第197話 ナールング商会と面会予約

 レスミアのお姉さんが嫁いだナールング商会を訪ねたが、不在だった。

 

 ここは商会の事務所らしく、店舗のように商品はない。事務仕事をしている職員さんを横目に、応接室……と言うには少し狭いので商談テーブルか?……に案内され、お茶まで出してもらえた。

 ちょっと落胆していたレスミアだったが、お茶を一口飲んで落ち着いたようだ。


「キャットニップのお茶はお姉ちゃんも好きだったんですよ。

 えっと、リスレス姉さんは今どちらに? どれくらいで帰ってきますか?」


 アポなしで訪れたにも関わらず、年配の店員さんが物腰柔らかく対応してくれた辺り、多少は信用しても貰えたのかもしれない。ただし、あくまでもお客としての対応だったようだ。


「確かに顔立ちが若奥様に似ていらっしゃる。猫人族の特徴も同じで、妹君がいると言う話も伺っております。

 しかしながら、それだけで、商会の予定を部外者に教えるわけにはまいりません」


「それも、そうですね。

 では、面会予約をお願いします。返事は……えっと、リスレスさんが帰って来てからで、結構ですので。

 レスミア、お姉さん宛に一筆書いてくれ」


 白紙とボールペンを取り出し、レスミアにその場で面会予約を書くようお願いした。

 ただ、長々と書いていると思ったら、どうやらお姉さん宛の手紙を書いているようだ。隣から手紙を覗き込んで見ると、


『……料理が苦手な姉さんが、ちゃんと子育て出来ているのか心配です。後、夫婦喧嘩しても、旦那さんの頬を引っ張っては駄目ですよ。アレは口論を一方的に封じる卑怯な手です。話し合えば分かり合えます。弟妹へのしつけじゃないんですから……』


 ……なんか、お姉さんの個人情報が流出しているけど、大丈夫だろうか? 面会予約だから、他の人にも見られるだろうに。そこを、耳打ちしてあげると、慌て出した。


「え! 面会予約って他の人にも見られるのですか? すみません、どうしましょう?」

「まあまあ、面会予約だけ、書き直そう。面会したい相手の名前と、自分の名前、面会目的、連絡先があれば良いから。本当は面会希望日も書くけれど、今回は相手の予定が分からないから、日付は書かずにね」


 俺もアドラシャフトに戻ってから、フォルコ君に書き方を教わったので、レスミアが知らなくても仕方がない。

 もう一枚、白紙を取り出し、書き方を教える。そのついでに、既に書かれてしまった手紙は便箋に入れ、紐で封をした。これも面会予約と一緒に読んでもらえば、妹からと直ぐに分かるに違いない。



「はい、これでお願いします。俺達は平民街の大通りにある『幸運の尻尾亭』に、しばらく滞在しています。リスレスさんが御帰宅され、面会日時が決まりましたら、そちらに連絡願います」


「畏まりました」




 ナールング商会を後にすると、レスミアは肩と猫耳を落とした。まぁ、以前聞いた限りでも、お姉さんを慕っているのは分かったからな。会えなかったのは残念だ。

 元気付ける意味で、頭をポンポンと撫でる。


「まぁ、お姉さんも、そのうち帰ってくるさ。ここが家なんだから、早々擦れ違う事も無いさ。

 この後はどうする? 大分時間が余ったけど」


「ありがとうございます。

 そうですね……ヴィナとトリクシーが午前中に行った服屋さんとか、獣人向けの服が多かったそうなので覗いてみたいですね。

 そう言う、ザックス様の方は行きたい所は?」


「んー……ダンジョンギルドの売店かな? 昨日は混雑していたから、見られなかったんだ」

「良いですよ~。そっちも行きましょう! それなら、先ずは平民街に戻らないと……」



 今後の方針も決まったので、元来た道を戻ろうとした時、防壁の端に扉が有るのを見つけた。好奇心を擽られ、レスミアを誘って見に行ってみる。

 すると、そこには開いている鉄製の扉だった。ただし、小さい。一般家庭用サイズで、一人ずつしか通れないほどだ。取り敢えず、覗いて見ると向こうの街並みと、立ち番している緑鎧の騎士の背中が見えた。


「あの~、すみません。ここって通れるのですか?」


「ん? ああ、そっちからか。貴族街から出る分には、素通りで結構だ。逆に入る時には許可証を確認させてもらうがな」


 あっさり通れた。扉向こうには騎士が2人おり、その横には交番のような検問所?がある。物珍しそうに見ていたら、もう一人の騎士が色々説明してくれた。


「あんたら見ない顔だが、ここは初めてか?

