第177話 次の予定と、義妹からのお悩み相談

「次のダンジョンだが、街から少し離れている。馬車で2時間程だが、毎日通うのは厳しいであろう。ダンジョンの近くには、管理する第3騎士団の宿舎が建てられているので、そこを拠点にすると良い」


 往復すると4時間か。通勤時間とするには勿体無い。ダンジョンギルドも無いとなると精算が面倒ではあるが、街に買い出しに行くついでに、まとめて行えばいいかな?


「それと、宿舎を管理する人員も必要だろう。今、離れを担当しているメイドと従僕を連れて行きなさい」


「え?! 料理はレスミアが居ますし、掃除とか〈ライトクリーニング〉でなんとかなりますよ」


 転勤にメイドコンビとフォルコ君を巻き込むのは悪いと、断ろうとしたが、ノートヘルム伯爵は首を振る。階層が進むにつれて広くなって行くから、50層を超えるとダンジョン内で泊りがけになるそうだ。そんな状況で、疲れて帰ったパーティーメンバーに家事をさせるのは酷だ、と諭された。

 ついでに買い出し要因も兼ねているので、商人ジョブのフォルコ君も入っているそうだ。


 そして、俺がここに来るのと入れ違いに、メイド長が辞令を告げに離れに行っているとか……ああ、うん。貴族の命令として受け入れるしかないか。


「見習い騎士を1人勧誘したと聞いたが、彼と同じく使用人を勧誘したという事にすると良い。以前も言ったが、あまり表立って援助が出来ないのでな。給料に関しては本人達と交渉すると良い」


 おおう。レスミアとベルンヴァルトの給料分を確保したと思ったら、従業員が増えた!

 援助が減るのは承知して……あ、もしかして、花火のレシピを高く買ってくれたのは、援助の一環だったのかね?



「後は、宿舎の方を清掃して、設置された魔道具の点検や交換をしている。7日後には移動出来るであろう」

「7日後ですね。了解しました」


 先ずは、新たに付いて来る事になった3人と話して、意思確認と待遇に付いて話さないといけない。後は発注した装備品の受け取りと、ベルンヴァルトの分も早めに発注しないと。ああ、人里から離れるなら食料品とか、この街の特産の乳製品も買い込んでおきたい。

 準備する内容を頭の中で整理していると、次の話題になっていた。



 今回の山賊から始まった一連の事件と、ジョブの解放条件について、王様に報告に行ってきたらしい。一昨日、王都に行き、トゥティラちゃんのジョブ選定の儀の直前に帰って来たそうだ。通りでお疲れの様子に見えるわけだ。


「精霊の話など、陛下だけでなく周囲の側近にまで懐疑的な目で見られたからな。大変だったのだぞ。

 現神あきつかみ族に関しては、王族も迷惑を掛けられているせいか、『彼奴らならば、やりかねん』と直ぐに納得してもらえた。全領地に注意喚起をしてくれるそうだ」


 ただ、証拠が無いため注意喚起までしか出来ない。証拠品?の『エメラルドの封結界石』は、王都の学園で調べてくれる事になり、渡してきたそうだ。

 大学のような研究機関や、大きな図書館があるらしいけれど、ハイソな上流階級の学校+探索者を育てる訓練校+研究機関か……なんか、ごちゃごちゃしたイメージになってきた。

 取り敢えず、変なイメージは頭の隅に追いやり、続きを聞く。


「ジョブの解放条件については、側近も排して王族にだけ公開してきたが、懐疑的な意見が多かったな。ファーストクラスは幼年学校で訓練している内容に近いため問題ないが、セカンドクラスの方は条件が複雑なジョブもある。

 先ずはアドラシャフト領で検証して、情報の精度を確認するようにと、言い渡された」


 そう言ったノートヘルム伯爵は、一拍置いてからニヤリと笑った。


「まぁ、既に検証は始めているからな。新年祭には良い結果を報告出来ると宣言して来たのだ」


「……あっ! ランドマイス村の自警団! 最初からデータ集めも兼ねて、自警団の立て直しを指示したのですか!?」


「貴族ならば、先の先まで予測して動くものだから、当然だろう。

 ザックス、戦闘系のセカンドクラスの解放条件が分かったら、報告書にしたためて提出するように。私の方でも騎士団を使って検証しよう。

 ああ、それと、この検証が上手くいけば、学園の教科書に載せる事も検討してくれるそうだ。特に第3王子が褒めていたぞ。独特な解説が面白いと」


 こういった情報は身分の上から流すものなので、先ずは王族、次に貴族だそうだ。俺としては、情報を広げられるなら構わない。ついでに原稿料か、印税みたいなリベートがあれば良いなぁって程度だ。まぁ、先にレベル上げする方が先だけどね。


