第186話 お茶会の楽屋裏

 ある意味、見世物と言う余興が終わり、席に戻ってから、これからの話をする事になる。ただ、その前に、気になっていた事を聞いてみた。


「こんな回りくどい事をしなくても、ソフィアリーセ様から私に婚約を申し込めば早かったのでは? ザクスノート君の時は、そちらからと聞き及んでいましたけど」


 俺の言葉に、貴族側の女性陣がこぞって頭を振った。


「ザックス、貴方は勲章持ちとは言え、平民ではありませんか。貴族から平民に求婚など、出来る訳がないでしょう。貴族だったザクスノートと同列に語れません」

「ええ、その通りですわ。それに今回の話は、領内と学園で噂として広げるつもりです。魂が変わってもなお、元婚約者を愛し、守るために求婚する美談としてね。噂好きのお茶会で話せば、直ぐにでも広まり、女性の支持を得られる筈です。

 それを、わたくしからの求婚にしては、台無しですもの」


 女性の方からだと、前の男に追い縋る様でみっともないそうだ。女性の社会は難しい。


「結局のところ、今回は何処までが仕込みだったのですか? 先ほどまでの話から察するに、仕掛人は……ソフィアリーセ様ではなく、ノートヘルム伯爵ですかね?」


 その瞬間、女性陣の顔が微笑を浮かべたままになった。流石、お嬢様方は感情を隠すのが上手い。それならば、隣のレスミアに目を向けると、こちらはちょっと強ばった笑顔になっている。目が合ったので、じっと見つめていると、直ぐに顔を赤らめてギブアップした。


「あうぅ……すみません。ザックス様が知らない常識は、教えるって約束でしたけど、宝石髪については黙っているように言われてましたぁ。ヴィナに聞いて、知らない事は把握していたのですけど……」

「いや、そこまで怒っている訳じゃないから……」


 つーか、フロヴィナちゃんまでグルだったのか。

 今日のレスミアは髪を結い上げているので、崩さないよう猫耳だけを撫でる。そのついでに、後ろに控えている筈のフロヴィナちゃんの様子を伺うと、既に明後日の方を向いていた。殆どのお茶会、女子会に給仕として参加していたから、そりゃ知っているか。

 改めてテーブルの女性陣に向き合うと、トゥティラちゃんがおずおずと手を挙げた。


「わたくしは、ソフィお姉様とレスミアの、お手紙の手配をしていました。お母様は工房が、お忙しそうでしたので……今日のお茶会については、ソフィお姉様とお母様が計画していました。

 わたくしのお誕生日にプレゼントを用意して下さったり、職人ジョブの相談に乗って下さったりした、ザックスには悪いと思ったのですけど……」


「トゥティラは気にする必要は無くてよ。ノートヘルム伯爵の案に乗って、企画したのはわたくしとトゥータミンネ様ですもの。今日のお茶会の話題は全て、事前に計画した通りです。サイコロで宝石が出れば、そこからは宝石髪の話題に繋げる。出なければ花火から繋げる。他にも何個かありましたが、最初の方で引っ掛かってくれたので助かりました。

 遊び人のジョブに変えさせたお陰かもしれませんね」


 ギャンブル技で、そうは都合よく幸運が出る筈もないのに。毎日振っても、殆どが中央値ばかりだし。

 ……ん? 遊び人は〈ダイスに祈りを〉で宝石狙いじゃなかったのか? お陰とは?

 そこら辺を聞いてみると、トゥータミンネ様はサプライズが成功したように、楽しそうに笑った。



「あらあら、うふふふ。 ザックスも気が付いていなかったのね。

 クロタールが、貴方の報告書を読んでいて、立案してきた事なのに。遊び人のジョブには〈口軽話術〉と言うスキルがあるのでしょう? それで、口を滑らせる事を期待していたの」


 んんん?

 慌てて、ステータス画面を開き、スキルに鑑定を掛ける。



【スキル】【名称:口軽話術】【パッシブ】

・話すのが上手くなる。ただし、話に熱が入ると、口が滑りやすくなる。



 遊び人レベル20で覚えた奴か!

 効果が実感できなかったから、報告書に記した後は、他の〈歌う〉だの〈踊る〉と一緒に、忘却の彼方に放り投げていたよ!

 しかし、最近を思い返すと、女性の誉め言葉がスルッと話せていたような?

 村でレスミアを誉め慣れたお陰だと思っていたけど、よもやスキルの暴発だったとは……

 特に〈ダイスに祈りを〉を覚えてから、日課で使っていたので、遊び人はつけっぱなしだったせいもあるな。


 自分の迂闊さに頭を抱えてしまった。




 レスミアに慰めてもらってから復活し、今後の事を話し合った。明後日に移動するのは変わらず。お昼頃、転移門でヴィントシャフトへ移動すれば良いそうだ。


「それでは、運命の糸が紡がれる明後日に、またお会いしましょう。わたくしの闇の神……うふふ、ちょっと、恥ずかしいですわね。

 レスミアも、ごきげんよう」


 そんな挨拶を交わして、帰って行った。人数が多いので、豪華な箱馬車を4台も使っているのは、流石に貴族のお嬢様だ。そんな人と婚約ってのも、更に実感が沸かないけど。そんな風に溢すと、


