第193話 観戦とお人形解体
「クッ、せいっ!」
〈挑発〉で注意を引いた少年が、藁人形のパンチを木製の盾で受け止めた。そして、右手のダガーで藁の腕を切り付ける。切れはしたが浅い。ダガーのリーチの短さと、鈍い切れ味では両断は難しいのだろう。
「ええーい!」
藁人形の後ろから、高いソプラノの声が響く。少女が大上段に構えたダガーを振り下ろした。
しかし、切れ味が足りないのか、筋力値が足りないのか、途中で止まっている。
……藁束なので、横切りの方が繊維を立ち切れそうなのに、何で縦切り?
そんな疑問は、直ぐに解消された。
少女は諦めずに、2度目を振り下ろし、振り切る。すると、胸辺りの藁束を縛っていた藁紐が落ち、藁人形の腕がズルリとずれた。
そこからは、早かった。バランスを崩した藁人形に、2人掛りで切り掛り藁紐を切っていく。あれよあれよという間にバラされ、身体を保てなくなった藁人形は動かなくなった。
……成る程、分厚い藁束を切るよりも、各部を縛っている藁紐の方が切り易い。筋力値の足りない女の子でも使える戦法か。
感心して見ていると、藁人形が霧散してビニール袋が残された。それを少女が回収し、近くに置いてあった背負い籠に入れる。
「私の籠、キャベツでいっぱいだから、あんたが持ってね」
「ハイハイ、って人が待ってるぞ! 早く背負え!」
こちらに気付いた少年が、慌てて籠を背負い始めた。
彼らと挨拶を交わしながらすれ違う。ついでに、少女の背負った籠から、緑色の玉……キャベツが頭を覗かせているのが見えた。採取地の戦利品かな?
レスミアへのお土産になるので、野菜が取れるのは有難い。3層辺りで採取地に寄ってみるか。
そう考えて先を急ぐと、2層も出会うのは帰り道の探索者ばかり。しかも、中学生くらいの若い子ばかりだ。
思い当たる節はある。メイドトリオから雑談で聞いた話であるが、ジョブ選定の儀を終えた子供達だろう。
この国ではダンジョンに入れるのは成人の15歳からだ。ただし、13歳のジョブ選定の儀を終えると、3層まで入る事が許される。仮免みたいなものだな。
ジョブ選定の儀の後から成人までの期間、色々なジョブを試し、就きたい仕事の見習いを始める。その中でも探索者や、騎士団希望の子供をダンジョンに慣れさせる為に、解放される訳だ。3層までならパペット君程度の魔物だけなので、戦闘訓練を多少積んでいれば戦える。
まぁ、一般の仕事が決まって見習いになっても、フルタイムで働く訳では無い。そんな空いた時間で、小遣い稼ぎにダンジョンに入る子供は多いらしい。さっきも見たけれど、キャベツや全粒粉みたいな食材も取れるなら尚更だ。
「そうそう、男の子はみんな行っていたわね。私は家事とかお料理している方が楽しかったから、行かなかったけど」
「あ~、女の子は半々じゃないかな? お小遣いが貰える娘は行かないし、貰えない家の娘はお小遣い稼ぎに行くって感じだったよ~」
「私の故郷にはダンジョンが無かったので、成人するまでずっと店番でした。お小遣いは多かったですけどね」
なんて、ダンジョンに行っていなかったメイドトリオが教えてくれた。
3層に入ると、少し人が減り、魔物……藁人形とエンカウントし始めた。
藁人形の動きは鈍い。間合いを詰め、すれ違いざまにテイルサーベルを横に凪払う。手に小気味良い感触を残し、簡単に両断出来た。
うん、パペット君と同レベルだから、こんなものかな。切った感触が、野菜をざっくり切った感じなのは気に入った。動物系の肉を切る感触よりもずっと良い。
そして、テイルサーベルは切断力が高い武器なので、相性が良いと言える。
ドロップしたのは藁束だった。
【素材】【名称:藁束】【レア度:F】
・麦を収穫した後の茎を乾燥させた物。主に家畜の寝床に敷き、使用後は堆肥となる。他にも野菜の敷き藁や、麦わら帽子などの民芸品、中が中空なのを利用してストローとして使用できる。
俺には、藁なんて使い道無いと思いきや、家畜の寝床として使うのか。イメージ的に餌かと思っていたよ。
幌馬車用の馬が2頭いるから、少しは確保しておいた方が良いかもしれない。お世話するのは他の人に任せるけど……
次の藁人形は、『打撃が効き難い』という情報を試すために、素手で挑んでみた。
藁人形のパンチを左手で内側に押さえるように、軌道を剃らす。お返しに、右手のジャブを顔?部分に叩き込んだ。しかし、
……軽い。殴り付けた衝撃を吸収するかのように、手応えが薄い。でも、こちらのジャブも只の囮。
ジャブの衝撃で止まった藁人形に対し、こちらも伸ばされていた手首?辺りを掴み、思い切り引っ張った。更に、足を引っ掛けて引き摺り倒してから、腕を捻り上げる。止めに、首の辺りをブーツで踏み抜く。
『固い地面はそれだけで凶器じゃからのう、素手の時には武器替わりにするんじゃ。酔っ払いなら、足掬って転がして腕でも捻れば、それで十分。喧嘩しているような元気な奴なら、足か肩の間接を踏み砕け。赤字ネームなら首な。少しバウンドしたところを、思い切り踏む抜くとええぞ』
流石に踏み抜かれると、骨折しかねないので、転がして腕を捻り上げるところまでは訓練した。実際やってみると、意外とスムーズに動けたな。〈見覚え成長〉でボコられたお陰だろうか?
