第190話 第2支部とギルドマスター

 ……貴族に会うには事前のアポイントメントは必須って習ったのだが、立場が上ならば許されるのか?

 なんて疑問は、マルガネーテさんの顔を見れば直ぐに分かった。感情を殺すように、殊更笑顔になっているからな。余程、不愉快な出来事らしい。


「事情は分かりましたが、俺も当事者です。行って身の証を立てたり、婚約者として承認してもらったりした方が良いのではありませんか?」


「いえ、それは逆効果です。あの公爵は、ザックス様が勲章持ちと言うことも、不正呼ばわりしていました。

『アドラシャフト伯爵が親の情で授けたに違いない。ギルドや、騎士団まで抱き込むとはなんたる恥知らず!』と。こちらが事情を全て知っているとは、知らずに……」


 まぁ、サードクラスでもない、俺のレベルで侵略型レア種を討伐したのはイレギュラーだけど、不正呼ばわりはちょっとねぇ。後追いだけど騎士団の調査を受けて、ダンジョンギルド(フノー司祭)、ついでに教会(フノー司祭)と領主様に報告を上げている。更に、国王様にも(ノートヘルム伯爵が)報告を上げて、追認して貰ったと聞く。


「ただ、権力を笠に着ることに慣れている公爵が、廃嫡されたザックス様と会えば、何を無理強いするか分かりません。ここは、旦那様……エディング伯爵とケイロトス前伯爵にお任せ下さいませ。

 特に、ソフィアリーセ様のお祖父様であらせられるケイロトス前伯爵は、婚約者候補のザックス様に会えるのを楽しみに、砦から帰っていらっしゃいました。それを、水を差されたとお怒りでしたので、上手くお断りしてくれるでしょう」


 ……お祖父さんが砦から? 隠居先にしては物騒じゃないか?

 取り敢えず、貴族の常識かも知れないので、それには触れずにおいた。


「貴族街の領主の館がある南門に近付かなければ、公爵一行とは会うことありません。他の皆様と同じく観光されては如何でしょう? 平民街であれば、自由に行動出来ますよ」


「自由……それなら、午後はダンジョンに行ってきます。この街にも、資源ダンジョンは有りますよね?」


 迷う事は無かった。禁断症状が……って程ではないが、予定より早く行けるに越した事はない。うん、予定とは違うダンジョンだけど、普通の生活からのリハビリは必要なのだ。

 俺の言葉に、戦闘メンバーが反応して、手を挙げた。


「ザックス様がダンジョンに行くなら、私もお供します!」

「俺もだな。しばらく潜ってないから、慣らさんとな」


「いや、今日のところは俺一人でいいよ。1層から降り直しだから、危険も無いからな。

 それに、レスミアは今日の観光を楽しみにしていたろ。お揃いの服まで用意しているくらいなのだから、予定通り遊んできなよ。

 後、ベルンヴァルトは飲酒しているから駄目」


 レスミアは、フロヴィナちゃんとベアトリスちゃんに誘われて葛藤していたが、結局観光に行く事にしたようだ。ベルンヴァルトは「こんなの飲んだうちに入らないぜ!」と、主張していたが、女性陣の護衛をお願いしておいた。放っておくと、酒場に行くのは目に見えているので……


 当初の予定どおりに観光組は、マルガネーテさんが案内してくれる事となったところ、最初に行く場所が提案された。


「では、元々の予定通り、最初にダンジョンギルド第2支部へ向かいましょう。最初にパーティー登録と、通行証を発行しておいた方が便利です。わたくしが仲介すれば、手続きも早く終わりますよ」


 それと言うのも、王家よりダンジョンの警備を強化するよう指示が出ており、ギルドに登録されている者しか入れないそうだ。

 ……山賊と現神族の件だな。不審者が入れないと言うだけで、少し安心だ。


「第2支部と言うことは、いくつもダンジョンギルドが有るのですか?」

「はい、ヴィントシャフトの街には3つの資源ダンジョンが有りますので、それぞれにギルドが併設されています。

 この宿がある平民街には、脱初心者向けの第2ダンジョンがありますね。そこの窓からも見えますよ。防壁の方に、大きな建物があるでしょう」


 窓の方を向いてみれば、歩いてきた方の防壁の手前に大きな石造りの建物がある。見逃していたと言うよりも、一部が防壁と一体化しているので、騎士団の設備かと勘違いしていた。


「それでは、参りましょう」


 荷物は全てストレージとアイテムボックスの中なので、女子部屋に寄る必要も無い。部屋の鍵だけ、宿に一時返却する。そして、そのままバスガイド宜しく先導するマルガネーテさんに続き、宿を出るのだった。




 ダンジョンギルド第2支部は、大通りに面しており、中央の大きな入り口の他に、両サイドにも小さめな入り口がある。特に中央の入り口は、探索者らしき人達でごった返していた。丁度、4の鐘が鳴ったので、お昼休憩が終わった人が来ているのだろう。


 そんな人達を横目に、側道へ入る。背の高いギルドと教会に挟まれ、ビルの合間に入ったように感じるが、馬車がすれ違える程度には広い。


「こちらの道は馬車のお客様用ですね。奥に厩舎が有ります。貴族街から自家用馬車で来られる方……つまり、貴族用の入り口ですが、勲章持ちのザックス様もこちらを御利用出来ますよ」


