第183話 風流なお茶会

「ごきげんよう、ザックス。今日は私的なお茶会と聞いています。畏まる必要はなくってよ。この2週間で様々な事で話題になったとトゥータミンネ様に伺いましたわ。後でお話しして下さいませ」


 ……そんな話題になったことって、花火くらいじゃないのか?


 取り敢えず、挨拶も問題なく終わり、ソフィアリーセ様の機嫌も良さそうでホッとした。前回接した時は、殆ど尋問のような形だったので、ちょっとおっかなく感じたけど、今日は普通の上品なお嬢様っぽい。

 そのお嬢様は、俺の斜め後ろにいるレスミアにも声を掛けた。


「今日のレスミアは、素敵なドレスですのね。髪の艶も、まるで宝石髪の様ではありませんか!」


「はい。トゥータミンネ様から頂きました。まだ、ドレスもヒールも着なれていませんけど、練習中です」

「あら? 今日は私的なお茶会と言ったでしょう。以前のように話しても構いませんよ。ええ、前回は話の途中で時間切れでしたもの。」


 ……そう言えば、前回はディナーショーの前に帰って行ったな。今日は、長丁場のお茶会になりそうだ。



 切りの良いところで、応接間に案内する。レスミアをエスコートしながら前を歩くと、お客様の皆さんから指摘を受けた。「社交の勉強をしているとは本当だったのですね」と言う感心の声に、「ザックス、胸を張って堂々としなさい」「レスミアも腰が引けていますわ。腕に体重を掛けても良いので、しゃんとなさい」と言うアドバイスはありがたいのだけど、腕に押し付けられる感触で、集中が乱されるので程々にして下さい。


 指摘は、応接間のソファーにレスミアを座らせるまで続いた。気分的に、マナーの講習会になったかのようだ。

 テーブルには俺とレスミア、お客様の3人のみ席に着き、それぞれに給仕のメイドと護衛騎士が後ろに付く。俺達に護衛騎士はいないけどね。

 護衛役が出来そうなベルンヴァルトは、今朝から逃げ出したのでいない。「折角の休日に面倒事はパスだパス。見習い騎士の仲間だった奴らが送別会開いてくれるって言うから、そっち行くわ」そう言って、町に繰り出していったからだ。朝から酒場を梯子して飲み歩くらしい。


 俺とレスミアには、それぞれフォルコ君とフロヴィナちゃんが給仕として付いている。お茶とお菓子を差し出す所作が、普段よりも固く見えた。2人とも緊張しているようだ。

 それもそのはず、応接間の壁際には、ズラリと人が整列していた。その視線が向けられている様で、俺も落ち着かないくらいだ。指示したソフィアリーセ様は、


「人数が多いですが、気にする必要はなくてよ。半分程は、わたくしのお父様の文官なのですけど、ノートヘルム伯爵とのお話を詰める為の人員です。それも終わりましたので、今は側使えのようなものですわ。

 わたくしの補佐として連れてきましたので、締め出すわけにもいかないでしょう」


 これだけの人に囲まれても、当然のようにソフィアリーセ様は笑顔で振る舞っている。貴族のお茶会って、大変だなぁ。俺は見世物になっている気がしてならない。そして、ちょっと気になる事に突っ込んでみた。


「ノートヘルム伯爵が提案していた事ですね? そのお顔からして、上手くいったのですね。良かったです。学園の方が大変な状況だと聞き及んでおりましたから」


「あら、心配して頂けたのですね。ありがとう、存じます。

 ええ、あの公爵家の産まれと言うだけの男もアプローチしてこなくなるでしょう」


 ソフィアリーセ様は銀製の扇子をパッと広げ、口元を隠してから、掛けられた迷惑行為を語った。


 要約すると、ストーカーされていたそうだ。授業の後や、ダンジョン帰り、お茶会に飛び入り参加などして、接触されたらしい。しかも、彼女に惚れて愛を囁くのではなく、宝石髪を集めたいからというだけ。『公爵家に嫁入りするだけで名誉であろう』とか、『婚約者がいなくなったのは都合が良い』などと、言う始末。


