第175話 闇猫スキルと誕生日を祝う花火
久しぶりに新しいジョブの情報が手に入って、ホクホクだ。〈マニュリプト〉で鬼足軽の情報も紙に書き留めた。
最後に、気になっていた事を聞いてみる。
「痴話喧嘩の時に『角合わせを前提に』って、話したそうだけど、どういう意味なんだ? 鬼人族の風習か?」
「……そんな事まで聞かれていたのかよ。あーなんだ、気にする事の内容じゃ「いやいや~、大したことある内容でしょ! 文脈からプロポーズにしか聞こえないよ!」」
「相手の女性……シュミカさんの頬も、少し赤かったですよね」
恋バナになると、女性陣の食い付きが凄い。やいのやいのと、せっつかれたベルンヴァルトは、観念して話し始めた。
鬼人族は男が額の真ん中に一本角、女性が両目の上の額に各1本ずつ角が生えている。同族の角同士を触れ合わせると、感情が伝わるそうだ。考えている言葉が伝わる程ではないが、喜怒哀楽の感情が伝わるため、親から子供へ愛情を伝えたり、夫婦や恋人間で感情を伝えたりする。
……まんま、プロポーズじゃないか!
女性陣からすると、角同士で感情を伝え合うのがロマンティックらしい。俺からすると、女性の二本角の間に男の一本を合わせるってエロくね?って感じたけど。
その後はフロヴィナちゃん監修のもと、ラブレターを書くことになった。騎士団を辞めて、フリーでレベル上げと騎士のジョブを目指す事を伝えるためだけど、それだけじゃ愛が足りないそうだ。
楽しそうだから良いか。書いた内容がメイドの間に広まりそうな気もするけど、巻き込まれないように黙っておいた。
ベルンヴァルトは退団する事を上司に伝える為、帰って行った。俺もフォルコ君経由で、騎士見習いを勧誘した事をノートヘルム伯爵とクロタール副団長へ連絡してもらう。報連相は大事だからな。
夜にはレスミアから街の様子を聞いた。休日の領都なだけあって人出も多く、賑わっていたとか。屋台が並ぶ通りがあり、沢山のダンジョン帰りの探索者が腹ごしらえをしていたとか。ベアトリスちゃんオススメの店は魚が美味しかったとか。街で流行している服を仕立てて来たなど、給仕をしていたメイドコンビも加わり、楽しげに話してくれた。
俺からも、アルトノート君が遊びに来たことや、明日の夜に花火を行うことを話す。すると、3人全員が見たいと言い始めた。レスミアは一度見せたから分かるけれど、メイドコンビまで?
どうやら、帰ってきた初日のディナーショーで、レスミアが花火についても話していたそうだ。
「夜空に咲く様子には目を奪われましたから、もう一度見たいです」
「わたしも~」
「…………それなら、私も実際に見てみたいです」
レスミアには、打ち上げを手伝ってもらおうかと思っていたが、楽しみにしているなら仕方がない。明日の夜に行う事と、離れからでも見える事を教えると3人共喜んでくれた。
ベアトリスちゃんも珍しく浮かれた様子で「明日の夕飯は御馳走にしましょう」と、レスミアを誘っているし、フロヴィナちゃんも「見ながら食べるお菓子も欲しいな~。トリクシー、よろ~」と楽しげに笑っている。
ふむ、お祭りと言えば屋台か。屋台の料理やお菓子を思い返してみたが、簡単に作れそうなものは少ない。フランクフルトとりんご飴くらいか? ウスターソースがあるので、ソース焼そばくらいなら……中華麺と青海苔と鰹節が無ぇ。中華麺を作る方法もうろ覚えだ……かん水だっけ? 海水や卵の殻から作ると漫画で読んだような……
