第185話 心の内側と、縁の紡ぎ直し

 あらすじ:お茶会と思ったら、トラップ&モンスターハウスだった。




「中々手強いですわね。今言った、管理ダンジョンを提供するのが、婚約の利点なのですけれど、他にも色々あります。判断材料にしなさい」


 ソフィアリーセ様はつらつらと利点について述べた。簡単にまとめると、


・50層の管理ダンジョンを提供する(表向きはソフィアリーセ様の護衛として)

・仲間として魔道師と騎士を手配(ソフィアリーセ様と護衛騎士のルティルト、ただし、冬期休暇に入ってから)

・ヴィントシャフト家の後援する探索者と認定し、支援をする。

・ヴィントシャフト家の専属工房の紹介(『巨大氷花の花弁』を加工出来る)

・錬金術師協会や、ダンジョンギルド、商人ギルド等への紹介状。

・管理ダンジョンの全階層の地図。

・レスミアでは難しい、貴族対応はソフィアリーセ様が担当する。

・ノートヘルム伯爵だけでは厳しくなってきた王都対応に、ヴィントシャフト家も協力する。

 等々。


 活動拠点については、王家から補助金が出ているので、ここには含まれない。それに、ノートヘルム伯爵が紹介してくれるはずだった錬金術師協会への紹介状等も、引き継いでいる。

 そして、最後のも大きい。先日、ノートヘルム伯爵が王都に報告に行っていたが、かなり苦労したと聞く。肉体的には血縁であるため、『親子の情で貴族に戻すため、大袈裟にしているだけではないか?』なんて意見も出たそうだ。

 そこに、第3者であるヴィントシャフト家が『婚約者として妥当か、厳しい目で判断する』という建前で、アドラシャフト家をフォローしてくれる事になる。


 確かに、至れり尽くせりだ。美少女のソフィアリーセ様と結婚できるうえ、これだけの支援が貰えるなら、普通の男なら二つ返事で飛び付くだろう。


 だが、レスミアに告る時にも躊躇しまくった小心者な俺は、確認しなければ飛び付く事など出来ない。



「ソフィアリーセ様は、本当に私と結婚したいのですか? 会ったのは今日で2回目、まともに話すのは初めてですよね?

 利点で判断するのでなく、貴女の本心を聞かせて欲しいです」

 

 正面から目を見つめて、そう、踏み込んだ。元より変化球など準備していない。直球勝負を仕掛けてみる。

 すると、ソフィアリーセ様は顔をこわばらせて、フリーズしてしまった。


 踏み込み過ぎたか?と、ちょっと心配に成る程の時間をおいてから、扇子で顔の殆どを隠し、トゥータミンネ様に小さい声で話した。それに頷き返し、周囲を見回して指示を出す。


「人払いを……側使えは全員部屋から出なさい。護衛騎士もです」


 テーブルに座っている俺達以外が退出し、「これで、貴女の心のうちを知るものは、最小限です。頑張りなさい」トゥータミンネ様が優しく頭を撫でる。

 それに頷き返し、ソフィアリーセ様が話し始めた。


「わたくし、結婚はお父様がお決めになる事だと教えられてきました。自分から決めようと考えた事はありません。

 しかし、学園に入学してから、あの家の権力を自分の偉さと勘違いした傲慢な男に求婚されて、初めて嫌になったのです。「ダンジョン攻略? 卒業出来る最低限でいいだろう。そんなものは騎士の仕事だ」などと言う男なんて、わたくしの理想の最低限にも達していません。


 貴族とは『ダンジョンの脅威から、領民と領地を守る者』! だからこそ、とうとい人物だと、民の上に立つ事が許されるのです!

 

 家同士で話が進められる前にお父様に相談したところ、従弟のザクスノートと先に婚約する事で丸く納めようと提案されたのです。

 わたくしはホッとしました。ザクスノートならば従弟で人となりも存じていますし、弟のように可愛がったのですから。


 でも、ザクスノートからは拒絶されました。

 その時、初めて知ったことです。ザクスノートは魔法の適性が火属性しか適正を得られなく、荒れていたと」


 そこからはトゥータミンネ様が、少し悲しそうに目を伏せ、ザクスノート君の話をしてくれた。


 魔導師の父親に憧れて目指していたのに、適正属性が少なすぎて魔法使いは無理だと断じられてしまった。しかし、嫡男であるためダンジョン攻略は必須、しぶしぶ騎士を目指すことにしたそうだ。

