第208話 1日の成果とケーキの評判

 15層に降りてから、〈ゲート〉で脱出した。

 切の良いところで引き上げたところ、現在16時。ダンジョンの入口は、そこまで混雑していない。今日は色々採取出来たので、そのまま買い取り所に向かうことにした。




「つーかよ、1日でレベル15まで上がるとは思わんかったぜ。中々強そうなスキルも覚えられたしな」


 鬼足軽のレベルが、かなり上がっていた。14層で、仲間呼び狩りをしたお陰だな。経験値増3倍を付けて、100匹以上倒しているので、実質300匹分以上の経験値が得られたのだろう。


 これなら、サポートメンバーも簡単にレベル上げが出来る……と、思ったが、ダンジョンを怖がっていたフロヴィナちゃんを、蟻の屠殺現場に連れて行くのは酷だよな。トラウマ待ったなしだ。

 大人しく20層を目指したほうが良いな。ボス部屋は広いので見学が居ても安全なはず。


「まぁ、今日1日で5階層分進んだから、後2日もあれば20層に行けそうだ」


「やっぱり、魔法があるから早いんじゃねぇか? 俺の時は1日で2層進めれば良い方だったぞ。採取も時間が掛かるし、重い背負籠を持たんでいいのもあるな。リーダーのお陰で快適なのは、間違いない!」


 そう言ったベルンヴァルトは、俺の背中をバンバンと叩いた。

 採取系ジョブが居ないと大変そうなのは、よく分かる。ダンジョン内ですれ違ったパーティーの半分くらいは、重そうな背負籠や背負子を身に付けていた。


 ……アイテムボックスと、言うか特殊アビリティ設定のお陰ではあるが、素直に褒めて貰えるのは嬉しい。ちゃんと使いこなせているって事だからな。




 鬼足軽はレベル10で、筋力値中アップを覚えた。これで筋力値のステータスがBに戻り、ツヴァイハンダーも扱えるようになっている。

 そして、レベル15ではスキルを2つ覚えた。



【スキル】【名称:肉切骨断】【パッシブ】

・敵からのダメージを受けた後、次の攻撃にダメージ分を上乗せする。

 また、一撃で50%以上のダメージを受けた場合、少しの間だけ痛覚を遮断する。



 集魂玉でパワーアップ出来るのに、まだ攻撃力を上げようとするとは……

 痛覚カットは、起死回生の一撃になりえるけれど、個人的にはそんなギリギリの戦いはして欲しくない。



【スキル】【名称:旋風撃】【アクティブ】

・魂玉を1個消費して発動する。武器を振り回し、周囲の敵を薙ぎ払った後、敵の1体へ踏み込み叩き潰す。



 ようは、〈フルスイング〉のバリエーションだな。ノックバックしなくなった代わりに、追加でもう一撃加える感じだと思う。

 攻撃一辺倒過ぎる。

 それと、集魂玉が必要な点は、使ってみなければ評価し難い。今のところ、集魂玉は1個しかストック出来ないので、普通に使って筋力値を上げるか、旋風撃で範囲攻撃するか、戦闘の状況次第だろう。




 買い取り所では、背負籠に鉱石玉を入れて、ベルンヴァルトごと鉱石の買い取り所へ送り出した。


 折角手に入れた銀鉱石とチタン鉱石だが、錬金釜がなければ調合出来ない。ついでにスキルも〈中級錬金調合〉は、まだ覚えていない。

 それならば、売って購入資金に充てる積もりだ。


 ……最近は支出の方が多いからな。



 俺の方は植物系のカウンターに並び、中樽の樹液やプリンセス・エンドウ等を売り払った。村のときと同じく食材は半分ストックに回したので、お値段的には大した事がない。その代わり、樹液は2樽で4万円と、なかなか良い値段で売れた。


