第212話 エディング伯爵との話し合い
乱入者を追い返した後、仕切り直しという事で、屋敷の応接室に通された。ここで、ようやく領主夫妻に挨拶を交わし、席を勧められる。出された紅茶で一息つくと、本題に入った。
「お主には悪いと思っているが、ソフィとの婚約は延期とさせてもらう。原因は言わずとも分かろう……シュヴァルドゥム公爵家の横槍が原因だ」
公爵家の婚約打診を断ったため、直ぐに婚約すると、俺の方に矛槍が向く可能性があるそうだ。しかも、ソフィアリーセ様より俺の方が低レベルだ。
「フオルペルクに出した条件と同じく、レベル40が適当だ。ソフィも、自分よりも強い男が良いであろう?」
「それはそうですが……ザックスは〈プラズマブラスト〉も披露してくださったのですから、力は示せたでしょう? わたくしと同じレベル30でも良いのではありませんか?」
学園が冬季休暇になれば、ソフィアリーセ様もパーティーインするため、レベル差は少ない方が良い。俺もその意見に賛成したが、エディング伯爵に頭を振られた。
「ランク7の雷属性魔法が付与された武器など、最早伝説レベルだ。実際に目で見た者しか信じないであろう。ならば、簡易ステータスで証明が出来るレベルのほうが良い。
更に付け加えるのであれば、第1ダンジョンの31層からは、厄介な魔物がパーティーを組んでくる。30代を攻略出来ずに引退する探索者も多いので、先に進めるかの試金石になるであろう」
「第1ダンジョンは、わたくしも調べました。厄介なレア種もいるみたいです」
ホウホウと興味深く聞いていたが、第1ダンジョンまで攻略するとなると、時間が掛かりそうな事に気が付いた。また、1層から降り直しだからな。
「あの、レベル40は了解しましたが、急いだ方が良いでしょうか?
先程のフオルペルク殿と競争になるならば、今攻略している第2ダンジョンは後回しにして、第1の攻略に移るべきですよね?」
今までのペースと、下に行く程広くなるダンジョンを合わせて考えると、のんびりはしていられない。なにせ、相手はズルをしようと思えば、躊躇いなく使いそうな正確に見えたのだ。
そう、自領の騎士に40層へ連れて行ってもらって、パワーレベリングすればいいだけの話だからだ。
「ああ、それならば、急ぐことはない。春までに40を越えれば良い」
「それでは駄目です、お父様。冬季休暇までに婚約出来なければ、わたくしとパーティーが組めないです!」
現在10月末。冬季休暇が12月の中頃らしいので、約1ヶ月半。春までだと4ヶ月もある。思ったより猶予期間が長いが、それは学園のシステムのお陰だそうだ。
「学園の生徒はレベル5から30までの間、学園のダンジョンにしか入ってはいけないと、〈契約遵守〉の書類に縛られているの。わたくしは基礎レベルが30になった時点で解約されましたので、他のダンジョンに入れるのです」
〈契約遵守〉は、契約内容を破ると、相手にそれが伝わるスキルだったな。
学園が開校した大昔は、パワーレベリングして子供に下駄を履かせようとする貴族が多かったそうだ。しかし、それでは生徒の為にならないし、貴族に相応しい行為とも思えない。そう考えた、当時の教師陣が厳しい規制を付け足していった結果が今である。
〈契約遵守〉で監視するだけでない。ダンジョンに入るパーティーは、生徒3人に護衛が1名。護衛はスカウト系の〈脱出ゲート〉使える人員で、採点役と不正監視も兼ねているそうだ。
「戦闘には一切手を貸して下さらないけれど、罠があれば警告してくれますし、脱出スキルだけでも助かりましたわ。
後は……学園に出入りする際は、毎回簡易ステータスを記録されますわね。コッソリと、自領の魔物の領域のから捕獲してきた魔物でレベル上げも出来ません」
因みに、レベルに差異が出た場合は査問を受けて、良くて厳重注意、悪くて退学だそうだ。なかなかに厳しい。
「それに、正攻法で学園ダンジョンを頑張るとしても、他の講義がありますから、後何回入れるかしら?
