第199話 ぬいぐるみと依頼の掲示板
朝食後、宿の男子部屋で、装備を整えて下に降りる。
今日は戦闘メンバー3人で、10層から進める所まで行くつもりだ。フォルコ君は情報収集。ベアトリスちゃんは、宿の料理人とレシピ交換をするそうだ(女将さんと交渉済)。フロヴィナちゃんは一人で出掛けるのは、まだ不安なそうなのでフォルコ君に付いていくらしい。
「あら、今日もダンジョンに行かれるのですか? お気を付けて……
そうだわ、昨日は早くに出掛けられたので説明出来ませんでしたが、宜しければ、こちらのぬいぐるみを撫でていって下さいな」
女将さんに男部屋の鍵を一時返却した際に、ぬいぐるみを差し出された。カウンターの裏に置いてあったのか、首にリボンを巻いたリス? いや、耳の短いウサギか? そんな感じの、ずんぐりむっくりなぬいぐるみだ。折角のご厚意?なので、撫でてみたが、何の意味があるのだろう?
ベルンヴァルトも進められて撫でているが、俺と一緒で首を傾げている。女将さんは口元を手で隠しながら上品に笑うと、ぬいぐるみに付いて話てくれた。
「この子が当宿の名前の由来なのですよ。私のお祖父さんがダンジョンのレア種から手に入れたそうなの。なんでも、撫でた人に幸運をもたらすとか……ただ、そこまで効果は強くないので『幸運の尻尾』と名付けたそうですよ」
……逸話とか迷信ではなく、ぬいぐるみ型の魔道具みたいな物か?
ここの宿に泊まって、ダンジョンに行く人には撫でる事を勧めているそうだ。一度、断ってから〈詳細鑑定〉を掛けさせてもらった。
【魔道具】【名称:幸運のぬいぐるみ】【レア度:C】
・クゥオッカの毛皮で作られたぬいぐるみ。
撫でた人の幸運値をほんの少し上げ、ダンジョン内でのレアドロップの確率が極小アップする。
また、ダンジョン外の場合、病や不慮の怪我をする確率を少し減らす。
効果は半日、もしくは幸運が1回訪れると切れる。
おぉ、確かに幸運値アップだ……
文面から、微々たる様なものだけど効果は確かにあるようだ。それでも現状、幸運値は遊び人のステータス補正でしか上げることが出来ないため、貴重な事には代わりない。それに、効果はダンジョン限定じゃないっぽい。
鑑定結果を教えてあげると、女将さんは嬉しそうに破顔し、ぬいぐるみを撫でた。
「まあ! それは知らなかったわ! 私もお父さんから聞いただけだからねぇ……それなら、泊まってくれたお客さん全員に撫でて貰った方が良いかしら? でも、そうすると、この子を洗う回数を増やさないといけないねぇ」
女将さんがぬいぐるみを持って、腕や足の境目を見て「ちょっと汚れてきたわね」と呟いた。お祖父さんの時からの看板ぬいぐるみなら何十年と使われているのに、意外と綺麗なのは女将さんに大事に洗われているからなのだろう。
……洗浄なら〈ライトクリーニング〉の出番だけど、秘匿するように言われているからな。人目があるところで、使うわけにはいかない。夜中にコッソリと、
レア物の看板ぬいぐるみだから、綺麗にしてあげたい。なんて考えていたら、
「お待たせしました! あ、女将さん、おはようございます。今日はダンジョンに行くので、撫でさせて下さい!」
準備を終えたレスミアが降りてきて、迷いなくぬいぐるみを撫でていく。いつの間にやら、先に説明を受けていたようだ。レスミアがひとしきり撫でて満足してから、女将さんに見送られて出発した。
「お気を付けて、いってらっしゃいませ」
ダンジョンギルドまでの道中、2人に先程のブラウニー計画について意見を求めたところ、即座に却下されてしまった。
「あ~、止めましょう。知らない人が見たら怖がりますよ!
以前、離れでもやった時は、私とトリクシーが浄化の事を知っていたので気付けましたけど、それでもビックリしましたから」
「何やってんだ、リーダー……
まぁ、俺も反対だな。善意で、
「それも、駄目ですって。お金を取るって事は商売になりますし、女将さんはおしゃべり好きなので、直ぐに広まってしまいますよ」
結局のところ、秘匿命令が解除されるまでは、身内だけで使うしかないようだ。光属性はフォースクラスのジョブでしか使えないので、解禁される日は来るのだろうか?
