第176話 花火の後始末と臨時収入

 花火大会の次の日。

 使い切った瞬火玉を補充するべく、庭先で鉄鍋調合をしていると、慌てた様子のフォルコ君がやって来た。いつも落ち着いた様子のフォルコ君にしては珍しい。調合は途中で止められないので、鍋を掻き混ぜながら話を聞く。


「すみません、ザックス様。奥様がお呼びです。至急、本館に来るようにと……」

「了解。この調合が終わったら…………っと、失敗か」


 鍋の中が赤い光を放ち、赤い煙がモクモクと噴き出した。慣れてきたとはいえ、集中が途切れると直ぐにこれだ。調合の邪魔をしたと恐縮するフォルコ君には、「気にしないで良いよ」と声を掛けてから、パパッとストレージに片付けた。



 本館2階の執務室に案内され中に入ると、奥の執務机でノートヘルム伯爵が執務をしているのが見える。そして、テーブルにはトゥータミンネ様とクロタール副団長が書類を読んでいた。「挨拶は身分順に」と、言われた事を思い出し、ノートヘルム伯爵に挨拶をしようと足を向けたが、直ぐに止まるよう手の平を向けられた。


「私の方は後でよい。先にトゥータミンネの用事からだ」


 ノートヘルム伯爵は、テーブルの方を指差した。それに従い、テーブルの近くで貴族の礼をする。えーと、さっき執事さんに教えられた挨拶を……


「探索者、ザックス。お呼びにより、罷り越しました。」

「ええ、御機嫌よう。貴方を呼んだのは昨日の件についてです。少し長くなるから、そこにお座りなさい」


 昨日の件と言うと、宝箱と花火の事か? 事前に許可取ったのに、何か問題が? 内心で首を傾げながら席に着くと、壁際に控えていたメイドさんが、お茶を用意してくれた。それを一口飲むと、トゥータミンネ様が続きを話し始める。


「先ずは昨日の誕生日にお祝いをしてくれた事に礼を言います。アルトノートがワガママを聞いてくれた事もね。

 気落ちしていたトゥティラも、あの宝箱には驚き、喜んでいました」


「喜んで頂けたのならば幸いです。それに、偶々喜んでもらえそうな物をアルトノート様に提供しただけですので、お気になさらないで下さい」


「それにしても、宝箱なんてどうやって手に入れたのだ? 宝箱の下の地面が固すぎて取れないと聞いていたぞ」


 クロタール副団長が書類から顔を上げて、そう言った。その時始めて顔が見えたのだけど、顔色悪!

 なんか凄くお疲れのように見える……指摘していいのか、スルーした方が良いのか迷ったが、取り敢えずスルーして質問に答える事にした。


「聖剣で地面ごと切り取っただけですよ。地面が硬いと言うのも、今初めて知りました。まぁ聖剣の切れ味だと、何でも豆腐のように……バターの如く切断出来ますから」


 豆腐は通じなかったので、慌ててバターに言い換えた。そして、聖剣ならしょうがない、と直ぐに納得してくれたようだ。切り札であり、日曜大工や土木作業にも使えて、身分証明や説得にも使える。便利すぎるな。


「宝箱は珍しい物ではあるけれど、豪華なインテリアで通せます。

 それよりも問題なのは、花火という魔道具の方です。瞬火玉を大きくした物と、アルトノートから事前に聞きましたが、全然違うではありませんか」


 トゥータミンネ様は微笑を殊更深めながら、昨日起こった事を話してくれた。


 パーティーに参加していた人達は、初めて見る花火に驚きはしたものの、危険なものではないと事前に知らされていた為、綺麗な花火に見入ったそうだ。

 ただし、高く打ち上げた花火は貴族街からも見え、大玉の方は平民街からも見えた。夜中に響いた破裂音が鳴り響き、光で注目を集め、騎士団へ通報や苦情が多く寄せられたらしい。


 ……ヤバッ! 自分が出禁なせいで、街の方を失念していた。


「事前に騎士団には通達していたからな、夜勤だった騎士団員が『魔道具の実験で、危険性は無い』と説明して回り、大きな騒ぎにはならなかった」


 クロタール副団長が持っていた書類を見せてくれた。それは、騎士団の日報のようで、昨日の夜に対処した内容が書かれている。19時と就寝の鐘の前だったため、起きて花火を目撃した人も多かったようだ。

 クロタール副団長のお疲れ具合は、この騒動の対処に追われたせいだろうか? 申し訳なく思っていると、トゥータミンネ様も手紙をテーブルに広げた。


「それだけではないわ。こっちの手紙を御覧なさい。錬金術師協会から『昨晩、夜空に輝いた魔道具のレシピを是非登録させて頂きたい』と言う、要望が朝一番に届いたわ。利益になりそうな事には、本当に耳聡いのよ」


「ただ、騎士団としては賛成出来ません。あのように火の粉を広範囲に広げる魔道具など、危険過ぎます。最低でも、レシピの販売には領主様の許可を得た者に限らせて欲しいです」


 一般に広く売り出すと犯罪に使われたり、誤爆したりするのが怖いそうだ。騎士団のように鍛えている者ならば、至近で花火が爆発しても平気だろう。しかし、街中で爆発した場合、広範囲に火の粉が散るので火事が広がりやすく、レベルの低い子供が巻き込まれて大火傷をする可能性もある。


「火薬みたいな物ですから、注意は必要ですよね。前の世界でも火薬取り扱いには資格が必要だったり、打ち上げには警察……治安維持組織へ届け出が必要だったり、周囲に建物の無い河原とかで行なっていましたよ」


