第196話 街の中心にそびえ立つ時計塔

 青く澄んだ秋の空に、細く薄いすじ雲が広がっている。

 暦の上では10月も半分を過ぎ、冬を思わせる冷たい風が吹いていた。

 南の領地で、アドラシャフト領と比べると少し冬が遠退いたと感じていたが、では一足先に冬が訪れている。


 それもその筈、高い空から目線を下ろすと、眼下にはミニチュアのごとき街が広がっているからだ。


「確かに凄いな! 街が一望できるじゃないか。街の外、遠くに見えているのは風車か?」

「そうらしいですよ。えーと、農業用とか聞きましたね」


 ヴィントシャフトの街に来て2日目、街の中央に有る時計塔の上にやって来た。

 初日に他の皆が、マルガネーテさんに案内してもらっていた所だな。夕飯の席で、メイドトリオが姦しく「見ないと損です」と口々に絶賛していた。

 そして、レスミアから一緒に見に行きましょうと、デートに誘われた。俺としてもので了承し、朝方に色々片付けてから時計塔にやって来た訳だ。


 高層ビルかと思える程の四角い塔で、防壁よりもかなり高い。今まで防壁以外に、3階立て以上の建物を見ていなかったので、技術的に無理なのかと思っていたが、良い意味裏切られた気分だ。

 一番上には屋根付きの鐘、その下には時計が設置されている。その時計と連動して、自動で鐘を鳴らすのだとか。


 そして、ここは、その下の展望台……と言うには少し狭く、幅がマンションのベランダ程度の広さしかない。その為、他のお客さんとぶつからないよう、レスミアと身を寄せあっていた。まぁ、寒いから暖を取り合っている意味もある。

 カーディガンだけでは寒そうなレスミアには、毛皮のマント(村で作ったやつ)を渡したのだけれど、これはこれで暑いらしい。結局、お互いの腰に手を回して、くっついていた。



 眼下には防壁に囲まれた広い街があり、その外側には畑らしき緑の地や、牛が放牧された牧場。更に遠くの丘の上には、何機もの風車が西を向き、プロペラを回している。

 後で聴いた話だが、セカンド証のメダルの意匠にもなっているように、風車はこの領地の象徴の一つだ。ここの時計塔もそうだが、ある程度の高さ以上になると、西の海から強い風が吹いている。その、絶え間なく吹く風を利用して、灌漑や製粉等に利用されているそうだ。


 そして、目線を下ろすともう一つの象徴を見えてくる。平民街の屋根が並ぶ中、所々から煙が上がっていた。流石に高過ぎて、屋根と煙突しか見えないが、鍛冶工房らしい。


「ザックス様、余り身を乗り出すと危ないですよ。この高さだと〈猫着地術〉があっても、無事ではすまないでしょうから」

「手すりがあるから大丈夫だよ。それに、俺なら落ちても〈リアクション芸人〉の効果で多分、平気だろう。派手にバウンドするとか、転がり回るかもしれないけど……」


「えぇ……そんな変なスキルだったんですか?」


 久し振りに、呆れるような顔で見られてしまった。

 それもその筈、漫才を知らないと理解し難いうえ、レスミアは〈リアクション芸人〉を発動したところを見ていないからな。ウベルト教官にボコられ……もとい、訓練を受けるときは、誤爆しないように遊び人は外していた。そして、唯一発動したのは、姫騎士に殴られた時なので、話したくない。


 ここで実演する訳にもいかないので、話をそらすことにした。


「ホラ、あっちの建物も見応えあるぞ。教会のステンドグラスと、武骨に四角いダンジョンギルド、対照的だよな」

「あ、教会は中も凄かったですよ。色とりどりの光に、女神像が照らされていました」


 神様を賛美する教会だからこそ、だろうな。逆にダンジョンギルドは、飾り気が無さすぎる。防壁とほぼ同じ見た目で、窓も真ん中辺り……3階くらいにしか付いていない。高さ的に5階はあるのに……質実剛健にも程がある。



 景色を眺めながら展望台を回って行くと、南側の貴族街が見え始める。こちら側で直ぐ目に入るのは、街の一番南にある防壁……他のと比べ、明らかに大きく分厚い。高さは時計塔の方が高いけれど、その重厚さは防壁と言うより、砦か要塞と形容したくなる。


「あの防壁の上に、お屋敷が建っているでしょう。あそこが領主様のお屋敷らしいですよ。あの向こうは魔物の領域が広がっていて、街を守るために一番南に作られたとか。お貴族様も大変ですよねぇ」


