第205話 ウォッカと樹液採取
ダンジョンの12層に降りた。ここでベルンヴァルトと待ち合わせる予定だったが、まだ来ていないようだ。
ベルンヴァルトには迷わないように地図本、素早いクイックワラビーやクゥオッカワラビーと戦えるように、雷のホーンソードを貸し出している。そして、気休めかもしれないけれど、虫取り網代わりのかすみ網(罠産)も一枚渡した。上手くやれば、投げられたお酒をキャッチ出来るかもってね。
ふむ、待っている間に虫取り網を作っておこうか。
クゥオッカを追い掛けていたオッサンが持っていたからな、キャッチし易くなるに違いない。
ヒカリゴケが多く、明るい部屋の隅に移動して、作業を始めた。
プラスベリーの細く長い枝を選び、〈メタモトーン〉で柔らかくして大き目の輪っかを作る。
そこに袋状にしたかすみ網をくっ付けるだけなのだが、かすみ網を袋状にするのが、面倒な作業だった。細かい網目を〈メタモトーン〉でくっ付ける必要があったからだ。
チマチマ作業をしていると、階段を降りてくる音が聞こえた。足音は一つだけ。そろそろ来たのかと目を向けると、降りてきたのは、予想通りベルンヴァルトだった。何故かずぶ濡れだけど……
「お疲れさん、倒せた?」
「ああ、随分と追い掛ける羽目になったが、なんとかな。あのぬいぐるみ、逃げながら罠のある所に誘導しやがって、何度も罠に掛かっちまった」
ずぶ濡れなのは、『落水の罠』に掛かったせいらしい。他にも『弓矢の罠』で射られた矢は、金砕棒を盾代わりにして防ぎ、『落石の罠』は肩に直撃したけど、防具のお陰で我慢出来るレベルだとか。
「大した怪我でもねぇよ。それで、お返しに落ちてきた石をぶん投げてみたら、運良く当たってな。動きが鈍くなったから倒せたって訳だ」
HPバーの減りも微々たるものだったが、念の為〈ヒール〉と〈ライトクリーニング〉を掛けておいた。
「あんがとよ。コイツは晩酌に飲むから預かっといてくれ」
【食品】【名称:ウォッカ(ノーマル)】【レア度:D】
・小麦を原料とする蒸留酒。アルコール度数は40度と高いが、癖が少なくスッキリとした味わい。飲み過ぎ注意。
入手する場所によっては、その階層で取れる果糖やフレーバーが入る事があるが、これは何も入っていないノーマル。 水割りや、果汁で割ったカクテルにする事をおススメする。
ビニール袋の重さ的に500mlくらいだろうか。それが1つなのでノーマルドロップのようだ。レアドロップの幸運のぬいぐるみなら依頼で100万円になったのに、惜しい。
ベルンヴァルトに貸していた地図や剣などを返してもらう。その時、一緒に返してもらったかすみ網がアルコール臭い事に気が付いた。〈ライトクリーニング〉を掛けながら、話を聞くと、
「両手で広げて、受け止める事は出来たんだがなぁ。そのまま、網の中を滑り落ちて、地面で破裂しちまったよ」
「そんな事ともあろうかと、虫取り網を作成中だ!」
作りかけの虫取り網……改め、酒取り網を見せてやると、たいそう喜んでくれた。アドラシャフトでまとめ買いした酒樽とは違うお酒であり、且つ、ひと舐めして度数の強さが気に入ったらしい。
「よっし! 次に会ったら、アイツの袋が空になるまで毟り取ってやるぜ!」
ヤル気になったのは良い事だ。虫取り網は完成してないけどな。そして、ストレージにウォッカをしまう前、ふと気になり〈相場チェック〉を掛けてみた。すると、『1万円』と表示される。
……500mlで1万! 庶民の俺からしたら十分に高級酒だよ!
