第192話 地図本と第2ダンジョンの1層

 通行証を手に入れた後、他のメンバーとは別行動になった。マルガネーテさんの案内で、時計塔の見学に行くそうだ。町を一望出来る観光スポットなのだが、貴族街側にあるため、最初に通行証を取りに来たという訳らしい。

 俺も行こうと誘われたが、一応貴族街には行くなと言われているので辞退しておいた。例の公爵が貴族街側にいるらしいから、用心するに越したことはない。


 そして、今は1階の受付に戻ってきている。それと言うのも、


「地図の御値段は階層数×千円です。第2ダンジョンの最下層30層までで、累計46万5千円になります……少し高いですよね。でも、ご安心ください!

 第2支部限定! 今だけの特別価格! こちらの地図本が25万円で販売中ですよ! しかも、木の表紙も付いていて持ち易く、バラで買うよりもお買い得ですよ!」


「……いえ、先ずは10層までで、お願いします」


 ダンジョンが違えば、中身も変わるため、村で買った地図は役に立たない。第2ダンジョンの地図も新たに必要となる。

 ただし、既にセカンド証を持っているので第1ダンジョンにも行けるし、ソフィアリーセ様の管理ダンジョンもある。その為、第2は程々で良いやと、10層までを買おうとしたところ、アメリーさんにセールスを受けたのだった。


「それは、いけませんねぇ。ザックス様のパーティーの……ベルンヴァルトさんでしたか? まだファーストクラスですよね? サポートメンバーならまだしも、戦闘メンバーがファーストクラスでは、肩身が狭いですよ。本来、第1ダンジョンはセカンドクラス以上しか入れない所ですので、先ずは第2でレベル上げをされてはいかがですか?

 それと、30層には第2ダンジョンでしか取れない限定素材もあります! 結構人気の素材なので、ギルドに売却すればお金になりますし、貢献も貯まりますよ」


 ……限定素材! なんとも心引かれる言葉だ。ただ、情報が漠然としているし、特別価格といっても25万円は即決出来ない。


「具体的にどんな素材なのですか?」

「女性が喜ぶ素材ですね。レスミアさんや、サポートメンバーにいた女の子達も喜ぶ事、請け合いですよ!

 これ以上は、ご自身で情報を集めて下さい。探索者ならば、情報収集の一つも出来ないと駄目ですよ」


 そう言って営業スマイルを見せた。

 見せ札を増やしたけれど、増えた情報は俺に対する餌でしかない。食い付くのを待っているのが、ひしひしと分かる。

 ただ、情報収集と言っても、この街に来たばかりで聞ける人も少ない。後は……


「そう言えば、図書室があると言っていましたよね? 何処にあるんですか?」

「残念! 貢献が足りないので、閲覧は許可できません!

 ザックス様のレベルならば、20層以降で安定して稼げると思います。ここは、地図を買って、下を目指してはいかがですか?

 10層までの簡単な情報が載った冊子なら、カウンターの端にありますけど、そんな浅い層では稼げませんよ」


 アメリーさんは笑顔の横で、手をスリスリと合わせながら勧めてくる。その後も、交渉を試みたが、全て対論で潰されてしまった。

 フルナさん相手に、値段交渉は慣れたと思っていたが、井の中の蛙だったようだ。いや、地図を売り込まれているだけで、値段交渉ではないけど。買った方が良いと思わせるセールスは凄い。俺と同い年くらいなのに、熟練な感じだ……

 結局、買わされてしまった。


 ……元より地図は必要であるし、必要経費だよな、必要経費!




「あ、ザックス様。ダンジョンに行くには、入り口の壁沿いにある入場端末を使ってください」


 貴族向けのギルド受付には、L字に大きなカウンターがあり、受付嬢の皆さんが接客している。アメリーさんが手を指し示す方を見ると、その壁沿いの奥に通路が見えた。

 取り敢えず、そちらに向かうと、頭上には『ダンジョン入口』と看板がある。ただし、その通路の下半分が、白い半透明の壁で封鎖されていた。


 俺にあわせて、カウンターの中を歩いてきたアメリーさんが、カウンターの端にある箱をポンポンと叩いた。よく見ると、斜めの盤面には、手のマークが描かれている。登録の時に使った魔道具の類似品なのだろう。


「ここに手をのせて簡易ステータスを使うか、セカンド証を当てて下さいね。ギルドに登録されている人だけが通れる仕組みになっています。パーティーで通る場合も一人ずつお願いしますね」


 折角なので、セカンド証のメダルを押し当ててみた。すると、ほんの少しだけ魔力が吸われ、盤面が青く光る。OK のようだ。通路を塞いでいた半透明の壁が、スッと薄くなり消えていく。


 ……ファンタジーな自動改札機かよ!


