第216話 家の整理と模様替え

 玄関前の庭に戻ってきた。マルガネーテさんが、庭に関して相談があるそうだ。


「いえ、殺風景と仰っていた方もいましたので、手の空いている庭師を定期的に派遣致しますね。花壇はお水を適量与えるだけでも構いませんが」


 端にある花壇には、春に咲く球根や種が植えられているそうだ。そして、土が剥き出しの部分には、芝生を植える案もあったが、時期が悪いらしい。冬場には枯れてしまうので、今植えても根付かない。春まで待ったほうが良いらしい。


「花壇以外も花畑にしても構いませんよ。あとは、壁沿いに生えている生垣ですね。あちらをご覧ください。一部が枯れかけて、隙間がございます」


 この家の北側、道路の方には低いブロック塀がある。その内側に背の高い生垣が植えられ、程良い高さの目隠しとなっている。

 ただ、暫く手入れがされていなかったのか、枯れている箇所や、枝ぶりが寂しい所もある。先日、俺とレスミアが道路側から覗き込んだ所も、その一つだ。


「差し木をするにしても、手入れで枝ぶりが戻るようにするにしても、1年以上掛かりますから……もしくは、既に成長した物を買い付けてきて、植えるかです。

 いかが致しますか?」


 1年以上も、外から丸見えなのは宜しくないよな。女の子も多いことだし……お金で済むならと、考えたところで、ふと思い出した。生垣、持っているよ!


 ストレージから、村ダンジョンの17層の迷路に生えていた、レッドロビンを取り出した。ショートカットの為に、伐採して入れっぱなしの奴だ。


「このレッドロビンは使えませんか? ちょっと長いですし、根っこは無いですけど」

「……おっきい、3階に届きそうな高さなんて初めて見ました。

 ええと、確かレッドロビンは……植え替えが難しく、これから寒くなるので差し木も難しい……ですが、大丈夫です。今ある生垣と高さを合わせて切り、植えることが出来ます。

 ただ、緑の生垣が一部だけ、赤くなってしまいますけどね」


 流石に5mくらいある高さは、目立ちすぎだそうだ。色合いに関しても、庭師さんに相談してくれる事になった。


「それでは、本日はこれにて失礼致します。

 代わりに庭師を派遣しますので、生垣はそちらに相談してくださいませ」

「ええ、今日はありがとうございました。

 ゴーレム馬車はソフィアリーセ様が乗って行ってしまいましたよね。ウチの馬車で送りましょう」


 優雅に一礼し、そのまま帰ろうとするマルガネーテさんを引き止めた。丁度、2階の窓が開いていたので、フォルコ君に馬車の準備をお願いした。


「まだ昼中なので大丈夫ですよ? 貴族街への勝手口も近いですから……」

「いえ、色々お世話になっていますから、これくらいはさせて下さい。それに、庭師を連れて帰ってこれば、無駄でも無いですよ」


 問答しているうちに、馬車がやって来た。流石、仕事が早い。

 普通の馬車では立体駐車場を登るのは危険なので、南の外壁まで送るように頼んで、マルガネーテさんを馬車に押し込み見送った。


 側使えで貴族生まれの人であるし、ソフィアリーセ様に親しい人だ。これくらいのサービスはしておかないとな。





 引っ越し作業がいち早く済んだベアトリスちゃんが、キッチンの整理を始めていたので、手伝うことにする。


 なのに、何故かベルンヴァルトと2人で、戸棚を持ち上げていた。


「はーい、もうちょっと右に。もう少し、もう少し、はい!そこで降ろして下さい!

 ……簡単に手が届く、良い位置ですね。助かりました、ありがとうございます」


 料理人のこだわりか、女のこだわりか分からないが、キッチン台から数歩で届く位置が良かったそうだ。

 マルガネーテさんから、模様替えをしても良いと許可も出ていたからな。冷蔵の魔道具等、配線されていて動かせない物以外は、大移動となった訳だ。


 レスミアも村では、自己流に整理していたので、分からなくもない。まぁ、本人以外は、何処に収納されているのか、把握し難いのだけどね。


「うっし、ようやく終わりか! じゃあ、約束通り、つまみを頼むぜぇ。それとリーダー、預けてあるワイン樽を出してくれよ」


 キッチンの一角に大きなワイン樽を設置すると、ベルンヴァルトは待っていましたと言わんばかりにジョッキに注ぎ始めた。ビールジョッキというか、小樽に取っ手を付けたヤツである。1リットルは入る、飲兵衛仕様だ。


 流石に俺は付き合わないけど……15時開店は居酒屋にしては早すぎる。キッチン台に戻ると、小鉢が差し出された。


「本当は、もう1時間煮込みたいところですけどね。火は通っているから、味見分くらいは先にどうぞ」


 ベアトリスちゃんが、コンロの使い勝手を試すのに、作っていたワラビー肉のワイン煮込みだ。久し3日振りに料理がしたかったのか、俺達に配置の指示を出しながら作っていた。