 因みに、問題の村の英雄は、王様の判断で完全非公開。利権が絡んでいそうな僧侶の解放条件は、王都の教会上層部で、どう扱うか協議中らしい。そんな中、王様はダンジョン攻略推進派らしいので、貴重な回復役を増やすように要請しているそうだ。

 見たこともない王様だけど、ちょっとだけ親近感が湧いた。




 緊急で話し合う花火の件と、次のダンジョンの予定を話し終わったので、ノートヘルム伯爵と雑談をした。

 この一週間の出来事や、新たに勧誘したベルンヴァルトの事、花火の感想などを話していると、クロタール副団長の書類仕事が終わったのかペンを置いた。

 ん? そう言えば、なんでここのテーブルで書類仕事をしているのだろう?


 クロタール副団長はインクが乾いている事を確認してから、書類をまとめてノートヘルム伯爵の前に置いた。

 それをパラパラと目を通してから、少し楽しそうに笑う。


「ふむ、結構。最後にクロタールの件だな。

 ザックス、3日後の午前は空いているか?」

「えーと……空いています。最近は調合しているか、アルトノート様のお相手をしているだけですし」


 本館の清掃は粗方終了したので、メイド長からの呼び出しもない。


「では、その日時で決定だ。クロタールから魔法について教わると良い。表向きはトゥティラに魔法の実演を見せる為の助手だな。トゥティラが魔法使いのジョブを得たところなので丁度良い」


 ノートヘルム伯爵が裏向きの話を、苦笑混じりで教えてくれた。

 帰ってきた初日に差し上げたアレ……精力剤の効果がとても良かったらしく。子供を欲しがっていた奥さんが喜んで「何かお返しをした方が、よろしいでしょう」とトゥータミンネ様経由で相談してきたそうだ。

 金銭の類は援助に見えるから、何か他の形でと考えた結果が、学園で習う魔法の講義の一端を見せる事だった。


 ……クロタール副団長がお疲れに見えたのは、ここ最近、奥さんの月の巡りが良いからと、毎晩頑張っていた所為だそうだ。

 心配して損したよ!


 ただ、面と向かってツッコミを入れるわけにはいかないので……ストレージから残りの2本を取り出して、クロタール副団長の前に差し出す。


「喜んで頂けたのなら幸いです。宜しければ、残りの2本もどうぞ。ええ、授業料として、お納め下さい」


「いや、講義がお礼なので受け取れないな。それに、妻がエルナート商会に追加注文すると言っていたから、それは君が使うと良い。どうせ、君も必要になるだろう?」


 レスミアの事を引き合いに出され、戸惑ったところで、精力剤を押し返された。「まで、結婚もしていないのに、気が早いです」と、更に押し返す。


 その後も2人で押し付けあったが、結局、俺の手元に戻ってきてしまった。その様子を、口元を押さえて楽しげに見ていたノートヘルム伯爵が思い出したように話す。



「ザックスのパートナーのレスミアだったか。トゥータミンネから話は聞いたが、なかなか気立ての良い娘だそうだな。ただ、言動が率直過ぎるとも言っていた。そうなると、貴族の振る舞いを覚えるのは大変であろう。

 (メイドや愛人にするのならば、良いのだが……)」


 後半の呟きは聞こえなかったが、レスミア自身も貴族対応出来るかは不安がっていた。初日の女子会や、普段の俺の言動も、大目に見てくれているのだと思う。取り敢えず、敬語は使っているので、不敬にはなっていない(筈)。

 ただ、公的な対応は無理だろう。ソフィアリーセお嬢様一行の貴族の言い回しとか、困惑するだけだったからな。その辺も少し相談しておく事にした。




 学生向けのマナー本を借りて離れに戻ると、玄関に入る前に声を掛けられた。


「あ、いたいた! お兄さん、ちょっと待って!」


 聞き覚えのある子供の声、最近隔日で遊びに来ているアルトノート君だ。また、遊びに来たのかな?と振り返って驚いた。アルトノート君と執事のシャルクレートさんだけでなく、トゥティラちゃんと護衛騎士、お付きのメイドさんまでもが小走りで駆け寄って来ていたからだ。アルトノート君が手を引っ張ってきたようで、「お姉様、早く!」とせっついている。


 子供の走る速さなので然程早くないが、普段は優雅なお嬢様やメイドが走っているのは新鮮に見えた。


 ……ウチのメイドさんは走るどころか、木に登るし、三角飛びまでするけどね。いや、流石にメイド服では、やらないけど。


「こんにちは、アルトノート様、トゥティラ様。そんなに急いで、何か御用ですか?」


「お姉様が困っているのです。色々知っているお兄さんなら、なんとかしてくれないかなって……」

「アルト、わたくしの事はいいのですよ。それと、言葉が乱れています。余所行きの言葉で話しなさい。『お兄さん』ではなくザックスです」


「え~、お父様からお許しはもらったよ。お兄様じゃなくて、年上のお兄さんだから大丈夫!」

「それは只の言葉遊びです。他の方に聞かれては、あらぬ疑いを掛けられますよ」


 騒ぐ弟を嗜める、小さいお姉さんって感じだな。おっと、微笑ましく見ていると、向こうの側使えが仲裁に入っていた。さっさと迎え入れた方が良いだろう。


「お二人とも、話を伺うにしても先に家に入りませんか?