アイディアはあるものの、頭の隅に放り投げた。どの道、明日は仕掛け人なので、楽しむ側ではない。また次の機会でいいや。
誕生日の朝、フォルコ君がアルトノート君からの伝言を持ってきてくれた。トゥータミンネ様の許可と、騎士団への伝達は手配出来たそうだ。フォルコ君にはついでに、ベルンヴァルトへの伝言を頼んでおいた。
本館から一番近い訓練場を使う許可は降りたので、次は投げる場所や方向の検討をする。レスミアに見せた花火を思い返すと、特に大玉は火の粉が間近にまで飛んで来て危なかったからな。今回の観客に火の粉が飛んだり、本館が燃えたりしたらシャレにならない。物理的に首が飛びそうだ。
候補地を見つけたら、実際に訓練場を歩いて周り、周辺に引火物がないか確認、落ち葉などもストレージに回収しておいた。
そして、午後はウベルト教官の訓練だ。ボコられ、投げられるのは相変わらずだけど、受け身はマシになってきた気がする。〈ヒール〉を使う頻度は少なくなってきたからな。そして、足捌きや基礎の型を覚えたレスミアとも組手をするようになってきたけど、非常にやり難くかった。
レスミアの投げの練習台になって、受け身の練習をしていると、遠くから馬車の走る音が聞こえてきた。それも何台も連なって走っている。本館の方角へ向かっているので、教会でジョブ選定の儀を終えた参列者達だろう。この後は夕方からパーティーになるはず。
「あ、そろそろ夕飯の準備に行かないと……ウベルト教官、今日も御指導ありがとうございました。ザックス様も、今日は早めに戻ってきてくださいね」
「ああ、5の鐘には戻るよ。〈ライトクリーニング〉!」
花火が19時開催なので、今日の夕飯は少しだけ前倒しなのだ。汗や土埃を浄化されたレスミアは、離れに戻っていった。その後ろ姿を見送っていると、ウベルト教官がしみじみと呟く。
「そうか、トゥティラ様も13歳か。早いものじゃのう」
そういえば、13歳でジョブを得てから、本格的な訓練に入ると聞いたな。トゥティラちゃんも、このスパルタ訓練を受けるのだろうか? 年齢的にも体格的にも、女子中学生にはキツイだろ。そんな心配をしたが、ウベルト教官には一蹴された。
「アホ、魔法使いの女の子が格闘訓練などするか。精々、体力作りと護身術くらいじゃ。それくらいならば、護衛騎士が教えるので、儂の出番は無いの。
その代わり、お主とレスミアの嬢ちゃんは、みっちり教えてやるから安心せい。特に嬢ちゃんは、身体能力と闇猫のジョブが上手い具合に噛み合っている。将来が楽しみじゃ」
レスミアは型の訓練をしている時から、筋が良いと褒められていた。おそらく〈見覚え成長〉の効果もあると思う。そして、組み手では近距離戦用のジョブ、闇猫に変えるのだけど、そのスキルが厄介過ぎる。
【スキル】【名称:猫体術】【パッシブ】
・猫の身のこなしを出来るようになる。関節が柔らかくなり、しなやかな身のこなしで、あらゆる行動に補正が付く。
【スキル】【名称:猫受け身術】【パッシブ】
・どんな状況においても、瞬時に受け身を取る事が出来る。受け身行動に大補正。
狩猫レベル25で覚えたスキルだ。猫の様にしなやかに……いや、にゅるんっと動くさまは、骨が入っているのか疑わしくなるほど。本人曰く、関節が柔らかくなったそうだけど、攻撃する時は鞭の様に曲がる。それに受け身の方も、俺が必死に訓練しているのが馬鹿らしくなるほど……一本背負いで投げたのに、なぜ足から着地出来るんだ?