「あまりに酷いでは、ありませんか! だから、言い返して差し上げたのです。『わたくし、学園ダンジョンは踏破済みなのですけど、貴方は光の女神の祝福は頂けているのかしら? いくら公爵家が非戦派といっても、あまりのんびりしていては、ツヴァイスト・フリューゲル勲章どころか、アインストも危うくなりますわよ。闇の神へ願い出るべきではございませんか?』と。

 そうしたら、お顔を真っ赤にして、帰っていきましたわ」


「よく言ってくれました」とトゥータミンネ様は称賛し、周囲の側使えの女性達は、こぞって頷いていた。女をトロフィー扱いする男をやり込めたのが受けたのだろう。

 一方で、俺は神の下りが分からずにいた。取り敢えず、周囲に合わせて笑顔で頷いておいたが……

 チラリと後ろに目を向ける。それだけで察してくれたフォルコ君が、こっそり小声で解説してくれた。


「『光の女神の祝福』は成功や、嬉しいことがあった時等に使います。今回の場合は、『攻略は順調ですか?』となります。そして、『闇の神へ願い出る』は、困難へ立ち向かう場合や、挑戦する事です。意訳すると『遊んでないで、さっさとダンジョン行け』でしょうか」


 解説してもらうと、何とか理解出来る。なんと言うか、喧嘩売ってないかね? いや、先に売ってきたのは向こうかも知れないが……

 因みに『ツヴァイスト・フリューゲル勲章』については、勲章の話として、エヴァルトさんに教えてもらっている。以前、クロタール副団長が話していた星2つのブローチ、あれの正式名称だそうだ。『碧翼討伐星章』の内、星2つの物が『ツヴァイスト・フリューゲル勲章』。長いので略されたのが『星2つ』、公式の場では正式名称のどちらかを使う方が良いそうだ。『アインスト・フリューゲル勲章』は星1つの方ね。



「それにしても、ソフィお姉様は2年生の終わりに、もうレベル30ですの? 卒業資格は3年の終わりまでにレベル25と習いましたのに、随分と早いのですのね」


 トゥティラちゃんが頬に手を当て、首を捻っていた。


「ええ、学園ダンジョンを攻略してしまえば、それ以降のダンジョン講習の授業は免除されますの。空いた時間で社交をしたり、他の講義の予習をしたり、好きに使える時間が増えるのです。早く終わらせるのに越したことはありませんよ。

 わたくしのパーティーは2年生の中でも最速でしたの」


 少しだけ得意気に笑った顔は、年相応の少女に見えた。

 その後も、トゥティラちゃんが学園について聞きたがり、ソフィアリーセ様が優しく答え、トゥータミンネ様が懐かしむようにしていた。


 俺も気になるダンジョンについて聞いてみたのだが、平民は入れないらしい。平民の場合、ダンジョン討伐後に学園へ通う許可が貰え、卒業する事でアインスト・フリューゲル勲章を得て貴族になる。

 ただし、通うのは『咲誇しょうこコース』と言う、マナーや貴族の常識を学ぶ為の1年の短期コースで、ダンジョンは入っていないらしい。

 最近ダンジョンに入っていないせいか、露骨にがっかりして、笑われてしまった。


 ……後、2日の我慢だ。早よ、ダンジョン行きたい。




 話題は移り変わり、前回の続きということで、レスミアがジャック・オー・ランタン戦の話を始めた。村の宴会の時の語り聞かせがベースに、レスミアの主観が加わっている。俺は補足をしつつ、特殊武器を出して見せた。最後の方ではセカンドジョブを得た話で締めくくる。


「……出た目は6! サイコロが消えると、そこから水筒竹がにょきにょき生えてきました。それも、あっという間に熟してエールの黄色とソーダの青色に色づいたんです! 普通なら時間が経たないと熟さないのに、面白いスキルですよ」


 レスミアが〈ダイスに祈りを〉を誉めると、それに便乗してトゥータミンネ様も『エメラルドの封結界石』の事を話し、注目を集めた。ただ、王都で研究中なので現物は無い。そこで、