他の食材と同じく、手に入った分の半分は俺が好きにしていい雇用契約にしておいて良かった。これがなかったら、ベルンヴァルトに全部飲まれてしまうところだった。
12層を探索していく途中、空腹を覚えた。懐中時計を見ると、既に11時を回っている。階段はまだまだ遠いので、少し寄り道して採取地に行くことにした。
植物系採取地なら、ロックアントも入ってこないので、ゆっくり食事が取れる筈だ。
10分程で辿り着いたが、既に他のパーティーが採取した後の様で、半分程しか実っていなかった。手分けして回収する。と言っても、群れキャベツや、薬草などは〈自動収穫〉であっという間だ。
その中には、初めて見る素材もあった。
【素材】【名称:ソープワート】【レア度:E】
・ナデシコ科のハーブ。葉と茎を煮込むと液体石鹼、シャンプーになる。ダンジョン産の方が、効果が高い。
また、根を煮だして作る石鹸は、織物やウール等に付いた汚れをよく落とすが、若干の毒性が有る為、目や口に入らないよう注意。用途によって、使う部位を間違えないようにしよう。
星型の白やピンクの花弁が沢山集まっており、ほんのりと甘い香りがする花だった。鑑定文のナデシコ科というのも納得の可憐な花である。ただ、〈葉物収穫の手腕〉では、葉っぱしか〈自動収穫〉されなかったので、残った茎や花を、根っこごと引き抜いて収穫した。
根っこも洗濯用洗剤として使えるならば、多分需要もあるから買い取って貰えるだろう。花に関しては何も書かれていないが、パララセージの様にポプリに出来るかもしれないからな。
〈自動収穫〉を終えて、今は壁に生っているプリンセスを手作業で収穫している。
「もうちょい先、15層まで急いだ方が良いかも知れんぜ。ここは日帰り出来る距離だからな」
「いや、もっと先の20層まで行った方が良いって。素材採取は後から、階段に近いのを回れば良いし。
もっとも、稼ぐならフィールド階層の方がいいんだけど……」
村の22層とか、取り放題だったからな。あれに慣れるとギルドの半分ルールが恨めしくなる。
ルールだから律儀に守っちゃうけど。
粗方取り終わった後、新しい採取に挑む事にした。採取部屋の中心付近に、初めて見る木が4本立っている。
【植物】【名称:魔木ザフランケ】【レア度:E】
・ダンジョン固有の樹木であり、地面から吸い上げたマナを大量に含んでいる。マナが貯蓄出来る許容量を超えた場合、幹の先の蔓から、周囲に向かって樹液を吹き出す習性がある。この樹液にもマナが大量に含まれており、周囲の植物の育成を早める。
周囲の他の植物が欲しい場合、ザフランケの樹液は採取しない方が良い。
そう、売店で教えてもらった樹液の内の1つ。採取方法的にレスミアが居ないのが残念……
ザフランケの木はちょっと変わっている。杉の木のように真っ直ぐ伸びているのだが、葉っぱが付いているのは横枝だけ。下から見上げると幹の直上だけ葉が無く、ドーナツ状に生い茂っている、そして、幹の先端が蔓状になっているのだ。樹液はこの先端の蔓から取れる。
つまり、木登りして上から蔓を引っ張り降ろす必要がある。
俺も木登りが得意という訳でもないが、ベルンヴァルトよりはマシということで、挑戦した。
登りやすくするために〈付与術・敏捷〉と〈付与術・器用〉を掛け、更に落ちても大丈夫なように〈付与術・耐久〉を保険として重ね掛けする。
下の方は掴まる所も無いが、3mくらいに枝があるので、レスミアを真似て幹を蹴り、跳び上がって無理矢理掴んだ。そこを起点に、なんとか登り始めることが出来た。
ただ、上に行くほど枝が細くなる。1本の枝に体重を掛けると折れてしまいそうだ……いや、メキメキ音が鳴っただけだからセーフ。両手両足で別々の枝に体重を分散させて登った。
頂上付近に登りつくと、そこにはトグロを巻いた蔦があった。巻数が多いので蛇というよりは、ホースが巻かれたリールにも見える。
……ふむ、水撒きをする蔦だから、ホースっぽいのかね?