このスキルはまだマシだ。闇猫の初期スキルはもっと酷い。
【スキル】【名称:無音妖術】【パッシブ】
・足音や衣擦れ音、鞘鳴り等、自身や身に着けている物が発する音を消す。
いままでの何とか術は、技術的なサポートをするスキルだったけれど、こっちは妖術と言うだけある。レスミアが話す声以外、音が一切しなくなるのだ。
俺はウインドビーを相手するのに気配察知を訓練した為、視界の外でも多少は察知出来る自信がある。
しかし、その気配が一切無くなるので、どうしようもない。タイマンなら兎も角、2対1の状況でレスミアから視線を外したら、負け確定なくらいだ。
そして、闇猫レベル15で覚えたスキルを混ぜるともっと酷くなった。
【スキル】【名称:猫体機動】【パッシブ】
・壁や天井、魔物や他人を足場にして移動をする場合、補正が掛かる。
以前も三角飛びを練習していたけれど、このスキルを得てからは楽々と跳び上がり、木に登るのも手を使わず駆け上がる。なんでも、足を掛ける場所が無い垂直な壁でも、足を掛けるとグリップが効いて真上に蹴れるとか……〈無音妖術〉の効果で、木の上で移動しても葉っぱの音すらしない。
完全に〈不意打ち〉特化だ。組み手で戦っても、パーティーメンバーには効果が無くて良かった。
【スキル】【名称:猫目の暗視術】【パッシブ】
・暗闇でも見通せるようになる。
同じく闇猫レベル15で覚えたスキルで、唯一の癒し枠だ。昼間よりもちょっと暗い程度の視界を確保出来るらしい。村では、村長の家に帰る時や、夜中にトイレ行くのに、明かりが無くても平気になる程度。……いや、覚えてからは暗い階層に行っていないし、夜に出歩くことも殆ど無いからな。更に、村では基本的に料理人ジョブにしていたので……まぁ、次のダンジョンでは役に立つだろう。
これらのスキルが増えたため、2対1の訓練はレスミアを正面に捉えていないと、訓練の意味すらない。真剣に訓練している本人には言ってないけどね。
どうしたものかと考えていると、妙案を思いついた。
「そういえば、見習い騎士のベルンヴァルトを、俺のパーティーに勧誘したんです。退団した後に、この訓練に混ぜても良いですか?」
「鬼人族のあやつか……ふむ、体格は良いから、良い盾役になると思っておったが、お主に取られるとは残念じゃ。
まぁ、訓練に参加するのはええぞ。お主にもついでに、大楯の使い方を教えてやろう」
あれ?! 人数を増やせば負担が減ると思ったのに、訓練内容が増えてしまった。いや、俺も重戦士や騎士のジョブは取るから、必要な訓練だけどさ……「宜しくお願いします」と答える他なかった。
その日の夕飯は、張り切ったメイド2人の料理だけでなく、本館からもパーティー料理のお裾分けがあり、食べ切れないほどの御馳走になった。残った分はベルンヴァルトへの差し入れ、それでも残った分はストレージ行きだ。
メイドトリオは3階のレスミアの部屋から見学する。窓際にテーブルと椅子を並べて、お茶会もするらしい。夕飯でお腹いっぱいだろうに……
取り敢えず、部屋の明かりは消しておく方が見やすいと教えておいた。
メイドトリオに見送られて、訓練場へ向かう。周囲は既に真っ暗だ。こういう時こそ〈猫目の暗視術〉の活躍時なのに、俺は持っていない。
領都と言っても、街灯の数は日本と比べ物にならないほど少ない。街灯も電気でなく、魔水晶の魔力で光る魔道具だそうだ。治安維持をする第2騎士団が警邏をしながら、街灯の点灯、消灯もすると聞いた覚えがある。
真っ暗なグラウンドの真ん中に、ランプと人影が見えた。ベルンヴァルトの方が先に来ていたようだ。
「おう、待ってたぜリーダー。昨日の今日で、こんな夜中に呼び出されるとは思わなかったけどよ」
「一人だと流石に大変だからな、手伝ってもらえると助かる。お礼にウチのメイドさんが作ったパーティー料理を持ってきたから、夜食にでもしてくれ」
「酒は?」「無いよ」
料理をつまみに飲みたかったらしく、肩を落とした。直ぐに、「しゃあねぇ、買い置きの酒でいいか」と、後ろ頭を搔きながら流す程度の嘆きだったけど。鬼のイメージ通り酒好きなのは相変わらずだ。
