第203話 戦闘不能

 ベルンヴァルトと雑談をしているうちに、大扉の前の広場に辿り着いた。思ったより、フルアーマーなロックアントが多かったせいで、戦闘自体も少なかった。

 先行していた他パーティーも無視して進んでいたようで、残されていたからな。やはり、美味しくない魔物と認識されているのだろう。


 ボス部屋前の休憩所に入ると、丁度、前のパーティーが奥に入っていくところだった。

 扉が閉まると、俺達だけとなる。前のパーティーがボスを倒すまでは休憩だな。そこで、レスミアの提案でお茶することになった。


「アメリーさんが美味しそうに食べているのを見たら、私も食べたくなっちゃったんですよ。

 ……うん! 試作品だけど、十分美味しい!」


 蕩けるような笑顔を見せたレスミアを愛でつつ、俺も一口頂いた。濃厚なチーズが口の中に広がり、程よい酸味が甘いベリージャムと溶けあっていく。試作なので、ダンジョン素材は使わずにラズベリージャムのみだけど、十分美味しい。


「なあ、いつも、こんな休憩してんのか?」


 ベルンヴァルトにも紅茶とチーズケーキを出したのに、何故か食べようとしない。それどころか、額に手を当てて呆れている。

 その様子にピンッときた。俺とパーティーを組んだ人は大抵驚いていたからな。ダンジョン内でのお茶会は。


「アイテムボックスがあるパーティーなら普通だって。騎士団の人とパーティーを組んだときにもお茶したけど、普通に喜んでくれたしな。

 探索で動き回るから、糖分と水分補給に良いんだよ。疲れたときは、スタミナッツを使ったお菓子も良い」


「そうですよ~。軽騎兵のルイーサさんも喜んで、お菓子を食べてくれましたよ!」


「ああ、サードクラスともなれば、これくらい普通なのか……?」


 レスミアも乗っかってくれたので、そのまま納得させた。軽食とかお菓子程度なら兎も角、テーブルやホールケーキ、淹れたての紅茶を準備するのは、多分少数派だと思う。

 まぁ、ウチのパーティーはストレージがあるので有効活用しない手はない。折角、美味しい物が食べられるのに、わざわざ質を落とす必要もないからな。


 ベルンヴァルトも直ぐに慣れるだろう。離れでは、食事というか、おツマミを満喫していたからな。




 10分程で、扉が開いた。予想よりも早かった為、残っていたお茶を片付けてから、突入した。



 ボスの大部屋の中心に魔法陣がある。今までと同じく、近付くと光を放ち起動した。


 中から現れたのは、鬼人族大のカンガルーだ。つまり、俺よりも頭一つ分デカい。更に、目付きが悪く、両手をお腹のポケットに突っ込んでいるのは、何処ぞのヤンキーのよう。


 光が収まるとポケットから手を抜き、そのボクシンググローブのような両手を構えてファイティングポーズをとった。



【魔物】【名称:クイックボクサー】【Lv10】

・大型のカンガルー型魔物で、クイックワラビー達のボス格。素早いフットワークで敵を翻弄し、肥大化した拳でパンチを放つ。強靭な脚力と硬い脚爪も健在で、パンチよりも破壊力を持つが、その分隙も大きい。

 戦闘スタイルのせいか、敵との1対1の戦いを好み、囲まれた場合は尻尾による薙ぎ払いを使用する。

 また、有袋類ではあるが、魔物であるため袋で子育てをする習性は無い。その代わりに、袋に何らかのアイテムを貯め込む事もある。魔物のレベルが低い程、役に立たない物で、高レベルになると魔道具や宝石などを貯め込む。ただし、ドロップ率はかなり低め。

・属性:風

・耐属性:土

・弱点属性:火

【ドロップ:カンガルーの毛皮】【レアドロップ:クイックボクサーグローブ、袋の中身】



 ベルンヴァルトから、大体の情報は教えてもらった。パンチ主体で、時折キックや尻尾薙ぎ払いを使ってくる。キックボクシングのようだけど、尻尾を使うボクシングは知らないので、何ボクシングと言えばいいのだろう?


 防御しつつ、隙の大きい脚技の時に反撃すれば、手堅く削れるそうだ。


「デブカンガルー! ボクサーなら減量しろ!」


 〈挑発〉すると、思い切り睨まれた。効果は抜群だ!