 今回も打ち上げ場所には、広い訓練場を選び、事前に可燃物を撤去した事も話しておいた。ついでに、お祭りの一環として花火大会にする事も提案する。あんまり頻繁に花火が上がっても有り難みが無いからね。

 クロタール副団長がそのアイディアを書き留めて、トゥータミンネ様は口元に手を当てて考え混んでいる。俺も意見を出し、3人で頭を悩ませて安全性を確保した仕組みを考えた。


「わたくしの工房で独占しようかと考えていましたが……予想以上に管理が大変ですね。今回はやはり、錬金術師協会を巻き込んでしまいましょう。領主の名を連ねて厳重管理魔道具に登録すれば、あちらも手は抜けませんもの」


 厳重管理魔道具とは、威力が高すぎる爆弾とか、素材が貴重な薬品等、広く販売できない物の管理区分らしい。レシピの販売はおろか、現物の売り買いも錬金術師協会が行うため、管理するにはもってこいだそうだ。


「土地の管理者と騎士団の許可を得て、使う場所の周囲住民には広く周知する。万が一、火災が発生した場合は、その責を負う。こんなところかしら? 細かいところは錬金術師協会と詰めましょう。

 クロタール、騎士団が許可を出す際には、現地確認をするようにして下さいませ」


「かしこまりました。罰則も入れるとなると、花火を使う日には騎士団も配置した方が良いでしょう」


 なんか大事になってきた気もするけど、事故が起こるよりは良いよね。

 その後は、レシピの説明をした。既に書いてある図面と現物を見せて、詳しく解説する。俺の画力だけでは伝わらないので、言葉を重ねて説明していくと、トゥータミンネ様が少しだけ眉をひそめた。


「確かに名前は瞬火玉と入っていますが、中身は別物ではありませんか。この星と言う小さな玉を詰め込むなんて……材料の低いレア度と、中身の細かさがチグハグですのね」


 ついでに改良して色を増やせないか、お願いしておいた。


 炎色反応を実演する為に魔法を使う許可をもらってから、指先にランク0の便利魔法〈トーチ〉で火を出す。ロウソクのような炎だが、ランク0は魔力を込める量で多少の調整が出来る。多めに魔力を注ぎ、ガスバーナー程の炎にしてからピンクソルトの粉末を振りかけた。塩が燃えた一瞬だけ、黄色い炎が上がる。

 それと同時に、周囲が息を飲む音が聞こえた。皆さん育ちが良いので、驚きの感情も抑えているようだ。小中学生だと「おお~!」って声を上げるのにな。


「このように、粉末にした素材を燃やせば、何色に変化するのが分かります。後は調合する時に、その粉末を星に混ぜれば花火の色も変わるはずですよ」


 デモンストレーションするにしても、塩しか思い出せなかったので、後はお任せだ。散らばったピンクソルトを〈ライトクリーニング〉で浄化した。


「良いでしょう。花火の基本レシピと、ピンクソルトを入れた物をレシピとして、わたくしが買い取ります。錬金術師協会への登録は任せておきなさい。

 そうね……材料のレア度は低いけれど、構造の複雑さと厳重管理魔道具とするなら……1つ100万円としましょう」


「っ高!……と、失礼しました」


 予想以上の値段に、ツッコミを入れてしまった。確かポーションのレシピが1万円と聞いた覚えがある。レア度的には同じEなのに、100倍とは……俺が困惑していると、トゥータミンネ様が諭すように言う。


「錬金術は、その発想と想像力が重要なのです。画期的な魔道具は、正当に評価されるべきですよ。それに、あまり安いと買いたがる錬金術師が、増えるかもしれないのです」


 厳重管理魔道具にするのだから、相応の値段にする必要があるそうだ。

 その言葉に納得して頷き返すと、スッとテーブルにトレイが差し出された。いつの間に準備していたのか、執事さんがトレイに金貨を2枚用意してくれたようだ。有り難く頂き、ストレージに貯金する。


 ……目標額の500万円が貯まった!


 雷玉鹿の革を売って足しにする筈だったのに、先人の知恵に感謝だな。これなら、レシピを買う数も増やせるし、レスミアとベルンヴァルトに払う給料も大丈夫そう。


「そうそう、あのあぶらとり紙は、とても良い物でした。今は再現出来ないか、色々試していますのよ。ただ、平民の作る紙ではなかなか上手くいきません」


 俺が試作したのは普通の紙……いわゆる和紙の方だったからな。白紙の方もレシピで楽々作るのが当たり前だったので、作り方まではうろ覚えだったようであるし、いわんや平民の作る紙は、把握していないのだろう。


 ……ん? 平民が作っているなら、その延長でもいいのでは?


「まぁ、無理に調合しなくても良いのではないですか?

 紙を叩くだけなので、力自慢の職人にでも叩かせるとか、見習いの筋力トレーニングにするとか」


「……その意見も参考に検討してみます。ボールペンを含めて、レシピが完成するのは、もう少し先になるでしょう。

 わたくしからの要件は以上です。続きはノートヘルム様とお話し下さいませ。

 ごきげんよう、ザックス」


 トゥータミンネ様は席を立つと、執務机で書類仕事をしていたノートヘルム伯爵の元へ行く。先程の花火の件の書類を手渡し、「錬金術師協会に赴き、調整をしてまいります」と、優雅に挨拶してから出て行った。



 ペンを置いたノートヘルムさんが、こちらのテーブルにやって来た。貴族らしい微笑ではあるけど、こちらも少しお疲れのご様子に見える。



「ザックス、次のダンジョンが決まった」


 その言葉を聞いただけで、思わず口角が上がってしまった。

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