第179話 魔法の講義とランク5壁魔法の検証

 ベルンヴァルトの装備を採寸&発注し、各々の出張準備を整えている間に3日が過ぎた。今日はクロタール副団長の魔法の講義である。

 まぁ、講義と言っても実技有りなので、魔法も使える大きな訓練場に、観客の皆さんと一緒に移動した。トゥティラちゃんに教えると言う建前なので、その側近と、俺の側近?も全員来ているので人数が多い。


 それと言うのも、レスミアからの提案があったからだ。


「そう言えば、ザックス様は沢山の種類の魔法を使いますけど、私は全部見た訳じゃありませんよね? 今後の連携を考えるなら、その魔法の講義に参加したいです!」

「あー、それは良いかもね! ダンジョンでレベル上げする時に、驚く前に見ておきたいよ~」


 メイドコンビも賛同した為、見学者が増えたのだった。フォルコ君とベルンヴァルトも誘ってあるし、誘っていないアルトノート君も何故か来ている。総勢11名で、ぞろぞろと訓練場へ向かった。


 その途中、女性陣はトゥティラちゃんを中心におしゃべりを始めていた。昨日、離れで女子会を開いていたせいか、女性陣の仲が良くなっているような?

 女子会なので、俺は参加していないし、内容もはぐらかされて教えてもらえなかった。無理に聞き出す事ではないので、気にしない方が良いと思う。

 残りの男性陣に対し、アルトノート君が「木工で簡単に作れるオモチャを教えて!」と聞いて回り始めたので、そちらに意識を割くことにした。




 訓練場には既にクロタール副団長が待っていた。こちらの大所帯を見て、目を見張って驚いていたけど、事情を説明すると見学だけなら、と許可してくれた。そして、アルトノート君に向き合うと、膝を折って目線を近付けた。


「アルトノート様、見学はするのは構いません。ただし、講義の内容はトゥティラ様とザックスに合わせたものです。子供の貴方には難しい内容で、理解するのも厳しいでしょう。しかし、幼年学校の様に質問に答えていては、時間が足りなくなります。見学として大人しく聞くだけにして下さい。宜しいですね?」


「はい、大人しくします」

「結構です。質問があれば、講義が終わった後にでも、ザックスに聞くと良いでしょう」


 矛先が急に向けられたので、驚いてしまった。


「あれ?! 私が答えるのですか? そこは側使えの執事さんの方が良いのでは?」

「魔法の事なら、魔法使いに聞くのが一番であろう。君が連れてきた観客なのだから、自分で面倒を見なさい。

 他の者もいいですね?」


 そう言って、周囲の観客にも声を掛けると、皆口々に了承の声を上げた。

 ……アルトノート君が勝手に付いてきたのに、俺の責任なのか……解せぬ。

 まぁ、断らなかったのも事実ではあるし、可愛い弟分なので質問されたら答えちゃうけどさ。




 訓練場なので座る場所も無いが、観客の女性陣は敷物を持って来ていた。それを引いて座っている様子は、なんだか運動会の家族席を思い出す。見世物になった気分の中、講義が始まった。


「今日の講義の主目的は、トゥティラ様に実際の魔法を見て、感じて頂く事です。教科書で読むだけよりも、体感した方が頭に入りますからね。そのついでとして、ザックスには51層以降で役に立つ、魔法の使い方をアドバイスしましょう。

 では、ザックスにはランク0から順に実演してもらい、解説をしてもらいます。

 なに、間違っている場合や、補足する事があればフォローはしますよ」


 ……俺が実演と解説?!

 生徒の気分でいたのに、教師役をやる羽目になるとは。いや、教育実習生ってところか?

