第182話 出発準備とお茶会準備

 この前の従業員雇用をした後、引っ越しの打ち合わせをした時の事である。



 次の拠点は騎士団が使っていたので、最低限の設備は整っているそうだけど、それでもメイド目線だと余り信用がないらしい。騎士団の寮を担当した事のあるフロヴィナちゃんが力説した。


「騎士の……特にがさつな男の人だと、部屋を脱いだ服とかゴミで散らかすくらいはマシな方だよ!

 汗と土埃だらけでベッドで寝たり、装備を身に付けたまま寝て、シーツを破いたり。最悪だったのは、お酒の飲み過ぎでベッドに吐いて、隠蔽したけど臭うからって、床に寝袋で寝ていた人! 掃除の大変さが分かってないんだから!」


 思い出し笑いではなく、思い出し怒りでプンプンと頬を膨らませる。その時の打ち合わせに参加していたベルンヴァルトが、気まずそうな顔をしていたので犯人かと思ったが、こちらはブンブンと頭を振った。


「いやいや、俺じゃねぇよ。騎士寮では有名な話ってだけだ。あまりに酷いと、強制的に給料天引きで買い換えとか、メイド全員に冷たくされたとか、料理担当のメイドに逆贔屓されて食事を減らされたとか。まぁ、それでも懲りなかったから、僻地のダンジョン担当に飛ばされたって聞いたぞ」


「ベル君が、又部屋に酒樽を持ち込んでいるのも注意したいけど、ひとまず置いておいて……

 そこなんだよ! 僻地のダンジョンに飛ばされるような人達が使っていた宿舎なの。退去する時のチェックも、その使っていた騎士団がやるんでしょ? 絶対、女の目線が足りないよ。万が一を考えて、全部準備していきましょう!」


 フロヴィナちゃんが拳を振り上げると、残りの女性陣も同意して「賛成」と挙手した。


 ……いや、街から2時間は僻地なのか? そんな疑問が湧いた。ベルンヴァルトも小さな声で「そこまで酷いのはなかなか居ないから、大丈夫じゃねぇか?」と呟く。

 俺が村で借りた家の物は、全て前の住人が置いていった物だったらしいけど、特に問題なかったからな。安く済ませられるなら、それに越したことは無いんだが……


 俺が逡巡していると、フォルコ君が挙手して賛成した。そして、スッと席を立つと、俺とベルンヴァルトの間に来て、こそっと、賛成した理由を話してくれた。


「家の中の事は、取り仕切る女性に任せた方が良いと聞きます。男の意見を通しても、後で愚痴になって返ってくるそうですよ。私達でチェックして、ある程度は通した方が良いかと存じます。私もご協力致しますので……本館にも相談してみますし、出入りの商会を通して安く仕入れられるよう、交渉してみましょう」


 ……どこかで聞いたような話だ。ベルンヴァルトもそう思ったのか、手を軽く振り「後はリーダーに任せるわ」と、投げてきた。

 しょうがない、腹を括るか。男の甲斐性って奴だな。俺も挙手をして、賛成の意を示す。それと同時に、雇い主からの要望も付ける。



「それじゃ、女性陣で必要と思われる物を書き出してくれ。俺とフォルコ君で精査してから発注するよ。

 ベアトリスちゃんはキッチン関係と、5人分の食料品……取り敢えず1月分を計算しておいて。

 フロヴィナちゃんは、その他の日用品を担当。

 レスミアは2人の補助を頼む。平民目線で見て、余りに高い物が有ったら弾いていいから。後、ストレージの食材とか、調理器具、食器類も把握しているだろ? それも加味してくれ」


「……そんな心配しなくても、いいのに~」

「あー、ヴィナ。新しいメイド服は要りませんよ。支給されている分は全て餞別にするってメイド長が言っていましたよね?」


 早速、紙に書き出していたフロヴィナちゃんだったが、直ぐ様不正が発覚したようだ。容疑者は、てへっと笑った後、自供した。


「え~、使える家が変わるんだし、独自の可愛いのにしようよ~。ホラッ、側使えの人達みたいに刺繍を増やしてみない?」


 アドラシャフト家では使用人にお仕着せ(メイド服一式など)を貸与しているが、大別して3種類に別れる。主人一家の専属である側使えと、貴族家出身の教養がある上級使用人、平民出身の下級使用人(下働き)用だ。基本的なデザインは統一されているけれど、前者の方ほどお仕着せが豪華になっていく。刺繍が増え、フリルのような布地が増える。もちろん、貸与品なので、勝手に改造することもNG 。アクセサリーなども服装規定で制限されている。


