第209話 りんごの指名依頼と、食べ比べ

 アメリーさんが説明してくれたが、名前のまんまだった。

 ギルドに登録された探索者、個人若しくはパーティーを指定する依頼と言うだけ。ただし、ギルドを通すので、報酬の他に手数料を取られるそうだ。


 少し割高になるにも関わらず、プリメルちゃんは二つ返事で了承し、依頼書の書き方をレクチャーしてもらい始めた。


「あ、指名先はザックスさんではなく、パーティー名の『夜空に咲く極光』で記載してください」


「夜空に咲く? ……なんか変わった名前」


 ポツリと聞こえたけれど、精一杯考えたんですよ! オーロラナイトよりマシじゃい!

 流石に口には出さず、内心に留めていると、またもや横合いから声が掛かった。


「おーい、こっちは終わったぞ……って、ザックスじゃねぇか。久しぶりー。

 んで、プリメルは何してんだ?」


 少し離れたカウンターで、受付嬢と話していたテオだ。俺の肩を叩くので、簡単に経緯を話してやると、


「あー、お前から貰った菓子を大喜びで食べてたからなぁ。自分で金を出すなら、いいんじゃねぇか?

 それにしても酷いんだぜ。プリメルと僧侶のピリナの2人だけで、殆ど食っちまったんだ。俺にはクッキー1つだけとかよぉ……」


「普段は『甘いもんは酒に合わない』とか言って、食べないくせに……味音痴のテオにはそれで十分。

 依頼書、書けました」


「はい……問題無いですね。ザックスさん、内容を確認して、受諾するなら、サインをお願いします」


 アメリーさんが軽く目を通し、何やら書き込んでから、依頼書をこちらに渡してきた。俺も目を通すと、 『蜜りんごを使ったお菓子の納品。試食は大歓迎! 報酬は要相談。期限は明日の午前中』と、書かれている。


 ふむ、ギルドのおやつ依頼と殆ど同じだ。ただ、量が記載されていない。流石にギルドと同じ、1ホールは大きい気がする。8~10人前はあるからな。そこら辺を聞いてみると、


「……4人分で」

「おっ! パーティーメンバー分用意してくれるとは、プリメルは気が利くなぁ」


「え?! 明日は休みだから、私とピリナの午前と午後のおやつで4人分……夕飯のデザートも入れて6人分がいいかな?」

「おいおい、そりゃあないぜ! だいたい、そんなに食うと太る……ブフッ」


 女性に向かって禁句を言ったテオは、即座にウサミミで顔叩かれていた。それだけではなく、アメリーさんも冷たい目線になっているし、奥のデスクにいる他の受付嬢も、こちらに目を向けている。


「俺は明日、他の要事があるので、レスミアに納品するように頼んでおきます! では!」


 依頼書に、サインをしてから、そそくさと退散した。口が軽いのは見た目通りだけど、俺を巻き込まないで欲しい。



 少し離れた掲示板の前にベルンヴァルトがいた。先に鉱物系の納品依頼を見てくれている……はず。


「目ぼしい依頼は見つかった?」

「ん? ああ、リーダーか。大丈夫だ、他の女とイチャついてたのは、レスミアには黙っとくぜ」


「違うって、只の知り合いだ。それによく見ろ、カップルだろ!」


 勘違いされては堪らないので、即座に否定して、カウンターの方を指差す。すると、プリメルちゃんが手にした杖で、テオの脇腹を突っついている。追加で、余計な事を言ったのだろうか?


「あーー、カップルか分からんが、仲は良さげだな。

 まぁ、いいか……銀鉱石とチタン鉱石の買い取りはあるんだが、この木札を見てみろ」


 そう言って指差したのは、依頼書の下にぶら下がっている、受領するための木札だ。それを手にとって見ると、依頼番号の他に『ツヴェルグ工房』と書かれている。順に別の札を見ていくと、全て別々の工房の名前が書かれていた。


「なるほど、伝手が欲しい工房を選んで納品することも出来るのか」

「そうは言うが、どれが良いか分からん。

 それに、明日には領主様から後援が貰えんだろ? どれでもいいんじゃねぇか?」


「あーー、そうだな。伝手は多くてもいいと思うけど……取り敢えず、フォルコが商会とか工房を調べているから、相談してみよう」


 銀鉱石とチタン鉱石の納品依頼を出している工房をメモし、帰宅した。




 夕飯後に、男子部屋に集まった。

 宿に戻った時には、二日酔いのような顔でぐったりしていたレスミアも、追加の〈ディスポイズン〉と夕飯で、少し元気が戻った。

 ただ、お酒が更に苦手になったようで、クゥオッカワラビーにリベンジする気も起きないらしい。ベルンヴァルトが晩酌にウォッカを飲み始めた時には、テーブルの端に逃げた程だ。


 まぁ、アルコール度数が高いせいか、割らずにストレートで飲んでいるせいか、いつもより酒臭いには確か。女性陣の反乱により、カウンター席に追いやられていたけど、他の酒飲み客と楽しそうに飲んでいたので問題無い。


