第200話 可笑しな、お菓子な依頼
「他に受けられそうな依頼は無いし、これにするか。レスミア、自信作の方が良いだろうから、何を出すか考えてくれ。
えーと、受注するには……」
「リーダー、依頼書の下にぶら下がっている木札だ。それ持ってけ」
依頼書を読んでいると、ベルンヴァルトが俺をフォローしてくれた。経験者がいると心強いので助かる。依頼書の下のフックに掛かっていた小さな木札を取り、アメリーさんに渡す。すると、アメリーさんは目を細めて、不敵に微笑んだ。
「うふふ……楽しみは後にしますね。
先に依頼に関して、簡単に説明しましょう。掲示板の恒常依頼は大別して2種類あります。街中や周辺での肉体労働と、納品系ですね」
「納品といっても、要求数が多すぎですよね?」
「はい、それだけの数を用意できるパーティーを探していると言う意味でもありますよ」
ダンジョンギルドが買い取り所で集めた素材は、錬金術師協会や商業ギルドを通して、工房や商会に卸される。ただ、それでも常に欲しい素材は、依頼として出しているそうだ。
工房は安定して数が欲しい、探索者は通常より高く報酬が貰えて貢献も増える、まさにwin-winな関係だ。ちょっと数が多いけど。
更に、鉱石系を大量に欲しがっている鍛冶工房の依頼を何度も達成すると、その工房の伝が貰えたり、専属に勧誘されたり、後援して貰えたりする。
「……なので、サブメンバーに採取師系がいると、沢山素材を確保出来てお勧めですよ。装備費用を稼ぐのは大事ですからね。
既に伯爵家の後援を受けている極光パーティーには不要な説明かも知れませんけど……」
「いえいえ、お金稼ぎは重要ですよ! メンバー分の給料を稼がないといけないので。
ところで、専属と後援って、違うのですか? 似たような意味に聞こえましたけど」
「そう言えば、ギルドマスターに言い返していましたね。失礼しました。
それで専属と後援の違いはですね……」
・専属:貴族や工房の指示で、素材集めをする事。先に進むことを諦めたパーティーが多い。
・後援:貴族や工房から、金銭や装備品、情報などの援助を受ける事。探索者は、後々に貴族から縁談を組まれて、一族に取り込まれる事が多い。工房の場合は50層(欲しいレア素材が取れる層)を越えてから専属化することも。
ふむふむ、そうなると俺はヴィントシャフト家に取り込まれる事になるのか? てっきりアドラシャフト領に帰ると思っていたけど……この辺の確認も必要か。
「続いて、受付で管理している依頼についてです。こちらは数が多いということはありませんが、代わりに納期があります。受注してから納期を超過すると、ギルドへの貢献が下がり、最悪の場合は罰金が科されますので御注意ください」
アメリーさんが見せてくれたファイルを3人で読ませてもらう。
納品系は確かに数が少ないが、知らない素材ばかり。レアドロップか、深層の素材だろう。その中には、宿屋で撫でた幸運のぬいぐるみもあった。なんと、報酬が金貨1枚……100万円のぬいぐるみか~。御利益が有るとはいえ、なかなかのお値段。
その他には、街道の調査や、ウチの村のダンジョンに潜ってくれ、なんて物もある。
「街道は騎士団からの依頼ですね。騎士団が忙しく、手が回らない箇所の確認に行ってもらいます。あ、前線ではありませんから、安心して下さい。ヴィントシャフトの北側とか、魔物の領域から離れた場所なので、後回しにされているだけです。魔物が出てきそうな依頼は第1支部の方に回されますから。
村のダンジョンは、騎士団が常駐していない所ですね。ええと……流行り病でダンジョンに行ける人員が少ないそうで、階層が増えないようにダンジョンに潜って欲しいと」
ランドマイス村の一件は記憶に新しい。大変な状況と思いきや、既に司祭が派遣されて、流行り病は収まっているそうだ。騎士団を呼ぶほどではないので、依頼を出して探索者を呼び込む程度で良いらしい。
まぁ、急ぎでもないなら、スルーで良いか。流石に他の村に行く予定も無い。
需要のありそうな納品系の素材を軽くメモするだけに留め、新たに依頼は受ける事はなかった。
「では、お菓子の依頼の話に移りましょう。
極光パーティーのサブメンバーに女の子が2人いましたね。確か……職人ジョブ。彼女達の手作りですか?