 その為、アドラシャフト家のメイド服に憧れて入った平民の女の子も、しばらく着て慣れてくると上の階級のメイド服が気になってくるそうだ。今のフロヴィナちゃんのように。


「まぁ、そこまで言うなら、自分で改造すればどう? 移動した後は服飾規定も無いし、トゥティラ様みたいに刺繍をするとかさ。あ、改造は自腹でお願いします」

「フロヴィナさん、布地の量等は常識的な範囲でお願いします。それと、デザインが決まった後で結構ですが、3人分揃えて下さいね」


 俺の言葉に続いて、フォルコ君が釘を刺した。「流石に9着も同じ刺繍するのは大変だよ~」とむくれていたので、効果はあったようだ。お仕着せなら、デザインは統一しないといけないし、着替えの分まで含めると結構な量だ。自然と改造量も減るに違いない。グッジョブ!


 その後も、希少で高価な調味料を却下したり、お客様向けに貴族向けの食器に対して代案を出したり、酒樽5個を「自腹で買うなら、保管はしてあげる」と突っ返したりした。代わりに、主食となる小麦粉は多め、綿のマットレスやシーツ等の寝具も通す。睡眠は大事だしな。


 そうして完成したリストを元に、フォルコ君が出入り商会に発注を掛けてくれた。更に、メイド長が口利きをしてくれたそうで、アドラシャフト家が大量購入する時のお値段と同じくらいに、負けて貰える事が出来た。清掃業者のバイトをしておいて良かった。

 ただ、それでも総額で50万ほど掛かったが、必要経費なので仕方がない。俺も牛乳とかバター等の乳製品を多めにお願いしたし。錬金釜貯金がどんどん目減りしていく。




 次の日から、次々と届く物資を受け取り、中身を確認してからストレージに格納する仕事が増えた。

 この世界の商人は皆アイテムボックスを持っているので、フットワークが軽く、身一つで来る事も多い。街中では馬車や荷車を使うのは、アイテムボックスに入り切らないほどの大口注文とか、転移門の無い村や町に遠出をする時くらいだそうだ。


 今回でも小麦粉等の穀物を沢山発注したのに、アイテムボックスだけで納まったのか、翌日には商人が馬に乗って納品しに来たくらいだ…………唯一の例外は酒樽5個だ。入りきらなかった酒樽1個を馬車に載せて来たのだけど、1m超の大樽とは思わなかった。数百㎏ありそうな重量は、ジョブの筋力値補正があっても、一人では持てない。酒屋さんは「ハハハッ、普通は転がすか、アイテムボックスで移動させるんですわ」と笑っていた。


 いや、本当に自腹で買っていたので、文句はないけれど。ベルンヴァルトの奴は、次の拠点で酒場でも開くつもりなのだろうか? 一人で全部飲むと言うよりは、そっちの方が、現実味があるのだけど。ちょっと心配して聞いてみると、


「心配しなくても、全部違う種類だから、飲み飽きる事はないぜ。最近はつまみを用意して貰えるから、尚更だな。リーダーもたまには付き合えよ?」

「たまにな、たまに。次の日が休みとかでないと、鬼人族の飲む量に付いて行けるわけない……」


 心配するだけ無駄だった。

 さて、酒樽5個もの量、何ヵ月持つのだろうか? 流石に一月って事は無いと思いたい。





 そして、出発を2日後に控え、準備に追われている中でのお茶会出席命令である。午後からなので早めにお昼を済ませて、着替える事になった。他領のお客様なので、正装するのは当然だそうだ。