 俺が通ると、また半透明の壁が復活した。触ってみると硬質な感触がするので、これはやはり結界の一種なのだろう。離れの3階にあった夜這い禁止結界を思い出す。


「あ、そこは一方通行なので、受付に戻りたい時は、買い取り所の方から回ってきて下さい。案内板を見れば分かると思います。

 それでは、行ってらっしゃいませ~」


 笑顔で手を振るアメリーさんに見送られ、先に進んだ。



 石壁の通路を少し進むとT字路に出た。案内板も有る。左が『←ダンジョン入口』、右が『貴族用、買い取り所→』。迷う心配もなさそうなので、歩きながら装備を整えることにした。

 とはいっても、雷玉鹿の革製のキャップを被り、同じくグローブを着け、剣帯を着ければ防具は終了だ。ジャケットアーマーやブーツは普段使い出来るので、既に着ているからな。

 ただ、武器と盾は複数あるので悩む。ただ、1層からなのでパペット君程度の魔物しか出ないだろう。軽いものからということで、革のバックラーを左手に括り付け、テイルサーベルを腰に佩いた。

 準備万端となったところで、ハッと気付く。


 ……そう言えば、10層までの小冊子、見忘れた! 地図を買った後は、流れるように見送られたからな。

 まぁ、ここから戻るのも格好が付かないし、〈詳細鑑定〉で調べれば良いか。



 しばらく歩くと、横路から人が合流しているのが見えた。案内板には『一般用、買い取り所→』、俺が歩いてきた通路には『貴族用、買い取り所→』とある。『ダンジョン入口』は向かっている方なので、ここからは平民と合流するようだ。いや、俺も平民だけどね。


 しばし、人が途切れるのを待っていたら、とある青年パーティーが道を譲ってくれた。「ありがとう」と、軽くお礼を言って先に進むのだが、ひそひそ話が聞こえてしまった。


「おいおい、見たか? 勲章持ちの貴族様だぞ!」

「銀盾って事は、サードクラスだよな。何で第2に来てんだ?」

「そんな事より、あのジャケットは防具なんだよね! 格好良い! 私もあんなの欲しいな~」


 少し後ろに付いて来ているから、丸聞こえだ。向こうの勘違いに少し恥ずかしくなったが、装備を誉められた事で少し気分も良くなる。そして、思っていたより、勲章の効果が有る事に驚いた。外し忘れていた勲章を、こっそりストレージに格納した。



 ダンジョンの入り口は村の物と変わらず、地下鉄の入り口の様に口を開けていた。違いといえば青空の下ではなく、防壁に囲まれているくらいだろう。万が一魔物が溢れたら、街中に出現するため、これくらいは必要な事だ。むしろ、村の方が放置し過ぎな気もする。


 ただ、中に入ると違う光景が目に写った。青い鳥居の前に行列が出来ているのだ。内装は変わらないので、懐かしさを感じるのに、行列が出来ているだけで違和感を得てしまう。それに加えて更に、並んでいる人達が鎧を着ているのだ!


 いや、村の肉狩り勢は、普段着に武器だけって人が多かったから……11層に行く自警団の少数が、革の鎧を着ていた程度だったんだよ。


 俺は1層に階段で降りる為、並ぶ必要は無い。青い鳥居への行列を避けて進みながら、他のパーティーを横目で観察する。

 金属装備が多いけれど、フルプレートではなく部分鎧が殆どだ。胸当てだけ、手足だけ、大楯だけとか戦闘スタイルがなんとなく分かる。ケモ耳の獣人は軽装なのは、敏捷値重視なのだろう。


 ただ、犬頭の犬族らしき人が、よく分からない。茶色の毛皮を加工したような、モフモフしたコートを羽織っているのだ。

 自前の灰色の毛皮もあるだろうに、暑くないのかね?