アドラシャフトのお菓子も久し振りですので、楽しみですね」
依頼のファイルをさっさと片付けてから、アメリーさんは笑顔で書類を準備し始めた。やはり、女性は甘いものに目がないのか、奥のデスクで仕事をしている女性達からも、チラチラと目を向けられている。
「あ、私も一緒に作っていますよ! 料理人も育てていますから!」
「え? レスミアさんは闇猫ではありませんでしたか? わざわざ教会でジョブを変更しているのですか?」
レスミアが「あっ!」と口元を押さえた。俺はジョブを好き勝手に変えているが、普通は教会でしか変えられない。
別段、秘密にはしていないが、説明が面倒なので自分達からは広めていないからな。
レスミアに「どうしましょう?」と目線で訴えかけられ、少し迷う。少し離れたカウンターでは、他の探索者も受付をしているからだ。ギルド職員なら教えるのは許容範囲だけど、言葉で説明すると他の人にまで聞こえてしまいそうだ。
取り敢えず、アメリーさんにだけ見えるように簡易ステータスを出して、そのままジョブを入れ換える。
「え?! 職人系に変わって…………あ、もう結構です。
(ザックス様、他の人の目があるところで簡易ステータスを出す時は、ジョブを一つにして下さい)」
後半は、かなり声を落として怒られたが、察しのよい人で助かった。
アメリーさんは、掲示されていた依頼書と同じものをカウンターに取り出して、説明を始めた。
『お菓子の納品
忙しい職員のために、美味しいお菓子を調達してきて下さい。
自作でも、お店で売っている物でも構いません。
ただし、味見して合格した物のみ。味見用を準備すること。
・報酬は時価 』
「先程のは、見なかった事にしてお菓子の話にしましょう。
依頼書に書いてある通り、私どものお茶菓子です。忙しい時は外に買いに行く時間もありませんし、見ての通り女性が多いので、お菓子の有無はやる気に直結します。
市販品を買ってくるだけでも構いませんが、その場合の報酬は、お菓子の値段そのままと、僅かばかりの貢献だけです。あ、貴族街のお店限定ですよ。
自作の場合、材料費と技術料も考慮して、お店で売るくらいのお値段を報酬とします。そして、『美味しい、また食べたい』と思った職員の人数だけ貢献がプラスされます」
なんか、変なシステムが来た。
美味しい程、貢献を稼げるというのか……ただし、基準が貴族街の店売り以上。でも、食べた人数が多くないと評価も増えないような?
俺と同じ疑問が芽生えたのか、レスミアが質問をした。
「職員の人数は何人くらいですか? それによって、何ホール用意するのか変わりますよ?」
「いえ、依頼で納品する分は、大きめの1ホールまでにして下さい。この依頼は先着順で受け付けていますが、毎日数人は受注する人がいるため、独占は禁止しています」
何でも、貴族に見初められて寿退社した受付嬢が、差し入れにお菓子を持ってきてくれたのが始まりなんだとか。あまりに頻繁に差し入れされるのは、心苦しいので材料費を払っていたら、それがいつの間にか恒常依頼となった。そして今でも、お菓子作りが好きなメイドがお小遣い稼ぎに納品しに来たり、新商品の宣伝にお菓子屋の店主が納品したりするらしい。
因みに夕方以降に、お菓子屋さんが納品しに来ると、売れ残りと判断して買い叩くそうだ。
「分かりました。それでは、私の自信作で勝負です! ザックス様、レアチーズケーキを出して下さい」
レスミアに言われ、ストレージからレアチーズケーキのホールを一つと、以前のお茶会で余った分を試食用に取り出した。
15㎝程のホールで、真っ白なキャンバスが、赤と赤紫のベリージャムで描かれている。
【食品】【名称:ダブルベリーのレアチーズケーキ】【レア度:D】
・クリームチーズと生クリームをふんだんに使ったケーキ。オーブンなどで焼かず、レモンの酸によってチーズを凝固させているため、濃厚な口当たりにも拘らず、滑らかで後味もさっぱりしている。また、表面はプラスベリーとラズベリーのジャムで彩られており、見た目も鮮やか。
・バフ効果:雷耐性小アップ、スタミナ自然回復量小アップ
・効果時間:10分
レスミアが試食用の分を切り出す。ケーキの底のビスケットがサクッと音を立てて切れた。スタミナッツを使ったビスケットで、バフ効果の〈スタミナ自然回復量小アップ〉が付いているのはその為だ。もう一つの〈雷耐性小アップ〉は、プラスベリーのジャムだな。赤色のラズベリージャムは地上産なので効果は無いが、
丸いベリーの形が残ったジャムと、レアチーズケーキを一緒に口に入れたアメリーさんは、顔を綻ばせた。
「……美味しい! チーズは濃厚で、その酸味とベリーソースの甘さが合うわね!」
「自信作ですからね! アドラシャフトの牧場の朝取り牛乳から作った、チーズと生クリームをふんだんに使っていますから、濃厚でしょう?
