第202話 フルアーマー VS 集魂玉
10層も半ばまで進んだ頃、新しい魔物を発見した。ギルドの薄い小冊子によると、クイックワラビーは7層からの登場で、10層からは蟻型の魔物が出始める。
部屋の上から観察すると、確かに大きな黒蟻。見た目はアレだけど、巨大化した昆虫シリーズには慣れている。気持ち悪いだけだ。そして、黒い甲殻には少し見覚えがあった。テオとプリメルちゃんに聞いた甲殻装備の材料だろうか?
ただし、黒い甲殻だけでなく、所々に石がへばり付いている。
「アリンコは俺向きだからな、任せろ。行ってくるぜ!」
そう言って、ベルンヴァルトが土手を降りて行った。まだ、鑑定もしていないが、既に戦った事があるようなので大丈夫だろう。
【魔物】【名称:ロックアント】【Lv10】
・大型の蟻型魔物。名前の通り鉱物が好物で、食べた鉱物をその身に纏い、防御力を上げる。更に、鉱石の採取地を荒らしていた場合、金属を身に纏う事もある。
敵との戦闘で苦戦したり、窮地に陥ったりすると、仲間を呼ぶことがある。この時、階層による頭数制限は受けない。
・属性:土
・耐属性: 水
・弱点属性:風
【ドロップ:現階層の鉱石】【レアドロップ:ワンランク上の鉱石】
あれ? ドロップは鉱石だけ? 甲殻が無いと言うことは、他にも昆虫系がいるのか。
それはさておき、特殊な攻撃はないけど硬く、鉱石を食べると更に硬くなるようだ。体の各所にくっ付いているのは部屋の壁かな?
確かに金砕棒を持ったベルンヴァルト向きだろう。
レスミアに鑑定分を聞かせている間に、ロックアントの頭が叩き潰された。
すると、倒れたロックアントの体から光の粒子が飛び出し、ベルンヴァルトの右手に集まっていく。ロックアントの体はまだ霧散していないので、ドロップ品ではない。あれが集魂玉か?
「ザックス様、硬そうな魔物ですから、先に試し切りしておきませんか?」
「あ、それもそうだな。俺達も下に降りよう」
レスミアの提案に乗り、ロックアントが霧散する前に試し切りをした。
テイルサーベルを振るい、黒い甲殻の細い脚を断ち切る。手に硬い感触が伝わるが、刃筋を立てれば問題ない。テイルサーベルはチタンで強化しているので、10層の魔物相手に通じない訳がないからな。ただし、
「ひゃっ!」
金切り音の後に、レスミアがテイルサーベルを取り落とし、猫耳を押さえていた。切り付けた筈のロックアントを見ると、岩装甲に傷が入っている。
「石のところ切ったら、凄い嫌な音が出ました! 切れるかも知れないけど、これは駄目です~」
岩の中に金属が混ざっていたのか、甲高い音を立てたらしい。レスミアが猫耳を押さえている間に、俺も岩装甲部分を切ってみた。嫌な金切り音が鳴り、「んっ! くぅ……」と、レスミアが悶え、涙目で非難される。
あ、〈猫耳探知術〉で猫耳の精度が良くなっているせいか
「耳を塞いでも駄目なのか。ゴメン」
切った感触としては、砂を押し固めたような感じで、地面を切っているかのようだ。
この分だと、いくらチタンで強化したと言っても薄い刃のサーベルなので、刃が欠けるか、最悪折れそうで怖い。それに、わざわざ岩装甲を避けて、甲殻部分を攻撃するのは手間だ。俺にはもう一本の武器、雷のホーンソードもあるけれど、斬撃は止めておいた方が懸命だな。
「そうなると、ロックアントは俺の魔法か、ヴァルトが叩き潰した方が良いな。代わりにレスミアにはクイックワラビーを相手してくれれば良いさ。適材適所で行こう」
「さんせーです~」
「おう、アリンコは任せとけ!」
ロックアントが霧散し、鉱石玉が一つドロップした。銅鉱石だ。10層の魔物にしては、しょっぱすぎないかね?
