第210話 南の外壁、屋上駐車場と力試し

 馬車の窓から、貴族街の街並みがゆっくりと流れていく。平民街と同じく、大通りの両脇には商店が並んでいるが、やはり店構えに高級感がある。

 大きなガラスのショーウィンドウの向こうには、お洒落な服がハンガーに掛けられ、広げられていた。

 別の店では、煌びやかな装飾が施された鎧が展示されている。ただ、直立させた十字の棒に着せているのが少し残念。

 どちらも、マネキンに着せれば映えるのに。


 現在、ヴィントシャフト家のゴーレム馬車で移動中である。


 朝一の2の鐘の後、マルガネーテさんが豪華な馬車で迎えに来てくれたのだが、馬が普通ではなかった。

 見た目は灰色の馬型の石像、それが生きているかのように動く。ダンジョンの魔物で無機物が動くのは慣れているが、手綱から魔力と共に指示を念じると動くのは面白い。

 御者も魔法使い系等のMPが多いジョブでなければ動かせないそうだ。


 興味深く観察させて貰っていたが、途中で「面会時間が決まっておりますので、馬車にお乗り下さいませ」と、馬車に押し込まれた。


 それからというものの、斜め前に座るマルガネーテさんの口数は少ない。確認の意味で、今日の予定の話を振ったのだが、「先ずは旦那様に面会してからです」と微笑……貴族の笑顔仮面を見せるだけで、会話にならない。


 ちょっと居心地の悪さを感じながらも、外の風景に目を移した。

 ……馬車の周り、前後左右に騎乗した騎士が護衛に就いているのだけど、物々しくないかねぇ?



 馬車は進み、街の一番南にある外壁に近付いた。アドラシャフトでも外壁は見上げるような大きさであったが、こちらは更に大きい。要塞のような高さと堅牢さだ。


 ただ、正面に見える大扉の手前で曲がると、スロープを登り始めた。護衛の馬も並走して登れるほどの広さで、折返し部分はもっと広い。カーブし難い馬車が曲がるためらしい。


 何かデジャブを感じたと思えば、デパートとかにある立体駐車場を登っている様だった。


「外壁の一番上にある伯爵家に、馬車や馬で行くにはここを登るしかありません。ただし、重い馬車の場合、馬が途中で疲労して立ち止まっては危険です。

 そのため、昇り降り専用のゴーレム馬車を用意している訳です」


 外壁の内部には騎士団の本部があるため、来客以外は内部の階段を使うらしい。


 その後も何度も折り返し、頂上へ辿り着いた。屋上駐車場かな?と思いたくなるほど、開けた広場になっている。ただ、端の壁はフェンスではなく、お城のような凸凹した形をしていた(胸壁と言うらしい)。

 馬車は、中央に建つ石造りのお屋敷の前に横付けされた。


 大きさはアドラシャフトの本館と同じに見えるが、庭木等も無く、飾り気が少ない分、質実剛健に見える。

 馬車を降り、正面玄関へ向かう。先導していたマルガネーテさんが、扉のドアノッカーを小さくコンコンと叩いた。


 ドアノッカーって、大きく打ち鳴らす物と思っていたが……いや、魔道具かな?

 一昨日聞いた話だ。ドアノッカーと連動した呼び鈴が、内側で鳴るらしい。


 それが正解だったのか、内側から扉が開き始める。内側へ開いた扉の向こうには、壮年の男がいた。



 髭が似合う精悍な顔立ちに、軍服のような服には勲章が幾つも付いている。その上に豪奢なマントを羽織り、地面に突いた杖の白い宝玉を両手で掴んで仁王立ちである。


 威圧感に圧され、立ち竦んでしまった。ドアが全開に開くと、仁王立ち男性の向こうには、護衛騎士や使用人が囲むように並び、その中央にドレス姿の女性が2人いる。その片方は、サファイアのような髪……ソフィアリーセ様だった。


 彼女は何故か、手を上げ下げしている……あ! ひざまずけってジェスチャーか!

 慌てて、片膝を付き、貴族の礼を取ろうとした時、杖が打ち鳴らされた。


「お主が! 私の可愛い娘を、奪っていく奴か!!!」


 いきなり怒鳴り付けられた。呆気に取られていると、ソフィアリーセと一緒にいる、母親らしき女性が領主様に声を掛ける。


「あなた、只の婚約願いですよ」

「フンッ! では、ソフィアリーセを任せるに価するのか、、その実力を見てやろう! 付いて参れ!!」


 そう言うと、領主様は俺の横を通り抜けて外に出ていってしまった。護衛騎士もそれについて行く。

 そんな中、伯爵夫人が俺の前で足を止めた。近くで見ると、複雑に結い上げた髪の色以外は、ソフィアリーセ様に似ている。もう少し若ければ、姉妹に見えるかもしれないほど。


「本当に困ったこと……貴方も立ちなさい。挨拶は後で結構です。エディング様を追いますよ」

「ザックス、お父様の気の済むようにさせて下さいませ。一応、理由があっての事なので……」


 ソフィアリーセ様に促され、一緒に外へ歩きながら話を聞いた。

 要は『娘はやらん』イベントだな。武闘派の貴族なだけあって、本当に実力を見せる必要があるそうだ。

 ただし、認めて貰うのは父親だけでなく、側近や他の貴族達もである。ソフィアリーセ様に相応しい男か否か、周囲の声を代弁したからこその、先程の一喝だったらしい。


「わたくしも今回の事で初めて知りました。他領に嫁いだお姉様……その時はお相手が騎士のジョブだったので、お祖父様が認めるまで何度も、手合わせしたそうです」

「ちょっと、お二人共離れて下さい。婚約の許可が出る前なのに、近すぎます。旦那様が見ています」


 小声で話していたせいか、近付き過ぎたようだ。俺達の間に姫騎士が割って入ってきた。長い金髪に、白い鎧は相変わらず。確かルティルトさんだったか……一応、パーティーメンバー候補一人である。