 レスミアはトゥータミンネ様に頂いた薄緑色のドレスに着替えるため、自室に戻った。化粧や着飾る手伝いにと、メイドコンビも一緒に、キャッキャと楽しそうに。

 俺は以前着た武骨な軍服に着替えてから、リビングでフォルコ君に着こなしのチェックをしてもらっていた。ちょいちょいと、少しだけ手直しされてOK が出る。


「はい、これで結構です。

 ザックス様、昨日お伝えましたが、遊び人のジョブに変更はされましたか?」

「あぁ、今朝は〈ダイスに祈りを〉も使わずに取っておいたからね。

 しかし、こんなギャンブルスキルを余興にして良い物なのか? 悪い目が出て巻き込んだら不味いと思うのだけど……」


 今日のお茶会では、〈ダイスに祈りを〉を余興として行うよう、トゥータミンネ様から指示が出ていた。


「お茶会ならば、楽士に歌や、音楽を奏でさせる事はよくあります。裕福な貴族家では、子供の為に役者や大道芸人を呼ぶ、なんて事もあるそうです。それと同じなのではありませんか?」



 それだけなら、良いのだけど……なんか違和感が有るんだよなぁ? 

 トゥータミンネ様に〈ダイスに祈りを〉見せた時は、喜ぶと言うより困惑していた気がする。それに、お茶会の開催場所が離れっていうのもね。他領のお客様を持て成すなら、本館で持て成した方がいいだろうに。

 離れにしなければならない理由がある? それに、俺が呼ばれた理由も分からない。


 腕を組み、答えがでない事に頭を悩ませていると、それを断ち切るように本が差し出された。フォルコ君が柔らかい笑みを見せ、とあるページを指し示す。そこはマナー本の挨拶が記述されたページである。


「それよりも、挨拶を確認し直してはいかがですか? 慣れぬ挨拶とは思いますが、失敗しないよう繰り返し練習するしかありません」

「そうするよ」


 これも、トゥータミンネ様からの指示だけど、今回は出迎えの挨拶だけなので、まだ気が楽。『貴族を目指すなら、その勉強もしていると言うところを、皆にアピールしておきなさい』だそうだ。

 俺としては、まだまだ先だと思うのに、気が早い。


「すみません、遅くなりました~」


 小さく口に出しながら暗記していると、レスミアも着替えが終わってリビングにやって来た。

 例の髪のお手入れをしたのか、銀髪が輝くような艶やかになっており、ドレスに負けていない美しさ感じる。髪を編み込み、化粧もすることで、グッと大人になったように見える。そんな風に誉めると、両頬に手を当てて喜んでくれた。


「エヘヘ、そこまで誉められると照れちゃいますよぉ。

 そうそう、私の髪も宝石に例えて、誉めてくれませんか?」


「ん? そりゃ構わないけど、銀髪だと宝石は難しくないか? 貴金属なら……銀貨じゃ微妙だよなぁ。

 プラチナのよう……いや、あれは白金だったか。そうすると、白銀のよう? 銀だけでなく、光に照らされた雪とかを形容する言葉だけど。

 えーと、『君の髪は、朝日に照らされる雪化粧のように、白銀に輝いているね』」


「そうそう! そういうのですよ! 白銀、気に入りました!」


 ビシッと指を指してから、小さくガッツポーズまでして喜んでくれた。何とか絞り出した誉め言葉だったけど、セーフかな?

 恐らくだけど、フロヴィナちゃん辺りから、宝石髪の人を誉めた話でも聞いたのだろう。まぁ、変に嫉妬されるよりは、誉め言葉くらいいくらでも、紡ごうじゃないか。


 先ほどまで、大人びた顔をしていたのに、喜ぶ笑顔は年相応の少女に見えた。俺としては、取り繕った笑みよりも、感情に溢れる笑みの方が好きだ。


 レスミアを誉めるついでに、やりきった顔をしたメイドコンビにも労いの言葉をかけておく。


「2人とも、レスミアを綺麗に着飾ってくれて、ありがとう。この後のお茶会の給仕も宜しく頼むよ」

「私は髪を結うのが好きだからね~。 誉められて悪い気はしないけど~」

「こんな綺麗なドレスを着付け出来るのは、側使えにならないと無理だから、私も楽しかったです。(私より年下なのに、あの大きさは羨ましいなぁ)」




 そうこうしているうちに、4の鐘が鳴り響いた。予定は午後一番なので、ボチボチお客様がやってくるはず。今回は相手の方が、身分が上なので、総員で出迎えるそうだ。


「同格以下であれば、出迎えは使用人に任せる事も出来ますが、本日はザックス様が代表で前に出て、出迎えの挨拶をお願いします」

「了解。挨拶も覚えたし、玄関に行こうか」


 皆を促して移動しようとしたが、フォルコ君から待ったが掛かった。


「ザックス様、レスミア様はヒールを履き慣れない御様子ですので、エスコートをしてはいかがでしょうか。パーティーではありませんが、練習する良い機会かと存じます」


 ……えすこーと? 映画で外人がやっていたのは見たことがある。確か手を差し伸べたりする事だったよね?