 薄切りにされたワラビー肉と、ジャガイモや人参、玉ねぎ等の野菜が煮込まれている。薄切りでも肉に弾力があって、喰いであるな。そして、本人が言うように、煮込みが足りないのか、スープと一緒に食べないと薄味だ。そんな感想を言うと、


「煮込めば良い具合になりますよ。お夕飯は楽しみにしていて下さい。私としては、少し臭うのが気になりますね」


 そう言って、鍋に香草を追加し始めた。俺には感じられなかったけれど、料理人の舌は鋭敏なのだろう。


「はい、串焼きも出来ました。おつまみには合うと思います」


 オーブンの魔道具の動作確認で焼いていた、玉ねぎとワラビー肉の串焼きだ。素材の味を確認するため、最低限の味付けにしたそうな。

 実際に頂くと、固めの牛串のようで美味い……が、噛んでいると若干の獣臭さがある。ただ、ネズミ肉には程遠いレベルなので、ハーブを増量すれば消せそうだ。現に玉ねぎと一緒に食べると、甘さで和らぐ。


「ん~、やっぱり、臭み気になりますね。」

「そうかぁ? 十分美味い串焼きだぞ。酒が進むぜ!」


「それなら、早速ルバーブを試してみないか? 臭み消しになるから丁度良いよ」


 ストレージから、ルバーブの束とレシピを出した。ベアトリスちゃんは、少し迷っていたようだけど、おずおずと1本抜き取った。


「砂糖でなく塩だけなのは、初めてです。先ずは1本だけ試してみましょう」


 手早く数㎝大にぶつ切りにすると、片手鍋に少量の水と、適量の塩を量って入れ、火に掛けた。


「そう言えば、ダンジョンの方は15層まで、攻略出来たのですよね。そろそろ、私の料理人も取れますか?」


 片手鍋の中身をヘラで掻き混ぜながら、期待するような目で見られた。一昨日にも言われたなぁ。雇用する際にも要望として聞いているので、叶えてあげたいけど……


「取れなくもないけど……ええと、虫は平気?」

「虫ですか? 好きではないですけど、苦手って程では……普通ですよ?」

「ハッハッハ! 1m位ある、でっけぇアリンコだぞ。大丈夫かぁ?」


 カタンッと音を立てて、ヘラが鍋の縁に当たった。予想外の大きさを聞いて、取り落としたようだ。そして、「今の本当?」とでも言いたげな目で見られる。

 今の説明では、拒否感しか沸かないだろうから、慌ててフォローする。


「あーー、大きさはその通りだけど、鎧みたいに鉱物を纏っているから、そこまで虫っぽさは無いよ。それに、俺とヴァルトなら、瞬殺出来る雑魚だから危険は無いし、レスミアが護衛に付けば、更に安全だ」


 取り敢えず、横から手を伸ばし、焦げ付かないようにヘラで掻き混ぜる。みじん切りにしたルバーブの茎は、既に溶け始めていた。掻き混ぜるごとに煮崩れてペースト化していくのは、少し面白い。


「まぁ、20層まで、あと数日で攻略出来る予定だから、それまで待つのも手だよ。

 大分溶けてきたけど、そろそろ完成かな?」

「あ、火を止めますね。

 ダンジョンは、もう少し考えさせて下さい」


 ヘラに付いたペーストを指で掬い、一舐めする。キューッと、口を窄めたくなるような酸っぱさは、正に梅干し。これが野菜から出来ているとは、思えない。実際に作っている所を目にしても、不思議なくらいだ。


 それをワラビーの串焼きに、少しだけ乗せて頂く。酸味によって臭みが消え、後味もサッパリして非常に美味い。

 同じように試食したベアトリスちゃんも、口を窄めていた。


「すっっぱい! ……けど、美味しいですね。ただ、これならアレが合いそう」


 冷蔵の魔道具から小ねぎを取ってくると、小口切りにして串焼きに散らした。小ねぎの爽やかな香りと、シャキシャキした食感が加わって、美味い。日本酒が合いそうなおつまみになったな。

 しかし、美味しそうに試食する俺達を見て、手を伸ばした者が居た。


「すっっっぺぇぇ!! ぷはぁ……駄目だ、ワインまで酸っぱくなったぞ! 俺の串焼きには、それ塗らんでくれ!」


 酒は酒でも、ワインには合わなかったのか……

 ベルンヴァルトが、酸っぱい物が苦手なだけかも知れないけど。

 あまりの酸っぱがりように、ベアトリスちゃんと笑っていると、玄関の方からチャイムが聞こえた。


「あ、お客様みたいです」

「ああ、ドアノッカーの魔道具か……多分、フォルコ君が庭師を連れて帰って来たんだろう」


 ベアトリスちゃんにはキッチンの整理を頼み、玄関へ向かう。「来客の応対は、使用人の仕事ですよ」と、釘を刺されたものの、庭に関する話なので、どの道外に出るのでいいじゃないかと思う。