 姫騎士さんに適正距離を離されてから、気になったことを聞いてみる。


「以前、ザクスノート君と婚約したときも、力試しをしたのですよね? 中身が変わったとはいえ、2度も行う事なのですか?」


「……以前はヴィントシャフト家から婚約を申し込んだので、行っていません。むしろ、今回は貴方からの求婚という形になったせいですね。すみませんでした」


 ソフィアリーセ様は笑顔のままで、小声で謝った。それに対して、安心させるように「大丈夫ですよ」と笑い返す。


 ……その求婚のシナリオ案は、ノートヘルム伯爵だ。更に言うなら、見送りの際『武を尊ぶ領地だから、装備品で行くと良い』などと言っていた。実力を見せるために模擬戦か何かをする事も、織り込み済みだった気がしてならない。


「兎に角、例の聖剣を使っても構いません。皆を驚かせて差し上げなさい」

「聖剣を使っても良いのですか? 若干、反則な気もしますが……」


「構いません。魔道具を揃える財力や伝手、運なども実力の内です。お父様が手にしている杖も、氷属性の威力アップや、充填短縮が付与されていますし、ルティルトの白銀鎧だって、軽量化のスキルが付与されていますもの」


 隣を歩く、姫騎士の白い鎧を手で示しながら言った。装飾過多でビジュアル重視の式典用とかではなく、実用品だったらしい。



 屋敷を出て、少し距離を取った所で、エディング伯爵が止まった。

 広く開けた場所なので、模擬戦をしても問題無さそうだ。屋上駐車場でも、駐車している馬車は、ここから屋敷を挟んだ反対側なので流れ弾もないだろう。


「お主は剣も魔法も使えると、報告を受けている。どちらで力を示すか選ぶがいい。

 私は魔導師なのでな、剣を選ぶなら私の護衛騎士と模擬戦をしてもらおう」


 エディング伯爵の後ろから、一人の騎士が歩み出た。緑色に反射するフルプレートメイルに、大盾を装備している。どう見ても、全身ミスリル装備。兜で顔が見えないから、年頃は分からないが、サードクラスに違いない。


 ……聖剣クラウソラスが、ミスリル装備を切れるか気になる。でも、壊して弁償になったら不味い。

 それに、魔物でないと〈プリズムソード〉のオートモードが動かないので、自力のカーソル操作になる。ついでに言うなら、光剣じゃミスリル装備に弾かれそう……


 スキルを使った直後、召喚するのはインパクトが有るんだけどねぇ。そうなると……一つのアイディアが浮かんだ。


「魔法でお願いします」


 エディング伯爵が手を上げると、護衛騎士が下がった。そして、手にした白い宝玉の杖に、魔法陣を出して充填し始める。ソフィアリーセ様が言った通り、充填速度が早い。俺の特殊スキル〈充填短縮〉と同じくらいだ。


「〈フリーズウォール〉!」


 30m程離れた場所に、氷の壁が生えた。氷属性の壁魔法か。


「得意の魔法を見せてみよ。魔力の充填一つでも、努力が見えるからな」


 魔力の扱いに慣れていないと、充填も遅くなる。それに、的となる氷壁が、そこそこ遠い。ランク3の範囲魔法でもなければ、当てるのは難しいだろう。それこそ遠距離の練習をしていないと……つまり、範囲魔法はマイナスだな。


 俺はランク4のジャベリン系も練習しているので当てられると思うが、それでは地味だ。派手に驚かせろって、ソフィアリーセ様のお願いもあるからな。


「先に、壁を増やします。念の為ですが……」


 そう、前置きして、ストレージからワンドを取り出す。

 みすぼらしい木の枝、手作りワンドに周囲から失笑が聞こえるが無視。特殊スキルの〈充填短縮〉の力も借りて、さっさと完成させる。


「〈ストーンウォール〉!」


 氷壁の少し手前に炎の壁を並べた。それに続いて〈アクアウォール〉、〈フレイムウォール〉、〈ウィンドウォール〉を立て続けに並べる。


 その頃には失笑は消え、代わりに感嘆する声が少し聞こえた。

 まぁ、こんな木の棒で、伯爵クラスの充填速度を出し、初級とはいえ4属性全て使える事を見せたからな。


「では、私の切り札を見せましょう!!!」


 特殊アビリティ設定を変更し、プラズマランスを取り出した。槍を目の前に立てて持ち、魔力を込める。すると、柄に並ぶ宝石から中央の宝珠、そして刃の装飾へ光が延び、雷を纏った。


 穂先にまで到達したあと、巨大な魔法陣が現れる。それに充填しながら、槍を構え直し、的の壁に向けた。

 更に駄目押し!


「〈魔攻の増印〉!」


 魔法威力アップのスキルだ。充填中の魔法陣の外側に、追加の光輪がくっ付いた。

 魔法陣が完成に近付くにつれ、周囲から息を呑む音が聞こえる。


「撃ち貫け!!〈プラズマブラスト〉!!!」


 その瞬間、槍の穂先の魔法陣から、極太のレーザーが走った。以前撃った時よりも、直径が大きい。大きすぎて、俺からは前が見えないほどだ。


 光が収まったとき、石壁と氷壁の下部分が少し残されているだけだった。

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