 クロタール先生と、生徒のトゥティラちゃん、保護者の観客の皆さん。いかん、参観日になった。



 どのみち、アドバイスは気になるので、従うほか無い。周囲の視線が集まるのを感じながら、ランク0の実演を始めた。

 まぁ、ランク0は魔道具で再現されている物もあるらしいので、反響は少なくあっさり終わった。


「次はランク1、単体魔法ですが、的が要りますね。手分けして、的となる〈ストーンウォール〉を何枚か立てましょう。ザックスは近場に作りなさい。私は範囲魔法用に、離れた場所に作ります」

「了解です」


 魔法を使うかもしれないと予測はしてきたので、〈MP 自然回復量極大アップ〉と〈無充填無詠唱〉の特殊スキルをセットしてある。

 近場に2枚、少し離れた所に2枚の〈ストーンウォール〉をパパッと連打して立てた。ランク5の壁魔法で、基本的にはランク2盾魔法の大きい版だ。縦3m×横3m×幅1mほどの大きさで、一度設置すると動かせない。


 石壁で攻撃を防いだり、魔物の群れを分断したりするのが一般的な使い方だ。また、産み出した石壁はそのまま残るので、今回の様に的にしたり、建材にしたり出来る。教科書に載っていた事だけど、城壁や砦を築く際には石工職人だけでなく、石材を生み出す魔法使いも重要らしい。


 面白いのは、設置場所が自動で整地される事だ。瓦礫があったり、穴が空いていたり、斜面であっても、必ず平らになってから垂直に石壁が立つ。元々あった瓦礫は吸収されて石壁が大きくなるし、穴が塞がった分だけ小さくなり、斜面は削れた分だけ石壁大きくなる。

 まぁ、周囲の瓦礫を取り込んでも、少し大きくなる程度。むしろ建材にするには、画一サイズでなくなるので使い難いかもしれない。そんな解説をしていると、1枚目を立てたクロタール先生から、待ったが掛かった。


「ザックス、ちょっと待ちなさい! 魔方陣の充填もせずに、何故〈ストーンウォール〉が出来ているのだ?!」


 あ、特殊スキルを使うと、話し忘れていた。〈無充填無詠唱〉について追加説明したら、呆れたように溜め息を吐かれてしまった。


「ザックスが非常識なのは理解しているつもりでしたが……ひとまず置いておきましょう。今日はトゥティラ様に魔法を見せる場です。充填する事も魔法を使う上で重要な事なので、特殊な事例を見せても参考にはならない」


 クロタール先生はこめかみを押さえながら俺を注意すると、今度はトゥティラちゃんに向かって説明し始めた。


「ザックスのスキルは反則レベルですが、50層以下であれば必要ありません。魔法を連続使用出来たとしても、MPが枯渇するのが早くなるだけです。長いダンジョンを進むなか、戦力の要である魔法は温存しなければなりません。一戦のうちに複数回魔法を使うようであれば、弱点を突けていないのか、装備品が不足しているのか、スキルが足りないのか、このいずれかでしょう。

 更に付け加えると、他のパーティーメンバーの活躍の場を奪い、不和の原因となります」


 ……51層以上は必要なのですか? と、聞いてみたいけれど、自重した。

 大人しく聞いていると、後ろから観客の雑談が聞こえてくる。


「そりゃあ、盾を構えているのに、後ろから魔法で殲滅されちゃあ、腐りたくもなるわな」

「んー、ザックス様の場合、魔法に拘りませんよ。いかに楽に倒せるかを模索しますから。シルクスパイダーの時なんて……」

「あ! 僕も聞いたことがあるよ! 蜘蛛が踊るんだよね!」


 レスミアが蜘蛛の巣に掛かる話しをすると、アルトノート君も食い付いていた。



 それから、普通に充填して、ランク1の火属性から順に披露し、解説をする。教科書に載っている事だけでなく、俺の私見も交えて話した。ただし、クロタール先生の補足と言うか、訂正もちょくちょく入る。

 〈エアカッター〉について「弾速が早くて、偏差射撃しやすい」と話すと、


「いえ、普通は、動き回る魔物を直接狙うような事はしません。戦士の〈挑発〉で魔物を引き寄せてから当てるのです」



 〈ウィンドシールド〉の石玉を使った砲撃を、レスミアが立候補してやって見せた。射出された石玉が轟音を立てて、石壁にめり込む様は、観客から驚きの声が上がる。クロタール先生も顎に手をやり「ふむ、打撃武器の代わりになるか? しかし、魔力を込められない石玉では、深層の魔物には通用しないでしょう」なんて、付け加えていた。



 ランク3の範囲魔法は、遠くに立てた石壁をターゲットにして発動させる。派手な範囲魔法は受けもよく、観客からは歓声も聞こえた。

 逆にランク4の貫通魔法、ジャベリン系は地味だ。石壁を貫通する程の威力なんだけどね。複数の魔物を巻き込んだり、刺さった傷口を焼いたりして、結構えげつない。そこで、ふと〈アクアジャベリン〉の特性が分からなかった事を思い出した。教科書にも載っていない事だったので、質問をしてみる。