 マルガネーテさんは、俺の左胸をチラリと目を向けそう言った。元々、伯爵家に行くつもりだったので、銀盾従事章を身に付けていのだ。


 ……ギルドでの窓口優先権ってやつか! 村では微妙に感じたけれど、表の混雑具合を見ると確かに特権だな。


「ザックス様、ギルドでは簡易ステータスを見せる事になります。出来るだけ沢山のジョブを着けて下さいませ。ただし、英雄等のレアなジョブは伏せるようお願い致します」


「……一般的に知られているジョブだけですね。了解です」


 厩舎が見えてきた頃、建物端に少し豪華な扉があった。その中に入ると、役場のように大きなカウンターに、数人の受付嬢が等間隔で並び接客している。マルガネーテさんは空いている受付嬢に、胸元のブローチを見せながら声をかけた。


「ヴィントシャフト家からの使いです。後援する探索者パーティーを登録したいのですけれど、支部長はいらっしゃいますか?」

「……伯爵家の!? はい! 面会予約が有ると聞いています! 直ぐにご案内致します!」


 俺と同年代に見える若い受付嬢は驚いた表情を見せたが、直ぐに笑顔に戻り2階の会議室に案内してくれた。流石、貴族用の受付担当なだけはある。所作は側使えのそれで、お茶を淹れてくれた。


 ……ウチのメイド服も良いけど、受付嬢の制服も可愛いな。ブラウスにベスト、膝丈のスカート。お茶を出された時に、谷間が見えたのは偶然です。

 この娘も、カウンターにいた他の受付嬢も可愛い娘ばかりだったし、探索者への餌なのかね? 男は単純だし、良いところを見せようと、攻略を頑張る的な。


 まぁ、レスミアの方が可愛いけど。特に今日は、JK バージョンなので更に良き。隣を見ると、こてんと首を傾げる仕草も可愛いので、猫耳を撫でたら「宿に帰ってからにして下さい」と、小声で苦情を言われた。



 お茶を頂き、待つこと5分、会議室に男性2人が入ってきた。普通の事務職っぽい小太りの犬耳おじさんと、プロレスラーのような筋骨隆々のおじさんだ。いや、プロレスラーの方は扉の所で、これまた大きな黒い翼を引っ掛けていた。体格の良さは鬼人族のベルンヴァルトよりも上かも知れない。


 ……翼があるって事は、天狗族? 昼前に見た郵便少女でも、物理的に飛ぶのは厳しいと思ったけど、その巨体じゃ飛べないだろうに。鳥は、骨が骨粗鬆症レベルで軽量化しているから飛べると聞いた覚えがあるから。


 いや、レスミアは、スキルで飛ぶと言っていたから、体重は関係ないのか?

 対面の席におじさん達が座ったので、取り敢えず、疑問は棚上げしておく。


「俺が、この街のギルドを統括するグントラムだ。気軽にギルドマスターとか、ギルマスと呼んでくれ。こっちの犬耳が第2支部長のフンドミルな」


「ギルドマスターまでいらっしゃるとは、午前中にお願いしておいた甲斐がありましたね」


「やはり、そうか。支部長こいつに面会予約が入っていたから、来ると思ったが、正解だったな。俺はしがない平民なのだから、貴族の回りくどい言い方は止めて頂きたいな」


 そう言って、ギルマスはガシガシと、角刈りの頭を掻いた。ギルドマスターなんてお偉いさんかと思いきや、平民とは驚きだ。それに、貴族語が分かり難いのには同意して頷いていると、目が合った。


「俺も午前中に呼び出されて、公爵との会合に付き合わされたってだけだ。

 その赤い髪、お前がザックスか。低レベルで銀盾従事章を得たとか、複数ジョブを持っているとか、豚公爵に敵対している事は、聞き及んでいる。

 ……その上で聞こう。 お前はその特別な力を持って何を成す? 将来の天望を聞かせて貰おうか?」


 天望なんて大それた物は持っていないが、目標ならば定まっている。直ぐに言い返した。


「第一に、ダンジョンを討伐して貴族に成ることです。アドラシャフト家には随分と世話になりましたので、恩返しする意味もあります。俺を廃嫡したことを気に病んでいるようでしたし、つい先日のソフィアリーセ様との約束でもありますから。

 まぁ、それ以前に稼げる階層を探して、安定収入を得る方が先ですけど。パーティーメンバーや使用人として雇った皆のお給料分を稼がないと」


 俺の言葉を聞いたギルマスは、ポカンと口を開けていたが、直ぐに破顔して笑いだした。楽しそうにテーブルをバンバンと叩くので、ティーカップが倒れそうな程、跳ねる。それを皆して、慌てて支えたのだけど、フンドミル支部長だけは先んじてソーサーを持って退避していたのが見えた。用意周到と言うか、慣れているというか。


「はっはっはっ! 普通だな! 普通!! 貴族になる、美人を嫁に貰う、稼げるようになりたい。なんて、其処らの男と一緒だぞ! しかも、収入の心配とか、嫁さんの尻に敷かれた旦那かよ!

 特別な力があれば、増長してもいい年頃なのにな!」


 ……元々、一般人なのだから、しょうがないだろ! 既に婚約だので、お腹いっぱいだっての!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る