第204話 アルハラな魔物

「レスミアッ!!」


 ……引火物というだけではなく、毒物だったか!


 毒を吸わぬように、息を止めて駆け寄り、助け起こす。ジョブを入れ替え、僧侶を追加しながら、この場を離れる……そのつもりだったが、動けなかった。

 お姫様抱っこしたレスミアが手を伸ばし、俺の首筋に吸い付いてきたからだ。


「アハハハ~、ざっくしゅしゃま、だいたん~。でも、しゅき~」


「大胆なのは、そっちだろ!」


 呂律の回らない声で囁かれ、思わずツッコミ返してしまう。その時、息を吸った事で、鼻に付くアルコール嗅に気が付いた。


 ……毒じゃなく、お酒?!


 度数の高いお酒は、火が点くと聞いたことがある。通路で燃えた液体も、それか!

 緊急性のある毒とかでなく、良かった。落ち着いてから気が付いたが、視界に映るパーティーメンバーのHPバーには、状態異常を示すアイコンは出ていない。

 ホッとしたのも束の間、少し離れた所からベルンヴァルトの声がした。


「クソッ、避けんじゃねぇ!!」


 金砕棒が振り回されるが、見た目に反して、ぬいぐるみは素早い動きで回避した。それだけに飽き足らず、お腹の袋からビニール袋を取り出して投擲する。

 金砕棒を振るった直後のベルンヴァルトは、避ける事も出来ず腕でガードし、ずぶ濡れになった。


 その隙に、ぬいぐるみは脱兎の如く、小部屋から逃げ去っていく。その背中に〈詳細鑑定〉が間に合った。



【魔物】【名称:クゥオッカワラビー】【Lv11】

・クイックワラビーの希少種。もこもこしたぬいぐるみのような見た目とは裏腹に、通常種よりも素早い。性格は臆病で外敵に狙われると逃げ出す。その際、お腹の袋から酒の入った袋を投げ付けて牽制し、逃げ出す隙を作る。この袋はスキルの効果で、硬い物に接触すると破裂するので、注意が必要。

 普段は物陰に穴を掘って隠れているが、好物の松ぼっくり見つけると、思わず出てきてしまう。

・属性:風

・耐属性:土

・弱点属性:-

【ドロップ:ウォッカ】【レアドロップ:幸運のぬいぐるみ】



 ……レア種!


 いや、一瞬だけ異変かと思ったが、そうではない。種別も『幻獣』ではなく、只の魔物である。宿屋の女将さんが言っていた、幸運のぬいぐるみをドロップするのレア種に違いない。


 村の時のような強個体ではなく、偶に出現すると言う意味でのレア種だと思う。ある意味では、レスミアを一撃で倒す、強敵でもあるけどな。

 その、レスミアは酔っ払ったままだ。何故か俺の頬に顔を寄せて、スリスリしている。

 咽返るようなアルコール臭に、俺まで酔いそうな気がして、先に対処した。


「〈ブロアー〉!  〈ブロアー〉!」


 風の便利魔法で、部屋内のアルコール臭や、通路の煙を吹流す。すると、晴れた煙の向こうから、男性が2人姿を表した。

 そう言えば、レスミアが『人が追いかけている』と言っていたな。


 虫取り網を構えたおじさんが強い口調で、話しかけてきた。


「おい、こっちにぬいぐるみみたいな魔物が来ただろ! 倒しちまったか?!」

「……いや、交戦はしたけど、取り逃がした」


 俺の返答を聞いたおじさんは露骨にホッとした。しかし、俺の腕の中にいるレスミアに目を向けると、直ぐ不機嫌になる。


「チッ、こんな所でイチャつきやがって……それで、どっちに逃げた? あれは俺達が先に見付けた獲物だぞ!」


 好きでイチャついているのではないと、反論したくなったが、このおじさんの物言いに、会話する気が失せた。いや、気になる事だけ聞いておこう。


「教えても良いですが、先に一つ教えて下さい。その網は、何に使うので?」


「投げてくる酒を受け止めるために、決まっているだろう。そんなことも、知らんのか?

 早く教えろ、逃げられちまうだろうが!」


「……あっちの通路ですよ」


 クゥオッカワラビーが逃げた階段方向ではなく、別の道を顎でシャクって指し示す。

 すると、礼の一言も無しに、おじさん達は我先にと走っていった。

 嘘を教えてしまったが、非礼な人にまで優しくするほど、聖人君子ではない。



「あのおっさん達が夢中になるのも分かるぜ。なかなか美味い蒸留酒だ」


 ベルンヴァルトはぶっ掛けられたお酒を舐めてみたそうだ。濡れたままなので〈ライトクリーニング〉で、浄化してあげたのだが、残念そうにするのはアルコール臭が消えたからか? レスミアの酔いが酷くなるので浄化するのは仕方がない。


