第211話 雷閃伯と乱入者

 あらすじ:〈プラズマブラスト〉を充填率120%で、ぶっ放した。



 後々、ソフィアリーセ様から聞いたのだが、非実態の〈フレイムウォール〉と〈ウィンドウォール〉は易々貫通。実体系の〈ストーンウォール〉と〈アクアウォール〉は少し持ったが貫通。最後の〈アイスウォール〉も頑張って減衰させたが、最後に貫通されたそうだ。


 ただ、減衰したお陰で、レーザーの下部分が削れ、遠くにある外壁には当たらなかった。セーフ! 力試しとはいえ、他所様の外壁を破壊しては不味い。

 5枚重ねの壁魔法を貫通するとは思わなかった。〈魔攻の聖印〉ブーストは余計だったな。



 プラズマランスを肩に担ぎ直し、振り返ると、歓声上がった。それに合わせて槍を掲げると、更に声が大きくなる。武闘派の領地だからか、特に護衛騎士達が好意的な顔を見せていた。


 笑いながら近付いてきたエディング伯爵が、俺の肩を叩く。


「ハッハッハッ! 流石、雷閃伯の孫だな!! 切り札まで同じとは思わなかったぞ!!!」


「え?! 孫? ……雷閃伯?」


 戸惑っていると、エディング伯爵が顎髭を撫で付けながら教えてくれた。


「ああ、魂が別人とはこの事か……アドラシャフトの前領主、トリスノート様の事だ。あの方は雷属性を好んで多用して戦う様から、そう呼ばれている。

 ランク7の〈プラズマブラスト〉は前線で数多の魔物を葬り去り、沢山の仲間を救った事から、雷閃伯の象徴でもあるぞ」


 〈プラズマブラスト〉は雷属性のランク7か……つーか、ザクスノート君の御祖父さんだよな? アドラシャフトでは少しも話題に上がらなかったのに、別の領地で聞くことになるとは。

 俺の反応が薄いせいか、肩を掴まれ、壁際に連れて行かれた。そこで、遠くの山を指差し、エディング伯爵は詳しく話し始める。


「500年前は、ここヴィントシャフトの街が魔物の領域の最前線であった。堅牢な外壁はその名残である。

 それから300年、我らの祖先が戦い続け、魔物の領域を押し上げた。その際に作られたのが、最前線ジゲングラーブ砦だ」


 外壁の凹んだ胸壁部分から外を覗くと、南の外壁の向こうには草原が広がっていた。街から続く道だけが真っ直ぐ伸びているが、それ以外に建物どころか、農地でもない。道の先は森になり山奥へ向かっている。更にその先、ここの外壁と似たような砦が見えた。

 距離があるので、正確な大きさは分からないが、横長に伸びている。ただ、視界に収まる範囲なので、万里の長城と言うには短い。


「しかし、ここ200年は防衛するので手一杯だ。砦の向こう側の魔物はレベルが高過ぎて、手に負えん。それに、砦を迂回する魔物や空を飛ぶ魔物が、ヴィントシャフトの街まで到達することもある」


 食料自給率が足りないのに、何故確保した砦の内側を農地にしないかと疑問だったが、魔物の襲来が不定期にあるそうだ。しかも、レベル50オーバーの強敵ばかりらしい。内側に入り込んだ魔物を討伐するために、騎士団が巡回しているのだとか。


 確かに、そんな状況で開拓しろというのも難しい。自前で撃退出来るサードクラスの農民とか、そうそう居ないだろうし……


「そんな中、トリスノート様は義理の娘の領地だからと、助力に来て下さったのだ。『家督を譲ったから、不測の事態があっても問題無い』と仰ってな。砦では〈プラズマブラスト〉で魔物を薙ぎ払い、雷閃伯と呼ばれる程に頼りにされている。流石は世界屈指の高レベル魔導師と言ったところであるな。

 そこで、その槍を持つお主が加われば、更に盤石になるであろう。ハッハッハッ、なぁに心配する事は無い。私が案内してやろう!」


 上機嫌に笑うと、俺の肩を叩いた。


 ……んんん?? 俺に前線の砦に行けって言っている?

