第178話 職人の条件と使用人の雇用

 あらすじ:職人の解放条件が間違っていると、〈詳細鑑定〉さんが提訴された。



 トゥティラちゃんは納得いかない御様子なので、それに賛同しつつ情報を集めることにする。


「私も蜜りんごを加工したり、料理をしたりしても得られなかったので気持ちは分かります。結局、箱作りで取ることが出来ましたが、一言で物作りといっても、正解、不正解が有るのでしょう。

 他の皆さんはどうでしたか?」


 情報源として、周囲の執事とメイドに話を振ってみた。本来、会話に参加しない使用人の皆さんに意見を聞くには、こちらから要請しないといけない。シャルクレートさんが顎に手を当てて、思い出すように発言した。


「私は箱も作りましたが、他にも木工で色々作りました。主に遊び道具や、鍛練で使うための木剣辺りですね」

「私も同じです。尤も、子供の作る物なので遊びの延長みたいな物でした。トゥティラ様の刺繍のような技量は、本職を目指す子くらいですよ」


 フォルコ君が便乗するように意見した。やはり、男の子は箱を始めとした木工製品のようだ。女の子の場合はどうなのだろうと、トゥティラちゃんの後ろに立つ女性の護衛騎士は「幼年学校で簡単な服を作っただけですが、職人のジョブを得ております」と話してくれた。次にメイドさんに目を向けたのだが、「わたくし、職人のジョブは持っておりません。護衛メイドですので」とすげなく流された。


 ふむ、持っていないならしょうがない……いや、ちょっと待て、護衛メイドってなんだ?!

 護衛の女性騎士もいるのに、メイドさんが護衛する必要は無いだろうに……気になる単語だったけれど、額に手を当てていたトゥティラちゃんが手を振り、先を促した。


「私も服作りとか、毛糸を使った編み物くらいだね~。刺繍は嗜む程度に、かな。私の家は布を買って準備したけど、友達は機織りで布から作っている人もいましたよ~」


 フロヴィナちゃんが話してくれたのは、平民であまり裕福ではない家庭のケースらしい。

 ここまでの情報からすると、女の子はみんな服作りをしている。それなのにトゥティラちゃんは取れなかった。この差は何なのか?

 情報のn数が足りない。ふと、職人ジョブが取れなかった戦闘メイド、もといルーシェさんに、服作りをしていなかったのか聞いてみた。ルーシェさんは笑顔のまま、頬に手を当てて、思い出すように遠くを見つめた。


「わたくしは戦闘系のジョブを希望していたので、服飾系は殆どやっていません。学園でノルマの有った刺繍は最低限でしたし。確か……幼年学校で作った服は、半分以上友人に押し付け……もとい、手伝ってもらったような?」


 そこまで話したところで、何かを思い出したかのように、手をポンッと叩いた。


「そう言えば、お嬢様は刺繍が趣味ですけれど、何故かハサミを使った生地の裁断が苦手らしいですよ。年配の側使えから、聞いた覚えがあります。綺麗に切れずにガタガタになって、泣きついてきたのが、可愛かったとか。

 もしかして、お嬢様も誰かに手伝って頂いたのではありませんか?」 


 ビクッと身体を震わせたトゥティラちゃんが、勢いよく振り向いてルーシェさんの袖を引っ張った。


「なんで、この場で言ったのですか?! アルトに聞かれてしまったではないですか!」

「そう仰せられても、職人のジョブが得られなかった原因を追及する場はありませんか。隠されてはジョブが得られませんよ」


 姉の威厳が……と嘆くトゥティラちゃんに対し、ルーシェさんは微笑んで返した。なんと言うか、物凄く楽しげに見えるけれど、きっと気安い仲なのだろう。




「あー、簡単にまとめると、服作りの場合は飾り立てる刺繍だけではNG、作業を手伝ってもらうのもNG 。布から1人で服を仕立てなくてはならない。って、ところかな。

 職人になるのだから、教えてもらった事を自分で実践しなくては、いけないのだろうね」


 こうしてまとめると、結構大変に思えるのは、服飾関係に縁遠いせいだろうか? 箱作りの方が簡単に思える。

 トゥティラちゃんに、服作りに苦手意識が有るなら、と箱作りを進めてみた。


「箱作りですか……」

「ええ、箱作りなら私でも教えられますし、庭先で作業すれば1時間も掛かりませんよ。それに、私と一時的にパーティーを組んで頂ければ、ステータス画面からジョブ変更出来るので、職人が得られたのか確認も容易です」


 教会でジョブ変更するには、お布施がいると聞くし、俺に任せてくれれば早くてお得! と、アピールしてみたのだけど、怪訝な顔をされてしまった。周囲の人達も顔を見合わせて困惑している。


「コホンッ、いいえ、それには及びません。わたくしも苦手を克服する良い機会でしょう。闇の神からの試練と思い、服作りに挑戦してみます」

「ザックス様、ジョブ選定の儀より成人までの期間は、各ジョブの適正を試す期間でもあります。月に一度、教会でジョブを変更する権利がありますので、お布施も要りません。それに、お嬢様の成人まで2年ありますので、そこまで急ぐ必要は無いのです」


 ルーシェさんが補足してくれたけれど、教会まで行く手間があるよね? 俺に任せてくれた方が早いのに……しかし、再アピールする前に、トゥティラちゃんが席を立ち、優雅に一礼した。


「今日は有意義なお話を出来ました事、ありがとう存じます。それではごきげんよう。

 アルトも帰り道ますわよ」

「え~、お昼まで、まだ遊べ……ちょっと、お姉様! 引っ張らないで!