取り敢えず、打ち上げ場所に移動しながら、騎士団側の話を聞いた。
「それで、退団の方は話通せたのか?」
「ああ、上からも話が来ていたみたいでな、今日の午前中には受理された。実際には明後日には退団って事になる。寮も出て行かないといけないからな、引っ越しを手伝ってくれ」
「了解! と言いたいけど、俺は外出が禁止されているからな。レスミアか、メイドのアイテムボックスを使える人に回収してもらおう。
それで、次のダンジョン行くまでは、離れの2階の部屋を使ってくれ。ああ、後ついでに、ウベルト教官の訓練に混ぜても良いって許可も貰ったから、午後は訓練な」
ウベルト教官の名前を出しただけで、露骨に嫌な顔をされた。
「うげぇ! ウベルト教官の訓練かよ。あの人、おっかねぇんだよなぁ。俺も体格と力には自信があったのに、軽々と投げられて凹んだぞ」
「ああ、分かる、分かる。俺も投げられて、転がされて、ボコボコに殴られているよ。まぁ、俺が〈ヒール〉を使えるから、怪我とかは気にしなくても大丈夫だぞ」
〈ヒール〉があるから安心! とアピールしたのに、露骨に嫌そうな顔をされた。
打ち上げ場所にて、花火の説明をしながら待っていると、19時になった。すると、本館の部屋の明かりが次々と消えていく。そして、2階の窓から、ランプの光が円を描く様にクルクルと振り回された。合図だ。
こちらもランプを振り回して、了解の合図を送る。
「よし! 始めようか。先ずは俺が投げるから、真似してくれ。投げる方角を間違えるなよ」
誤爆や火の粉が怖いので、本館に背を向けて斜め前に投擲する。もちろん、付与術で筋力値を強化し、〈投擲術〉も装備済み。万が一に備えて、〈無充填無詠唱〉と魔道士のジョブもセットしてある。火事が起きても、即座に〈アクアフォール〉で消火する為だ。
「それっ!!」
魔力を込めてから瞬火玉改を遠投する。数秒後に破裂音と共に花火が咲いた。赤っぽいオレンジ色の光が、尾を引いて広がる。
続いて2投目を投げて、光が広がるのを見てから、空を見上げたままのベルンヴァルトの肩を叩いた。
「ベルンヴァルト、お前も投げてくれ!」
「おっ、おお? すまん、今投げる!」
そこからは、2人で次々と打ち上げた。大玉は筋力値の高いベルンヴァルトに任せて、俺は大輪の花の周囲を彩るように投げる。高さを変えたり、連投してみたり。花火の光の中に時折、黄色が混じっていた。
炎色反応で色が変わる事は知っているが、具体的に何を入れれば何色になるのかは、殆ど覚えていない。理科の授業で、塩化ナトリウムをガスバーナーに振りかけていたなぁって記憶だけだ。
昨日、追加で鉄鍋調合した分には、ピンクソルトの粉末を混ぜてみた。全部で50発準備したが、どれも同じ色では飽きがくるかもしれない。誕生日を祝う意味でも違う色が欲しかったんだ。
本当なら、もうちょっと毛色の違う色が欲しかったけど、試し打ちも出来なかったのでしょうがない。
花火大会は10分ほどで終了した。50発ではこんなものだろう。バリエーションも2色と、大きさが2種類あるだけなので、何百発と打ち上げる本場には足元にも及ばない。それでも、トゥティラちゃんやアルトノート君が喜んでくれたら良いのだけど、生憎とここからでは観客の様子は見えない。
ランプを振り回して終了の合図を送ると、本館の部屋の明かりが灯った。ベルンヴァルトに料理が詰まったバスケットを報酬として渡して解散する。
離れに戻ると、メイドトリオが興奮した様子で出迎えてくれた。
「お帰りなさい。今日の花火も、とっても綺麗でした!」
「お帰りなさいませ。夜に咲く花はとても綺麗で、見入ってしまいました」
「いや~、ミーアが大袈裟に言っていると思ってたのに、想像以上に綺麗だったよ~」
フロヴィナちゃんの言葉に、レスミアは得意気に胸を張っていた。これだけ喜んでくれるなら、頑張った甲斐もあったな。充実感を得て、気分良く寝ることが出来た。
しかし、次の日の午前中、トゥータミンネ様に呼び出しを受けてしまった。
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