパワーアップした身体能力に振り回されたが、戦っている内に感覚がつかめてきた。

 こうも簡単に蹂躙出来ると、一騎当千な無双で活躍する、武将にでもなった気分だ。

 その反面、アビリティポイントを20pも使うので、経験値増の倍率は2倍に減ってしまったけどね。数で補えば良い。


 因みにレスミアは、大部屋の入口で待機中だ。硬いロックアントが苦手というのもあるが、役割的には護衛である。その背中には、ベアトリスちゃんが隠れて、部屋の様子を見ていた。




 今朝になって、決心がついたとお願いされたのだ。魔物への恐怖心よりも、料理人への憧れ+俺達への信頼感が勝ったもよう。レスミアのお下がりの革のドレスを着て、ダンジョンに赴いたのだった(胸元が普段と違い、大きい事には目を逸しておいた)

 残りの2人は、急いでいないから、20層に到達したあとで良いそうだ。ダンジョンを怖がっていたフロヴィナちゃんは、「トリクシー、本当に怖くないか、ミーア達が守ってくれるか確かめてきて!」なんて、送り出していた。



 そして、レスミアにくっついているのは、最初に10層のボス戦へ行ったせいだな。ベアトリスちゃんは職人レベル5なので、いきなり15層に行くよりも、ワンクッション置いた。レベル差があると、獲得経験値が減ると聞くし、ボス部屋の方が広くて安全だからだ。


 ボスカンガルーこと、クイックボクサーはまたしても、あっと言う間に斬首された。それでレスミアの評価がうなぎ登りしたのか、ベアトリスちゃんはレスミアの手を握ってぴょんぴょんと喜んだ。


「凄い! 凄い! ミーアって、本当に強かったのね!!」

「えぇ~、信じて無かったの?!」


 まぁ、例えるなら、一緒に料理していた部活仲間が、実は忍者でした、みたいな? 知らんけど。




「そろそろ、30分経ちますよ~」


 レスミアの声を受け、戦いながら剣の先に魔法陣を出して充填し始める。そして、達磨にした召喚ジェネレーターを〈ストームカッター〉で一掃した。後は、残敵掃討のみ。折り重なるクリスタルな死骸を、〈接地維持〉で足場にして駆け出した。




 大部屋の中が、マナの霧に包まれる。魔物を全滅させたので、一斉にマナへと霧散したのだ。そして、鉱石玉が残される。入口付近でキャッキャとしている二人にも、声を掛けた。


「二人とも! ジョブを料理人に変えたから、鉱石の回収を手伝ってくれ!」

「は~い!」

「はーい……って、私も料理人?! わ、本当! ステータスが変わってる!?」

「トリクシー、おめでとー!!」


 パチパチと拍手の音が聞こえた。

 サプライズと思って変えたけど、後の方が良かったか? また、キャッキャとハイタッチして喜び始めた。

 それを尻目に、鉱石玉を軽く蹴り、ある程度数を集めてからストレージに回収した。ベルンヴァルトが壁際に吹き飛ばしてくれていたので、そこそこまとまっているのが幸いか。


「おおい、そっちに蹴るぜ!」

「あっぶな! ヴァルト、もうちょい加減しろ!」


 手で拾い集めるのが面倒になったのか、俺を真似て鉱石玉を思いっきり蹴り飛ばしてきた。この階層は、衝撃吸収の透明な壁なので割れる事はなかったが、他の鉱石玉に当たったら割れそうだ。


 ただ、筋力値がBのベルンヴァルトだ。軽く蹴っても、かなりの速度。仕方がないので、ストレージの黒いウィンドウで、飛んでくる鉱石玉を受け止める。

 その後も何発か、後ろに飛んでいかないように、ゴールキーパーの如く受け止めた。


「いや、サッカーじゃねぇんだから! もっと弱く蹴り転がせ!! のんびりしていると、鉱石玉がダンジョンに呑まれるぞ!」

「なんだ、ちょっと楽しかったんだけどなぁ」



 真面目に拾い集めた結果、鉱石玉全部で247個。銀鉱石やチタン鉱石は約50個ずつ集まった。やっぱり、美味しい。今回は魔水晶を餌にして、クリスタルアーマーなロックアントにしたせいか、魔水晶の割合が多く70個程。全体の3割が魔水晶で、その中には色違いな属性晶石も入っていた。元々、土山からの採掘でも取れる数は少なく、ドロップ数も少ない。土晶石が6個、他の火水風晶石は2個ずつ。土属性だけが多いのは、ロックアントが土属性だからだろうか?