 レスミアが指差す方向、防壁の中心に小さい屋敷がある……いや、3階建てなので、普通の大きさの筈だ。ここから距離があるのと、比較対象の防壁が大き過ぎるだけ。

 それにしても、城下町は防衛目的もあると聞くのだから、普通は一番安全な後方に屋敷を作るべきだろうに……


 ふと、ソフィアリーセ様の言葉を思い出す。『ダンジョンの脅威から、領民と領地を守る者。だからこそ、とうとい人物だと、民の上に立つ事が許されるのです』

 それに、ヴィントシャフト家は武を尊ぶとか聞いたな。後方指揮官と言うよりは、前戦指揮官、もしくは英雄のように前に出て、引っ張っていくタイプなのだと思う。

 貴族になるために、ダンジョン攻略が必須なのは、そう言う事なのだろう。


 ……貴族の矜持きょうじか。俺もダンジョン攻略を目指してはいるけれど、まだピンと来ない。




 街並みを眺めながら、レスミアとおしゃべりをしていると、周囲の他のお客さん達が動き始めた。気になって見てみると、時計塔の中、階段に向かっている。


「あ、もうすぐ3の鐘の時間ですよ。街中に響く鐘の音を、こんなに近くで聞きたくはないです。私達も降りましょう」


 レスミアは背後の上、大きな時計を指差してそう言った。

 現在、10時半。3の鐘には30分も時間があるが、この高い時計塔を階段で降るにはそれくらいは必要だ。俺達も他のお客さんに紛れて、時計塔内部の階段へ向かった。


 時計塔の内部は、2人で並ぶのがやっとな狭い螺旋階段があるだけ。時折、採光用の穴が空いているが、小さいため景色を楽しむことは出来ない。まぁ、これだけ高い塔なので、強度を高める為には仕方がないのだろう。

 そんな螺旋階段を、レスミアの手を繋ぎながら、のんびりと降りる。


「帰りも、あの魔道具が使えれば早いのに……こう、ぐるぐる回っていると、目が回りそうですね」

「急いで降りなければ大丈夫だよ。

 それに、エレベーター……昇降機の魔道具は楽だったけれど、ちょっと怖かったかな」


「アハハッ、乗っている時、顔が少し強張っていましたよ。やっぱり、怖かったんですね!」

「それを言ったら、レスミアもだろ? 俺の腕にしがみついて来たんだから」


 レスミアが俺の頬を突いてきたので、お返しに猫耳をペタンと押さえてやった。


 時計塔のに増設された昇降機があり、登りだけは楽に上がれる。ただし、鳥籠みたいな乗り物なので、横風が来て非常に怖い。更に、エレベーターと比べると、遅いので怖さも倍だ。

 一応、壁のレールに沿って上がるため、それほど揺れないのは安心材料か。それに、エレベーターガール……もとい、エレベーター天狗(おっさん)も一緒に乗り、万が一故障などで落下しても、落下速度を遅らせるスキルで助けてくれるそうだ。

 魔道具でハイテクなのか、人力(スキルだより)でローテクなのか、感想に困る。

 眺めは抜群であったので、人気の観光スポットなのは間違いない。



 時計塔を出ると、丁度3の鐘が鳴り響いた。真下な為、若干耳障りだ。上で鳴っていたら、どうなっていたことやら。


「お昼はどうする? 俺は余り貴族街をうろつけないから、平民街に戻るしかないけど」

「それなら、宿に戻りましょう。新しいお店を開拓する前に、宿の料理も全種類食べてみたいです!」


 上等な宿だけあって料理も美味しく、珍しい海鮮もふんだんに使った料理が目玉らしい。

 それに加えて、宿の料金はヴィントシャフト家持ちなので、俺の財布に優しい。昨日の夕飯も色々飲み食いさせて貰った……あくまで、常識的な範囲でね。お酒も程々に止めた。



 時計塔は、中央の防壁の真横なため、帰るのも直ぐだ。貴族街に入るには許可証がいるけれど、逆に出る時はフリーパス。防壁の門を通り抜け、宿へと帰った。




「これ、旨いな! 魚の出汁が出ているし、モチモチした食感が良い」

「……確かに良いお出汁……上に乗っていた干物ですよね?」


「だろうな。お米じゃないけど、パエリアみたいなものか?」

「パエリア?は知りませんけれど、水気の少ないリゾットに近いとおもいますよ。そんなに気に入ったのなら、レシピを聞いてみましょうか。駄目でもトリクシーと2人で挑戦するのも良いですから」


 昼食のメインで出てきたのはアローシュという、押し麦料理だ。フライパンのような浅い鍋に、炊き込んだ押し麦と、彩り野菜がちりばめられ、真ん中にドンッと大きな鱈の干物が乗っている。その干物を解して、軽く混ぜたら完成。パエリアか、炊き込みご飯のような感じがして懐かしい。下の方が少し焦げているのも香ばしく、2杯、3杯とお代わりしてしまった。