 簡単に言えば、ここは勝手口みたいなものだ。平民街に住むが、貴族街で働く人向けのな。中央の門まで行くより、ここの方が近い人はよく使う。

 見ての通り、狭い扉だからな。馬車を使うときは、中央に行ってくれ」


 ああ、成る程。街の行き来が中央の門だけだと混雑するから、毎日通るような人は分散させているのか。


 教えてくれた門番さんにお礼を行ってから、ダンジョンギルドを目指した。時計塔は、ここからでも見えるし、防壁沿いを歩けばギルドへ行けるはず。


 ただ、壁沿いが道路になっていた貴族街とは違い、平民街側はお屋敷が建っている。なので、そのお屋敷の前の道路を行ってみることにした。



「平民街でも、壁の近くだからでしょうか? 結構、立派なお屋敷です。ホラ、メイドも沢山…………ちょっと多くないですか?」


 歩き始めて直ぐ、角のお屋敷に目を向けていたレスミアが首を傾げた。それに釣られて、俺も生垣の隙間から覗いて見ると、お屋敷の窓も全て開け放たれて、掃除しているメイドさんが沢山いる。それに、庭も草が生え放題で、庭師?の下男達が、草むしりや庭木の手入れをしていた。

 そんな折、玄関から身なりの良いメイドさんが出てくる。その、方々ほうぼうに指示を出して回るメイドには見覚えがあった。


「あ、マルガネーテさーん! こんにちはー!!」


 レスミアが生垣の隙間から、大きく手を振って声を掛けた。昨日の観光案内で仲良くなったのか、気安い感じだ。

 こちらに気付いたマルガネーテさんは、軽くこめかみを押さえた後、右の方を指差した。


 ……そちらへ行け、という事か。

 それに従い、レスミアの手を引いて、生垣沿いに右の方へ向かうと屋敷の門が見えた。それが内側から開かれる。


「レスミア様、率直に申しまして、大声を上げるのは如何なものかと……貴族を目指すのなら、淑女らしい行動を心掛けて下さいませ。特に今は、他のメイドの目もあるのですよ」


 扉の向こうから現れたマルガネーテさんに、開口一番に叱られてしまった。猫耳を下げるレスミアをフォローするために、質問を投げ掛ける。


「こんにちは、マルガネーテさん。今回はどうすれば正解だったのですか?」

「ごきげんよう、ザックス様。

 従者を連れていない時点で駄目なのですけれど……従者にドアノッカーを鳴らさせるのです。この門のドアノッカーは魔道具で、打ち鳴らせば家の中にあるベルが連動して鳴ります。庭にいたならば、ノッカーの音が聞こえるでしょう」


 ……流石に、デートに従者を連れて歩くのはね。監視付きとしか思えないのだけど。そんな事をぽろっと洩らしたところ、マルガネーテさんは当然の如く頷いた。


「もちろん、ソフィアリーセ様とデートする場合は、最低でも私と護衛のルティルトはお供致します。

 ところで、わたくしに何か御用でしょうか? デートをするにしても、この辺は住宅街ですよ?」


「散策でたまたま通り掛かった所に、知り合いを見掛けたので挨拶をしようとしただけですよ。それにしても、平民街で仕事をしているとは思いませんでした。ここはどなたのお屋敷なのですか?」


 ソフィアリーセ様の側使えなら、貴族生まれの上級使用人のはずだ。平民街の仕事なら、下級使用人に任せそうなイメージを持っていた。

 俺の言葉に、マルガネーテさんは微笑を浮かべて、後ろの屋敷を手で指し示す。


「ここは、伯爵家が所有する屋敷の一つで、誰も住んではいませんが、時折こうして大掃除するのですよ。それに、わたくしは夕方に幸運の尻尾亭に行く用事がございましたので、掃除の指揮はついでですね」


 幸運の尻尾亭って、俺達が泊まっている宿じゃないか。それはつまり、


「ここで会えるとは思いませんでしたが、手間が省けて助かります。

 例の公爵ですが、今日の午前中に追い返すことに成功しました。

 つきまして、ソフィアリーセ様とザックス様の婚約承認に付いては、明後日の午前中でお願い致します」





 


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 面会予約もせずに押し掛けたモンペ(モンスターペアレンツ)公爵は追い返されました。同じくアポなしの主人公達も、穏便に追い返されています。こちらは身分(姉妹)を保証するものが、外見しかなかったのが問題ですね。

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