第188話 転移ゲート

 アドラシャフト家を出た馬車は、騎士団の敷地を通り抜け、貴族街へ入る。

 幌馬車なので、移動中の景色は後ろしか見えない。いや、前も空いているけど、御者席にはベルンヴァルトの巨体があって見え難い。それもこれも、ベルンヴァルトが酒臭いと女性陣から苦情が出たせいだ。

 朝からあれだけ飲んでいては、弁明のしようもない。特にレスミアはお酒に弱いので、気化したアルコールの匂いだけでも酔っぱらってしまうからな。いや、アレはアレで可愛いけど。


 御者席では、風向きによって匂いが中に入ってきそうだけど、街中では馬車もスピードは出せないし、今は横風なのでセーフ。馬車内が居酒屋風味になる事は避けられた。


 それに、メイドトリオは新品の服に臭いが付くのを、嫌がったせいもある。先週遊びに行った際に、下級貴族向けの服飾店で仕立てて来たらしい。少しだけフリルに飾られたブラウスに、刺繍で彩られた膝丈のスカート、秋なのでウールのカーディガン。3人とも色違いではあるけれどデザインは同じな辺り、年齢も相まって女子高生を連想してしまう。

 馬車の座席に向き合って座ると、電車通学の気分。普段、厚着のレスミアが足を出しているのは珍しいので、誉めつつ眺めさせて貰った。


 レスミアが恥ずかしがって膝を手で隠してしまったので、仕方がなく、後ろから貴族街に目を移した。アドラシャフト家に近い邸宅ほど、家も庭も大きく豪華だ。高価と聞く窓ガラスが沢山取り付けられていたり、庭木が変わった形をしていたり、冬が近いというのに花壇には花が咲き乱れている。ただ、どの家も高くて3階建てまでで、横に大きいのが特徴的かな。


 そして、馬車が進むにつれ、家や庭の規模が小さくなっていく。貴族と言ってもピンきりらしい。


「大きいお屋敷は、代々続く子爵様とかですよ~。ああ言う家は、騎士団の上層部に食い込んでいたり、錬金術師を抱えていたりするから、裕福なんだって。

 逆にアッチの小さいお屋敷は、男爵以下だね~」


 俺達が滞在していた離れよりも小さい家を見て、フロヴィナちゃんが話してくれた。メイド情報網で色々と噂話を仕入れているそうだ。男爵でも貧乏なところは、嫡男を学園に通わせるのが精々で、他の弟妹は側使えとして上位貴族に奉公に出るのだとか。

 身近な例だとフォルコ君も、そんな貧乏男爵家なんだそうな。執事見習いの仕事で得た給料から、実家へ仕送りもしているのだとか。


 ……給料を決める時に、『据え置きですね』と確認してきたのはその為か。

 もっと、深層で稼げるようになったら、お給料のベースアップも考えた方が良いな。




 そして、馬車は砦のように、大きな石造りの防壁に着いた。


 アドラシャフトの街は外壁から続く防壁が、街の真ん中にある。強固な外壁に囲まれた貴族街と、それよりも少し薄めの外壁の平民街に別れていた。それというのも元々、統一国家時代には貴族街しかなかったらしい。革命後、人族が治めるようになってから、それまで奴隷扱いされていた人達用に平民街を作り、今の形になったそうだ。

 そして、真ん中防壁の中には、資源ダンジョンと転移ゲートが、それぞれ隔離されていた。万が一魔物がダンジョンから溢れた場合、万が一他領と戦争になって転移ゲートから敵兵が進行してきた場合、対処できるような構造になっているらしい。


 もっとも、建国以来、領地間で戦争が起きた事は無いらしい。どこの領地もダンジョンの対応に追われるので精一杯だからだ。

 仮に、仲の悪い所と戦争をするにしても、兵力……騎士団を集めなければならない。そうすると、領地内のダンジョンが管理しきれなくなり、魔物が溢れる。

 戦争に勝つにせよ、負けるにせよ、兵力は減る。そして、人手が足りなくなったダンジョンから魔物が溢れる。

 もし、勝った場合だと、土地が増える=管理する人手が……以下略



 どうあがいても、戦争をするとマイナスにしかならないのだ。

 まぁ、学園の教科書に書いてあった事なので、プロパガンダかもしれないけどね。領地間でいざこざを起こすなよって、王家からの釘指しみたいな?