 抜群過ぎたのか、カンガルーらしく跳ねて、一足飛びに距離を詰めて殴りかかってきた。


 ……早い! 


 巨体に似合わないスピードで繰り出されたパンチを、カイトシールドで受け止めた。少し重いパンチだけど、ベルンヴァルトと模擬戦した時よりは軽い!


 2度、3度と受け止め、威力のあるストレートパンチも受け止めてやると、業を煮やしたクイックボクサーは前蹴りを放ってきた。尻尾で身体を支えながら、体重の乗せた一撃だ。硬い脚の爪がカイトシールドに当たり、嫌な音を立てる。


 その攻撃も何とか受け止めて、その脚に〈二段斬り〉をカウンターしようとした時、クイックボクサーの首が宙を舞った。



 一瞬、啞然としてしまったが、首が飛ぶのは良くあることだ。

 クイックボクサーの身体が横倒しになると、その向こうからドヤ顔の白銀にゃんこが姿を表した。


「フッフッフー、やっぱり、大きなボスを一撃で倒すのは気持ち良いですね!

 あ、ザックス様の〈挑発〉のお陰で、楽に〈不意打ち〉できましたよ~」


「……ナイス、連携だったな!」


 取り敢えず、サムズアップを返しておいた。

 クイックボクサーに集中しすぎて、レスミアが後ろに回った事に気が付いていなかったよ。


 タイマンが好きなクイックボクサーには悪いけれど、後ろに目が付いていないのが敗因だな。目線から外れたレスミアを認識出来る訳がない。


 ドロップしたのは毛皮。宝箱……もとい、ショボい木箱からも毛皮で、計2枚入手した。



【素材】【名称:クイックボクサーの毛皮】【レア度:E】

・クイックボクサーから剝ぎ取った毛皮。茶色い剛毛が生えており、分厚く防寒性も兼ね備えている。分厚い分衝撃に強く、前衛用の防具向き。

 ただし、その分重く、毛も硬いため、コートなどの日用品には向かない。



 防具用か……防寒具はあるし、今のところ使い道が思い浮かばないので、売却かなぁ。



 魔法陣で休憩所移動した後、然程疲れてもいないため、ステータスをチェックしてから先に進む事になった。

 そして、新しいダンジョンの10層をクリアしたことで、新しいボス討伐証が追加されている。



【人族、転生者】【名称:ザックス、16歳】【基礎Lv28、戦士Lv22、魔道士Lv22、スカウトレベル22、料理人レベル22】

 HP  D □□□□□

 MP  C □□□□□

 筋力値C

 耐久値D

 知力値C

 精神力D

 敏捷値D

 器用値D

 幸運値C


 ボス討伐証:AL371ダンジョン20層●、KM284ダンジョン10層●【NEW】

 アビリティポイント:0/43

 所持スキル

 ・特殊アビリティ設定→

 (以下省略)



 因みに、討伐証の番号について、エヴァルトさんに聞いてみたが、詳細は不明だそうだ。

 新しく生まれたダンジョンは番号が大きい傾向にあるので、ダンジョンが生まれた順番とも言われている。ただし、領地が違うと、同じ番号があったりするので、確定でもない。記号の意味は完全に意味不明らしい。



「俺の鬼足軽がレベル8になって、新しいスキルも覚えたぞ。片方は使い慣れた奴だけどな!」


 ベルンヴァルトのステータスを覗かせてもらうと、レベル5で〈二段斬り〉と〈二連撃〉を覚えていた。



【スキル】【名称:二連撃】【アクティブ】

・素早い連続攻撃で、敵を打撃する。



 おそらく、〈二段斬り〉の打撃武器用といった感じだな。金砕棒の破壊力が、また上がった。



 11層からは罠が設置されるので、ジョブにスカウトを追加し、経験値増の倍率を4倍に下げる。


 地図を見てみると、階段までのルート近くに採取地のマークがある。つまり植物系だな。宝箱部屋もあるようだけど、遠回りなので無視。採取地のみに寄ることにして、先に進んだ。