 少なくとも、玄関先で話すことではないでしょう?」


 ここまで先導してくれたフォルコ君が、玄関を開けて中に指示を出している。フロヴィナちゃんにお茶の準備するよう言っているのが聞こえた。仕事が早くて助かる。そのまま応接間に案内した。



 お茶をお出しして、一息付いてから相談とやらを聞こうとしたところ、トゥティラちゃんからお礼を言われた。


「わたくしの誕生日祝いに、プレゼントをくださったでしょう。貴重な物を頂き、ありがとう存じます。アルトノートは「僕からのプレゼントです」と、言っていましたが、この子が準備出来る物ではありませんでしたから」


 にこりと微笑んでから、チラリと隣に目を向けた。アルトノート君は頬を膨らませ「僕の事はいいから、相談しなよ」と言い、クッキーをパクついていた。


「アルト、いきなり本題に入れば良いと言うものではありません。最初は無難な話題から場を温め、相手の情報を集めるのです。今日の機嫌や、話題に対する反応を伺い、会話の主導権を得られるよう組み立てていくのです」


 また、お姉ちゃんからの指導が入った。ちょっと得意気に話しているので、俺も分かった振りをして、頷いておいた。いや、そこまでは考えて話していないけど……

 アルトノート君の後ろに控えているシャルクレートさんも頷いているので、貴族的には一般常識っぽい。トゥティラちゃんのお付きのメイドさんの笑顔が、一瞬だけ崩れたように見えたけど……まぁ、気のせいだろう。


「コホンッ、夜の空に咲いた、花火と言う物もとても綺麗で、目が奪われました。パーティーに来ていらした皆さんも全員、花火が終わるまで幻想的な光景に飲まれ、終わった後は大騒ぎでしたの。特にお母様が目を輝かせて興奮するのは、久しぶりに見ましたわ。

 ザックス、今朝はお母様にお招きを受けていたと聞きました。もしかして、花火の事ではなくて?」


「はい、花火のレシピを買い取って頂きました。ただ、一般に広めるのは危険なので、騎士団と錬金術師協会で厳しく管理するそうです。なので、今後も年に数回くらいは見る機会が有ると思いますよ」


 慶事の際や、お祭りの時にでも見られると教えると、弟妹揃って喜んで笑顔になった。


「ぞれでは、次を見られる機会を楽しみに致します。出来れば、わたくしも自分で作れるといいのですけれど……」


 そう言うと、少しだけ顔に陰りが見えた。一旦、紅茶を一口飲むと、今度は悲しそうな笑みを見せる。


「昨日のジョブ選定の儀において、魔法使いのジョブを授かる事は出来たのですが……職人のジョブが候補に無かったのです。貴族の錬金術師になるには必要なジョブですのに」


 ああ、トゥータミンネ様から聞いた話だな。結婚後は魔法使い系から錬金術師に替えて、家を支えるのだとか。


 ……アレ? 幼年学校では箱作りをしていないのだろうか? 確か雑貨屋のムトルフ君は学校で教わったと聞いた覚えがある。そこら辺を聞いてみると、


「箱作りは男の子がやることです。女の子は刺繍をしたり、服や小物作りをしたりするのですよ。わたくし、刺繍が得意なのです。学校だけでなくお休みの日にも、こうして刺繍をするのが趣味なのです」


 トゥティラちゃんは、今着ている服に施されている刺繍を広げて見せてくれた。刺繍の良し悪しの基準など知らないが、蔓草が広がる中に小花が咲いたように施されており、素人目にも複雑で綺麗に見える。

 ……刺繍って手縫いでチクチクするやつだよな。かなり細かいので服飾の職人が作ったと言われても、違和感無い。


「見事な刺繍ですね。ただ、そうなると……刺繍では解放条件を満たせていない、という事でしょう。私も職人のジョブを得るのに、苦労しましたから。おっと、ジョブの解放条件については知っていますか?」

「はい、お父様に教えて頂きました。『物作りをする』ですよね? 刺繍も物作りの一貫ではありませんか?」


 トゥティラちゃんは、追加でハンカチの刺繍も広げて見せて、納得いかない御様子だ。〈詳細鑑定〉さんの情報は、たまに詳細じゃない時があるから……

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