 お兄さん、また今度、箱作りを教えてね~」


 来た時とは逆に、アルトが引っ張られて帰って行った。

 まぁ、服作りを頑張るならば、これ以上はお節介が過ぎるか。元家族なので、これをきっかけに仲良く出来ると良いのだけど……





 夕食後に、辞令があった3人から話を聞くために集まってもらった。上からの命令とは言え、嫌がっているなら無理強いはしたくない。その旨を伝えると、フォルコ君が礼儀正しく一礼した。


「お気遣い感謝致します。辞令では、ザックス様の元での仕事が終了した場合、アドラシャフト家で再就職という手筈になっていますので、特に心配ではありません。一応確認させて頂きますと、お給金は据え置きでよろしいのですよね?」


 流石に高すぎるお給料は無理なので、具体的な数字を聞いてみた。執事見習いで従僕のフォルコ君が13万円、メイドコンビは10万円とベルンヴァルトよりも低い。みんな若い上、衣食住付きな職場のせいだろう。


 以前、ベアトリスちゃんから聞いた話によると、アドラシャフト家の使用人枠はかなりの人気らしい。綺麗な仕事着に憧れる人もいるし、食事も平民街に比べると質が高く、美味しい。そして、ある程度仕事を覚えたメイドが騎士寮の担当になると、掃除の腕や、食事で騎士達にアピールするそうだ。要は、騎士相手に婚活出来るのも人気の一つらしい。

 閑話休題、話を戻そう。


「それくらいなら、問題ないよ。戦闘を担当するベルンヴァルトとレスミア程ではないけれど、出張費として少し上乗せしよう。……全員プラス2万円……ああ、そうだ。ついでに、レベル上げも付けよう! 10層毎のボス戦周回なら、それほど手間は掛からないからね」


 商人は金で探索者を雇って、レベル上げをすると聞いた。所謂、パワーレベリングと言うやつだ。戦闘職が楽々上げるのは実戦経験的によろしくないけど、非戦闘職ならば問題無い。

 それを聞いたフォルコ君とベアトリスちゃんは破顔して喜んだ。


「出来ることならば、商人レベル25で覚える〈トランスポートゲート〉を覚えたいです」

「私は料理人のジョブが欲しいです。ミーア……じゃなくて、レスミア様のバフ料理が気になって、早く自分でも作りたいです!」

「トリクシー、ミーアでいいですよ。今後は仲間なので、様付けは止めましょうね」


 〈トランスポートゲート〉は、街と街を繋いでいる転移ゲートを利用するためのスキルだ。俺の特殊スキル〈ゲート〉でも代用できるので重要視していなかったけれど、一般の人からすると貴重なスキルだ。商人は勿論の事、執事も覚えていれば主人に同行するメンバーに入りやすくなるし、他の貴族の所へ使者として出向く事も出来る。


 ベアトリスちゃんはレスミアと一緒に料理しているから、自慢でもされたのかな?

 そして、喜ぶ2人とは対照的に、不安そうな顔をしているのはフロヴィナちゃんだ。いつも、のんびりした様子なので、余計に不安そうに見える。


「わたし~、ろくに訓練もしたこと無いのに、ダンジョン行っても大丈夫? 一度も行ったこと無いのに、ボスなんて無理だよ~」


 いつだったか、ダンジョンが怖いから、縁遠い職人ジョブにしてメイドになったと聞いた事を思い出した。不安を払拭させるべく、安心材料を話し掛けようとした時、先にレスミアが笑い飛ばした。


「アハハッ! ヴィナってば心配しすぎですよ。皆はボス部屋の端っこで見ているだけで良いです。それに、ザックス様は怪我をしないよう、楽に魔物を倒す手段を考えて、罠に嵌める人ですから」


「レスミア、それだと俺が、悪辣な手段を使っているように聞こえないか?

 罠術師のスキルの事ね。元々、楽に倒せるようになったボスにしか、連れていかないよ」


 万が一の時には聖剣を使ってでも守ると約束すると、フロヴィナちゃんも漸く安心してくれた。まぁ、特になりたいジョブは無いので、熟練職人で良いらしい。



 その後は、それぞれの役割分担について話し合った。次の拠点は、街から少し離れているので、少し変則的になるからだ。


 その結果、フォルコ君は貴族対応が出来るため、俺の従者と各ギルドなどへの連絡役がメイン。それに、馬車が扱えるので御者として、街への買い出しを担当する。ついでに経理として、事務仕事もお願いした。

 ベアトリスちゃんは、料理メインのメイド仕事全般。

 フロヴィナちゃんはメイド仕事全般で、街への買い出しを担当。


 フォルコ君の負担が多く見えるけれど、教養を備えているのが、男爵家出身の彼しかいないので仕方がない。メイドコンビと違い、俺と距離があるように感じていたけれど、それも俺をお客様として遇していたからだそうだ。これからは仲良く出来ると良い、そう申し出てみたのだけど、


「いえ、雇われた後は、貴方を主人と仰ぐ必要があります。私が態度を改める必要は、無いかと思います。これからは、良き主従になれるよう、お願い致します」


「アハハ~、フォルコ君は相変わらず固いな~」

「フロヴィナさんは、もう少し態度を改めて下さい。

 ザックス様、普段の生活では目溢し致しますが、お客様がお見えの際は、使用人として命じる事をお忘れなきようお願い致します」


 真面目なフォルコ君の笑顔に押されて、頷き返してしまった。その、いつも微笑をたたえた表情は、貴族がしている感情を悟らせないためのものに違いない。俺も出来るようにしなければならないのだろうけど、少し億劫に思えてしまった。




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