「ザックス、女の方が不安なのですから、男がしっかりしなさい。

 それに先ほども言いましたが、政略結婚ならば、実感が沸かない事は良くあることです。婚約してから愛情を育めば良いのですよ」


 そんな注意をしてから、トゥータミンネ様達は本館へ帰って行った。

 お客さんが全員帰り、少し広く感じる応接間を軽く浄化する。


 ……ようやく終わった。


 精神的に疲れを感じてソファーに横になると、レスミアがやって来て、膝枕をしてくれる。ジャック・オー・ランタンを討伐した後にしてもらったけど、やはり癒される。柔らかさと体温の暖かさ、追加で頭を優しく撫でられると、このまま眠りたく成る程だ。ただ、まだレスミアと話したい。


「そう言えば、レスミアの実家から返事来ないよな? 街に来てから手紙を出して、もう2週間経つのに……」


「あ~、どうでしょうね? ドナテッラの私の実家までは1週間は掛かりますし、丁度持っていってくれる商人さんが居ないと、商人ギルドの配送待ちで止まりますから。早くても、戻ってくる途中だとおもいますよ。

 明日、新しい手紙を出すついでに、転送手続きもしてきます。そうしないと、今度はヴィントシャフト領の商業ギルドに返事が届きませんからね」


 この世界は転移門の有る都市と、それ以外の町や村で情報伝達の速さがかなり違う。レスミアとソフィアリーセ様が文通していたように、大都市同士なら転移門で1日も掛からない。しかし、離れた町や村へ届ける場合は、馬を使うしかないため数日は掛かる。

 まぁ、僻地であっても、商人ギルドとダンジョンギルドが提携して、各ギルドがある所には配送できるシステムが出来ているのは凄いとは思うけど。

 馬は1時間おきに休憩がいるからな。あまり航続距離は良くない。ルイーサさんのような軽騎兵が増えるか、バイクが完成すれば改善されるかも知れないけど、まだまだ先の話だ。


「レスミアには悪いと思っている。先に約束したのに、婚約するのはソフィアリーセ様の方が早くなるんだから……」

「もう! 気にしすぎですよ。私も納得済みって言ったじゃないですか。

 それに、良い人達に巡り会えたと……貴族はもっと横暴だと思っていましたから。正直に言うと、私の立場が保証されるなんて思ってもいませんでした」


 レスミアは妻になれなくても愛人として、愛人が駄目ならパーティーメンバーとして、それも駄目なら料理人やメイドとしてでも付いていく覚悟をしていたそうだ。


 ……覚悟が決まりすぎじゃね? 俺にそこまでの覚悟が有っただろうか……


「ソフィアリーセ様には感謝だな。これからも一緒にいられる」

「駄目ですよ。これからは3人一緒です。どちらかを仲間外れにしたら、泣いちゃいますから」


 手を伸ばし、頭に置かれていたレスミアの手を握る。握り返され、指を絡め、その暖かさを確認する。そうして手遊びしていると、今度は手が持ち上げられて、レスミアの頬に当てられた。すべすべとした柔らかい感触だ。スリスリと擦り付けられると、まるで猫のように見える。


「それにしても、貴族の言葉は分かりにくいですよね。『わたくしの闇の神』とか、いまいちピンと来ません。私なら……『私の英雄ヒーローさん』とか? 『旦那様』はちょっと違うし、『あなた』はまだ早い……やっぱり名前呼びかなぁ」


「普通に呼び捨てで良いよ。そろそろ、様付けは取れそう?」

「ザックス…………んんん~あと、もうちょっと待って!」


 照れて、顔を赤らめる様子は可愛い。化粧をして大人っぽく見えていたけれど、少女のような可憐さも見え隠れしている。その朱が引かれた唇に引かれて親指を伸ばす。ぷっくりとした唇をなぞると、レスミアは意を察したのか、耳まで真っ赤になってしまった。


 しばし、視線を絡め合い…………横合いから邪魔が入った。



「コホンッ! あ~、イチャイチャするなら、部屋でヤってくれませんかねぇ、お二人さん。それと、服がシワになるから、先に着替えなさい! アイロン掛けするのは私なんだよ~」


 応接間の扉は空いたままで、そこでフロヴィナちゃんが掃除道具を抱えたまま、呆れた顔でこちらを見ていた。俺は慌てて身を起こし、座り直してから、問いかける。


「どこから見ていた?」

「え~と、手紙はまだかなぁって辺り?」

「最初からじゃない! ヴィナってばもう! 何で声掛けないの!」


 顔を真っ赤にしたレスミアは、逃げるように部屋を出ていった。


「にゅふふふ~、良いネタだったよ~。あ、ザックス君もエッチな事は部屋でヤってよね。応接間を汚されると掃除が大変だし……もし、汚した時は〈ライトクリーニング〉しといてね~」


「いやいやいや、そこまでヤってなかったでしょ!」


 反論したものの、部屋の掃除ついでに、硬貨の捜索もするから~と、部屋を追い出された。







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 余談ですが、クロタール副団長が魔法講義の後に「魔法使いを確保しておけ」と、アドバイスしてきたのも、策略の一環でした。

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