第213話 伯爵夫人とのお茶会と懐かしの味

 雷玉鹿の革と宝箱は、総額で140万円になった。これで手持ちは606万円。一応、目標金額には達したけれど、パーティーメンバーのお給料分(79万円)を考えると余裕はない。雇用してから、まだ4日目なので、初任給は来月末。それまでに稼がなければ……

 ダンジョンで採取する一次産業だけでなく、金稼ぎのネタを考えないとなぁ。錬金釜で調合出来そうな物とか……



 その後、フオルペルク乱入者を、学園のある王都へ送り返してきた騎士達が戻ってきた。そして、乱入で中断されてしまった〈プラズマブラスト〉の試し撃ちがしたいと、願い出る。それに対し、エディング伯爵は席を立ち言い放った。


「序列的に、私が一番に決まっておろう! 其方らは、後にせよ!」


 取り敢えず、改めてプラズマランスを貸し出したところ、側近達を引き連れて出ていった。俺も続いて外に行こうとしたが、伯爵夫人にお茶に誘われ、再度席に着く。


 ソフィアリーセ様が色々と話していたらしく、俺に興味が湧いたそうだ。例によって、錬金術師の奥様なので……ソフィアリーセ様の子供の頃の話題から始まったお茶会は、いつの間にか魔道具の話へ移っていた。


「……そうですか。厳重管理魔道具に登録されてしまっては、仕方がありません」

「ええ、勝手に改造品を作っては、罰則とかありそうなので……それに、火力を上げようにも、元が目くらまし程度ですから、魔物に通用するかは疑問ですね」


 花火ついて根掘り葉掘り聞かれたが、対魔物に使えるかという点だった。それも、最前線の砦で使える物を欲している辺り、武闘派領主の奥様なのだと、少し感心してしまった。


「では、ザックスの異界の知識で、戦いに使える物は有りませんの? 錬金導師のお母様なら、再現出来るかも知れませんよ」


 ソフィアリーセ様に言われて、少し考える。直ぐに思いつくのは、拳銃やライフルだ。

 似たような事なら〈ウィンドシールド〉で石球を飛ばしている事の発展形だろう。ただ、クロタール副団長の言葉が気になっていた。『魔力を込められない石玉では、深層の魔物には通用しない』

 この言葉の通りだと、レベル50以上の魔物が出る砦では、通用しない可能性が高い。それに、魔物は種類が豊富だからな。質量の大きいゴーレムだの、ジャック・オー・ランタン相手に、銃が効く気がしない。


 更に、人間同士の争いで使われる場合は、もっとヤバい。ジョブやレベルによるステータス補正があり、耐久値の補正の有無でダメージが変わるのは、先日体験したばかりだ。F→Dで痣が残るダメージから、突かれた程度に軽減されている。これがもっと上、耐久値補正Aとかになれば、仮に銃撃を受けたとしても、効かなそうだ。

 そうすると、低レベルの者しか殺せないというか、弱者だけを殺す武器となる。

 ……NGだな。


 次に思い浮かぶのは、爆弾とかミサイル。爆弾は類似品の魔道具、爆炎ボムとかあるので今更だな。

 頭の隅に追いやろうとした時、ふとミサイルとの組み合わせを思いついてしまった。

 ……クラスター爆炎ボム?

 いや、不発弾が多くて、禁止された兵器じゃないか! 


 やっぱり、現代兵器の概念を持ち込むのは、不味い気がして話を逸らした。


「私のいた国は平和だったので、戦争とは無縁だったんです。魔法も有りませんでしたし……

 代わりと言ってはなんですが、日用品は進んでいましたよ。これは私が試作、再現した物を、トゥータミンネ様が量産向けに改良して下さったボールペンと言う魔道具です」


 ストレージから、ボールペンと白紙を取り出し、試し書きをお願いした。


「まぁ! インクも要らずに、スラスラと書けるなんて!」

「お母様、わたくしにも書かせて下さいませ!」


 試作品であり、インクには限りがある事や、線が同じ太さしか書けないこと等を注意したものの、それを踏まえても評価は上々のようだ。周囲の側使えも、近くに寄って、珍しそうに見ていた。ヴィントシャフトで宣伝してこいと言う任務は、これで達成かな?