 ここから魔物の数が2匹ずつに増えるが、こちらも3人に増えているので、苦戦する事もなかった。

 ロックアントはベルンヴァルトが叩き潰し、クイックワラビーは魔法で先制するか、〈挑発〉した後に〈トリモチの罠〉に引っ掛けた。



 そして、採取地の部屋まで来たのだが、その入口に2人の男が立っていた。年配のおじさんと青年、どちらも毛皮製の部分鎧を身に付けた探索者のようだが、何故か入口の端と端に分かれている。


「ん、また来たか。今日は多いな。

 おい、そこのお前達、ここは俺達『釜土かまどの採取籠』が採取中だ。採取したいなら、終わるまで待て」


「あー、オレっち達のパーティーもだから、待ってても、あんまり残らないぜ」


 どうやら、採取中の見張りのようだ。2パーティーで、半分ルールを守ると、採れても8分の1以下か。

 見張りのおじさんに一言断ってから、採取地を覗かせてもらったところ、野菜の採取の他に、樽で樹液も採取している。


 樹液の採取は、時間が掛かると店員のおばちゃんから聞いている。更に、普通に手作業で採取している横で、〈自動収穫〉なんて使ったら、ひんしゅくを買いそうだからな。


「樹液も採取しているなら、時間が掛かりそうですね。俺達は次の階層に行きます」


「それは助かる。君達も気を付けてな」

「ご武運を、だぜ~」


 ホッとしたようなおじさんと、ヤル気が無さ気な青年に別れを告げて、階段へのルートに戻った。


「11層は帰るのが楽ですから、混むのはしょうがないですよ。キャベツの木が気になっていたんですけどね〜」


 レスミアが残念そうに呟いたが、「先の階層で嫌って程、見られるさ」と、フォローすると、直ぐに機嫌は戻った。





 階段の隣の小部屋まで辿り着いた時、急にレスミアが横を向いた。階段の方でも、通って来た道でもない、横道の方を。

 猫耳をピコピコさせるだけでなく、両手も頭の上に翳して、ダブル猫耳状態で耳を澄ませている。


「おいおい、どうした……」「シッ! 静かにして!」


 ベルンヴァルトの声を遮って、レスミアは集中している。


 少しすると、俺の〈敵影感知〉にも反応があった。1つだけの反応がこちらへ向かってきている。


「魔物が一体だけ? ペアじゃないのは変だな」


「足音はクイックワラビーっぽいですけど、音が軽いです。後、その後ろから2人、人間が追いかけて来ています。どうしますか?」


「倒しそこねたクイックワラビーが逃げ出したとか? いや、逃げ出す魔物なんていたか? 

 気になるな、この部屋で迎撃しよう」


 ワンドを抜き〈ファイアボール〉を充填し始める。


「もうすぐ、奥の角を曲がって来ます。

 来ま……え?! ぬいぐるみ?」


 レスミアが呆気に取られたように、俺も驚いていた。

 宿屋で撫でたのと同じぬいぐるみが、ポインッ、ポインッと跳ね回っているのだ。

 動きはクイックワラビーに似ているけど、ぬいぐるみなせいで、更に愛らしくなっている。丸っこいクイックワラビーのぬいぐるみか?


「おい! リーダー! 魔物なんだろ、取り敢えず撃て撃て!」

「ああ、そうだな〈ファイアボール〉!」


 ベルンヴァルトに肩を揺さぶられて、正気に戻った。

 〈敵影感知〉のスキルが魔物だと告げている。少し可愛そうだが、魔法を撃ち出した。


 しかし、魔法が着弾する前に、ぬいぐるみが何かを投げ〈ファイアボール〉にぶつけた。

 次の瞬間、小爆発と共に煙が広がった。床に落ちた液体が燃え始め、通路は煙で見えなくなる。



 その煙を押し退けるように、ぬいぐるみが跳ねて飛び出してきた。そして、空中でお腹の袋から、ビニール袋を取り出し、俺達に向かって投げるのが見えた。。


「避けろ!!!」


 通路の状態から、引火物に違いない。盾で受けるのも危ないと、咄嗟に判断して回避指示を出した。


 しかし、投げられたビニール袋は、レスミアの近くの地面で爆ぜる。ギリギリ回避したせいで、撒き散らされる液体までは避けられなかった。飛沫が飛び、


「キャアッ! あっ…………駄目……」


 レスミアは口元を押さえたまま、倒れ伏した。

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