「〈アクアジャベリン〉の特性か……確かに単体では分からない事だな。あれは、中級魔法が関係しているのだ。

 ザックス、一番近くの石壁2枚に〈アクアジャベリン〉を刺しなさい。貫通しないように斜めに撃ち下ろすといい」


 言われた通りに魔方陣を上に掲げて、斜め下に撃ち出し、石壁に突き刺す。すると、そこに別の魔法が放たれた。


「〈アイヴィボール〉!」


 蔦が絡まったような球体には見覚えがあった。ジャック・オー・ランタンが使ってきた木属性魔法だ。石壁に当たった〈アイヴィボール〉は、ほどけて壁に絡みつく。それは刺さっている〈アクアジャベリン〉にも絡みつくと、徐々に蔦が長くなっていき、石壁を覆い尽くす程に成長した。そして、蔓に吸収されたのか〈アクアジャベリン〉は小さくなって消えていく。

 俺が食らった時は両腕を拘束されたけれど、成長はしなかったので、水を吸って伸びたのだろう。


「ダメージが増えるような属性の相関とは違うが、水属性は中級属性を強化する効果がある。ただ、中級属性なので、サードクラスに到達しなければ使えない。その為、学園の教科書にも載っておらず、教師が見込みのある生徒に教えたり、勉強熱心な者は図書館の文献で覚えたりする、応用魔法学の一種だな。

 次は氷属性……〈フリーズボール〉!」


 もう一つの石壁に指した〈アクアジャベリン〉に対し、氷の玉が打ち出された。いや、氷の玉と思いきや、着弾すると弾け飛び、白い粉雪のような粒子が広がる。そして、粉雪が触れた場所が凍り付いてしまった。それは〈アクアジャベリン〉も同じだった。


「氷属性の場合は、水で濡れている箇所まで凍り付くので、効果範囲が広がる。〈アクアジャベリン〉の場合は貫通した内側から凍り付くな。〈アクアフォール〉でずぶ濡れ、水浸しにしたところへ氷魔法を使うと、面白いように凍る」


 因みに雷属性も、濡れた場所から感電して、ダメージ増加&麻痺し易くなるそうだ。試すのは危険なので、実演は割愛された。


 その代わりに〈ライトボール〉を試してみたが、特に変化は見られなかった。球形に光が広がるだけなので、物理的には影響を及ぼさないのだろう。レアな魔法だけあって、観客の反応は良かった。



 そして、ランク5の壁魔法の実演に移る。

 〈フレイムウォール〉は燃え盛る炎の壁。非実体なので、通り抜けられる。ただ、少しだけ抵抗はあるので、勢いが足りないと焼身自殺になってしまう。1.5m棒で試してみたところ、突き刺して貫通はするが、あっという間に燃え尽きたからだ。 まぁ、観客の受けはよかったけど、棒はお亡くなりになってしまった。

 取り敢えず、ベルンヴァルトには間違っても突破しようとか、考えないように釘を指しておいた。直ぐさま「やるわけねーだろ!」と、返されたけど。


 〈ウインドウォール〉は小さな竜巻が6本並んだ壁だ。竜巻の直径がランク2よりも少し大きく、もはやトルネードウォールでもいいんじゃないかと思う程の外観である。

 内部でミキサーの刃が回っているのは同じだけど、大きくなった分だけ威力も上がっていた。石玉では粉々に切り刻まれて、散弾になってしまったからだ。鉄鉱石で試しても駄目、チタン鉱石は売り切れ。銀鉱石は勿体なくて試していない。まぁ、位置固定なので、砲撃には使い難いと判断している。

 そんなわけで、非実体でも威力が強すぎて通り抜けられる気がしない。


 最後の〈アクアウォール〉は粘性のある水で出来た壁だ。触ってもダメージは無いけれど、ローションのようなヌルヌルで、通り抜けるのは難しい。何せ、足元が滑ると前にも後ろにも進めなくなり、抜け出せなくなるからだ。特に顔を突っ込むと非常に危険、窒息死する可能性もある。幸いにも、魔法をキャンセルすれば、只の水になるけど。


