第215話 新しい拠点

 目的地の門は開かれており、その前にマルガネーテさんが待っていた。彼女の誘導に従い、馬車ごと門をくぐる。新しい家の庭は馬車が旋回出来るほど広く、既にゴーレム馬車が駐車されていた。さらに裏手……防壁に面した所に馬小屋があるそうな。


 家の前で下車し、皆で家や庭などを見回す。3階建ての中々立派なお屋敷だ。


「前の所よりは小さいか? いや、普通の家よりデカいけどよ」

「ベル君、比べる対象が悪いよ~。アッチはお貴族様用の離れなんだから~」

「お庭は広いですけど、ちょっと殺風景ですね。あ、花壇があるので、何か植えたいです」


 俺も、パーティー6人で住むには十分だと思う。それに、以前見た時は雑草が生え放題であったが、整備されて草一本生えていない。ただ、壁際の生け垣しか緑がないので、殺風景といえば殺風景か。


 家の前でワイワイ騒いでいると、内側から玄関の扉が開かれた。開けたのはメイドさんで、その奥にソフィアリーセ様が佇んでいる。エディング伯爵のような仁王立ちではないけど、午前中の事を思い出して、少し笑ってしまった。


「ごきげんよう、ザックスのパーティーメンバーの皆さん。先ずはリビングへどうぞ」


 メイドさんに案内され、リビングのテーブルに案内された。紅茶を出されて一息つくと、マルガネーテさんが説明を始めた。


「こちらが、ヴィントシャフト家が提供する屋敷です。家賃を含め、家財一式の準備費用は、王家からの補助金で賄われていますので、支払いは必要ありません。

 最低限の家具を設置されていますし、お風呂やキッチン等にある魔道具の動作確認は、終えております。

 後、お部屋の模様替えくらいならば、自由になさって結構ですが、改築や増築する場合はヴィントシャフト家まで連絡下さいませ」


 そして、鍵束を2つ頂いた。一つは予備らしいけど、この鍵束一つで10個以上鍵が付いている。

 各部屋の鍵とは思うが、説明をお願いしようとした時、ソフィアリーセ様が席を立った。


「わたくしはレスミアを連れて専属工房へ行きますので、屋敷の案内はマルガネーテに任せます」

「……えぇ?! 今からですか? いえ、分かりましたけど、チラッとだけでも、キッチンが見たいです」


「これから住むのでしょう、後になさい。専属工房には予約を入れてあるので、こちらが優先ですよ」


 素材となる巨大氷華の花弁は、午前中のお茶会時に渡し済みである。レスミアの手を引いたソフィアリーセ様は、楽し気に出ていった。


 ……妹が欲しかったとか、言っていたからな。貴族の基準で着飾られそう。





「それでは、1階から順に、ご案内いたします。2階、3階では各々の個室を決めると良いでしょう」


 今いるリビングは、ゆったり座れるふかふかのソファーが良い。テレビでもあれば、もっと良いのだけど、あるのは絵画のみ。風車と牧場が描かれた絵を見ていると、のんびりした気分になれる……良し悪しなんて分からないけど。

 あと、暖炉があるので、冬が少し楽しみになる。エアコンでなく暖炉とか、日本じゃ逆に贅沢だしな。


 隣のダイニングには、10人掛けの大きく重厚なテーブルがあった。これなら全員で食事が取れそうだ。アドラシャフトの時はメイドコンビが給仕をしていたので、俺とレスミアの2人だけだったのが、気になっていたから(+後でベルンヴァルトも追加したけど)

 今は俺が雇い主だから、別々に食べるような事はしたくない。



 キッチンもそこそこ広く、コンロと流しが付いたキッチン台が2つあった。料理人が2人いるのでお誂え向きだ。冷蔵魔道具は大型のが1つだけだが十分だろう。

 ただし、棚や引き出しの中は、殆どが空だった。以前の住人が引っ越す際に全て持っていったらしい。最低限の調理器具と食器類6人分は、今回準備してもらえたようだ。

 まぁ、ウチの料理人はマイ調理器具を持参して来ているので、問題ない。早速、キッチンの整理に掛かろうとしたベアトリスちゃんを引っ張って、次に向かった。


 3人並んで足を伸ばせそうなお風呂や、トイレの位置を確認しつつ2階へ。こちらは男子部屋なので、面白いことは無く、そこそこな広さの1人部屋が5つあるだけ。階段横の部屋を俺が貰い、そこから一つ飛びにベルンヴァルトとフォルコ君が決め、各個室は直ぐに決まった。


 ……アドラシャフトの離れのダウングレード版だなぁ。


 なんて、感想は3階に登ると消え失せた。結界男子禁制の魔道具が無いのはいいとして、何故か部屋が3部屋しかなかったのだ。1人部屋が2つに、その4倍くらい大きな部屋が1つ。そこだけ、あからさまに豪華な部屋だった。いや、調度品は新しく買い替えたらしく、絨毯とかタンスとかは普通の物であるし、壁掛けも無いので広いだけとも言えるが……