坂道を登り、土手道に戻りながら、ベルンヴァルトの右手グローブに嵌まった集魂玉を見せてもらった。
透明なビー玉の中で、茶色の炎が揺らめいている。神秘的な感じもするが、人魂ならば赤色か青色の方がよくないか?
「ああ、赤や青もあるぜ。親父に聞いた話じゃ、魔物の属性の色ってだけらしいからな」
「ロックアントは土属性だから、茶色の魂って事か」
【魔道具】【名称:集魂玉】【レア度:B】
・スキル〈集魂玉〉で収集した魔物のマナの凝縮体。鬼人族のスキルの発動媒体になる。ただし、使用しなかった集魂玉は精製されてから3日程で霧散して消える。マナの薄い場所では消えるのが早い。
鬼人族同士ならば、受け渡す事も可能だが、他種族が手にすると霧散する。
鬼人族以外が握ると霧散するとか、セキュリティが厳しい。宝石っぽいから、宝飾品に加工したら売れそうなのに……ただ、消費期限は3日間、ダンジョン内で使い切らなくても、次回に持ち越せるのは良いな。
次に見つけた魔物で試し撃ちをする事にした。
先に進んだところ、直ぐ次の小部屋でロックアント?らしき魔物を発見。
何故、疑問符なのかと言うと、そのロックアントは全身が岩装甲に包まれ、頭には銅色のヘルメットを被っていたからだ。フルアーマーアントと言っても過言ではない。
しかも、お食事中のご様子で、土山をガリガリと食べている。そう、ここは採取地の部屋で、鉱石が掘れる土山がある。恐らく、銅鉱石を食べたのだろう。
「鑑定文にあった『食べた鉱物をその身に纏う』って、この事か……」
「どうします? あからさまに硬そうですし、魔法で倒した方が良いのでは?」
流石に、銅のヘルメットを斬り付けたら、刃が欠けそうだよな。さっさと見切りを付けて、始末しようとワンドを抜いた時、ベルンヴァルトに止められた。
「待った待った。先ずは俺に殴らせろよ! どれだけ硬くなったのか、試してやる!」
そう言うと、返事も聞かずに土手を駆け降りて行った。仕方がないので、上から見学する。
ここの採取地は土山が2山と、食べ尽くされた土山の跡が2つ。このまま放置したら全部食べられてしまうのではないか?
ちょっとした疑問が湧いた。ストレージから地図本を取り出して、採取地の位置を確認する。すると、地図に記載されていない事に気が付いた。
「あ、ザックス様、端の方に注意書きがありますよ」
横から覗き込んでいたレストアが、指を指す。そこには、
『蟻型の魔物、ロックアントが鉱石の土山を食べてしまう為、鉱石の採取地は常に移動しています。以後、ロックアントが出現する14層までは、鉱石の採取地の有無のみ記載します。採取ルールも、鉱石のみ守る必要はありません』
採取地の素材を取り尽くすと、その部屋からは消えて、別の部屋が採取地となり再生し始める。そうすると、既存の地図が役に立たなくなる。ギルドのルールで、採取して良いのは半分までと決めているのは、その為だ。
まぁ、相手が魔物ではルールなんて守る筈もないからな。
部屋の中に視線を戻すと、ベルンヴァルトが金砕棒を振り上げたところだった。勢い良く振り下ろされた金砕棒は、銅色のヘルメットを直撃する。
金属を打ち付ける音が鳴り響いた。
しかし、ヘルメットを地面に叩き付けたものの、潰れる事はなかった。ベルンヴァルトがバックステップをして離れると、手が痺れたのか、手を振っているのが見えた。
そして、フルアーマーアントの方は、藻掻いて脚を動かしている。死んではいないが、相応のダメージで立てないといったところだろう。
「〈集魂玉〉!!!」