 現に今も窓際で飲んでいる。500mlはあった筈のウォッカも既に飲み干し、自前の樽ワインをジョッキに注いでいた。



 それはさて置き、明日の予定を再確認して置く。

 俺は朝から領主様と面会、他のメンバーは自由行動。ただし、午後からは宿を引き払って移動だそうだ。何処に移動するのかは、領主様から指示があるらしい。


「あ~宿屋生活も楽で良かったのに、もう終わりか~」

「ほぼ、観光客だったものね。私は習った料理の復習がしたいから、好きに使える厨房が恋しいわ。明日の夕飯は作れるかしら?」

「あ、それならお魚買いにいかないと! 私もダンジョンはお休みするので一緒に行きましょう。トリクシー、良いお魚屋さんは有りました?」


 メイドトリオは姦しく声を上げ、明日の予定を立て始めた。楽しそうなところに水を差して悪いが、待ったを掛けてから、お菓子依頼についてお願いした。



「納品しに行くのは構いませんよ~。でも、蜜りんごのお菓子は範囲が広いですね。殆どのお菓子に蜜を使っていますから……」

「以前あげたアップルパイを喜んでくれたみたいだからね。りんごを使ったお菓子で頼むよ」


 レスミアとベアトリスちゃんが顔を突き合わせて相談し始め、それにフロヴィナちゃんも茶々入れしていた。

 その間に、フォルコ君にも工房のメモを見せ、評判を聞いてみた。


「このリストの三分の一は、調べてあります。この最初に書いてあるツヴェルグ工房は評判が良く、人気ですよ。貴族街の大通りに店を構えていますから……ただ、オーダーメイドは順番待ちが多く、かなり時間が掛かるとか」


 店頭に並んでいる商品なら、そのまま買えるそうだけど、鎧とかはサイズが合った物の方が良いよな? 鉱物の納品を繰り返して後援を得られるくらいになれば、優先して貰えたりするか?


「後、商人からの評判は良くありませんが、この工房は平民街の住民……買い物客の奥様から聞いた話だと、良い包丁を取り扱っている刃物専門店だそうです」


 フォルコ君はリストの最後にあった店を指差した。


「フェッツラーミナ工房……刃物専門って事は、剣とかサーベルは作っているのか? 商人からの評判が良くないってもの気になるけど」

「噂では納期を守らないとか、注文を受けてくれないとか……そこら辺も含めて、明日調査してきましょう」



 フォルコ君との話が終わるころには、メイドトリオの話し合いも終わったようだ。りんご押しと言う事で、焼きりんごに決まったらしい。ただ、ストレージに預かっている焼きりんごは数種類ある。どれを出すのか聞いてみたところ、


「私は焼きりんごの丸ごとパイ包みが良いと思います!」

「ミーアはそっちですか……それなら私は、見栄えの良い焼きりんご飴にしましょう」

「それなら、どっちにするか食べ比べしよ~」


 との事で、両方を取り出して、デザートタイムとなった。



【食品】【名称:焼きりんごのパイ包み】【レア度:E】

・りんごの芯を抜いた後、丸ごとパイで包み、オーブンで焼き上げたお菓子。りんごの中心にはカスタードクリームが詰め込まれており、切ったとたんに溢れ出す。見た目が可愛く、お子様に人気のお菓子。

・バフ効果:知力値小アップ

・効果時間:10分



 見た目は真ん丸なパイで、頭頂部には枝に見立てたシナモンスティックが刺さっている。りんごの形なのも人気の一因だろう。くし切りに6等分すると、中のカスタードクリームが溢れ、パイ生地に付いた。パイがふやける前に口にすると、サクサクの触感と、焼きりんごの蕩けるような触感を一緒に楽しめる。

 カスタードクリームに使われている牛乳や卵は牧場産なので、濃厚なのは言うまでもない。それを、程よい甘さの焼きりんごと一緒に食べると、甘いながらも後味はあっさりしていて、いくらでも食べられそうだ。



【食品】【名称:焼きりんご飴】【レア度:E】

・りんごの芯を抜き、オーブンで焼き上げた後、飴でコーティングしたお菓子。りんごの中心にはホイップクリームが詰め込まれている。見た目が可愛く、お子様に人気が出そうなお菓子。

・バフ効果:知力値小アップ

・効果時間:10分



 トゥティラちゃんの誕生日祝いの花火を打ち上げた後、興奮したメイドトリオと話している内に考え出されたお菓子だ。いや、日本のお祭り料理で出来そうなものを話したところ、りんご飴は簡単に再現されてしまった。

 ただ、料理人的には簡単すぎるので、アレコレ改良した結果だ。形が崩れない程度に焼いたりんごを冷ましてから、ホイップクリームを詰め込み、周りを飴でコーティングする。

 りんご飴のように噛り付くのではなく、ナイフで切り分けるタイプのお菓子だな。くし切りにして6等分する。

 飴のカリカリ触感と、半生でしゃくりと音を立てるりんごが良い。


 まぁ、どっちも美味しい。どちらにするかと言われると、難しい。皆で一切れずつ食べ比べているが、全員即答は出来ないようで、悩んでいる。

 しかし、それをフロヴィナちゃんが笑い飛ばした。


「そんなの、どっちも持っていけばいいじゃん!

 その兎人族の女の子は毎食デザートにしたいって言っているなら、2種類あっても良いし、ギルドの職員さんも沢山いるから、好きな方を選べばいいだけだよ~」


「いや、気付いていたなら、わざわざ食べ比べしなくても良かったじゃないか?」

「え~、りんごの話をしてたら、私も食べたくなったんだよ~」


 夕飯のデザートは食堂で食べた後なんですけどね。一瞬、禁止ワードが思い浮かんだが、テオの様に殴られたくはないので、黙っておいた。

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