 そんなベルンヴァルトは、ちょっとソワソワして階段方向……クゥオッカワラビーが逃げていった方を見ていた。まぁ、なんとなく察しは付く。


「レスミアは、これ以上は無理だな。俺は宿に戻って寝かせて来るけど、ヴァルトはどうする? 追い掛けて、お酒取りに行く?」

「お、良いのか?!」


「どの道、3人で帰る必要もないさ。ヴァルトなら、戦士のジョブに戻せば、魔物も問題無いだろ。……罠が心配ではあるけど」

「ここも、わにゃがありましゅ~。にゃんか、フワフワするわにゃー」


 何も無い地面を指差す、酔っ払いニャンコを撫でて宥めながら、ベルンヴァルトと軽く打ち合わせをした。



 レスミアを背負わせてもらい、ベルンヴァルトとは別れて、1人階段を降りる。そして、12層に入ってから〈ゲート〉で脱出した。


 ダンジョンの外に出ると、人通りは疎らだった。現在の時刻は10時、出入りが少ない時間帯なのだろう。

 混んでいないなら丁度いいと、足早に出口を目指した。

 帰り道では、後ろ首にスリスリと顔を擦り寄せられていたが、宿に着く頃には寝てしまったようだ。





「あっれ~?! ザックス君、もう帰って来たの~? 随分早い……って、背負ってるのミーア?! ちょっと、大丈夫! 怪我でもしたの?!」


 宿に戻り、女将さんに事情を話していると、食堂の方からフロヴィナちゃんが顔を出した。背負っているレスミアを心配して駆け寄って来る。酔っ払って寝ているだけと説明すると、安堵したようにホッと息を吐いた。


「も~、ビックリしたじゃん! 呑気に寝ちゃっても~。

 ハァ、女子部屋の鍵なら私が持っているから、ザックス君はそのまま運んでね」


 背中で眠るレスミアをつついたフロヴィナちゃんは、スカートを翻して階段に行くと、手招きした。


「3階には結界があって、男は入れないだろ? 手前まで運ぶよ」


「え~? この宿って、男子禁制の魔道具って無かったような。女将さん、そうですよね~?」


「ええ、流石に高価すぎて、当宿には御座いません。

 3階は女性客のみとお願いはしておりますが、従業員にお声掛けして頂ければ、大丈夫ですよ」


 平民街で一番の高級宿でも、結界の魔道具は無理らしい。

 後に聞いた話しだが、貴族の中でも上級貴族に分類される伯爵、領主クラスでないと持っていない。俺達が滞在した離れとか騎士寮も、ノートヘルム伯爵の持ち物なので、設置されていただけのレアケースだったようだ。



 女将さんに許可を貰い、3階に向かう。その間、フロヴィナちゃんの愚痴を聞かされた。


「……それでねっ、1件目だけで帰って来ちゃったんだよ。腕組んだだけなのに~」


 今日は、市場調査に行くフォルコ君に付いて行く予定と聞いていたが、1人で先に帰ってきたそうだ。


 それというのも「店に入るなら~、カップルのフリをした方が良いよねっ!」と腕を組んで、エスコートを要求したところ、フォルコ君が挙動不審になってしまったらしい。動揺してドアにぶつかるわ、店員さんに声掛けたのに質問を忘れるわ、メモ用紙をバラ撒くわ、散々な有り様に。


 ……フォルコ君は真面目だからなぁ。


 レスミア程ではないが、フロヴィナちゃんも立派な物をお持ち(お餅)なので、腕に当てられたら動揺するよな。口に出すと藪蛇なので言わないが。

 因みに、今レスミアを背負っているが、ジャケットアーマーを着たままなので、感触は薄い。残念!


「フォルコ君はエスコートの知識があっても、実践が少ないだけかもな。それに、可愛い子に擦り寄られたら、動揺するのもしょうがないよ」


 男心も分かってくれ。そう言う意味で言ったのに、若干、斜めに解釈された。


「あ~、ミーアに言い付けちゃうよ! ザックス君に口説かれたとか~」

「口説いてないし、既に2人で両手いっぱいだから無理!」


「それはそれで、負けた気がするじゃん!」


 少しむくれたフロヴィナちゃんに、腕を叩かれてしまった。女心も難しい。



 女子部屋に初めて入ったが、何故か男子部屋よりも広く、調度品も少し豪華に見えた。まぁ、腰壁に彫刻が施され、布団に刺繍が多い程度。貴族の家に比べてはいけない。


 そのベッドにレスミアを寝かせて、〈ライトクリーニング〉と〈ディスポイズン〉を掛けた。〈ディスポイズン〉は二日酔い対策だな。


「それじゃ、着替えとか看病は任せるよ。俺はダンジョンに戻るから」

「はーい、お気を付けて~」


 フロヴィナちゃんは試食以外に暇だったらしく、快く引き受けてくれた。レスミアに酔いがめても、大人しくしているように伝言を頼んでから、宿を出た。

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