 流石にレベル50オーバーの魔物が闊歩する所は早すぎる! ただ、断りたいが、伯爵様からの命令だと断り難い。『はい』とも『いいえ』とも答えられずにいると、


「お父様! 無理なことを仰らないで下さいませ。ジゲングラーブ砦に行けるのは、サードクラスのみと決められているではありませんか」

「ソフィの言う通りですわ。それに、あなたには政務があるでしょう?」


 ソフィアリーセ様と、伯爵夫人が執り成してくれた……のだが、エディング伯爵は諦め切れない様子で反論する。


「なに、カーヴィスに少し任せるくらい良いではないか! 家督を譲るには早いとしても、代理なら出来るであろう?」


「あなたに不測の事態があっては困ります! それに、カーヴィスがツヴァイスト勲章を得て、まだ半年です。文官たちが判断する公務ならば兎も角、政治的判断が必要とされる政務を任せるにはまだまだ不安です」


 カーヴィスさんは、ソフィアリーセ様のお兄さんで、嫡男らしい。既にダンジョンを2つ攻略して、次期伯爵が内定しているそうだ。ただし、公務をサポートする文官達がいても、判断の難しい案件や、他貴族の横槍などが入ると厳しいそうだ。


「仕方がない……では、ザックス、その槍を暫し借りることは出来るか? 砦の魔導師に貸せば、それだけでも戦力になるであろう。なぁに、お主が砦まで行けるように成れば、返してやろう」


 今度はプラズマランスに目を付けられた。しかし、アビリティポイントにして15p、全体の三分の一を貸せるわけがない。またしても答えに窮していると、俺の様子を見たソフィアリーセ様が、得意気に微笑んだ。


「残念ですが、ザックスの武器は本人しか使えませんわ。他人が触れば、バチバチと拒絶するのですもの……ですよね、ザックス?」


 ……聖剣と同じと勘違いしている!?

 プラズマランスに盗難防止は付いていないので、他人でも扱える……いや、断る口実には丁度いいか? 


「はい、防犯機能が付いています。ただ、聖剣よりは優しく、私から遠く離れると消えてしまう程度です。

 なので、遠く離れた砦に貸す事は出来ませんが、この場で試し撃ちするくらいであれば構いませんよ」


 少しだけ嘘を混ぜた。

 遠くに貸し出すのは困るが、断り続けてエディング伯爵の機嫌を損ねるのも良くない。この場で試し撃ちして、少しは発散してくれないかなぁ。

 なんて、思惑を含めて、プラズマランスを斜めにして両手で差し出す。


 すると、エディング伯爵は貴族の笑みを崩し、破顔して受け取った。槍の重さによろけ、近くの護衛騎士に助けられている。


「おお、重いな! 魔導師では取り扱うのも一苦労だぞ」

「伯爵様、穂先が振れては危険です。ここは騎士の我々に、お任せ下さい」


「何を言っている、あの〈プラズマブラスト〉を試せる機会だ、譲らんぞ!

 それに、レベル65で覚えるランク7の魔法だ。騎士のMPで足りるわけがなかろう」


 まるで新しい玩具を手に入れたように、はしゃぐ男性陣を見て、伯爵夫人が溜息を突く。その隣のソフィアリーセ様も笑っていたが、俺と目が合うと、スススッと移動して囁いた。