 門の前で検問している騎士に、フォルコ君が許可証らしき物を見せて、馬車ごと中に入る。貴族街に出入りするのには許可証が必要だが、馬車の中まで改められる事はなかった。ただし、杜撰な管理と思うことなかれ、入り口には結界が施されているらしい。

 以前、離れの3階に上がろうとして、拒絶されたアレだ。ここで選別しているのは性別でなく犯罪歴の有無、赤字ネームと灰色ネームだ。職質して簡易ステータスを確認したり、人を鑑定したりする必要もなく、犯罪者を取り締まれるのだから凄い。



 防壁の中を少し進むと広い十字路に出た。向かって右側の通路から歩いてくる人が多く、賑わっている。見た感じ探索者っぽい人だけでなく、普段着の人も多い。ケモ耳の人もいて、少しテンションが上がる。犬耳なのか、キツネ耳なのか……


「あの人達は、ダンジョンから帰ってきた所みたいですね。お昼時ですし、ホラ、あそこに案内が……」


 レスミアが指差す方を見ると、高い天井からは案内板が吊るされていた。

 街中にダンジョンかぁ、羨ましい。きっと、この街の不動産屋には『ダンジョンまで徒歩10分!』とか見出しがあるに違いない。

 そんな、アホな思考をしていると、馬車は転移ゲートへの通路に曲がり進んでいく。こちらは渋滞という程ではないが、馬車が何台か順番待ちをしていた。商人が輸出用の荷物を満載しているのかと思いきや、乗っているのは人だ。


「あれは、他の街への乗り合い馬車ですよ。転移ゲートが使えるのは商人だけですから、他の人はお金を払って連れていってもらうのです。私が村まで行った時は、商人のお父さんが送ってくれましたけど、乗り合い馬車だと結構高いですよ」


 常識レベルの事を知らない俺を、レスミアがフォローしてくれる。話を聞いているうちに列が捌けていく。残り数台となった時、御者台に座るフォルコ君から声が掛かった。


「ザックス様、許可証の準備をお願いします」

「了解、そこの受付に行けば良いよな?」


 ノートヘルム伯爵から餞別に貰った羊皮紙をストレージから取り出し、紐解く。丸まっていたのを広げると、A5サイズだった。その羊皮紙には『アドラシャフト ー ヴィントシャフト』間の転移ゲートの使用を許可する旨が書かれている。許可が出ているのは俺だけなので、俺が受付するほか無さそうだ。


 馬車を出て、受付の騎士団員に許可証と、簡易ステータスを見せて本人確認をする。そして、移動目的や人数等を聞かれ、通行料金を払えば、特に問題なく終わった。1人1万円(馬2頭も含み)で、計8万円、結構痛い。いや、距離も関係無く、一律なので安いのだろうけど。


 そして、馬車を先に進め、俺も後に付いて部屋の中に入る。大きな部屋の一番奥に、天井にまで届きそうなサイズの青い鳥居が鎮座していた。近付いてみると、ダンジョン内のエントランスにある物とは少し違うようにみえる。大きいのもあるが、色がメタリックブルーなのだ。