因みにエヴァルトさんに聞いた話だが、ランク0の便利魔法は同じような効果の魔道具が作られているし、ランク1の単体魔法が付与されたワンド等もダンジョンで希に手に入るらしい。ただし、初級の4属性のみ。中級属性になると、50層以降で極稀に出るが、高値で取引されて一般には出回らない。
似たような冷蔵庫の魔道具とかあるが、冷やすだけで氷を作れる程の冷気はなく、更に構造的に大きい物しかないらしい。
「私はぬいぐるみを気に掛けてくれる、優しいザックス様が好きですよ」
「はいはい、ご馳走さま。人前じゃ、程々にしとくれよ」
2人に揶揄われ、両側から小突かれた事で、この話は終いとなった。
第2支部の貴族用受付へやって来た。
今日はダンジョンに入る前に、どんな依頼が有るのか見ておきたい。空いているカウンターを探すと、手招きする受付嬢がいた。アメリーさんだ。
今日も満点の笑顔に、ちょっと警戒しながら近付くと、掛けられた言葉に吹いてしまった。
「おはようございます。オーロラ
「おはゴフッ! ゴホッ、ゴホッ」「プフッ!……」「おいおい」
「あら、良い反応ですね! 冗談なので大丈夫ですよ。
パーティー名が『夜空に咲く極光』に決まりました。これで宜しければ、こちらにリーダーのサインをお願いします。
今後は、依頼の受付や達成報告、呼び出す際にはパーティー名を使いますので、御了承下さい」
……危ない、危ない。ギルマスの付け足した、ネタネームに決まったかと思ってしまった。全く、冗談が過ぎる。
「第1候補の……『精霊の
「はい、類似した『妖精の剣』というパーティーが既にいましたので……職員でも意見が別れましたが、最終的に精霊と妖精の一般的な定義が曖昧で、紛らわしいと却下されました。
更に、『妖精の剣』は王都で活躍するサードクラスのパーティーですので、向こうが優先されます」
精霊と妖精……学園にいる学者なら、違いを知っているかも知れない。ただし、一般人の認識としてはおとぎ話の存在なので、あやふやだそうだ。
ゲーム的に考えると、精霊が非実体で、妖精は実体があるみたいなものか? いや、媒体毎の設定によるし、妖怪も妖精の一種とカテゴライズされる事もある。鬼とか天狗がいるこの世界では、別の独自規格かも知れない。
まぁ、俺としてもサードクラスのパーティーに喧嘩は売りたくないし、もう一つの『白銀にゃんこ』はレスミアが嫌がる。『夜空に咲く極光』のパーティー名で申請する旨が書かれた書類にサインした。
「はい、これでお願いします。
後、ここで依頼を受けてみたいのですが、どんな依頼がありますか?」
「はい、確かに承りました。『夜空に咲く極光』皆様、今後の御活躍を御祈りしております。
それで、依頼ですね。先ずは後ろの掲示板を御覧ください。そちらは常設の依頼が掲示してあります。その間に、極光パーティー向けの依頼を準備致します」
アメリーさんが手を指し示した方を見ると、後ろの壁に大きなコルクボードが掛けられ、沢山の紙が掲示されている。皆で手分けして、俺達でも出来そうな依頼を探してみた。
・鉄鉱石×100個の納品
・魔水晶×100個の納品
・銀鉱石×100個の納品
・ソディウムゴーレムの石塊×10個の納品
・魔絶木の樹液×10樽(大サイズ)の納品
……いや、要求数が多過ぎだ! 業者向けなのか??
予想外の依頼ばかりで驚いていると、レスミアも呆れた声を挙げた。
「こっちに食材の納品もありますけど、数が多いですよ。プリンセス・エンドウを50本とか、仙人掌の実? とか知らない物も……」
しかし、驚く俺達とは違い、その向こうで見ていたベルンヴァルトは、落ち着いた様子で話す。
「アドラシャフトの街と似たような依頼もあるな。『街の大通りの清掃、半日』とか、『農場の雑用仕事1日』とか、成人前にお世話になった依頼だぜ」
なんでも、ジョブ選定の儀の後に3層までは入れるようになるが、込み合うと稼ぎが少ない。そんな時、街中の雑用依頼を受けて、小遣い稼ぎをしていたそうだ。
「朝寝坊して出遅れた時とかな! 牧場だと搾りたての牛乳が飲ませて貰えたり、農場だと昼飯が取れ立ての野菜だったりな。
ま、懐かしいだけで、余り稼ぎにはならんがな」
ベルンヴァルトが親指で、くいっと指し示す。それを見に行くと、清掃が2千円、農場が5千円と書かれていた。学生向けのバイトかな?
「あ! これなら、いけそうですよ! 私向きです!」
レスミアが華やいだ声をあげ、手を振っていた。急かされるようにして見に行くと、その依頼書には……
『お菓子の納品
忙しい職員のために、美味しいお菓子を調達してきて下さい。
自作でも、お店で売っている物でも構いません。
ただし、味見して合格した物のみ。味見用を準備すること。
・報酬は時価 』
報酬が時価とか寿司屋かここは!
まぁ、確かにレスミア向きだけど……ストレージには、離れに滞在した2週間で、料理やお菓子、それに失敗作(見栄えが悪い程度)も、沢山ストックしている。レスミアとベアトリスちゃんの2人が、料理の練習や、本館のメイド料理人の課題とかで色々作っていたからな。
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