「本当にザックス様は押し麦が好きですよねぇ。そうそう、私の実家への手紙に……「あ~、美味しそうなの食べてる! トリクシー、私達もこれにしよう!」」


「良いわね。メニュー貸して……干物の魚が違う物もあるから、こっちにしましょう。ミーア、味見分だけ分けてちょうだい」


 メイドコンビも帰ってきたようで、テーブルに加わり賑やかになった。

 その後、フォルコ君も帰って来て、食事に加わる。メイドトリオは午前中に行った店の話題で盛り上がり、俺はフォルコ君から色々情報を聞いていた。


「……ヴィントシャフトは、地上での食料生産が少し足りないらしく、周辺の町や村、転移ゲートで繋がっているアドラシャフトからの輸入が多いそうです。その為、ダンジョンでの食料調達も推奨されています。

 後、平民街は鍛冶工房が多くて、貴族街は錬金術工房が多いそうです。これは仲が悪いとかではなく、昔から別れていたというのと、貴族街では煙と粉塵対策の魔道具を設置しないと工房を開けないからだそうです」


 時計塔の上から見ても、貴族街の端の方で赤と青の煙が上がっていたし、錬金術師は貴族が多いと聞く。それに貴族街だと景観も大事なのだろう。鍛冶工房が近くにあると、煙で汚れが酷そうだしな。

 錬金調合の赤と青の煙のように、マナとなって霧散してくれれば、どこでも良いのだろうけ……いや、錬金調合の方は、爆発物を取り扱うから、頑丈な建物でないと駄目と聞いた覚えもある。


「午後からは、個々の工房の評判も集めてみます」

「ありがとう。でも、そこまで急がなくても、大丈夫だぞ? 錬金釜はまだ手に入っていないし、装備品も更新したばかりだからな。自由時間なのだから、好きにしても良いのに」


「ハハハ、情報を集めるのは、私の趣味みたいな物ですから大丈夫です。お気遣いありがとうございます」


 うーむ、真面目だなぁ。頼りになるから助かるけれど。

 フォルコ君は、メイドトリオの話が途切れるのを待ってから、ベアトリスちゃんにメモ用紙を渡した。


「聞き込みのついでに、平民街の美味しいお菓子屋を教えて貰いましたので、どうぞ。食料品を取り扱っている商人からの情報なので、外れでは無いと思います」


「ん、ありがと。へぇ、大通りから1本入った所か……ヴィナ、午後に行ってみようか?」

「良いけど、ご飯食べたばかりじゃん。他のお店に行ってからにしようよ~。ミーアも……って、午後もデートだから無理か~。お持ち帰りで買ってくるよ」


 フロヴィナちゃんが、ニヤニヤと口元を押さえながら、レスミアをからかう。レスミアが何か反論しようとした時、フォルコ君がメモ用紙を差し出した。


「それと、レスミア様から頼まれていたナールング商会の場所も分かりました。簡単な地図を描いておきましたのでどうぞ」

「わ、早いです! フォルコさん、ありがとうございます!」


 レスミアが商会に? 店舗ではなく、それらを束ねる商会の方に用事がある理由が分からない。少し気になって聞いてみると、


「以前、話した姉の嫁ぎ先ですよ。ヴィントシャフトの街とは聞いていましたけど、具体的な場所は知らなかったので、調べて貰ったんです。

 それで……その、午後から会いに行きたいのですけど、ザックス様も一緒に良いですか?」


「そりゃ、構わないけど、俺が一緒に行って良いのかい? 家族水入らずの方が良いんじゃないか?」

「……姉さんに、ザックス様を紹介したいんです!」


「ミーアは可愛いにゃ~。照れすぎだよ~」「ヴィナ~!」


 レスミアが顔を赤らめながら言うものだから、フロヴィナちゃんが楽しそうに頬を突いてからかい始めた。仲が良いなぁと、微笑ましく眺めさせてもらった。





 そして午後、レスミアのお姉さんの商会を訪ねる事にした。フォルコ君の地図を頼りに、貴族街に入って防壁沿いに歩く。街の外壁近く、つまり貴族街の端っこに、その商会を発見した。

 端っことはいえ貴族街、そこそこ大きなお屋敷に、周囲を倉庫のような建物が幾つか並んでいる。


 面会予約もしていないが、身内がいるからと、少し甘い考えで商会の建物に入ってみたところ、


「申し訳ありません。若旦那様と若奥様は、不在にしております」


 残念ながら、お姉さんに会う事は出来なかった。

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