「そのボールペンは、ソフィアリーセ様に差し上げますので、どうぞ、そのままお使い下さい。

 それと、使い難いと感じる事や、こうして欲しいという要望があれば、是非トゥータミンネ様に御手紙をお願い致します。意見が採用されれば、改良されるかも知れませんよ」


「新作の魔道具を贈るなんて……ソフィのアクセサリーを1つ外しても良いくらいね。ザックス、レシピの販売はいつ頃かしら? やはり独占販売ですか?」


 伯爵夫人の食付きがいい。錬金導師なだけあって、興味津々の御様子だ。婚約もまだなのに、アクセサリーを外せは気が早い。交換だったような気もするけど……ソフィアリーセ様もアクセサリーを沢山付けているので、減った方が良いのは確か。


「暫くは、自派閥のみで量産すると聞いています」

「仕方がありません……ソフィ、わたくしからの要望です、『細い線が書けるように、種類が欲しい。もう少し優美な装飾を施して欲しい』この意見と共に、発注書もお願いね」


「お母様……書き物が多い事は、知っていますけれど、それ程ですか?」

「ソフィも公務をするようになれば、分かりますよ。

 それと、ボールペンの魔道具は、学園に持ち込まないようにね」


 まだ量産体制も整っていない内に、王都の学園で広める悪手らしい。全領地の子供が集まっているので、学園で広める→冬季休暇で子供が領地に帰って広める→全領地から発注が来る。と、コンボが繋がってしまう。大々的に売り出すなら兎も角、量産体制がない場合は、需要を満たせずに顰蹙を買う可能性が高いそうだ。



 お茶会は魔道具談義から恋話に移ったり、日本の事を色々聞かれたり、孫の可愛さを自慢されたりした。女性特有で話題がポンポン飛ぶので、付いて行くのが大変だったよ。

 まぁ、終始和やかに進んだので、上手くいったと自負したい。


 そして、外に試し撃ちに行った男性陣が戻らないので、早目の昼食を頂くことになった。

 前菜やスープに魚が使われており、宿屋の料理と比べても美味しい。レスミアとベアトリスちゃんに羨ましがられるな、と思いつつも舌鼓を打つ。


 ただ、メインディッシュで出てきたのは鳥肉?のステーキだった。食欲をそそる香ばしい匂いに、白っぽいお肉が網目状に、こんがり狐色に焼けて、実に美味しそう。ステーキの半分に掛けられているソースが、ピンク色なのが気になるけど……


「砦から送られてきた、ワイバーンのお肉ですのよ。街でもなかなか出回らない魔物食材ですけど、今日は目出度い日ですからね。どうぞ、召し上がれ。

 そうそう、ルバーブのソースは酸味が強いので、最初は少なめにするといいわ」


 ……ワイバーン!? あのファンタジーでお馴染みの翼竜か?!

 伯爵夫人の言葉に驚き、こっそり〈詳細鑑定〉した。



【食品】【名称:レッサーワイバーンのステーキ】【レア度:B】

・最下級の飛竜種であり、大量にマナを含んだ肉は劣化が早く、取り扱いが難しい。それを丁寧に下処理し、焼き上げたステーキは滋養に富み、一噛み毎に活力が湧きあがるだろう。

 ダンジョン産の調味料が使われているため、効果時間が伸びている

・バフ効果:敏捷値中アップ、HP中アップ

・効果時間:30分



 レア度Bに、バフ効果が中で長時間……流石は伯爵家の料理人! ボス戦前どころか、ダンジョン攻略中にも食べたくなる料理だ。

 あと、レッサーって、『小さい』と言う意味だったか? レッサーパンダはパンダよりも可愛いいし、真のパンダであるけど。



 それはさておき、酸っぱいと言うピンク色のソースを避けて、一口大に切り分けた。先ずは、そのまま味わうため口にすると、牛肉の赤身のような歯応えに面食らった。噛めば噛むほど脂と旨味が溢れてくる。