ええと、ダンジョン講習は週2回。でも、12月に入ると試験期間に入るから、実質11月分の8回のみ……無理ね」
「しかも、冬季休暇中、生徒は学園に入れない。先生方の研究期間でもあるからな。つまり、春先までは安泰という訳だ」
フオルペルクはレベル15だから、15層から30層まで攻略か。1日2層進めば行けそうな気もするが、現役生徒と卒業生からすると無謀だそうだ。
「面会予約も取れない粗忽者の話は、もうよい。お主への後援について話そう。
婚約の承認は延期する他ないが、ノートヘルム伯爵との誓約は守らねばならん。我が領でも植物採取師が増やせるのはありがたい」
ジョブの解放条件を教える代わりに、俺への後援を取り付けたらしい。ありがたい話だ。
いや、抜け目ないノートヘルム伯爵の事だから、王家に提出するデータのn増しくらいは考えていそうだけど……
「わたくし用の管理ダンジョンも、婚約が整ってからですね。先ずは街にあるダンジョンでレベルを上げて下さいませ。
そのための拠点も街中に用意させています。マルガネーテが驚いていましたよ、拠点の準備中にザックスがいきなり現れたとか。驚いて取り繕うのが大変だったそうよ……ねっ、マルガネーテ?」
そう言って振り返るソフィアリーセ様に釣られ、後ろを見ると、給仕として控えていたマルガネーテさんがスッと顔を背けた。その頬には、うっすら朱がさしていた。
レスミアが大声を上げて『淑女らしい行動を心掛けて下さいませ』と怒られていたけれど、照れ隠しでもあったのかな?
それにしても、結構立派なお屋敷だったけど、あそこが次の拠点か……幸運の尻尾亭ほどではないが、ダンジョンが近いのは良い。
その他にも、専属工房への紹介状を頂いた。ただし、最前線の砦に送る装備品が最優先なので、紹介状があっても直ぐに作ってもらえない事もあるそうだ。
まぁ、今の装備に買い替えたところなので、急ぐ必要はないかな?
「錬金術師協会と、レスミアの花弁装備を作る工房はわたくしが同行して差し上げます。そうですね……錬金術師協会は、次の休日に行きましょう」
次の休日は明後日だ。ついに、錬金釜を買う時が来た……って、現在の手持ちが466万円なので、貯金が足りない!
「あの、こちらで雷玉鹿の革を、買い取って頂けると伺っています。既に錬金術で
「ああ、アドラシャフト騎士団の隊服素材だな。
ヴィントシャフトでは、レベル30代で使える軽量装備が少なくてな。丁度、臨時収入があったところだ、有るだけ全て、相場より高めに買い取ろうじゃないか」
エディング伯爵が太っ腹なところをみせた。ただ、その隣に座る伯爵夫人が、口元を押さえて上品に笑う。それに釣られたかの様に、ソフィアリーセ様も同じように笑った。
「うふふ、花素材の装備は、男の子が嫌がりますものね」
「フリル付きの貴族服に慣れている殿方なら……なんて言う職人もいますけれど、見た目や質感がドレスっぽいですもの。ローブにすると、女装しているようにしか見えませんわ」
鍛冶が盛んで、金属鎧を装備する戦士の武具は充実している。ただその反面、そのレベル帯に革系素材が取れないのが問題らしい。
軽戦士やトレジャーハンター等、軽くてそこそこの防御力がある防具を求めるジョブは、少し重い部分鎧や鎖帷子にするか、防御力の低い昆虫魔物の甲殻にするか、女性向けの花弁装備にするか、選択を迫られる。
因みに、その花弁は第2ダンジョン30層のボスドロップだそうだ。アメリーさんの言っていた『女性が喜ぶ素材』とは、そう言う事だろう。レスミアは巨大氷花の花弁があるから良いけれど、他の女性メンバー向けに確保した方が良いな。フロヴィナちゃん辺りは欲しがりそうだ。
それは兎も角として、事前に宝箱に入れていた雷玉鹿の革、120枚を差し出す。宝箱がインテリアとして人気が高いのは、ここも同じなようで、宝箱も追加で20個売れた。
宝箱を開け、メイドや執事が数人がかりで、〈中級鑑定〉でチェックしている。
少し時間が掛かりそうなので、色々と相談してみた。その一つに、仲間の斡旋と言うか、僧侶を紹介して貰えないか頼んでみたところ、
「教会とダンジョンギルドへの紹介状は準備出来るが、時期が悪いな。もう、2,3か月は待ちなさい」
あまり、
何故かというと、教会に属する僧侶の内、ダンジョンに入る事を希望する者の配属が決まるのが年2回、4月と10月だそうだ。つまり、最近終わったばかり。今は、次の候補者の教育と選定期間らしい。
フォルコ君から聞いた話だけど、僧侶は貴重な回復役なので、ギルドと騎士団が枠の奪い合いしているのだとか。そこに俺が横入りしようとしているので、色よい返事が貰える筈もない……ちょっと、悲観的過ぎるかな?