「あの、妙に実感がこもっていますけれど、もしかして御自分で試したのですか?」

「ええ、もちろんですよ。手札の使い勝手を知るのには体験するのが一番ですから。今日の講義も、実際に見ると言う点では同じですよね」


 驚いたように聞いてくるトゥティラちゃんに、当然の顔をして答えた。半分は攻略本用のネタ集めでもあるけれど、余計な事は言わない。感心したような目を向けられて、少し自信が湧いた。

 そんなやり取りを聞いていたクロタール先生が「それも一理ある」なんて呟き、魔法の充填を始める。


「〈アクアウォール〉!

 これでよし。トゥティラ様も実際に、手で触ってみてください。顔を入れないように守れば大丈夫、これも経験です。

 そして、そこのザックスのパーティーメンバーもだ! 君たちはザックスの作った〈アクアウォール〉に捕まってみるといい」


 クロタール先生の指示で二手に別れた。試したい事が有ったので丁度良い。俺が鷲翼流を習得しようとした理由の一つでもある、壁魔法の使い道についてレスミアとベルンヴァルトに説明した。


「……つまり、壁魔法に投げ込んでダメージを与えるって寸法か」

「ああ、事前に壁魔法を張っても、ダメージ元にはならないだろ。分断は出来ても迂回されるだけだ。それなら、投げるなりノックバックするなりしてやれば良い。と、言うわけで、投げさせてくれないか?」


 ベルンヴァルトにお願いしてみたのだが、難色を示された。ベルンヴァルトは自分で試してみたい事があるらしい。


「自力で突破出来るか、ぶつかってみようってな」

「ああ、敵に張られた時にショートカット出来るかどうかか。多分無理だけど、自分で体験する事も必要だね」

「それなら、私が投げられますよ。訓練の時にやっていた事ですから」


 レスミアが実験台になると買って出てくれた。

 先にベルンヴァルトが少し離れて、助走を付けてから肩口から体当たりを仕掛ける。


「うぉりゃぁぁ!!」


 2mを越える巨体が壁に突貫する様は……プロレスのショルダータックルか、相撲取りのぶちかましか。

 しかし、その衝突エネルギーすらも〈アクアウォール〉は受け止めてしまった。水を叩くような音がして、ベルンヴァルトが壁の半分くらいまでめり込むが、既に足元がローションで滑り、それ以上進めない。壁の中でもがいているが……


「あっ!不味い、顔が抜けていないから溺れるぞ! レスミア、手伝え!」「はいっ!」


 壁の外に出ていた腰辺りを引っ張り、なんとか救出した。ヌルヌルなので〈ライトクリーニング〉で浄化しながら、検証していた事を話す。


「ふぅ、助かったぜ。半分くらいしか入らないとは思わなかったぞ」

「衝突面積が広くて、勢いが吸われてしまったんだな。もっと面積を減らして突っ込めば……ドロップキックとか?」

「次は私の番ですね。背負い投げなら、顔が入らないから安全でしょうか?」


 不安半分、期待半分といった表情のレスミアを、壁の近くで背負い投げする。すると、足から突っ込み、そのまま胴体まで入り込んで止まった。膝下は貫通し、肩から上も外に出たまま、仰向けに寝ているようだ。


「わわわわっ!落ち……ない?! 何これ?!何これ?! ザックス様、何かヌルヌルして、変な感じです!」


 仰向けだと、落ちそうで怖いと言うので、外に出ている手を掴み回転させて、下向きにしてあげた。 地面が見えると安心したのか、手や足を動かして抜け出そうと試している。一見すると、プールを横から見ているようで、少し楽しい。しかも、服が濡れて身体に張り付いていて願福である。


 ……もうちょっと〈アクアウォール〉が薄かったら、壁尻になっていたなぁ。


「とうりゃあぁぁぁ!!」


 俺のエロ思考を現実に戻したのは、ベルンヴァルトの気合いの入った声だった。さっきよりも助走距離を長くとり、壁の前でジャンプからのドロップキックを慣行したのだった。

 面積を減らせばと言う予想の通り貫通したのだけど、腕のところでつっかえて、途中で止まってしまった。


 ……漢の壁尻とか、誰得だよ。

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