取り敢えず、蔦の先の方を手繰り寄せ、腕に軽く縛り付けてから下に降り始めた。
降りるのは簡単。幹にしがみついて、下に降りるだけ。降りる速度は、手や足のしがみつく力を加減してやればいい。
まぁ、耐久値を上げているので、飛び降りても大丈夫だとは思うけれど……
ヒーローみたいに、高い所から宙返りしつつ、カッコ良く着地するのはロマンがある。ただ、受け身も取らずに着地出来るかは、疑問である。耐久値補正をもっと上げるとか、〈猫着地術〉は欲しい。
カッコ付けた所で、ベルンヴァルトに見せても、しょうがないからやらんけど。
益体もない事を考えていたら、地面に着いた。
「苦手と言いながら、簡単に登れたじゃねぇか。ホラ、ロープを結んでおいたぜ」
ベルンヴァルトには、幹にロープを結ぶよう頼んでおいた。上から引っ張ってきた蔦をロープで結び止め、上に巻き戻らないようにする。
後は、その下に樽(中)を置き、注ぎ口に漏斗をセット。蔦の先端を採取ハサミで切ると、白っぽい半透明な樹液が溢れ出した。水道の蛇口を全開にしたかの様な出だ。
気を良くして、2本目の木に取り掛かる。要領は分かったので、それ程時間は掛からなかった。
2個目の樽をセットすれば、採取出来る分は全てだ。樹液が貯まるのを待ちながら、昼食にした。
「うめぇ! ダンジョン内で焼き立てのステーキが食えるとはなぁ。お代わりくれ!」
「ホイホイっと、違う味のソースも出しとくよ」
ステーキと言っても、普通のトンテキだ。豚肉がベルンヴァルトの好物なので、焼き立てが大量にストレージに入っている。離に居た時からよく食うのは分かっていたからな。鬼人族は肉食なのかと思うほど、よく食べる。パンも食え。ちょっと硬い茶色パンを押し付けておいた。
まぁ、村で取った豚肉は沢山有るので、食費に問題はない。
これで、好物がアドラシャフトの牧場産の牛肉だったら、ヤバかったけどね。貴族向けの牛肉なので、お高いらしく、離れのキッチンでも補充される量は少なかった(料理課題の達成報酬)。その分、美味しいので、レスミアとベアトリスちゃんが何の料理にするか厳選していたくらいだ。(普段使いの牛肉は別に有るが)
俺も食事をしながら、ちょくちょく樽の様子を見る。樹液の出が良かったのは最初の数分だけ。そこから徐々に勢いが落ちていき、10分もするとチョロチョロと出てくるレベルに落ちてしまった。
売店のお姉さんによると、このままでも中樽をいっぱいにするくらいは出てくるそうだ。ただし、時間は掛かる。
そこで、魔法使いにしか出来ない裏技だ。
木の根元に、ランク0の便利魔法〈ウォーター〉で水を撒く。水浸しになるくらいに撒いたのに、あっという間に地面に吸収されていった。ザフランケの木が吸水したのである。
少しすると、蔦から出る樹液の量が、目に見えて増えてきた。
これは、普通の水では駄目で、魔法で出した水でなければならない。マナを蓄える魔木なだけに、魔法の水のマナを吸収しているのだろう。
【素材】【名称:ザフランケの樹液】【レア度:E】
・魔木ザフランケから採取された樹液。マナを多く含んでいるため、錬金術で扱いやすい。精製することで、インク、接着剤、革の硬化処理などに利用されている。
3回ほど水やりをした後、ようやく樽が満タンになった。樽の栓をしてからストレージにしまい、未だにチョロチョロ流れ出ている蔓の縄を外す。すると、巻き取られるかのように、樹上に戻っていった。
その勢いに乗ってか、木の天辺でスプリンクラーのように蔦が振り回され、樹液が霧となって振りまかれる。
霧は採取部屋いっぱいに広がり、天井のヒカリゴケの光を乱反射した。それは淡い光となって広がり、幻想的な風景となる。
……フィールド階層でもない、只の採取部屋でこんな光景が見られるとは。レスミアにも見せてあげたかったな。まぁ、これから何度も採取に訪れるのだから、機会はあるか。
数分で霧は消えていった。マナを含んだ樹液の霧なので、周囲の植物やヒカリゴケにマナが吸収されていったのだろう。
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