取り敢えず、直ぐに勧誘できるものではないだろう。
解放条件についても、王族と教会で揉めているらしいし。まだ、公開はされていない。
その他には、将来について相談してみた。それと言うのも、アメリーさんから『後援を受けた後、一族に取り込まれる』などと聞いたからだ。
ヴィントシャフト家としては、どうして欲しいのか?
「ふむ……ソフィは嫁に出すつもりでザクスノートと婚約させたからな。好きにすると良い。勿論、ヴィントシャフトの貴族になりたいならば、歓迎しよう。
そう言う、お主の将来の展望はあるのか?」
そう言われて、ギルドマスターに似たような事を言われた事を思い出した。あの時は、収入の確保の話をして笑われたっけ。その事も含めて思い返すと、直近の予定や目標は有るけれど、5年10年先は考えていなかった事を思い知る。
俺が答えられずに、沈黙を返してしまうと、エディング伯爵は子供を諭すかのように語りかけてきた。
「大言壮語に夢を語るのは子供の特権だ。夢を見るのは自由だからな。
ただ、成人した辺りから、現実が見え始めてくる。高過ぎた夢は壁となり、行く手を阻み、いつしか手の届く現実に乗り換える。平民の男にとって、貴族を目指すのは、それ程の
ただ、あの槍のように特別な力があるお主なら、ダンジョンを討伐してアインスト・フリューゲルを得るのは容易いだろう。努力すればツヴァイストも夢ではない。
しかし、手が届く範囲の事を、夢とは言わないであろう?」
そう言われて、思考する。ダンジョン攻略は恩返しの手段でしかない。貴族に成った後は……
レスミアと付き合い始めたけれど、結婚生活の先を計画するのはまだ早い。そもそも、お嫁さん2人とか、未知過ぎてどんな生活になるのか、想像がつかない。ソフィアリーセ様に至っては、まだ仲を深めてもいない、これからだ。
ジョブの情報を集めて攻略本を作るのは楽しく、現在の趣味とも言える。以前は出版して広めようとも考えていた。ただ、トゥータミンネ様から、新しい物は上から広めた方が良いと学んだ。所謂、上意下達だ。
王様がいる国なので、その方が受け入れられ易い。そして、既に王族が絡んでいるんだよなぁ。解放条件の裏取りが出来たら学園で教える、なんて話も出ている。俺の仕事はデータ集めだけになるかも知れない。
錬金調合で日本の便利グッズや家電を再現する? いや、簡単な物ならいざ知らず、構造が複雑な物は中身まで分からない。パソコンとかスマホとか欲しいけど、ハード系は触り位しか覚えていない……ランハートくらい、のめり込んで基礎研究から始めれば、ワンちゃん有るだろうか? チャレンジするとしても、落ち着いてからだな。老後?
……始まりの地を目指す?
いや、何の情報も無いのに、目標にするには無謀だ。精霊の祝福も集めなければならないのに、肝心の精霊と接触する方法が分からない。あ、伝説とかに詳しいエヴァルトさんに手紙を出して、聞いておかないと。
グルグルと頭を巡らせるが、考えは纏まらない。
ふと、考えを中断して顔を上げると、エディング伯爵は夫人と顔を見合わせて、懐かしそうに笑い合っていた。ソフィアリーセ様は両頬に手を当てて、考え込んでいる。
「フッ、まだ若いのだ、存分に悩め。ソフィも含めてな。
ツヴァイストを得て、ヴィントシャフトに来るならば、騎士団の幹部候補が順当であるか。いや、砦の向こう側、魔物の領域と放棄ダンジョンを潰してくれるのならば、その領域に新しい村を作っても良いぞ」
それは所謂、開拓と言わないだろうか?
しかも、森を切り開くどころか、魔物を殲滅した上でダンジョン攻略しなければならない。その上で村作りとか、何年どころか何十年掛かりじゃね?
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