 そんな折に、従姉からの婚約の申し出が来る。自分のなりたかった魔法使いになり、自分を子供扱いする従姉から。それは、荒れに荒れたそうだ。


 ……ああ、中学生位の年頃じゃねぇ。癇に障ると、いきなり刃物の様に攻撃的になってしまう事もあるから。



「その時はトゥータミンネ様の取り成しで、形だけの婚約をしましたが、それ以来、1年ほど顔も会わせていませんでした。夏の休暇の終わりに訃報を聞いたときには驚いたものです。

 学園での色々を片付けて、お墓参りに訪れた後に裏事情も聞きました。その折に、ノートヘルム伯爵にザックスと婚約し直すよう進められたのです。

 でも、即答は出来ませんでした。ザクスノートの時のように拒絶されてしまったら? わたくしは怖くなってしまったのです」


 その話をしているところで、俺がアドラシャフトに戻ってきて、初対面の挨拶をしたのだ。タイミング良いのか、悪のか?

 貴族のお嬢様らしい、微笑を湛えた表情とは思っていたけど、感情を吐露しないように、殊更笑顔の仮面でいたらしい。


「貴方の人となりを調べるために、レスミアとお茶会をして、初めて知りました。恋をしている女の子は、こんなにも素敵に笑うのかと……羨ましい程に。だから、レスミアに仲間に入れてとお願いしたのです」


「いや~、最初はダンジョンに行くパーティーの事かと勘違いしましたけど、お話している内に仲良くなりました。

 その後は、何度か手紙をやり取りして、色々擦り合わせしたんです。私としても貴族対応出来る人を歓迎したかったのは、さっき言った通りですし」


 いつの間にか文通していたらしい。レスミアの実家からは、まだ返事が来ないのに、ソフィアリーセ様の方が、話が進んでないか? しかも、俺抜きで……

 俺が判断を迷っていると、トゥータミンネ様が諭すように話しかけてきた。


「ザックス、ソフィアリーセ様には余り時間が無いのよ。例の公爵家から、ヴィントシャフト家に対して、婚約の打診をして来たらしいわ。今は返事を延ばして、時間を稼いでいるだけなの。

 貴方なら元婚約者と言う事で、再度婚約するのは容易いでしょう。ソフィアリーセ様を救えるのは貴方だけなのよ。

 何を悩んでいるのか分からないけれど、大丈夫、婚約してから仲を深めれば良いだけの事です。貴族の政略結婚なんて、そのようなものですよ。

 それに、ノートヘルム伯爵から聞いていてよ、貴方『出来る限り、力になる』と言ったのでしょう」


 ……確かに言った気がする。俺がここに居る事の余波じゃないかって。

 腹を括るしかないか。レスミアの方を見ると、笑顔で大きく頷いた。未だに、2人と婚約とか不誠実な気がしてならないが、本人達は了承しているので、こちらの常識と思うしかない。『郷に入っては郷に従え』か、昔の人は、よく言ったものだ……


「分かりました。ソフィアリーセ様へ婚約を申し込みます」





 それから、廊下に出していた側使えと護衛騎士を部屋に戻し、求婚のやり直しをさせられた。お父様の文官達に見せる必要があるとか、何とか。

 それも、ソフィアリーセ様とトゥータミンネ様の監修が入ったものだ。危うく、長々しい貴族語での台詞になりそうだったので、短時間で暗記出来ないと主張して短くしてもらった。

 ソフィアリーセ様の前に跪き、貴族の礼を取った。隣にはレスミアも同じく、礼を取っている。


蒼天そうてんよりも青く、蒼海そうかいよりも青い、サファイアの輝きを放つ、宝石髪の乙女よ。私の光の女神となり、我らの行く末を、その輝きで照らしたまえ」


 無駄に装飾語が多い台詞を言ってから、手を差し出す。それに、女性が手を取れば成立だ。今回は変則的にレスミアも一緒に手を差し出しているけど。


「わたくしの闇の神となり、我らに立ち塞がりし闇のヴェールを、退魔の剣にて打ち払いたまえ」


 返答の後に、ソフィアリーセ様が俺達2人の手を取った。これはレスミアを蔑ろにせず、俺と同列に扱うと言う、意思表示でもあるそうだ。


 まぁ、ここまでやっても、婚約者候補なんだけどね。親が決定権を持っているので、許可が降りなければ意味がない。それでも、俺達の手を取るソフィアリーセ様は頬を赤く染め、恋する乙女の様に、はにかんだ笑顔を見せた。

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