 ……美味いは美味いけど、ちょっと脂がクドいな。ハーブが振り掛けられているが、補いきれておらず、後味が悪い。

 これなら、レア種の黒豚肉の方が上かな。


 しかし、二口目にピンク色のソースを付けて食べたところ、仰天してしまった。


「酸っぱ!?……これって梅干し?!」


 不意に懐かしい酸っぱさが、口に広がった。梅肉ペーストが脂っこさを中和し、酸味と旨味が調和する。後味もサッパリして、直ぐに次が食べたくなる。

 懐かしい味に口が止まらず、あっと言う間に平らげてしまった。


「うふふ、男の子の食べっぷりは、気持ちがいいわね。美味しいという顔になっているわ」

「ええ、ワイバーンには、酸味の強いルバーブソースが合いますもの。ザックスが苦手でなく良かったです」


 付け合せの野菜も、梅肉ペースト食べていたら、そんな風に言われてしまった。懐かしいのだからしょうがない。野菜やパンじゃなくて、ご飯が欲しくなるけど。


「このルバーブソースの材料、梅干しはどこで手に入りますか? 是非とも、欲しいのですが……」

「梅干し? ルバーブソースの材料はルバーブですわよ? 確かルバーブを塩で煮込むのだったかしら?」

「はい、お嬢様。

 その、お客様の仰る、梅干しと言う物は聞いた事が御座いません」


 給仕をしていたマルガネーテさんは、困ったように小首を傾げた。

 なので、『緑色の丸い梅と赤紫蘇を、塩漬けしたもの』と説明したものの、知っている者はいない。他の給仕担当のメイドさんだけでなく、周囲の側近の皆さんも揃って、心当たりが無いようだ。


「ザックス様、こちらが原料のルバーブで御座います」


 メイドさんが厨房にまで取りに行き、差し出してきたのは……ピンク色の茎だった。


「葉には毒がありますので、食用なのは茎の部分だけです。砂糖で煮れば甘酸っぱいジャムに、塩で煮れば先程の酸味が強いソースになります」


 茎だけ食べるって……ああ、色が緑だったら、フキに似ているな。砂糖で煮たフキのジャムとか聞いたこともないので、ピンク色なのはファンタジー食材に違いない。

 ただ、それでも、


「ありがとうございます。材料は違いますが、故郷の味に似ているのは確かです。久し振りに懐かしむ事が出来ました」


 ソフィアリーセ様と伯爵夫人に頭を下げ、お礼を言った。

 レスミアのお陰で美味しい料理は食べられるので、食生活に不満は無いつもりだったけれど、日本食に飢えていたようだ。偶に食べる大麦も、白米の代用でしかなかったからね。


「取っておきのワイバーンのお肉で、喜ばせる筈でしたのよ。まさか、ルバーブソースの方でお礼を言われるなんて、思いもしなかったわ」

「ただ、ルバーブは高原の村の特産品で、この街ではあまり出回っていないのです……そうだわ! お母様、我が家の在庫を分けて差し上げるのは如何です?」


「良いでしょう、許可します。それと、ルバーブソースのレシピも書き出して差し上げなさい」


 伯爵夫人の指示で、メイドさん達がキビキビと動き始める。準備が整うまでと、デザートが出されたのだけど……ルバーブジャムが使われたケーキだった。生クリームたっぷりのケーキでも、甘酸っぱいジャムのお陰で、あっさりと美味しく食べられる。甘いものが苦手な男性にも勧められるお菓子だそうだ。



 ワイバーン肉も美味しかったけれど、伯爵夫人が貴重と言うくらいだからな。次に食べられるのは、砦に行けるレベル50超えてからと、思っておこう。

 それよりも、予期せず手に入った梅肉ペーストならぬ、ルバーブの方が重要だ。レスミアとベアトリスちゃんに、献立に入れるようお願いしないと。






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 念のために記載しますが、ルバーブはリアルにある食材ですね。寒い地方の特産なので、北海道とか高原でしか出回らなく、平地ではレア。高原の道の駅とか牧場には、そのジャムを使ったルバーブアイスとか、ルバーブソフトとかあって美味しいです。

 塩で煮た梅肉ペースト擬きは、海外在住の日本人が、梅干しを食べたい時に使うそうですね。

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