 担当してくれた職員のお姉さんは、今朝方のレアチーズケーキの試食を見ていた人のようで、


「アメリーが合格出しただけあって、あのチーズケーキ美味しかったわぁ。ンフフ、あの猫人族のお嬢ちゃんに、次も楽しみにしてるって、伝えておいてね」


 売却金を手渡される際、そんな褒め言葉と伝言を頼まれた。

 何か引っ掛かりを感じたが、手を握られながらお金を渡されていると、吹き飛んでしまった。

 大人の魅力と、大きな胸元が溢れそうな女性に手を握られ、笑いかけられたのだからしょうがない。




 買い取りを終えた後、待ち合い椅子に座りベルンヴァルトを待つ。5の鐘が近付くに連れて人通りが増え、カウンターに並ぶ列が長くなる。

 それを見ていると、嫌なことに気が付いた。さっきのお姉さん、若い男性相手には必ずと言っていいほど、手を握って代金を渡している。対する男は、デレデレして胸元を見ていた。


 ……そう言えば、コンビニとかでやられたなぁ。たったあれだけで、女の子に好意があると勘違いして、通ってしまうのだ。

 先程の俺も、あんな顔をしていたと考えると不味い。1人の時で良かった。


 それにしても、受付嬢の制服は胸元が空きすぎだ。アレでは目が吸い寄せられるのも無理はない。

 先日行った獣人用の服屋、あそこの服よりはマシだけれど。



 猫人族のような『○人族』は、外見がほぼ人族と同じなので、尻尾穴が空いている程度だ。

 ただ、沢山の種族があるので、露出の多い物もある。翼がある天狗族用などは、背中を大胆に出ている服だった。これも、夏場には他の種族に売れるらしい。レスミアが試着して見せてくれたが、とてもセクシーだった(ただし、未購入)


 犬族などの獣に近い『〇族』の服は、もっと露出が大きい。自前の毛皮を持った種族用なので、肩出し腹出しは当たり前。外出用のビキニ売り場は、ほぼ下着売り場で居心地が悪かった。


 それに、以前町中でワンピースを着た虎族のお姉さんを見かけたが、あれも暑さ対策で薄手の服らしい。薄手の物も色々有り、シースルーのように透けるほど薄い服もあった。まるで踊り子が着る服のような……レスミアは恥ずかしがって、試着もしてくれなかった。(もちろん、未購入)



 そういった獣人の服事情を踏まえて、列に並ぶ獣人の探索者を見ると、薄着や部分鎧の人ばかり。もふもふなだけに、着込むと暑いのだろう。


 そんな風にヒューマンウォッチングをしていると、ベルンヴァルトが戻ってきた。混み合っていても、周りより頭1つ分デカいので分かりやすい。


「ホイよっと、結構良い稼ぎになったぜ。これなら、蟻退治で稼ぐのも悪くねぇな」


 渡された革袋には、大銀貨まで入っていた。鉱石系で14万円、植物系で5万5千円。今日だけで20万円弱稼ぐことが出来た。


「20層以上が当面の目標だけど、短時間の金稼ぎには良いかもな。

 ……今日と同じ規模を3回やれば、各種100個くらい集められそうだ。それに、鉄鉱石や銀鉱石100個を納品する、恒常依頼が掲示してあったよな?」


「そりゃあいい。帰り道なんだ、受付の掲示板見てこうぜ!」


 出入り口が3つもあった一般の方とは違い、貴族用の出入り口は1つしかない。買い取り所から出るには、受付部屋を通り抜ける必要があった。


 込み始めて来た買い取り所を出て、受付部屋に入ると、見覚えのあるウサミミが目に入った。

 知り合いなので挨拶くらい、声を掛けたほうが良いかと思ったが、その横ではテオが受付嬢と話している。


 ……邪魔しちゃ悪いか。


 声を掛けずに通り過ぎようとしたところ、ウサミミのプリメルちゃんが明後日の方を向いている事に気が付いた。

 その視線の先に目を向けると、カウンター奥のデスクでレアチーズケーキを食べているアメリーさんがいる。


 5の鐘以降は、買い取り所の応援に行くと聞いた覚えがあるので、その前の休憩だろうか?