 総じて言える事だけど、全体的に地味だ。30層までのダンジョンなので、しょうがないのかもしれないが。

 その中で、俺の赤いジャケットアーマーはよく目立つ。視線が向けられるのを感じて、足早に階段を降りた。




 1層は石畳の遺跡型階層だった。全体的に薄暗く、光りゴケがあちらこちらに生えている。

 村のダンジョンと、ほぼ一緒だな。村の方は後半、明るい階層が多かったから、余計に薄暗い遺跡型が懐かしく感じる。



 今日のジョブは、村の英雄レベル28、魔道師レベル22、スカウトレベル22、罠術師レベル22、付与術師レベル22だ。経験値的に稼げないので、経験値増のスキルは無し。追加スキルを適当に付けている。そして、


「〈サンライト〉!」


 頭上に光の玉を産み出した。ランタンを使うまでもなく光源を確保出来、地図の見やすさが段違いなのだ。自動追尾もしてくれるし、使わない手はない。


 地図を片手に、階段までの道のりを確認し、意気揚々と歩きだした。




「お疲れ様です」

「……あ、ご武運を!」「ご武運を!  あの! 天井の明かりは何ですか?」


 魔物と遭遇する前に、他の探索者と遭遇してしまった。しかも、光属性魔法を秘匿するように言われていたのを、今思い出した。


「あーーー、新作の魔道具の実験中なんですよ。売り出すまでは、内緒にしてください!」


 帰り道っぽい、女の子2人に言い訳を話し、足早に立ち去る。そして、十分離れ、曲がり角を曲がってから〈サンライト〉をキャンセルして、消した。

 危ない、危ない。魔道具のせいにしたから、多分セーフ。


 ここは街中なので、人通りも多いのだ。青い鳥居の行列を見れば、直ぐに分かり易そうなものなのに、浮かれすぎだ!俺!


 改めて、光りゴケを採取し、ランタンに入れる。ついでに、魔水晶を一緒に入れて、光量を上げた。これで、多少はマシになる。

 気を取り直して、先へ進んだ。




「お疲れ様~」

「ご武運を」


 挨拶をしてすれ違う。これで5組目だ。魔物が居ない。


 ダンジョン内の常識として、他のパーティーと出会った場合は、十分に距離を取って挨拶してから離れる。通路の場合は、端と端に寄ってすれ違うだけだ。帰り道の人には「お疲れ様」、奥に行く人には「ご武運を」、知り合いでもなければ、その程度の挨拶でいい。

 赤字ネームや灰色ネームで犯罪者が区別できるといっても、鑑定系のスキルがなければ分からないからな。全員が持っている筈もなく、それならば最初から近寄らない方が良いと言う訳だ。



 ダンジョンに潜っている人が多いので、魔物の取り合いになっているのだろう。ましてや、階段までの最短距離の道を進んでいるので、人が多いに違いない。採取地も混み合っていそうなので、さっさと先に進もうとしたのだが、裏目に出たか? 

 いや、1層の魔物で稼げる筈もない。急ぐ方が良いな。そう考えて、足を早めた。




 2層に入って直ぐ、〈敵影感知〉に反応があった。地図を確認すると丁度、進行方向なので、誰かに取られないように、急ぐ。しかし、最後の角を曲がった時には、既に別のパーティーが戦い始めていた。


「挑発、頼んだわよ!」

「分かってるって、こっち来い!」


 俺より少し若い、中学生くらいのカップルだ。相手の魔物は……同サイズの藁人形?



【魔物】【名称:ストロードール】【Lv1】

・動く藁人形。殴り攻撃しかないので、大人が武器を使えば楽に倒せる。藁なので打撃は効き難いが、代わりに斬撃武器が有効。試し切りに持ってこい。松明等の火を使えば子供でも倒せる。ただし、釘を打っても倒せないし、呪えない。

・属性:風

・耐属性:土

・弱点属性:火

【ドロップ:藁束】【レアドロップ:全粒粉】



 パペット君よりも大きいけど、素材が藁の分だけ攻撃力も低そう。チクチクはするかもしれないけど。

 通路の真ん中で戦い始めたので、通り抜ける事も出来ない。少し見学させてもらう事にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る