「ザックス、実際に見せて差し上げなさい」

「一応、準備はしてきましたが、本当に使って良いのですか? 幸運だけでなく、不運が訪れる可能性もあるのですが……」


 お客様を巻き込むかもよ、と心配して見せたのだが、却下された。トゥータミンネ様は笑顔で首を振り、周囲に目を向ける。


「回りには護衛騎士がいますもの、何が起こっても守ってくれるでしょう。それに、トゥティラも見てみたいですよね?」

「ええ、お母様。ザックスの話は聞いていて面白いのですが、訳が分からない事も多いですから、実際に見たいです」


 可愛い義妹にお願いされると、弱い。

 ただ、万が一ラキスケが起きた場合、その護衛騎士に俺が叩き切られそうなんですが……口に出すと女性陣が敵になりそうなので黙っておいた。

 もう一度、席に付いている人だけでなく、壁際に立っている側使えにも注意するようお願いした。席を立って、スキルを発動する。


「〈ダイスに祈りを〉!」


 手元に現れた10面サイコロを、皆に見えるように掲げてから、空いている場所に放り投げる。

 絨毯の上をコロコロと転がり、壁際に向かっていく。進行方向にいたメイドが、慌てて横に避けた所で止まった。『2』だ。つまり、


「全員、警戒! 不運が来るぞ!」


 護衛騎士が一斉に身構えた。その間に、サイコロが霧散して消えていく。


 ……何も起こらない? 時間差タイプかと思った矢先、手元にストレージの黒いウィンドウが勝手に出現した。俺の意思とは無関係に手元から離れると、部屋の天井付近を飛び上がり、何かをばら蒔いた。それはテーブルに当たって、チャリンッと金属音を奏でて転がっていく。


「……銀貨と銅貨じゃないか!? もしかしなくても、俺の貯金か?!」


 慌てて手で受け止めようとするが、ウィンドウは逃げるように飛び回り、硬貨をバラ撒いていった。ストレージを操作しようにも受け付けない。


 そして、数百枚は降らせ、硬貨が出てこなくなる。最後にテーブルの真上に移動したウィンドウは、大銀貨を1枚落とす。テーブルで一度跳ねた大銀貨は、空中でマナの煙となって消えていった。


 ……10万円が消えた!?


 暫し、唖然としてしまったが、部屋に静寂戻った事に気付いて、何とか我を取り戻した。ストレージを開くと、いつも通りに操作出来る。中の貯金は金貨と大銀貨は無事。大銀貨が1枚減っているけど……小さい方の銀貨、大中小の銅貨は全て失くなっていた。

 部屋中に硬貨が散らばり、テーブル上のティーカップや、お菓子皿の中にまで散乱している。かなり酷い状況で目も当てられない。


「ハハハ、今回のダイス目2の不運は、大銀貨1枚没収と、銀貨と各種銅貨を全てバラ撒くと言う効果のようです。部屋の中だったのは不幸中の幸いですかね」


「ザックス、声が震えていてよ。皆さん、拾い集めて差し上げて」「わたくしの側使えもです。皆、動きなさい」


 トゥータミンネ様の声に続き、ソフィアリーセ様も指示を出してくれた。流石、貴族の側使えだけあって、お金が降ってきても動じず、指示が出た途端にきびきびと動き始める。


 フォルコ君とフロヴィナちゃんも拾い集め始めた。それを見たレスミアも動こうとしたけれど、トゥータミンネ様に「ドレス姿の淑女が、下働きのように動いてはなりません」と注意されて、大人しくなった。代わりに、手の届く範囲のソファーの隙間に入った硬貨を拾ってくれた辺り、周りが動いているのでじっとしていられない性分なのだろう。


 側使えの皆さんが沢山いたお陰で、それほど時間は掛からずに回収し終える事が出来た。

 銀貨は全部回収出来たけど、大銅貨以下は元々の枚数を覚えていなかったせいで、全部回収出来たか分からない。「後で掃除する時に探しておくよ~」とフロヴィナちゃんがコッソリ言ってくれたが、「見つけた分はボーナスとしてあげるよ」と返しておいた。何枚あるかも分からないからね、それに掃除のやる気に繋がれば良い。



 汚れたテーブルやカップ等を〈ライトクリーニング〉で浄化し、お茶を入れ直してもらってから再開となった。


「本当に何が起こるのか予想が付かないスキルでしたね。ザックス、見物料として対価を受け取りなさい。結果として、わたくしが無理強いしたせいですもの」


 トゥータミンネ様の側使えが、こちらへやって来て、トレイを差し出す。そこには大銀貨が一枚乗っていた。


「ありがたく、頂きます。貯金が結構目減りしてきたので、助かります」

「あら? 銀貨だけでも沢山持っていたのに、足りないのですか? ダンジョン用の装備は買い替えたと伺いましたのに」


 そう疑問をぶつけてきたのはトゥティラちゃんだ。装備品の事とか、よく情報収集しているな。メイド情報網だろうか?