「ザックス、わたくしも試し撃ちしてもいいですか?」

「ええ、勿論です。ただ、重いので一緒に持つのを、手伝いましょうか?」


「ええ、嬉しいわ。わたくしの……」

「ちょっと、お二人共、近いですって」


 またしても、ルティルトさんが割って入ってきた。護衛騎士としては正しいのだろうけど、ソフィアリーセ様は少し不服そう。


「ルティは堅いわね。貴女だって、婚約者と手取り足取りやっているのでしょう。近くでお話しくらい、良いではありませんか」


「ッ!? わたしのは、只の剣の鍛錬です! 疾しい事などありません!」

「ザックス、ルティには年下の許婚がいてね、休みの度に会いに行っているのよ。それも、『わたしよりも強い騎士に育てる』なんて、言い訳までして、お熱いわ~」

「お嬢様!!」


 貴族でも、女子の恋バナ好きは変わらないようだ。伯爵夫人が微笑ましそうに見ている中、あたふたしたルティルトさんが、言い訳なのか惚気なのか分からない話をし始めた。


 エディング伯爵の方に目を向けると、あちらは試し撃ちの前に、的となる壁を作っているところだった。石壁と氷壁が続々と作られていく。


 ……婚約の申し出に来たのに、こんなお祭り騒ぎになるとはね。まぁ、緊張は解れたから良いか。


 そんな雰囲気に水を差す、声が背後から上がった。



「止まれ! 何者だ!! 今の時間、来客の予定など無いぞ!!」

「マークリュグナー公爵領の御令息、フオルペルク様である! エディング伯爵へのお目通り願う!」


 声がした方へ振り返ると、そこには3頭の馬と、そこから降りている4人の男女の姿が見えた。

 1人の男性騎士が馬の手綱を纏めて持ち、後ろに下がると、残りの女性騎士とメイドを従えた男が前に進み出る。

 貴族らしい刺繍過多な服に、金髪の優男。イケメンではあるが、目が細いので狐顔っぽい。


 ……公爵のって事は、コイツがソフィアリーセ様に付きまとっていたストーカー野郎か?!

 よく見ると、後ろの女騎士はルビーのような赤髪ポニーテールで、メイドはアメジストのような紫色の髪をしている。宝石髮の乙女を侍らしているって本当の事だった。



 それに対して、エディング伯爵が護衛騎士を従えて、相対した。優男が腕を組み、貴族の礼を取って頭を軽く下げる。ただ、膝を付かないのは屋外のせいか、それとも……


「蒼天の光指す良き日、神の御加護のあらんことを。シュヴァルドゥム公爵が子、フオルペルクと申します」

「ああ、光の女神に感謝を。

 先日、シュヴァルドゥム公爵が面会予約も無く押し掛けて来たというのに、今度は息子か……本当に良く似た親子であるな」


「それに関しまして、父よりお詫びの品をお持ちしました。どうぞ、お納め下さい」


 フオルペルクが手を軽く上げると、後ろに控えていた女騎士が、装飾に彩られた小さい木箱をヴィントシャフト側の騎士に渡す。

 護衛騎士と側使えが、その中身を検めると、金貨がギッシリと詰まっていた。どよめきの声が小さく上がる。それも無理はない、小さな箱と言っても100枚は入っていそうだからだ。


「謝罪にしては、いささか額が大きいのではないか?

 それとも、今回の分も含めて、と言う事か? 傲慢無礼過ぎる。金を払えば良いという問題では無いぞ。礼儀の問題だ」


「いえ、前回の父の分だけですので、そのままお納め下さい。

 今日の分に関しては、謝罪すら必要ありませんよ。廃嫡されて平民落ちした者などより、貴族の私が優先されるのは当然でしょう?」


 あまりの傍若無人っぷりに、空気が凍りついた。

 今日の予定を組んだのは、ヴィントシャフト家の方だ。俺を小馬鹿にするつもりが、ヴィントシャフト家に泥を塗っているのに気付かないのだろうか?


 それに対し、殊更笑顔の仮面を張り付けたソフィアリーセ様が問い返す。


「そう言う貴方は、どうしてここにいるのかしら? 今日は学園のダンジョン講習の日です。既に攻略し、免除されているわたくしと違って、欠席しては卒業も怪しくなりますわよ?」


「あぁ、我が光の女神よ! 心配せずとも、まだ1年あるからね。問題ないさ。

 今日来たのは、学園で悪い噂を耳にした事と、君が領地に帰っていると聞いてね。望まぬ婚約を迫られている君を、助けに来たのさ」


「……先ずは、貴方の光の女神になった覚えはありません。学園の噂……ザックスとの婚約の話なら、わたくしが望んだことです。貴方はお帰り下さいませ」


「お労しい……婚約者を亡くした悲しみに我を忘れて、影を追い求めているのですね!」


 ……話が通じない! 自分に都合よく解釈しすぎだろ!