それに、〈スタミナ自然回復量小アップ〉のバフ効果が付いているので、働くお姉さん達にはピッタリですよ!」
アドラシャフト家に毎朝納品されてくる、牧場の乳製品の事だ。領主なだけあって、近隣の牧場の中から評価の高いものだけを、優先して買っている。その牛乳や生クリームから、クリームチーズとバターを作るものだから、美味しいに決まっている。しかも、時間の止まるストレージに出来たてを保管しているので、新鮮そのもの。ここまでくると、牧場に行かないと食べられないレベルだろう。
レスミアの言葉は、試食をするアメリーさんだけでなく、後ろで事務仕事をしている女性達にも届いたらしく、わらわらと集まってきた。
「新しいお菓子係? 見た目は良いじゃない」
「ねぇ。ちょっと聞こえたんだけど〈中級鑑定〉!……本当に効果付きよ!」
「有用な効果付きなんて、久しぶりじゃない? アメリー先輩、その試食一口下さいな」
「ちょっと、貴方達! まだ交渉中なのよ、後にしなさい!」
アメリーさんは、同僚を追い払うと、最後まで試食を食べ切った。後ろの女性陣が羨ましそうに見ている……レアチーズケーキを。
「コホンッ、レスミア様のお菓子、合格です。貴族にも出せるレベルなので、是非、定期的に納品して欲しいですね。
〈相場チェック〉……ただ、このホールはちょっと小さいですね。次回はワンサイズ大きくして下さい。今回に限り、そちらの試食の残りも一緒に納品してもらうとして、報酬は1万円でどうでしょう?」
「え!? そんなに良いんですか? 私、材料費は把握していないですけど、そこまで高くないような……」
……把握してないんかい!
思わず、ツッコミを入れかけた。遊び人のジョブをセットしていたら、危なかった。
まぁ、離れに滞在していた時に作ったお菓子なので、レスミアが把握していなくても、しょうがないか。離れのキッチンに補充される食材は使い放題(食べきれる範囲で)だったからな。
「貴族に出せるお菓子で、有用な効果付きであれば、これくらいのお値段はしますよ。それで宜しければ、こちらの認証の魔道具にセカンド証を当てて下さい」
レスミアが確認のためか、俺の方を向いたので、頷き返す。
嬉しそうにはにかんだレスミアは、首元からセカンド証のメダルを取り出して、魔道具へ押し当てた。それが青く光り、認証されると、報酬の銀貨1枚が支払われた。
「これは、レスミア様へのアドバイスなのですが、毎回同じお菓子だと、皆が飽きてしまい評価……貢献が稼げません。何種類かをローテーションさせたり、新作を織り交ぜたりすると、高い評価を維持できますよ」
「あ~、なるほど~。ありがとうございます。レパートリーに関しては、帰ってからトリクシーとも相談してみます。
はい、ザックス様、報酬ですよ」
何故か、報酬の銀貨を俺に渡して来た。つい受け取ってしまったが、直ぐに突き返す。
「ん? レスミアとベアトリスちゃんが作ったのだから、二人で分けるんじゃないのか?」
「え? 私達はお給料って決まったじゃないですか、ダンジョンの素材と一緒ですよね?
それに、材料費も全部、ザックス様持ちなんですよ。当然、依頼の報酬もザックス様が管理するべきです」
離れのキッチンの食材は、俺に対する援助の一環だ。それに、今後はストレージの食材を使うなら、確かに俺持ちだ。
後で確認した話だが、ベアトリスちゃんも同意見なようで、報酬は俺が管理することになった。そんな事より、
「お給料が貰えるならば構いません。それより、私達のレベル上げを忘れないで下さいね! 私も料理人ジョブが欲しいです!」
なんて、催促されてしまった。早めに20層まで攻略するか。
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