「ええ、次の装備品買い替えに向けて貯めると言うのもありますが、目下もっかのところ必要なのは錬金釜の購入費用ですね。小さい物でも500万円はすると聞きますから。やはり、鉄鍋だと魔力制御しながら、イメージ集中しなければならないので、疲れるのですよ」


「あの花火も一つ一つ、創造調合で作ったと言うのですから、驚きましたわ。錬金釜以外で調合するのは大変ですけど、魔力制御の訓練には良いと、学園の先生に伺った事があります。ザックスは名のある錬金術師になるかもしれませんね」


「え?! あの夜の花火は、沢山咲きましたよね? あれだけの数を作ったのですか?」


 トゥティラちゃんは余程驚いたのか、笑顔を崩して目を丸くしていた。そんな折、話を聞いていたソフィアリーセ様が、混ぜて欲しそうに会話に加わる。


「トゥータミンネ様が仰っていた、花火と言う魔道具の話ですね。とても綺麗と聞きましたわ。わたくしにも、詳しくお聞かせくださいませ」


 それから、女性陣が口々に花火大会の様子を語り始めた。こういうのに加われるレスミアは凄いなぁ。結構物怖じせずに語り合っているのだから。

 俺? メイドトリオから聞いた感想くらいなら話せるけれど、基本裏方だったからね。話を振られた時以外は大人しくしていた。


「花火……わたくしも見てみたいですわ。トゥータミンネ様、レシピや現物の販売はいつになりますの?」

「先程話したように、綺麗なのと同時に危険な物でもあります。錬金術師協会とも協議しているところなので、レシピはかなり先になるでしょう。現物だけなら、アドラシャフトの新年祭に間に合わせるつもりです。もし宜しければ、御招待致しましょうか?」


「是非、お願い致します! お父様に願い出て、許可を得てきます」

「そのように、楽しみにしていただけるなら、わたくしも頑張らないといけませんね。新年祭までには、新しい色を開発したいと思っているのです。ソフィアリーセ様なら、どのような、色がお好みですか?」


 トゥータミンネ様は参考にしますと笑い掛けた。それに対して、ソフィアリーセ様は扇子を広げて顔の半分を隠し、悩み始めた。


 ……あぁ、扇子で表情を隠せば、笑顔が崩れるのを隠せるのか。貴族も大変だな。


 考えがまとまったのか、扇子が閉じられる。何故か俺の方を見て、髪をかきあげた。サファイアのような光沢のある蒼色の髪が広がる。ちょっと、見とれていると、


「ザックスが考案したのですよね? わたくし、自分の髪色が好みなのですけれど、作れるのかしら?」


 少し不安げに聞いてくる様子に、安心させるように答えた。


「ソフィアリーセ様のサファイアのような綺麗な髪色は、難しいかもしれません。しかし、私の記憶には、様々な青色がありました。改良を続けていけば、その宝石髪の美しさを再現できる日も来ると思います」



 ……言いすぎたか? 暗に花火よりも綺麗な髪って誉めてしまった。どうも宝石髪に関しては口が滑っていかん。


 ソフィアリーセ様の反応を伺う。すると、笑顔を深めてから、スッと席を立ち、周囲を見回した。


「皆さん、聞きましたわね? 探索者ザックスからの求婚を受けました。わたくしはこれを受け入れ、婚約者候補として、お父様へ許可を願い出る事と致します」



 …………は? 婚約者??








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タイトルの『風流』は、

花〇慶次の「銭まくど! 銭まくど! 銭まくさかい風流せい!」からですね。銀貨が舞う、雅やかなお茶会になりました(白目)

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