 その後も、会話が続いたが、暖簾に腕押し。ソフィアリーセ様の笑顔の仮面が崩れたところで、俺の足が自然と前に出た。

 フオルペルクとソフィアリーセ様の間に割り込み、背中に隠す。そして、クレーマーには強気な態度で対応した。


「今の時間は、俺の面会時間だ。部外者はお帰り願おう!」

「ええ、お嬢様はずっとお断りしています! 学園で付き纏うのも止めなさい!」


 いつの間にか隣に来たルティルトさんと、視線を交わし頷き合う。2人で矢面に立ち、ソフィアリーセ様をフオルペルクから隠した。


「平民と従者風情が、貴族の会話を邪魔するな!」


 先程までの優しげな笑みはどこへやら、怒りを湛えた目で睨まれた。


 ……貴族は感情を隠して、笑顔で応酬するものだって、教科書にあった。目の前の男は、貴族っていうより、癇癪持ちの子供に見える。あ、貴族と言えば……


「先程から平民、平民と言いますが、貴方も平民ですよね?

『貴族の男子は成年時に貴族籍が無くなる。ただし、例外として、学園内では卒業まで貴族として扱われる』

 学園の教科書に書いてあった事です。そして、ここは学園ではなく、卒業もしていない、ダンジョンを攻略していない貴方も平民ですね」


 因みに女の子は、嫁に行く猶予期間として、25歳までは貴族籍のままだ。なので、従者呼ばわりされたルティルトさんの方が貴族だったりする。

 しかし、フオルペルクは効いた素振りも見せず、逆に笑いだした。


「ハハッ、時代錯誤な考えだな! 貴様がダンジョンを攻略したところで、貧乏準男爵だろう? 伯爵令嬢を養えるとでも思っているのか!?

 公爵家の私と、同列に語ること自体が烏滸がましい!


 エディング伯爵、私とソフィアリーセの婚約を承認頂ければ、先程のお詫びの金額の10倍、結婚ならば100倍援助することをお約束しましょう!」


 ……それ、金で買うのと同義じゃないか?!

 政略結婚って、そういう側面もあるとは思うけど、ちょっと露骨過ぎる。

 婚約の申し出?を受けたエディング伯爵は、厳しい表情を更に強張らせる。


「……援助の話はありがたい。ジゲングラーブ砦を維持するには莫大な予算が掛かっているのでな。

 ただし、其方を婚約者として認めるかは別問題である。領主としても父親としても、娘の婿には貴族である事を最低条件として求める。故に、王国貴族としての矜持があるならば、ダンジョン攻略に意欲的な姿勢を見せて欲しいものだ」


「ええ、学園卒業後には必ず……「ならば、何故レベル15しかないのだ?」」


 フオルペルクの言葉を遮ってエディング伯爵が追求する。直ぐに反論出来ないのか、言い淀んだところに言葉を重ねた。


「学園の2年目が終わろうというのに、未だ半分とは……非戦派とはいえど、やる気を感じられん!

 娘が欲しいならば、守れるだけの強さも要求しよう。今後、レベル40を超えるまで、婚約願いも、娘に接触することも禁ずる!!」


「学園のダンジョンは30層までです! レベル40なんて、無理に……」


 反論の声は、杖を打ち鳴らす音で掻き消された。苛立ちをぶつけたように、エディング伯爵が手に持った杖で、石畳を叩いたのだ。


「客……ではないな、乱入者がお帰りだ。転移ゲートまで送り届けろ!」


 その指示で、周囲の護衛騎士が列を組み、壁となってフオルペルク一行を押し出す。まだ何か喚いているようだが、騎士達に囲まれて下へのスロープへ連れられていった。


 そんな中、少し宝石髪の乙女達が気になった。アメジストの髪のメイドが、抵抗も無く連れられて行くのはしょうがないが、ルビーの髪の女騎士は主であるフオルペルクを守るのでもなく、無抵抗で連れられて行ったのだ。当のフオルペルクが盾で押し出されているのに……もしかして、守られる程度の忠誠心も得られていないのだろうか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る