 天井に設置されている、明かりの魔道具の光を反射して、輝いている。


 転移ゲートは統一国家時代の遺産と習ったけど、メタリックな見た目とは……鳥居のイメージから掛け離れたカラーリングじゃないか。

 俺がおのぼりさんのように転移ゲートを見上げていると、その柱の元にいた女性騎士が話し掛けてきた。


「初めてのご利用ですか? 宜しければ、使い方を説明致します。柱に手を当て〈トランスポートゲート〉を使用して下さい」

「はい、ありがとうございます」


 説明通りに柱を触り、スキルを使う。ただし、特殊スキルの方だけどな。担当の騎士さんが近くにいるので、ちょっとだけ偽装する。


「トランスポート〈ゲート〉!」


 すると、視界にウィンドウが開き、沢山の都市名?らしきものが表示された。


「移動先が表示されましたか? その中から移動先を選ぶのですが、必ず許可が出ている街にして下さい。転移先でも許可証の確認をしますので、無い場合は送り返されます。更に何度も繰り返すと悪質と判断され、最悪の場合は牢屋行きですね」


 さらっと怖いこと言われた!

 まぁ、間違えなければ良いのだけど、リストの数が多いので探すのも一苦労。何とかシャフトの中からヴィントシャフトを発見する。


「ありました。選択すれば良いのですよね?」

「あ、少しお待ちを、最後の注意事項が残っています。

 行き先を選択すると、転移ゲートが起動しますが、開いている間はMP を消費し続けます。そして、人や物を通すと、その分だけ強制的にMP が引き出されてしまいます。無理だと思ったら、手を離して下さい。

 通す量が多い程、この街から離れた場所に転移する程、消費MP が増えます。遠くの街に行く場合は、一端どこか中継地に移動してから、MP を回復させるのも手ですよ」


 ほうほう、細かい解説は助かる。

 ただ、ヴィントシャフト領は直ぐ南の隣接する領地なので大丈夫だろう。大雑把な大陸地図を教科書で見ただけだが、北東にある王都の方が倍以上遠い。


「解説、ありがとうございます。では、選びます」


 リストからヴィントシャフトを選択する。

 すると、触っている場所から柱が光始めた。メタリックブルーに輝く光は柱を伝って上に伸び、そのまま反対側まで光ると、鳥居の中に銀色の渦が現れる。


「はい、通れますよ。馬車から先にどうぞ」


 説明役の女性騎士が御者席に向かって声を掛けると、フォルコ君が馬に鞭を入れた。


「では、お先に失礼します」


 銀の渦に馬から入っていく。

 いや、こんな中に入っていける馬も凄いな。調教で何とかなるものなのか?

 変なところに感心していると、馬車の後ろで手を振っていたレスミアの姿も銀の向こうに消えていった。


「続いて貴方も入って下さい。転移は一瞬で済むとは言え、MP が足りなくなる前に急いだ方が良いですよ」

「……はい、ありがとうございました」


 言われて気付いた。MP減って無くね?

 勝手に引き出されると解説されたのに、魔力が減った感覚が無い。視界の端に映るHP MPバーも減っていない。まぁ、特殊スキルだからな。と、適当に納得してから、銀の渦に入った。





 その向こうは真っ暗な世界だった。


 明かり一つも無い。それどころか、立っているのかも定かではなく、体を動かすことも出来ない。


 ……転移は一瞬って言っていたのに、説明役のお姉さん!


 声すら出せない。

 パニックに陥りそうになり、咄嗟に〈カームネス〉を使おうとする。ただし、手が動かないのでワンドも取れない。ストレージも開けない。いや、ステータス画面すら開けない。

 更に混乱するなか、嫌な考えが頭に浮かぶ。


 ……ゲームとかで、転移に付き物と言えば、転送事故とかあったな。予期せぬ所に飛ばされたとか? 石の中にいる?



 嫌な考えばかり思い浮かび、打開策が全く思い付かない事に、心が折れ掛けた。その時、暗闇に光が現れた。


 ……銀色に光る玉?


「(珍しい魔力を感じたと思えば、人が迷い混むとは……千年ぶりかのう?)」


 お爺さんのような声が頭の中に響いた。

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