その瞬間、ベルンヴァルトの右手から閃光が奔り、一瞬だけ身体が赤いオーラに包まれた。
「うぉおおおお、りゃあああ!!!」
裂帛の気合と共に、金砕棒が再度振り下ろされた。今度こそ、金属が割れる音が聞こえた。
レスミアと共に小部屋に降りて、様子を見に行くと、金砕棒を肩に担いだベルンヴァルトが得意気に鼻を鳴らす。足元にはヘルメットごと頭を砕かれたフルアーマーアントが倒れている。
「フッ、少し硬い程度の雑魚だったぞ。叩き潰してやったぜ!」
……弾かれた腹いせに、集魂玉を使っていた気がするが、ツッコむのは野暮だろう。
「お疲れさん。集魂玉の使用感はどうだった? 筋力値ワンランクアップは実感できた?」
「あー、確かに戦士と同じくらいの力が出た気もするなぁ」
ベルンヴァルトの場合、戦士レベル20の筋力値補正がB、鬼足軽はCである。鬼足軽のレベルが低い分だけ、筋力値が落ちているのだ。
そこで、集魂玉の力でBになったので、比べ易かったようだ。
更に、使用して無くなった筈の集魂玉は、フルアーマーアントを倒した事で、再度右手のグローブに嵌っていた。上手く運用すれば、ノーコストで毎戦パワーアップ出来るな。
フルアーマーアントが霧散し、ドロップ品をレスミアが拾い上げた。しかし、何故か小首を傾げている。
「あれ? これって魔水晶? ザックス様、このロックアント、魔水晶をドロップしましたよ。まだ、10層なのに……」
「……ああ、それはレアドロップだと思うよ。『ワンランク上の鉱石』って書いてあったからな。ここだと、ノーマルドロップで銅鉱石や石炭、レアドロップで11層以降に取れる魔水晶や鉄鉱石なんだと思う」
「それって、
もう、ロックアントは無視して、クイックワラビーだけ相手して進みませんか?」
顔に「お肉は欲しい」と書いてある気がしたけれど、確かにレスミアの言うとおりかもしれない。仲間呼びの検証もしたかったけど、どうせなら11層の方が良い物をドロップするか。
残っていた土山を採掘しながら、3人で相談したところ、先を急ぐことにした。俺のジョブを戦士、魔道士、料理人に変更して、〈食材調達〉のスキルでお肉のドロップ率を上げる作戦だ。
〈食材調達〉は自身で止めを刺すのが条件なので、部屋の上からクイックワラビーを〈ファイアボール〉や〈ファイアジャベリン〉で狙い撃ちし、レスミアがドロップ品を回収する。
そんな調子で、サクサク進んだ。
出番を奪われた形のベルンヴァルトは「やっぱ、遠距離から攻撃出来る魔法は強えなぁ」と、ボヤいてはいたが、11層からは魔物の数が増えるので、魔法だけではMPが足りなくなる事を伝えて、フォローしておいた。
「集魂玉だって、俺から見ても十分羨ましいけどな。『隣に芝はよく見える』ってね。むしろ、俺も専用ジョブが欲しい」
ほぼ忍者と化している闇猫を見ていると、セカンドクラスの
「……芝?はよく分からんが、リーダーは英雄のジョブがあるじゃねえか。条件は知らんが、ほぼ専用なんだろ。光属性を使えるってだけで、十分過ぎるだろ」
「それは、そうなんだけど、余り大っぴらに使うなって言われているからな。理由は理解しているから仕方がないけど……
話を変えよう、10層のボスの話を聞かせてくれよ」
「いいぜ、物理攻撃だけだから、殺り合うのも楽しい奴だぞ。ま、尻尾がうっとおしいが……」
レスミアが回収役を買って出てくれているので、待っている間はベルンヴァルトと交流を深めた。
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