 蕩けるような笑顔で食べ終わり、お茶を一口飲む……その動作で目線が上がり、目があった。そのまま手を振られ、声を掛けられる。


「お疲れ様です、ザックスさん。このチーズケーキ、評判は上々ですよ。納品の際にいた娘達から広まったみたいで、あっという間に売り切れてしまいました。私も自分用に確保していて正解でしたね。

 また、次の納品を楽しみにしていると、レスミアさんにお伝え下さい」


 料理人の2人は料理を褒めると、殊の外喜んでくれるからな。アメリーさんの言葉も喜ぶだろう。そう、返そうとした時、横合いから別の声が割り込んできた。


「あの……さっき食べてたケーキ、ザックスさんのお菓子なんですか?」


 声のした方を見ると、うさ耳が揺れている。視線を降ろすと、無表情のプリメルちゃんがいた。


「あら、プリメルさん。ええ、おやつの依頼で納品して頂いたレアチーズケーキですよ。チーズが物凄く濃厚で、貴族街のお菓子屋さんに並べられそうな美味しさでした」


 頬に手を当てて、先程の味を思い出したかのように、顔を綻ばせた。それに対して、プリメルちゃんは無表情ながらも、ウサミミをみょいんみょいん動かす。


「分かる。普段食べてるアップルパイよりも、一段……二段は美味しかった。蜜りんご良い」

「あら? プリメルさんもお菓子を頂いたのですか? 

 蜜りんごのお菓子も良いですよねぇ。この町だと流通量が少ないのが難点ですけど」


 2人は顔を見合わせた後、何故か揃って俺の方を向いた。アメリーさんはニッコリと笑い、プリメルちゃんは上目遣いでじっと見てくる。


 どことなく圧を感じて、察しがついた。お菓子の要求だ。


「分かりました。次の納品では蜜りんごを使ったお菓子にするよう、レスミアに言っておきます」

「あら? 悪いですねぇ。楽しみにしていますよ~」


 微塵も悪いと思ってなさそうな笑顔で、答えが帰ってきた。まぁ、顧客の要望に合わせた方が、試食で合格しやすいだろう。


 ただ、未だに、こちらを見ているプリメルちゃんはどうしようか?


 子供ならお菓子をあげるのも、やぶさかでない。でも、24層に潜っていると前回会った時に聞いているので、成人済みだろう。考え過ぎかも知れないが、お互いに恋人がいる状態で、お菓子をプレゼントするのも後々気不味くなる気がした。


 ……レスミアがいるし、明日にはソフィアリーセ様への婚約を願い出るっていうのに、『前日に他の女の子、口説いていました』なんて誤解を生みそうで怖い。特に、カウンター奥にいる受付嬢が、チラリチラリと様子を見てくるし、アメリーさんは楽しそうに笑ったままだ。それは、フルナさんが揶揄ってきた時と同じ笑顔な気がした。


 対処に困って、ベルンヴァルトに助けを求めようと視線を巡らせるも、近くに居なかった。いつの間にか、少し離れた所の掲示板を見に行っていたようだ。

 そうこうしている間に、ウサミミが徐々に垂れ始めた。


 ……あ、これはこれで、不味い。取り敢えず、無難な選択をするしかなかった。


「えーっと、プリメルちゃんにも、お菓子を売りましょうか?」

「良いんですか!!!」


 垂れ下がっていたウサミミが跳ね上がった。上目遣いのまま、少しだけ嬉しそうになる。

 しかし、横合いから、アメリーさんの注意を受けた。


「駄目ですよ、お二人共。

 商業ギルドに登録もしていないのに、売買されては困ります」


 商店や屋台、露天など、街中での商売には、領主様の許可がいる。そして、それを代行して管理しているのが、商業ギルドらしい。利益の一部を税金として、領主様に納めているので、無許可の売買は見咎められる。

 しかも、商業ギルドと提携しているダンジョンギルドの職員の目の前で、取引しようとしたのが俺達の状況だった。


「まぁ、友達同士で材料費を渡す分には、私も目くじらも立てませんが、お二人共そんな感じはしませんよね?

 ザックスさん、ヴィントシャフトに来たばかりですし……


 仕方がありません。頼れる私が良い案を出しましょう!

 プリメルさん、指名依頼を出すのは如何ですか?」


「……詳しく!!!」


 カウンターをウサミミでポンポン叩きながら、食い付いた。

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