「以前の住人……女主人だったのです。大型の家具や設備は残されていたので、それに合わせて整えました。

 こちらは、レスミア様がお使いになれば宜しいかと……」

「さんせ~、ミーアの部屋に決定!」

「あ、うん。私も1人用の個室の方が良いから、賛成。ミーアも貴族を目指しているなら、形から慣れないとね」


 ダブルベッドに、シャワールームとトイレ、洗面台付き。

 ……深く突っ込まないほうがいいだろう。取り敢えず、女性陣の荷物が入った宝箱を、各部屋に置いてから次へ向った。



「残りは、2つの離れです。一旦外に出ましょう」

「2つ?」

「ええ、先にザックス様が必要としている方から行きますね」


 そう言って、案内されたのは屋敷の裏手だった。南側に防壁があるので、日当たりは良くない。馬車置場と厩舎が有り、更にその奥に小さい石造りの建物があった。

 何処かで見たような、屋根が丸く尖った玉ねぎ型……


「錬金術師の工房アトリエで御座います。錬金釜はありませんが、その他の設備は使えますので、調合はこちらでお願い致します」


 耐爆仕様なのか、鉄扉を開くと、中は狭いながらもアトリエだった。地面が剥き出しの囲炉裏のような、練気釜を置く場所に、複数コンロと流し付きのキッチン台……もとい、調合台。

 それに、壁際には空の棚や、引出しが沢山付いたタンスもある。上を見上げれば、煙突の穴も見えた。


 フルナさんのアトリエと似たような構造だ。ここが俺のアトリエって事は、工房長も名乗れるな!


「2日後、ソフィアリーセ様と共に錬金術師協会へ行く予定です。そちらで、色々買い揃えては如何でしょう」


 ……貯金が吹き飛ぶ予感しかない! 追々揃えて行こう。




 最後は東側の端、生垣に囲まれた離れだった。平屋建てで、小さい小屋にしか見えない。

 扉の鍵を開けて、中に案内されたが生活感が無かった。小さなキッチンと、テーブルと椅子が2脚あるだけ。6人も入ると狭いくらいだ。


「こちらは、庭師が住んでいたこともあるらしいですが、本来の用途はこちらです」


 マルガネーテさんが、窓の鎧戸を横にずらしてから、窓ガラスを開いた。その向こうには、鎧を着た騎士団の団員が立哨している。


「ご苦労さまです」

「おおう、びっくりさせるな。何でメイドが……ん? そっちのは、巨乳の猫人族とデートしてた、羨ましい奴じゃないか?」

「あ、はい、その言い方はどうかと思いますけど、その節はどうも。

 今日から、ここに引っ越して来たので、宜しくお願いします」


 窓の向こうは貴族街への勝手口だった。つまり、交番の様に見えたのは、詰め所じゃなくて、この離れだったようだ。

 よく見ると、窓際はカウンターになっており、足元もガラス張りでショーウィンドウの様になっている。昔ながらのタバコ屋かな?


「前の住人は、ここで魔道具を販売していたそうです。道楽みたいなもので、お客とのおしゃべりがメインだったと聞いています」

「あー、先輩から聞いたことあるぜ。10年くらい前は、美人が商売してて眼福だったとか、避妊薬をコッソリ買うのに最適だったとか」


「……コホンッ! 商売をするかどうかは、ザックス様が好きに為さってください」


 錬金調合で作った物を売るにしても、肝心の売れそうな商品がない。錬金術師協会で売っているレシピは、既に広まっているものらしいから、独自レシピというか、目玉商品を作らないと……


 これにて、内覧会は終了。各自で引っ越し作業を始めた。特に荷物もない俺は、屋敷中に〈ライトクリーニング〉を掛けて回る。

 着いて来たマルガネーテさんは、「わたくし達が、2日掛けて掃除しましたのに……」と、遠い目をしていた。

 俺が浄化魔法を使えることは知っていたけれど、貴族としてもメイドとしても、埃だらけの屋敷を渡す訳にはいかなかったそうだ。仕方がないのでフォローついでに、良い事を教えてあげた。


「〈ライトクリーニング〉で浄化した際に、煙が出て霧散していくのが分かりますか? あれ、汚れを分解してマナの粒子に変えているんです。つまり、煙が出ている所は、掃除が不十分だったと……アドラシャフト家のメイド長は、仕事ぶりのチェックに使っていましたよ」


 メイド長が行っていた、抜き打ちチェックについて教えると、ハッとしたように目を見張った。


「それは、気が付きませんでした。確かに、言われてみると、掃除し難い場所や、影になっている所が、煙が多いですね」


 リビングのソファーとか、一見綺麗ではあったが、大量に煙が出た。内側が汚れていたと思われる。


「わたくし、側使えとしては一人前だと自負しておりましたが、統率力は足りなかったのですね。下働きのメイドも上手く指揮できるようにならなくては……」


 側使えも大変だ。まだ若い……いや、何歳か知らないけど、見た目は二十歳前後っぽい……のに、管理職だからだろうか?




 キッチンでは、魔道具のバッテリーボックス……電気じゃないから魔力ボックスか? ……それに、魔水晶を10本程投入しておいた。これで、配線で繋がっている魔道具に魔力が行き渡る。

 村でも、アドラシャフトでも、メイドさん達が管理していたので、実際に投入するのは初めて。理屈上は電気を使った家電と似ているのだから、何かアイディアにならないかと思ったが、中々難しい。なにせ、簡単なものは魔道具化されているし、複雑な物は構造が分からない。

 いっそのこと、100均にあるような、主婦のアイディア商品の方が良いかも?



 アトリエや、厩舎の馬達も浄化し終えた。未だに近寄るのには拒否感があるが、馬も清潔な方が良いだろう。資材置き場には、ダンジョンの藁人形からドロップした、藁束も置いておいた。後は、フォルコ君が世話してくれるだろう。

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