しかし、踏み付けた藁人形が、モゾモゾと動き出す。もう一度、足を持ち上げて、踏み付けなおすが、効いた様子はない。捻り上げていた手を離し、胴体を蹴り上げる。思いの外、浮き上がったところを、回し蹴りで壁に叩きつけた。
藁のせいか、人間より軽いので簡単に吹き飛んだな。追撃として、壁と挟むようにして蹴りを喰らわせた。
身体の藁が、あちらこちら潰れているけれど、まだ動く。打撃だと本当に倒すのに苦労しそうだ。技の練習台には丁度良いかも知れないが。さて、検証の最後は魔法だな。右拳に魔方陣を出して充填する。ワンドと比べると充填し難いけれど、掛かる時間が少し増えた程度、問題はない。
ふらふら歩いてくる藁人形を右ストレートで殴り飛ばし、そのまま右拳の魔方陣を向けて〈ファイアボール〉を打ち出した。地面に転がった藁人形の胴体に火の玉がぶつかり、あっという間に燃え広がる。そして、全身火達磨人形になったくらいで霧散して消えていった。残ったドロップ品は、ビニール袋に包まれた薄茶色の穀物だ。
【素材】【名称:全粒粉】【レア度:F】
・小麦を丸ごと製粉した小麦粉。白い胚乳部分だけでなく、表皮と胚芽も入っているため、茶褐色をしている。表皮と胚芽からくる香ばしい風味と歯応えがあり、栄養素も増えるが、それを苦手とする人も多い。
あー、茶色パンの材料な。焼き立ては香ばしくて悪くないけど、冷めると固くなるのがねぇ。シチューに浸して食べるとか、固くずっしりしているのを生かしてサンドイッチ使う事が多かった。村だと、柔らかい白パンと全粒粉を数割混ぜた茶色パンが混在していたのだ。アドラシャフトの離れだと、白パンしか出なかった(しかも、毎食焼き立て)ので、久し振りではある。
取り敢えず、お土産が増えたので良い。食材であれば料理人コンビが旨く使ってくれるだろう。ドロップ品の藁束と全粒粉、どちらも利用価値があるだけ、パペット君よりも有用だな。
そして、先に進むこと3匹目。最初のカップルを真似て、胴体を縛る縄紐だけを採取ハサミで切ってみた。パンチを避けつつ、足捌きで回り込みパチンッ、パチンッと。
すると、胴体の藁が緩み、腕がぐらつき始めた。見学していた時から気になっていたんだ。腕を引っこ抜いたらどうなるのだろうと。
藁の腕を掴み、胴体を蹴り飛ばすと、すっぽ抜けた。腕だった藁は動かなくなり、胴体は……『人』みたいな形しか残っていないけど、ウネウネ動いている。どうやら立てないようだ。
笑いを堪えつつ、踏んづけて押さえ、頭と股間辺りの藁紐も切ってあげた。残った藁紐は足首のみ。そっちも切ろうとしたが、既に事切れたように動かなくなっていた……切ったのは藁紐だけどな!
どうやら、胴体がバラけると駄目なようだ。最初に両断はしたのも胴体だったからな。
検証の結果、テイルサーベルで辻斬りするのが、手っ取り早いと分かった。
回り道と思うなかれ、こういう無駄な検証もネタになるので問題ないのだよ。攻略本用のネタをメモってから、先に進んだ。
と、言うわけで、5層に到着した。地図で見る限り、入り口に採取地があるので寄るつもりだ。時間的に夕方なので、採取したら終わりだろう。ここまで来ると他の人も少ないので、採取物も残っている筈。
そして、4層から新しい魔物が出たけれど、出来れば会いたくない。いや、魔法で倒せば問題無い……いやまて、アレがドロップしたらどうしようか。放置するか?……一応確保しておいて買い取り所に持ち込むか?
悩みながら歩いていると、〈敵影感知〉に反応があった。まだ、5層なので藁人形も出現する。そっちでお願いしますと、神頼みしたものの、角を曲がった先で視界に入ったのは、緑色の巨大芋虫だった。
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