 しばし、お茶とお菓子を出して、小休憩となった。可愛い女の子が2人もいると、花やかで良い。今日の晩御飯に、バフ料理を作ろうか相談している。周囲が草原(映像)なだけあって、ピクニック気分になれるな。

 ついさっきまでは蟻の虐殺現場……もといクリスタルの山だったけど。


 俺はミスリルセットをポイントに戻し、普段のジャケットアーマー一式に着替え直す。〈緊急換装〉は特殊武具しか、自動で着せてくれないのが欠点だよな。


 ロックアントの仲間呼び狩りは中々に美味しいが、目標数は未だ半分。明日、錬金術師協会に行くことを考えたら、納品依頼の各種鉱石を100個ずつは確保したい。そうなると懸念点は、継戦出来るかだな。ベルンヴァルトはずっとスキルを連打して、暴れ回っていたのでMPの残量が心配だ。

 戦闘系のアクティブスキルはのMP消費は少ないが、戦士系統の鬼足軽にはMP補正が付いていないので、元々の最大MPが低いからな。


「ヴァルト、集魂玉のスキル〈旋風撃〉の使い心地はどうだった? フルスイングと比べてとか、消耗具合は?」

「そうだな……使った感じはフルスイングと変わんねぇな。追撃が終わった後、魔物との距離が近いくらいか? ああ、身体は勝手に動くけどよ、追撃する相手は選べるぞ。アイツ狙いてぇなーと考えてると、そっちを狙ってくれた」


「へぇ、融通が利くのは良いな……それなら、追撃の中止は出来るのか? ロックアントは鈍いから大丈夫だったけど、魔物が群れている中に突っ込むのは危険だろ。任意で中断出来ると良いんだけど」

「あー、それは試してねぇ。後でやってみるか。

 あとは、消耗ってほど、疲れてないぞ。スキルで勝手に動くし、発動に魔力を貯めなくて良いから、楽なくらいだ」


 ……ほうほう、消耗は少ないっと。

 メモを書いたところで、はたと気付いた。


「魔力を貯めなくて良い? スキルの発動にか?」

「おお、集魂玉を使うときと一緒だな。右手を意識してスキルを使うと、集魂玉から魔力が溢れる感じだ」


 ……羨ましい! 集魂玉があれば、パワーアップだけでなく、ノーコストでスキルを使いたい放題とか!


 こちとら、面倒なMP管理をしているってのに。レベルが上がって魔道士になっても、戦闘の度に範囲魔法を連打するとキツイ。範囲魔法を使った戦闘では、スキルの使用も控えているくらいだ。

 魔法ほどではないけれど、身体が自動で動くアクティブスキルは少しだけ消費が多い。逆に採取師系や、職人系のスキルの消費はかなり少ない。罠術とか消費が少ないので気軽に使える。罠術師を気に入っている理由でもある。



 ……まぁ、種族差と思うしかないんだけどな。


 取り敢えず、ベルンヴァルトの消耗が少ないなら、もう一戦行けるな。ついでに、ベアトリスちゃんのレベル上げも。


「小休止もこれくらいにして、もう一度10層ボスと、蟻退治と行こうか。午前中にレベル15まで上げてしまおう」

「もう、料理人になれたので、後はヴィナ達と一緒で良いですよ? 皆さんの攻略の邪魔をしているようで、悪いですし」


 殊勝な事に、胸の前で両手を振って固辞するベアトリスちゃん。雇用条件に入っている事なので、遠慮する事はないのに。 料理人のレベル1では、バフ料理が作れるようになるだけ。料理に便利なスキルも欲しいよね、的な意味合いで誘う。


「邪魔ではなく、鉱石集めもしたいから、そのついでだよ。それに、料理人をレベル上げしておけば、レスミアの使っている〈インペースト〉を覚えられるしね。

 あぁ、昨日のルバーブもこれでペーストにすれば、早かったかな?」


 対象の食材をペースト化する〈インペースト〉は、時短によく使うとレスミアから聞いている。ドレッシングや、ジャム、それにポタージュなどの煮込み料理も、先にペースト化しておくと火の通りが早いうえ、滑らかさが良いそうだ。


 少し悩んだ素振りを見せたが、頷き返した。


「……それじゃあ、宜しくお願いします」



 その、10分後。



「ミーア! 早い、早いよ! もっとゆっくり!!」

「大丈夫だって~。それに速度がある方が、バランス取れるよ」


 10層のショートカット、壁の上を走るレスミアに背負われながら、涙目になっていた。


 今朝方は、初めてのダンジョンだったので、土手道を歩いた。今は2回目という事もあり、ショートカットを行くことにしたのだけど、一般人には3mの段差は怖かったようだ。

 俺が背負っても良かったのだけど、段差を飛び降りる事には変わりがない。それならば、と直線で走っていけるレスミアが立候補した。

 ただ、3mの飛び降りが綱渡りになっただけ。怖い事には、変わりがなかったようだ。人を背負って、よくバランスを崩さず走れるなと、感心した矢先、レスミアの身体が傾いた。


「わわわっ、落ち、落ちるーーー」


 ベアトリスちゃんの悲鳴とともに、下の小部屋に落ちていった……が、数秒後には壁を駆け上がり、その勢いで土手の上に着地した。

 身体を揺すって背負い直したレスミアは、ベアトリスちゃんの太腿をぺちんっと叩いて、注意する。


「トリクシー、耳元で騒ぐと危ないよ。

 ホラッ! 震えずにちゃんとしがみついて!」


 レスミアはバランスを取るのに両手を広げているから、ベアトリスちゃんは自分でしがみ付くしか無い。

 首に回された手と、腰に回された足に力が入るのを確認すると、又駆け出していった。

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