 しかし、玄関先では、その言葉通りにフロヴィナちゃんが来客の応対をしていた。2階に居たはずなのに、流石はプロメイド。


「あ、ザックスく……様、お客様ですよ~」

「ああ、庭師の方…………あれ? ゴーレム馬車の御者をしていたお爺さん?」


 馬車から降りてきたのは、初老の御者だ。作業着に着替えているが、朝一でゴーレム馬について色々話したので、顔を覚えていた。

 お爺さんは朗らかに笑う。


「ホッホッホ、儂は引退した魔導師でな。MPが必要なゴーレムを動かす傍ら、趣味の庭師もしとるんじゃよ。

 どれ、生垣の一部を植え替えると、聞いてきたが、見せてもらおうか」


 マルガネーテさんと話した内容や、レッドロビンを見せて説明したところ、問題無いと保証してくれた。それというのも、


「レッドロビンを植え替えるのは、普通は無理なんじゃ。しかし、ダンジョン産の木に、儂の木魔法〈グロウプラント〉があれば、大丈夫じゃろ」


 中級属性ランク0の便利魔法〈グロウプラント〉、MPとして消費するマナで、植物を成長させる魔法だそうだ。ただし、地上の植物には効き難い。

 今回はダンジョン産のレッドロビンなので、土に刺したあと魔法を使えば根が生えてくるらしい。

 ただ、花壇に植えられた球根には〈グロウプラント〉の効果が少ないと聞かされたフロヴィナちゃんは、「冬の間は殺風景のままか~」なんて、しょんぼりしてしまった。


「あとは、見栄えじゃな。歯抜けになっている場所だけでなく、周辺も植え替えるか?

 レッドロビンの赤い新芽は成長すると緑に変わる、その変化を楽しむのも乙じゃよ。適度に剪定することで、年中赤い新芽を維持する事も出来る」


 幸いな事に、レッドロビンの在庫は沢山あるので、一角どころか、全部変えても良いほどだ。手間ではあるけれど……

 生垣のイメージを思い浮かべていると、隣でしょんぼりしていたフロヴィナちゃんが、パンッと手を叩いた。


「それなら~、交互に赤と緑を並べたらどうかな? 縞模様で可愛くない?」

「ほう、それは面白そうじゃな」


 ……可愛いか? まぁ、ストライプというか、紅白ならぬ赤緑……狐と狸……いや、クリスマスカラーか?

 まぁ、庭師のお爺さんも乗り気なので、こちらの常識外れという訳でもなさそうだ。


「それじゃ、縞柄にしようか。フロヴィナ、力仕事だからヴァルトを呼んできて。キッチンで酒盛りしてるから」

「また、お酒飲んでるのかぁ。は~い、無理矢理にでも引っ張ってきま~す」



 そんなわけで、渋々引っ張られてきたベルンヴァルトを加えて、男3人で生垣の大改造が始まった。


 先ずは〈ディグ〉の魔法で根本の土を掘り起こし、出てきた根を聖剣でカット。後は木をストレージに格納し、地中に残った根っ子も回収する。


「なんじゃぁ、そのすごい宝剣は……鉈やノコギリを使うより早くていいんじゃが、剣が泣いとらんか?」

「剣だって、只の道具ですよ。一番切れ味が良いのだから、有効利用しているだけです」


 精霊の祝福……光の粒子を吸収してパワーアップしたけれど、精霊が入っている訳でもないからな。気にしない気にしない。


 後は、空いた穴に土を戻し、適度な長さに切ったレッドロビンを刺す。そして、倒れないように支えながら、〈グロウプラント〉を掛けつつ、合間に〈ウォーター〉で水やりをすれば完成だ。


「根は生えてきたが、根付いておらん。このままでは、倒れてしまうからの。支えるためにロープで張るんじゃ」


 左右の生垣の枝にロープを結び、繋いだ。一週間程はこのままで、水やりをこまめにしてやれば良いそうだ。

 魔法なのだから、もっとニョキニョキと根が張るのかと思ったが、そうでも無いらしい。


「出来なくもないが、儂のMPが足りなくなるわい。ほれ、次に行くぞ」


 結構、MP消費が多いそうだ。

 作業をしながら聞いてみたところ、植物系の採取地でも使えるらしい。葉っぱを取りきった後に〈グロウプラント〉で葉を成長させ、2重に採取出来るとか。


「儂のオススメは水筒竹じゃな。アレに〈グロウプラント〉を掛けると、熟成が早まってな。竹の全部の節をエール竹に変えたり、もっと熟成させてブランデーやウィスキーにしたり出来るぞ。

 ま、MPが勿体ないから、帰り間際にしか出来んがの」


「おお、いいじゃねぇか! リーダー、俺達もやろうぜ!」

「〈グロウプラント〉は、サードクラスにならんと無理だって……」


 ベルンヴァルトが居るところで聞いたのは失敗だったか? まぁ、ヤル気になったのは良いことだと思おう。


 植え替えは夕方まで掛かったが、生垣は綺麗なストライプに生まれ変わった。その後、帰ってきたレスミアが家を間違えたと勘違いする程で、ご近所さんからも評判になったらしい。

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