 マナー本にも載っていたと思うけど、挨拶を優先していたので、そこまで読んでいない。俺がまごついていると、フォルコ君がかいつまんで教えてくれた。

 椅子から立つときや階段では手を貸し、並んで歩く時などは腕を組んで、歩く速度を合わせる……実際にレスミアと腕を組んで玄関へ向かう。腕の感触が気持ち良く、香水の香りがして、落ち着かない。しかし、当のレスミアは腕に掴まって少し安心している様子だ。


「フォルコさん、よく見てますね。わたしハイヒール履くのは初めてで……歩き難いです。ザックス様の腕に掴まると楽ですけど、一人だと走れないですよ」

「いえ、主人を補佐するのが仕事ですので。それと、走らないで下さい。おしとやかにお願いします」


「階段のエスコートとか、3段飛ばしで登る場合はどうすれば良いんだ?」

「あ、あれは〈猫体術〉とか〈猫体機動〉を覚えた時だけですよ! 普段はやってません!」


 まぁ、村に居た頃の話だけどね。一時期、ぴょんぴょん飛び跳ねていたから。そんな風にじゃれ合っていると、後ろから注意された。


「ミーアちゃん、そのドレスとハイヒールの時だけでも、お嬢様のつもりでね~」

「そうですね。お二人とも、練習は必要かもしれませんが、衣装で気分を切り替えた方が良いでしょう。普段の生活から気を張っていては、大変そうです。もう少し、子供の時分に教わると良かったのですが」


 お貴族様は子供の時から練習するので、学園に行く頃には自然と出来るそうだ。お貴族様も大変だなぁ。



 玄関の前で待っていると、本館の方からこちらへ向かってくる人だかりが見えた。本館の裏口から、離れの裏口へは近いのだけど、玄関同士では少し遠回りになる。まぁ、馬車を使うほどの距離ではないので、お客様でも歩きのようだ。


 ただ、近付いて来る人数が多い。事前連絡では、ソフィアリーセ様御一行と、トゥータミンネ様、トゥティラちゃんが参加者と聞いている。側使えと護衛を含め、多くて10数名かと思っていたが、ぱっと見20人は超えていそうな……


 そして、玄関前に到着した際、トゥータミンネ様から目配せを受け、貴族の礼を取る。外なので片膝はつかずに、胸の前で手を組み、軽く一礼をしてから、挨拶を述べた。


「光の祝福が溢れる良き日、再会の縁が紡がれた喜びを神に捧げましょう。ソフィアリーセ様、ようこそおいでくださいました」


「ええ、共に祝福に感謝いたしましょう」


 その挨拶に、ソフィアリーセ様が笑顔で返してくれる。以前見た、貴族の微笑よりも、喜びが見えるように感じた。







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 小ネタですけど、酒樽について。


 鬼人族の大酒飲みを表現したいけど、リアルである酒樽(2斗:36リットル)とか、ビールサーバー(19リットル)では高さ40~50㎝くらい。小っちゃく感じる。鬼人族が2m越えの種族なので、比較するとね。


 色々調べたところ、1m超えの樽(450リットル、清酒やウィスキーなど)もあると判明。画像で見ても流石にデカい。これは良いと採用したものの、本当に飲める量なのか心配になる。軽く計算してみると、ビール中ジョッキ435mlなので、約1000杯分。30日で飲むとすると、1日辺り33杯。

 鬼というなら、人の10倍は飲むでしょ(偏見)。


 つまり、人間換算で、毎日ビール中ジョッキ3杯弱。いけるな!ヨシ!



 後、近況ノートを更新しました。内容は特にありませんが、いつものオマケはあるので、よろしければどうぞ。

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